表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

後日談

「ウツロヒ」最終話



-「後日談」-


ひょんなことから徹夜になってしまった私は、

スーツの皺を気にしながら喫茶店でコーヒーを飲んでいた。


一睡する間もなく上司に事情を報告し、ようやく一息ついたところである。


とは言え、ここは仕事場で無いにも関わらず、

私の目の前には書類が広がっているのであるが。



この書類には、先月下旬に起こった殺人未遂事件についての詳細が載っている。


容疑者は29歳男性。会社員。

被害者は同じく29歳男性。会社員。


市内のあるマンションから、深夜1時近くに通報あり。

警察が現場に急行したところ、

放心状態の男性と、頭に重症を負った男性を発見。

無傷であった男が所持していた金属バットに被害者の血液が付着しており、

その場で連行。


事情聴取中、容疑者が被害者をバットで殴打したことを認めたため、送検された。


被害者は2週間ほど意識不明となる重症であったが、命に別状はなし。

但し、自分のことを容疑者と同じ氏名、住所、電話番号で語ったため、

こちら側の事情聴取はやや難行している。

病院側からは、一時的な記憶の混乱として報告された。



平和だったはずの街で、物騒な事件が起きた。

更にこの被害者の友人と思われる男性。

昨夜川で自殺未遂を起こした女性の想い人のようだ。



昨夜遅く、家に帰るため道を歩いていた私は、

川の側に立つ不審な女性を発見した。

何をしているのだろうと思う間もなく女性はそのまま川の中へ飛び込んだ。

慌てて大声を出して人を呼びながら、その女性を追うと、

幸い途中にある橋の柱に引っかかって止まったため、

駆けつけた人達と協力して救助にあたったのだ。


女性は急激に体が冷えたせいか意識を失っていたが、

明け方無事に目を覚ました。


安静にした方が良いと思ったのだが、彼女はポツリポツリと、

自殺未遂をするに至った経緯を語ってくれた。


私は彼女が落ち着くまで側にいた。


体に目立った異常は無いはずだが、心身が弱っており、

彼女はそのまま入院することとなった。



ハァー。

ため息をつく。もっとも欠伸が半分混じってはいたが。


無意識に、口から呟きが漏れる。




男なんて勝手だ。




女も同じくらい勝手じゃないか。



独り言のつもりが、

いきなり後ろからそんな言葉が返ってきて仰天する。



慌てて振り向くと、よく知っている顔の男がいつの間にか後ろの席に座っていた。

黒いコートを横の椅子にかけ、いつものように唇の左端を吊り上げるようにニヤニヤしている。思わずコーヒーを投げつけてやりたくなった。

殺気でも感じたのか、男は慌てて「ごめん」とジェスチャーをし、左手でクルクル回していた銀のジッポーライターを開け、甘い匂いのする外国産の煙草に火をつける。


禁煙していたはずなのに。


怒り半分で呆れている私を一瞥した男は、無言で私の書類を覗き込んだ。

本来であれば部外者に見せてはいけないものなのだが、いつものことだ。

隠してもどうせどこからか情報を仕入れてくる。


ペラペラと紙をめくりながら内容に目を通し、「へえ」と気の抜けた声を出す。

私に被害者男性の供述について書かれた部分を見せると、

相変わらず甘いんだか適当なんだか。と口走った。

やはり、コーヒーをかけてやればよかった。


そんな気持ちを知ってか知らずか、男はまた左手で、かつて私がプレゼントした銀のジッポーをクルクル回しながら何があったのか聞いてきた。


仕方が無い。私が昨夜から今朝にかけて体験したことを話した。

こんな男でも溜まったモヤモヤの吐き出し口にはなる。

若干主観が混じった気もするが一通り話し終えると、私の気分も少し軽くなったような気がした。


しかしそれとは対照的に、男は何やら難しそうな顔をしている。

いつも大抵は人を喰うようなニヤけた顔をしているので珍しい。


不思議に思って顔をじっと見つめていると、

こちらを見て男がようやくまともに話し始めた。


実は、こういう系統の事件は、これに限ったことではない。と。


それはそうだ。殺人未遂事件など、世の中には沢山ある。

ところが、そういう意味ではないと言う。



最近になって、自分が自分で無いと感じる人や、

自分を他人に投影、または模倣しすぎることで、

本来の自分を失ってしまう人が増えているという。



大抵は事件等に発展することは無いが、ひょっとしたらこの事件、

そういうことなんじゃないのか?



まさか。


私は笑ってしまった。

ではこの被害者が、自分のことを容疑者と同一人物であると語ったのは、

容疑者を度を越して模倣したためだというのか。

稀にそういう精神的な病を持つ人がいるケースもあるが、今回のそれはいくらなんでも行き過ぎだろうに。




しかし男は続ける。



いや、わかんねぇぞ?


役所の書類ですら偽造や流出が多発してるこの世の中、

今の自分が誰かをちゃんと証明してくれるものなんか、

本来どこにもないんだよ。


メディアや各界のカリスマ達の影響で、

色んな要素がいつの間にか刷り込まれていることもある。


そう考えると、ひょっとしたら今の僕たちは、

知らず知らず誰かを模倣した結果出来上がった、

あやふやモノかもしれないぞ?


逆に、その自殺未遂した女性の話に限らず、

誰かの存在が自分の中で消えてしまったり、とかも考え得るな。



例えば・・・。


今のお前が「お前」である確たる証拠って、どこにあんの??




何を言い出すの、バカバカしい。と思いつつも、

改めて思い直して、言葉に詰まる。

免許証?住民票?自分の写真?それが証拠と言えば証拠だ。


しかし。


男が言いたいのはそういうことではないことも解っている。

恐らくはメンタル的なことを言っているのだろう。

でも私は私として、ここにいる。記憶だって確かだ。

それを間違いではない真実だと証明するには・・・。


この突拍子も無い見解を笑い飛ばしたいのに、

一方で形容しがたい、グラグラとした何かが心臓の中で蠢いたような。

そんな気分になってくる。




冗談だよ。しっかりしてくれよもう。



男はまた、唇の左端を吊り上げた例の表情に戻ると、

灰皿で煙草の火を消した。


朝の光が、銀のジッポーに反射して。


その色を幻想的に変えていった。




-<「ウツロヒ」完>-


最後までお読みくださった方々、ありがとうございました。

つたない文章でしたが、いかがだったでしょうか?


元々この「ウツロヒ」は、私が学生時代に書きかけていたもので、途中で投げ出していたものです。当時と設定も内容も考察しなおしリメイクした結果、このような形となりました。

後日談に出てくる2人は、別お話の登場人物です。彼らも学生時代に考えていたキャラクターですが、当時設定のみしか考えていなかったため、彼らのストーリーはありません。

時間と気力がある時に彼らの物語も書けたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ