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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

婚約破棄された私は、二度目の「好き」をあなたに告げたい

作者: 八重
掲載日:2026/05/07

「シャーリー・リストラル伯爵令嬢よ、私、アイヴァン・ルルドは本日限りで貴殿との婚約を解消し、ミティア・ベス王女と婚約することとする」


 突然の婚約破棄の言葉に宮殿にある謁見の場は静まり返る。

 真っすぐシャーリーの瞳を見て彼女の動向を窺う第一皇子アイヴァン、彼の気高き宣言に満足そうな笑みを浮かべるミティア、そして──。


(婚約を……解消……)


 たった今、アイヴァンに無情な宣告をされたシャーリーは目を大きく見開く。

 ドレスの裾をぎゅっと握り、足に力を入れてなんとか立っている。そんな状態だった。

 シャーリーが「どうして」と尋ねる前に、ミティアが口を開く。


「シャーリー様、ごめんなさい。あなた様という存在がありながら、どうしても……どうしても私たちは愛し合ってしまって……」


 か弱き乙女を演じるように、ミティアは指先で自身の涙を拭った。

 そんな彼女の声を聞いてシャーリーは胸を抉られるような心地がして眩暈が止まらない。


(アイヴァン様、本当なの……?)


 彼の目をじっと見るも何も読み取れない。彼の下にはシルバーのブレスレットが落ちていた。

 その光景を見たシャーリーは勢いよく二人に背を向けてその場を去った。


「はあ……はあ……」


 シャーリーは宮殿の玄関に向かって走った。

 彼の目から見えなくなったところで涙が堪えられなくなり、目尻から流れていく。

 自身の胸元をぎゅっと握ってひた走る。

 うまく息が吸えず、苦しさだけが彼女を襲った。


(アイヴァン様……)


 宮殿の外に出た瞬間、土砂降りの雨が降ってきた。

 その雨は彼女の全身を濡らし、涙すらも流していく。

 自身の震えは冬の冷たい雨のせいなのか、それとも彼との別れの辛さからなのか。


 ──もう、彼女は痛みすら感じなくなっていた。

 それほどまでに絶望していたのだ。



 シャーリーとアイヴァンは幼馴染だった。


「ねえ、アイヴァン様! これつけてくださいますか?」

「嫌だ」


 その言葉にしゅんとしてしまった少女は、俯いて謝罪する。


「ごめんなさい……私が不器用だから、うまく作れなくて……」


 少女の言葉を聞いた少年は急ぎ足で彼女のもとへ向かい、花の冠を取りあげた。


「あ……」

「いらないとは言っていない」


 そう小さく呟いて少年は去っていく。


「アイヴァン様……」


 少女──シャーリーはそんな少年の不器用な優しさに救われ、そしてその優しい彼が大好きだった。


 シャーリーの家は伯爵家の家格ではあるものの、織物事業で皇国の経済を支えている関係もあり、皇族からの信頼も厚い。それに加え、皇妃がシャーリーの母親と幼馴染で親しかったため、両家は交流が深く、シャーリーとアイヴァンも幼い頃より遊んでいた。

 アイヴァンがシャーリーよりも一歳上ということもあり、幼い頃は兄と妹のような関係であったが、年を重ねるごとに二人の関係も変わっていく。


 学院の中等部にあがった頃、シャーリーは思いきってアイヴァンに自身の想いを伝えた。


「アイヴァン様、このブレスレットを受け取ってくれませんか!?」


 この国では女性が男性にブレスレットを送るということは、告白の意味。シャーリーは彼の誕生日にそれを渡した。

 シルバーのブレスレットには小さなサファイアの石が埋められていた。

 その石をじっと見たアイヴァンはふっと笑う。


「俺の誕生石、か」


 そう言ってブレスレットを自身の手首につけ、その腕でシャーリーを抱きよせた。


「え……」

「俺を選ぶとは、悪趣味だな」


 ブレスレットをつけたということは、告白を受け入れるという意味。彼のニヒルな笑みと甘い声にシャーリーは頬を染めた。



 そんな絆で結ばれたはずの二人は、雨の日に別れることとなったのだ。

 奇しくも、この日はアイヴァンの誕生日だった。



 シャーリーが雨に濡れて家に帰ると、その姿に母親は驚いた。

 すぐにシャワーを浴びさせ、温かい暖炉で温まらせる。


「何があったの?」


 母親はホットミルクを差し出しながら、シャーリーに尋ねる。

 シャーリーは何も言わずただ首を左右に振った。


 そんな様子を見た母親はブランケットを娘にかけ、優しく背中を撫でる。


「いいのよ、無理に言わなくても。お父様には私から言っておくから」

「ごめんなさい、お母様……」


 謝る娘をぎゅっと抱きしめると、「おやすみなさい」と言って母親は部屋から出た。



 母親はその足で夫であるリストラル伯爵の執務室へと向かった。

 入室して間もなく、リストラル伯爵は妻に尋ねる。


「シャーリーの様子はどうだ?」

「まずは休んでもらってるわ」

「そうか」


 言葉数少なく返事をした彼は、妻に告げる。


「先程、ジャックが王宮から戻った。アイヴァン皇子がシャーリーに婚約解消を言い渡したらしい」

「そんな……! 何かの間違いですわ!」

「安心しろ。すでに調査を進めている」

「それって……」

「ああ、今は皇帝陛下と皇妃殿下がご公務で留守だ。何か、きな臭い」


 リストラル伯爵はこの婚約破棄に潜む「何か」に感づいていた。



 シャーリーが婚約破棄されて数日が経った。


「…………」


 抜け殻のように笑みを失ったシャーリーはじっと窓の外を眺めていた。

 考えれば考えるだけ、いつも思い起こされるのはアイヴァンのことばかり。

 ずっとずっと好きで勇気を出して想いを伝えて傍にいられた人。

 それが遠い遠い存在になってしまった。


「もうお傍にいることは叶わないのね……」


 小さなため息が漏れたその時、ノックの音がした。


「私だ」

「お父様?」


 父親の来訪は珍しい。

 シャーリーはすぐさま立ち上がって扉を開き、父親を招き入れた。


 リストラル伯爵はシャーリーに椅子に座るよう促すと、自身も対面に座って告げる。


「婚約破棄されたそうだな」


 その言葉にシャーリーはドキリとする。

 あれだけ宮殿で大々的に宣言されたのだ。父親の耳に入らないわけがなかった。


「ごめんなさい、お父様……」


 謝ったシャーリーだったが、そんな彼女の言葉は父親の抱擁によって遮られた。


「辛かっただろう、ちゃんと泣いたのか?」

「……はい。泣きました」

「そうか」


 声を震わせながら返事をする娘の背中を優しくポンポンと叩いて、リストラル伯爵は離れた。


 少しの沈黙の後、リストラル伯爵は真剣な瞳でシャーリーに言う。


「この婚約破棄、裏に隣国の陰謀が絡んでいると言ったら、お前はどうする?」

「え……」

「アイヴァン皇子がお前との婚約を解消した時に、皇子の隣にいたのはミティア王女。そうだな?」

「どうしてそれを……」

「先月の六ヵ国親交会談の際、隣国のミティア王女がアイヴァン皇子のことを大層気に入ったそうだ。そして、皇子を手に入れるため、「従わなければシャーリーを殺す」と皇子を脅して無理矢理婚約を迫ったそうだ」


(そんな……)


 彼が告げた婚約解消の理由を知り、シャーリーは動揺する。


「では、皇子は私の命のために……」

「ああ。王女はかなり用意周到に策を練っていた。皇帝陛下と皇妃殿下のいない警備が手薄なタイミングを狙い、皇子に近づいた。皇子の傍にスパイもいたようでな」


 シャーリーは俯き、手のひらをぎゅっと握り締めた。


(アイヴァン様……私は、私は自分で悲しんでばかりで。あなた様の苦しみをちっともわかっていなかった……)


 後悔するシャーリーにリストラル伯爵は告げる。


「シャーリー、お前に選択肢をやろう」

「え……?」

「早馬ですでにこのことは皇帝陛下へ知らせた。だが、アイヴァン皇子とミティア王女の婚約は国益にも繋がるため、このまま皇子を説き伏せて政略結婚させるということもできるとお考えだ」

「そんな、アイヴァン皇子のお心は……!」

「それが政治であり、皇子もご自身の責務と思われるだろう。それでも……」


 リストラル伯爵の言葉にシャーリーはじっと耳を傾ける。


「それでも、お前がアイヴァン皇子と添い遂げたいなら、奪ってこい」

「奪う?」

「自分の力で愛しい者を救え。その覚悟がお前にあるか?」

「私に……」


 シャーリーの中で幼い頃からずっと見てきたアイヴァンの姿を思い起こされる。


(私が楽しい時も悲しい時も、いつも傍にいてくださった。ずっと、ずっと手を離さないでいてくださった。私は、私は……)


 シャーリーは昨日までの虚ろな自身にさよならをし、前を向いた。

 そして、父親に告げる。


「私、行ってきます」


 覚悟を告げた彼女は、宮殿へと走った。


 残されたリストラル伯爵は立ち上がって呟く。


「さあ、久々に我々の大切な者たちに手を出した報いを受けさせるか」


 そう言って部屋を後にした──。



 宮殿に着いたシャーリーは衛兵にアイヴァンの居場所を尋ねる。


「アイヴァン皇子はどちらにいらっしゃいますか!?」

「ちょうど国王陛下と皇妃殿下が戻られるということで謁見の間に……」

「ありがとうございます!」


 シャーリーは謁見の間へと急ぎ、扉を思いっきり開いた。


「な……あなた……」


 そこにはアイヴァンと共にミティアもいた。

 アイヴァンの目がわずかに開かれた後、シャーリーはミティアに近づき、告げる。


「私はアイヴァン皇子が好きです!」


 シャーリーの覚悟のこもった言葉にミティアは虚を突かれた。

 ミティアは彼女が自分の計画を全て「知った」と理解して欲深い本性を現す。


「ふふ、好きですって? 陳腐な言葉! そんな言葉でアイヴァン皇子が手に入ると……」

「殺すなら殺してみなさい」

「は……?」

「私を殺すとアイヴァン様に脅しをかけたのでしょう? 殺してみなさい、私を。できないでしょ?」

「あなた……」


 ミティアは苛立ちを隠そうともせず、その顔をどんどん歪ませていく。

 そんな彼女にシャーリーは短刀を渡した。


「その短刀で私を殺してみなさい」


 シャーリーの挑発的な言動にミティアの怒りは頂点に達した。


「本当に死にたいようね。いいわ、殺してあげるわよっ!!!!」


 ミティアがシャーリーに切りかかった瞬間、シャーリーはするりと彼女の攻撃を躱して懐に入り、短刀を叩き落とした。

 刃が地面に当たり、高音が鳴り響く。

 見事に打ち負かされたミティアは肩をわなわなと震わせて目を見開き怒鳴る。


「ふざけないでちょうだい! アイヴァン皇子と結婚するのは私なの! 両国の利益を考えても私が皇子に嫁ぐほうがいいのよ! でしゃばんないで!」

「黙るのはあなたのほうだ、ミティア王女」


 その瞬間、謁見の間の扉が開かれ皇帝と皇妃が姿を現した。


「父上……」


 二人の帰還にアイヴァンをはじめ、皆膝をついて出迎えた。

 皇帝は威厳ある振る舞いを保ち、ミティア王女に告げる。


「ミティア王女、そなたと愚息の婚約は我が国にとっても非常に有益だ」

「皇帝陛下! では……」

「しかし、いくら気に入ったとはいえ、好いた男の大切な者の命を脅しに使うとはいただけない。悪いが、君に愚息はやれんよ」

「そんな、この婚約がどれほど国益のためになると……」


 ミティアがそう言った瞬間、皇帝が拳を柱に打ち込んだ。


「ひぃっ!」

「そなたの父上にはすでに断りの手紙を送っておる。今すぐここを去らなければ、この拳が次にめり込むのは、そなたの可愛い可愛いお顔になるが、よろしいかな?」


 その言葉にミティアは顔を真っ青にし、側近に告げる。


「か、帰るわよっ!」


 ミティアが去った後、皇帝はアイヴァンに向かっていき、そのまま彼を殴った。


「アイヴァン様っ!」

「この馬鹿者が! 愛しい者すら自分の手で守れず、何が皇子だ!」

「父上……」

「わしらはリストラル伯爵と話がある。後はわかるな?」


 そう言って皇帝と皇妃は謁見の間を後にした。

 

 残されたシャーリーは何か言わなければと口を開く。


「あ、申し訳ございません。勝手にこのようなことを……」

「悪かった」

「え……?」

「父上の言う通りだ。俺はお前を守ったつもりで守れていなかった」


 悔しさを滲ませて唇を噛むアイヴァンの唇に、そっとシャーリーの指が重なる。


「そんなに責めないでください。私も何もできませんでした。お父様に言われて、アイヴァン様が好きで離れたくないって、負けたくないって思って。私こそ情けないです」


 涙を見せながら笑ったシャーリーをアイヴァンは強く抱き寄せる。


「アイヴァン様……」

「もう離さない。絶対にお前を離さないと誓う。だから、もう一度だけチャンスを……」


 その瞬間、アイヴァンの唇をシャーリーの唇が塞いだ。


「シャーリー……」

「許しません。私たちはもう別れました。でも、もう一度伝えさせてください」


 そう言ってあの日と同じシルバーのブレスレットをアイヴァンに渡す。


「好きです」


 二度目の告白は揺るぎない絆を生み出した。




 皇帝がリストラル伯爵へと告げる。


「お前からの早馬で事を知ったが、『鷹のリストラル伯爵』もさすがだな。たくっ、ちゃっかり愚息のブレスレットを回収して娘に渡しおって」

「皇帝陛下はやりすぎです。柱の修理も馬鹿にならないんですから、おやめください」

「わしは猛獣の『虎』じゃからな。約束したじゃろ、お前の『鷹の目』とわしの『虎の牙』この国を守ろうと」

「そうですね、あの二人にバトンを繋ぐその日まで、私と陛下で頑張りますよ」


 そんな会話が外でされていたことを、シャーリーたちは知らない。

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― 新着の感想 ―
彼女を殺すと脅せば何でもしてくれる愚王に陥る所でした。 王となるものが脅しに屈するなんて・・・ これはシャーリーがしっかり引っ張って上げないと駄目ですね。
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