表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
感情喪失  作者: 娑紅羅月
10/17

 



 仕事帰り。解散時間に病院を出て少し経ったところでポツリポツリ。と雨が降ってきた。

残念ながら雨が降ってくるとは思わなかった莉彩の鞄の中には傘は入っていない。


走ると転んでしまうかもしれない、と考えて早歩きで駅へと向う。




雨が強くなってきたところで電車に乗り込むと寒さにブルッ。と少し震えた。


(途中で傘でも買おうか)


電車に揺れながら、段々強くなっていく雨をみてそんな事を思っていると、後ろからトントン。と肩を叩かれた。

振り返れば、どこかで見覚えのある男の人。



「.....柳島さん」

莉彩は目の前に現れた人物の名前を口にした。


柳島比呂。

莉彩の勤務先の医師だ。実は入院時の担当も彼だったりする。


普通医師が医療事務の人間の名前などごく一部しか把握してない莉彩と彼が知り合いとなったのは、莉彩がまだ仕事に入ったばかりの頃だった。



医療事務のカルテ業務の仕事場は、少し道が紛らわしくて迷いやすい。案の定莉彩の自分のいる場所が分からなくて、道案内の紙を開いていた時、後ろから足音が聞こえた。


「ん?ここは関係者以外立ち入り禁止だよ?」

そう言われて振り返ってみれば柳島比呂が屈んでこちらを覗いていて、ついでに壁に貼ってある紙を指差していた。

確かに『関係者以外立ち入り禁止』と書いてあった。


彼は続けて話し出す

「中学生かな?迷子?この辺は入り組んでるからね・・・・・何号室かな?名前でも構わないけどね。案内するよ」

と、そう言って手を差し伸べてくる。


(!?っな・・・・・)



莉彩は差しのべられた手をとる代わりに、仕事で使う紙を渡して口を開く

「もう成人しています・・・・・!仕事で来ているのですが、恥ずかしながらまだ日も浅くて迷ってしまいました、できれば案内してくださりますか?」

引き攣っているかもしれない笑顔を張り付けてそう伝えた。


(.....っふ。中学生とまで言うか)


怒りで自分の握りしめていた右手が震えていたことに気づき左手で何とか抑える。そしてさらに引き攣っているかもしれない顔のカモフラージュのため、少し俯いた。

比呂は目を見開いて「マジか?」と呟き

「ごめん」

と短く謝罪してきた。

その言葉を聞くなり莉彩は俯いていた顔をあげててこう言う

「いえ、良くあることですから」


中学生呼ばわりは初体験だったけどね。と心の中で付け足して。


「.....」

「.....」



「とりあえず、案内するよ」

少しの間の沈黙を破ったのは、比呂だった。


少し気まずそうな顔をしていたので断られるものだと思っていたが、案内してもらえると聞いて莉彩中学生呼ばわりされていたことを忘れ笑顔で「お願いします」と答えて歩き出す。



「ん、莉彩遅かったね」

比呂に送ってもらった時、すでに仕事開始5分前だった。

美香はコーヒーのカップを片付けながら驚いた顔をして莉彩の方を向く。

「え、あはい、迷ってしまいまして・・・・・」

莉彩が笑いながらポリポリと頭をかいてそう言うと、美香が少し驚いた顔をして

「どうやってここまで来れた?やっぱり受付とかだよね」

と、美香は確信をもっていて、実は受付すらどこかわからなかった。とは言えずに「いえ、男の人が・・・・・」と曖昧に答えた。


それに対して美香は新たにコーヒーを淹れながら再び驚いた顔をして「あ、そうなの?誰?」と尋ねてきた。

正直仕事を初めて時間のたっていない莉彩には、勿論あれが誰だったのかまではわからない。

「うーん、白衣を着ていたような」

「誰か知らなかったの?!」

「え、はい」

3度目の驚き顔は、先ほどよりも大きく見開かれていて、逆に莉彩が驚いてしまう。


「美香は年下に過保護だから」

近くにいた人が莉彩に耳打ちしてきた。

(どういうこと?)


美香は1歩、2歩と莉彩に近づきガシッ。と音がするくらい強く莉彩の両肩をつかみ―――



早5分。


「もう5分超えたわよ」

「しかも仕事時間だよね?もう」

「あーなっちゃったら誰にも止められないわ、先に言っておかなかった私たちも悪い」


後ろの方でそんなことが聞こえた気がした。

「・・・・・で、なんだから!!わかった?!」

気力もなく、はい、はいと内容も聞かずに相槌をうちながら、なんでこんなに怒られてるんだろう?と莉彩は窓の外で羽ばたいている雀を眺めながらそんなことを疑問に思いながら話が終わるのを待っていた。


(誰か助けて・・・・・)


結局話が終わったのはさらに10分後で、終わった後にいろんな人に「お疲れ様」と言った内容や、なぜが「説明するの忘れてた、ごめんね」といった謝罪の言葉などさまざまな人に声をかけられた意味もよくわからず少し戸惑ってしまったのだった。



そして数日後の昼。

莉彩は病院の外の噴水近くで業務員5、6人と昼食をとっていると、病院の方から3人の白衣を着た男性が歩いくる。


「あ!」

と言って美香が立ち上がり、そちらの方へ小走りしていった。


「比呂ー!この前借りてたDVDの話なんだけど・・・・・」

「あぁ、どうだった?」

どうやら貸し借り云々の話のようだ。



彼らは少しの間歩きながら話をしていると比呂の視線が莉彩に向かい、こちらに歩いてくる。


「.....やっぱり君は前の!」

距離が3メートルもなくなると、比呂が莉彩に向かって話しかけてくる。


(.....っえ、誰?)

ところが莉彩は彼の事を覚えていなかった。


目の前にいる人物を思い出すために莉彩は頭をフル回転する。


「ん?知り合い?」

美香はそう言って首を傾げていた。

他の人たちは他の話をしていて聞いていなかったが莉彩も美香と同じような顔をしている。


「うーん・・・・・3日くらい前かな?彼女道に迷ってたから」

「.....っぁあ!」


(思い出したっ!私を中学生呼ばわりした人!)

と心の中でも叫びながら再び右手をぐっと握った。

同時に美香も何か思い出したような顔をして、莉彩を見た。


「ってことは、前に言ってた白衣の人って・・・・・比呂の事か、なぁんだ」

「莉彩ちゃん、怒られ損だね」

どうやら仕事仲間も話を聞いていたようだ。そして話に入ってきた。

以前怒られた理由がまず理解しきれてなかった莉沙だが、それを口にすれば再び美香に怒られそうだったので、無言で頷いておく。


「.....そう言えば、美香さんと・・・・・比呂さん?はどんな関係なんですか?もしかして、恋人とかですか?」

DVDを貸し借りする仲だ、どんな関係か気になった莉沙は話を切り出した。


【恋人】と言う言葉に反応した美香は、少し頬を赤くしてーーー


「っ違う違う!従兄弟だよ!っていうか恋人って・・・・・DVDを貸してもらっただけだよ。それに、比呂には今付き合っている人がいるらしいんだから。変な勘違いしないでよ莉沙っ!」

「あ、そうなんですか。ごめんなさい」

すごい勢いだったので、莉彩は即返事をした。

美香は意外と初心

うぶ

なんだろうなぁ。と莉彩は一人でにそんなことを思う。


その後は、その場にいた10人程度で、食事をしながら他愛もない話をして、それから解散した。


それからは1週間位に一度程、昼食の時間に場所が同じだから合っていた程度だった。






「こんばんは」

「こんばんは。怪我は大丈夫?」

「はい、お風呂に入るときに沁みる程度です」

「そっか、良かった」



(合わせるべき?)

ニコリと微笑んで彼がそういってきたので、合わせて莉彩も笑ったフリをする。



髪の毛の先端から、雫が落ちる。服の方はそこまで濡れているわけではないが、時間がたったため段々寒さが増してくる。

「傘持ってなかったの?」

それを見た比呂が、莉彩にそういったので、莉彩は頷くと、彼はこう言う。


「.....じゃあ、俺のに入る?」





「そういえば、美香から聞いたんだけど、松下って物覚えがいいんだっけ?」

「そんなことないですよ」

松下とは、莉彩の苗字だ。

先ほどの比呂の言葉に甘えて、莉彩は傘に入れてもらって2人で帰っている。


その間は、仕事の話などをしながら歩いているのだった。

「美香がそう言ってたんだけど」

「甘く見すぎですよ」

信号の色が変わり、歩き出すと隣から小さく笑い声が聞こえる。

「あれ、嬉しくない?」

笑い交じりでそう聞いてきた。

(嬉しい、か?)

簡単に言えば答えは否だろう。正直に言えばどちらでもない、そういう場合は?

「.....どうでしょうね?」

莉彩の選んだ言葉はどちらでもないこれだった。

その返答に、比呂の不思議そうに首を傾げている。





「私はここ右なんで、有難う御座いました」

軽くお礼をして、その場から立ち去ろうとすると、後ろから呼び止められたので振り向く。

そこで比呂に渡されたものは―――傘。

「俺もうすぐ家だから、使って」

「いえ、自分も近いんで平気です、もうすでに濡れてるし」

もうすでに手遅れなのだ。と差し出された傘を彼の方に押し返す。と、手をつかまれて傘を持たせられた。

「いいから・・・・・ん、じゃあまたね」

と言い彼は踵を返して走って行ってしまった。

傘を手に持ったまま、比呂が走っていくのを呆然と眺めていた。



(.....なんなんだ?)

と心の中で呟き、遠慮なく傘をさして自分の家へ向かったのだった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ