夜桜と彼と熱と
莉彩は目覚めてベッドから降りると、睡眠の取りすぎのせいか、ふわーッと頭がくらくらして、近くの壁にもたれかかった。
昨日は家に帰ってから選択、入浴、食事と済ませるとすることも皆無で、9時前にはもうすでに寝ていたのだ。
今は何時?と時計を覗けばふわふわしていた頭がすぐに冴えた。いつも出勤している時刻の15分前、寝すぎなはずだ。このままだと一般出勤時刻が間に合うかさえ危うい。
朝食抜きで急いで準備をしても15分はかかった。無論髪の毛をゆっくり縛っている暇などなく適当に縛って家を出ようと玄関で靴を履く。
すると目についたのは、比呂に借りた傘。当然家の場所も知らないため、病院で返す以外に方法はない。
莉彩は仕方なく傘を手に取って家を出た。
電車を降りるまではスムーズに来れたのだが、電車を降りてからは信号と車の多さで足が思うように進まない。けれど時間はどんどん進んでいく。仕事が始まるまで3分を切り、普通に歩いても10分はかかる―――莉彩は間に合わないか。と心の中で諦めた。
「遅れてすいません」
仕事場に着くと、一番大きい机に向かって仕事をしている事務長に話しかける。
「いいっていいって・・・・・!気にしないでよ1回目くらいで。あ、でも度が過ぎた遅刻の連続はさすがに怒るからね?って事で、さっさと仕事に入った入った!」
「はい」
莉彩は事務長に軽く礼をして早足で自分の机に向かった。
開始からおよそ2時間。
莉彩はなぜか眠気が誘って仕事に集中できなかった。
あれだけ寝ておいて何故?と心の中で思いながらこめかみを押さえ仕事を続ける。
(まずい)
昼休み。みんなが席を立ちグループで部屋を出て行く中。莉彩は立ち上がらずに仕事をしていた。
―――とにかく仕事が進まないのだ。
席を立ち上がった美香と友里が莉沙に寄ってくる。
「昼休みだよー・・・・・ってあれ?全然進んでないじゃん」
机に置いてあるリストを手にとって友里はそう言ってくる。美香もそれを見て「本当だ」と言う。
「間に合わないかもしれないからご飯は食べてていいよ」
2人の方には向かずに、仕事をしたまま返事をすると、美香が目を細める。
「.....朝ごはん食べてないでしょ。でさらに昼ご飯も食べないと?」
「そうなりますね。そういえば、昨日柳島さんに傘借りたんですけど返す方法がないんですよね、美香さん開いてる時間聞いてもらえませんか?」
「―――え?ええ。今から?」
会話をすり替えると、美香は一瞬戸惑った声を上げた。
莉彩は自分の隣にかけてある傘に目線を移して「無理ですか?」と尋ねた。
なんとなく今度は視線を友里に向けるとまるで関係ないから、とでも言うように机に座り雑誌を読んでいる。
「別に大丈夫よ、ちょっと待って」
そういって美香は自分の机に戻り、少し散らかっている机から携帯を探し出し少し動かしてそれを耳に当てた。
3人以外誰もいない部屋なので、わずかにだが発信音が聞こえる。
6回くらいコールが終わった時にその音は途切れる。相手が電話に出たようだ。
「あ、もしもし?・・・・・あ、うんそうなんだけど・・・・・え?あ、うん、わかった。今からでいい?・・・・・うん。ばいばーい」
1分弱の電話だったと思う。
通話を終えた美香は、自分の机から離れて莉彩の方へ歩いて来た。
「今から莉彩の携帯のアドレス送って連絡するって言ってたけど、送って大丈夫?」
携帯を持ったまま莉彩にそう尋ねてくる―――が、疑問が一つ。
「.....良いんですけど、そのまま私に代わってくれれば済んだ話じゃ・・・・・?」
そう、時刻と場所だけ伝え合えばいい話なのだ。
莉彩が疑問を口にすれば、美香も「そうだった!」と口にした。
再び視線を友里に向けても相変わらず机に座ったまま雑誌を読んでいる。オマケに今度はニヤニヤしている。
「とりあえず送って大丈夫です」
美香は頷くと携帯を操作し始める。
その間に莉彩は少しでも、と仕事をしようとしたのだが、1分もしないうちにアドレスを送る作業は終わってしまい、残念ながら全く仕事は進まなかった。
そして即メールが届く。
『今から噴水前で待ってるから』
という内容のメールだ。当然のことだが相手は比呂。
美香はその内容を見ると頷いて
「うん。じゃあお昼ご飯行こうか」
「え?」
美香が莉彩の手と比呂の傘を掴んで歩き出すと友里も一緒に歩き出した。当然ご飯を食べる予定がなかった莉彩は驚く―――が、強く手をつかみ勢いよく歩いているため足を止めれば転びそうな勢いだったため、莉彩は残業覚悟で昼食を共に食べ、傘を比呂に返したのだった。
時刻は8時を過ぎて、仕事を終えた、すなわちベテラン軍が返っていく。当然の事だが美香もだった。
莉彩は机に向かったまま仕事を続けている、すなわち残業軍だった。
結局仕事が終わったのは9時。
莉彩は文字ばかり見ていたせいで痛む頭を押さえながら早足で病院を出る。
自動ドアを出たところで壁にもたれている人物を見て足を止めた。
「俺を待たせるとはいい度胸だ」
「別に待てとは言ってません」
確かにそんなことは言われた覚えはない。莉彩は心の中でそう確かめた。
それに対して彼はフッ。と笑みを受かべて。
「そうだったな」
そう言って彼は莉彩の腕を引いた。
今日は手をつかまれることが多いなぁ。と思いながら、今の時刻を考えて少しだが眠気を誘う。
莉彩は早寝早起きをモットーとしている。おそらく眠いのはそのせいだ。
(面倒くさい)
「早く帰って寝いんですけど」
「すぐ終わる」
と言って、電車がある方向とは別の方向に歩き出した。莉彩も欠伸をしながら面倒くささにそのまま歩き出す。
「そういえば、いつもより帰りが1時間くらい遅くなかったか?」
歩き出してすぐに、優真が莉彩にそう尋ねてくる。
「朝遅刻して、残業です」
歩きながらでも眠たくなってきて、俯きながら強く瞬きをしてグッと我慢した。
(.....すぐ終わるって・・・・・どれ位?)
出てきた疑問は口には出さず、ただ歩き続ける。
5分後くらい歩いていると、優真が立ち止ったので莉沙は顔を上げた。
ーーーすると、視界に広がる桜。
しかも夜と言うだけあってライトアップが施されていた。
「.....綺麗」
ボソリと莉沙がそう呟くと、優真はニヤリと笑って「だろ?」と言った。
仕事以外でこの辺には来なかったので、莉彩は初めてこの場所の存在を知ったのだ。
そこで疑問が多数。
(花が好きとか意外・・・・・そもそも他の女の人を連れて行ってあげれば良いのに)
莉沙はそんな事を思いながら、前を歩く優真について行く。
池まで来るとたくさんの人が居た。池には桜が非常に綺麗に映っていて、たくさん人がいるのにも頷ける。
人の少ない池の周辺に立っていたら眠気と同時に何故か傾く自分の体。そしてその方向は池だ。
これは落ちたな。と諦めた矢先、不意に今度は後ろに倒れた。ーーーが衝撃はない。
莉彩は自分が優真に抱きしめられていると理解した。
「危ねえな、何してる?!」
そう言った彼の声が、ひどく遠くに聞こえたのは、気のせいだろうか。
「お前何か熱っ・・・・・熱があるんじゃ」
自分のおでこに触れた彼の手が、程よい冷たさで、とても心地が良かった。
そして莉彩は、そのまま意識を手放した。
更新がこれから1カ月ほど遅れそうです。
一応最悪でも15日に一度は更新できるようにしたいと思っているのですが・・・・・。
私用で新しく入ってきた方々が慣れるまでの世話係が終わるまではカメ更新です。申し訳ありません。




