袋の中身、新たな訪問者
「・・・・これは」
莉彩は袋の中身を手にする・・・・・中身は、本だった。
タイトルは【迷宮幽霊】の特別続編、これは限定300冊で販売されていた代物だ。
迷宮幽霊は100万部を超えていて、しかも映画化をしていた程の人気小説で、なぜ続編が300冊という個数限定販売なのかは誰もが謎に思っていたのだった。
以前、オークションでたまたま見たときの落札額が、とんでもない額になっていたのは言うまでもなかった。
そして読みたい、と思う人はたくさんいた。
――――今それが莉彩の手の中にある、しかも無料で。
莉彩自身も大変読みたいものだった。正直、花とか、ぬいぐるみ、等の一般的なお見舞いはあまり好きではなかったので、もらっても困るものだった。
だが、これを本当にもらってもいいのだろうか、と思う。
莉彩はここで思いついた。
本を読みたい、と思った、すなわちこれは欲求だろう、美味しい、不味い、という感覚もあった。
でも楽しい、嬉しい、悲しいとは感じない・・・・・何かの一時的なショックでこうなっているのではないのだろうか、いつかは元に戻のでは、もしそうなら戻ってほしい。と莉彩は思った。
なくてもそんなには困らないだろうが、味気ない人生で終わりそうな気がしたのだ。
もう、彼とは終わったのだ、あれほど悲しむことも恐らくないだろう。
おそらく今や、彼も莉彩もお互いの事はどうでもいいのだろう、という考えだったのだ。
新しい恋云々は今の莉彩には考えられなかったが、もし元に戻ることがあればそれもいいだろう、という考えを持っていた。
両親からよく言われていた、「人生は短いんだから、存分に楽しめ!」と。
彼らを見ていれば楽しんでいることが分かる。だからこそ娘にも楽しんでもらいたいのだろう。
小さいころから色々な所に遊びに行っていた。莉彩も両親も、出かけるのが好きだった。
今は仕事のためニューヨークにいるが、向こうでもさぞ楽しんでいることだろう。
(私のことなんて知らずに、ね)
莉彩は心の中で呟いた。
どうしようか、と莉彩は迷っていた。
メールで今の現状を伝えようと思っていたのだが、いざ文章を作ってみようとなると上手に説明ができない。
元々メールを送ること自体、少なかったのだ。
打っては消し打っては消しを繰り返し続けていると、ついに疲れ、携帯を置いてベッドにくるまってしまう。
(どうしたものか)
考えてもいい案が浮かぶことはなく、時間だけが虚しく過ぎて行った。
考えること1時間以上。
莉彩はやっとのことで文章を完成させ、メールを送ったのだった。
時刻は20時28分。
メールを送信してからおよそ30分程度たった時の事だった。
ノックもなしにドアが開いた。
(来たか)
莉彩はベッドに潜り込み寝たふりをした。
「ちょっと莉彩?!って呑気に寝てるし!!」
「起こすのよ!今すぐ」
2人の会話が聞こえる、間違いなく、メールを送った例の2人だ。
仕事終了時刻は20時。
この時刻に友里が来ているということは残業はなかったのだろう・・・・・大方、美香が手伝ってやったんだろう、と莉彩は心の中で思い、ベットから起き上がりながら口を開く
「起きてますよ」
「理由もわからないの??」
先程から2人に質問攻めにされるが、答えることは「わかりません」しかなかった、むしろこっちこそ教えてほしい、と言いたいくらいだった。
2人は椅子に座って莉彩の方を向いている、一方莉彩はベッドの上で座っていた。
「医者とかには話したりは?」
「話してどうするの?感情が一部消えてるんです・・・・って?」
友里の問いに莉彩は即答した。
莉彩が答えると友里は「確かにそうか・・・・」といった。
医師に相談しても医師が困るだけだろうし、そんなとりわけ困っているわけでもなかった。
「じゃあ、・・・これからどうするの?」
次は美香だった。
彼女は椅子の上で険しそうな顔をして話をする、彼女だけではなく、友里もそうだったが。
「まぁ、どうしようもないと思うんで、しばらくはこのままかなぁー・・・。と思います」
一方莉彩は、何を考えているか全くわからないくらい無表情だった。
表情には美香も友里も気にしないが、口調の変化には流石に最初の方は驚いていた。
「このままなんて良くないわっっ!!何かしてみましょうよ、何か!」
「何か?」
ガタン。という音をたてて美香は椅子から立ち上がり、そう提案した。
その言葉に、友里と莉彩の目線は一気に美香に行く。
何かをする、と簡単に言うが、具体的に何をすれば元に戻る可能性があるというのだろうか。
「そ、それはまたあたしが考えておくわ」
ノープランだったようだ。
友里は期待の目を向けていたが美香の返事を聞いて脱力していた。
一方莉彩は「お願いします」と美香に言った。
2人は顔を見合わせ立ち上がり、ドアの方へ歩いて行った。
「何かあったらすぐに連絡して」
「わかった」
「退院したらメール頂戴ね」
「わかりました」
「「お大事に」」
「有難う御座います」
ベッドから立ち上がり莉彩は2人を見送り、再びベッドに戻った。
莉彩は携帯を手に取ると、すぐにメールを打ち始めた。
優真に、本のお礼をするためだった。
『こんばんは
本、有難う御座います、本当に、私がもらっても良いのでしょうか?』
と、言った内容の短文を打ち、携帯の画面に送信完了、と出ると莉彩は携帯を閉じ近くに置き、軽く食事をとって薬を飲み、すぐに眠りに落ちたのだった―――。