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―転生の果てⅣ―  作者: MOON RAKER 503


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第4話 転生したら大気だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


我は、見えない。


……


どこにでもいて、どこにもいない。


……


我は、大気になった。


……


空気。


……


透明で、形がなく、境界もない。


……


でも、確かに在る。


……


重さがある。


……


いや、重さを感じることはできない。


でも、確かに重い。


……


大気の重さ。


……


地球全体を包む、空気の層。


……


その一部が、我。


……


すべてを包んでいる。


……


〈眠りの女〉の周りに。


いや、彼女の中にも。


……


内と外の区別がない。


……


我は、彼女の呼吸そのものになっている。


……


吸われて、吐かれる。


……


彼女の鼻から入る。


口から入る。


……


気道を通り、分岐し、細くなる。


……


彼女の肺に入り、血液に溶け、細胞を巡り、また外へ。


……


それが、我の循環。


……


生命の循環。


……


かつて、我は海だった。


水として、循環していた。


……


蒸発し、雲になり、雨になり、川になり、また海へ。


……


今は、空気として、循環している。


……


吸われて、吐かれて、また吸われる。


……


形は違うが、本質は同じ。


……


巡ること。


……


止まらずに、動き続けること。


……


それが、存在の基本。


……


彼女が、息を吸う。


……


我は、彼女の鼻から入る。


……


温かい。


……


身体の中は、外よりも温かい。


……


湿っている。


……


粘膜が、我を濾過する。


……


そして、肺へ。


……


広がる空間。


……


無数の小さな部屋に、我は満ちる。


……


そこで、交換が起こる。


……


酸素が取り込まれ、二酸化炭素が放出される。


……


我は、その両方を運ぶ。


……


生命の、最も基本的な営み。


……


呼吸。


……


それを支えているのが、我。


……


彼女が、息を吐く。


……


我は、再び外へ。


……


少しだけ温かくなって。


……


少しだけ湿って。


……


そして、また広がる。


……


大気の中へ。


……


我は、風になる。


……


彼女の吐息が、風を作る。


……


微かな、でも確かな流れ。


……


その流れに乗って、我は動く。


……


街を渡る。


……


ビルの間を抜け、木々の間を通り、窓から部屋へ入る。


……


我は、どこへでも行ける。


……


壁は、我を止められない。


……


隙間があれば、通り抜ける。


……


それが、空気の自由。


……


でも、完全な自由ではない。


……


我には、意志がない。


……


風が吹けば、流され。


温度が変われば、動かされ。


圧力が変われば、押され。


……


我は、ただ従う。


……


自然の法則に。


……


それでいい。


……


抗う必要がない。


……


ただ、在ればいい。


……


彼女の髪が、揺れる。


……


我が、その髪を揺らしている。


……


風として。


……


優しく、そっと。


……


髪の一本一本に触れる。


……


見えないが、確かに触れている。


……


彼女は、それに気づいているだろうか。


……


気づいていないかもしれない。


……


空気は、そういうものだ。


……


当たり前すぎて、意識されない。


……


でも、いなくなれば、すぐにわかる。


……


呼吸ができなくなる。


……


生きられなくなる。


……


我は、そういう存在。


……


透明だが、不可欠な存在。


……


街に、音が満ちている。


……


車の音。


エンジンの唸り。


タイヤが路面を擦る音。


……


人の声。


話し声。


笑い声。


叫び声。


……


鳥の鳴き声。


犬の吠える声。


……


それら全てを、我は運ぶ。


……


音とは、空気の振動。


……


我が振動することで、音は伝わる。


……


波として。


……


目に見えない波が、我の中を進む。


……


我がいなければ、世界は無音。


……


真空の、沈黙の世界。


……


でも、我がいるから、世界は響く。


……


音楽も、会話も、すべて。


……


彼女の声も、我を通して届く。


……


「こんにちは」


……


その言葉が、我を震わせる。


……


声帯が震え、その振動が我に伝わる。


……


我は、その振動を遠くへ運ぶ。


……


広がりながら。


減衰しながら。


……


相手の耳へ。


……


そして、相手の鼓膜を震わせる。


……


言葉が、伝わる。


……


意味が、伝わる。


……


心が、伝わる。


……


我は、その媒介。


……


人と人を繋ぐ、見えない橋。


……


コミュニケーションの、基盤。


……


そして、相手の鼓膜を震わせる。


……


言葉が、伝わる。


……


我は、その媒介。


……


人と人を繋ぐ、見えない橋。


……


雨が降り始める。


……


我は、その雨を感じる。


……


水滴が、我の中を落ちていく。


……


重力に引かれて。


……


一粒、また一粒。


……


我は、少し重くなる。


……


湿度が上がる。


……


水分を含んだ空気。


……


飽和に近づく。


……


それは、海に似ていた。


……


かつて、我は海だった。


……


今は、空気だが、水を含んでいる。


……


形を変えた、水。


……


液体から、気体へ。


……


蒸発し、雲になり、雨になる。


……


その循環の一部を、我は今も担っている。


……


水の旅。


……


海から空へ。


空から大地へ。


大地から海へ。


……


永遠に巡る。


……


我は、その一部。


……


彼女が、傘を開く。


……


バサッ、と音がする。


……


その音も、我が運んだ。


……


我は、その傘の下に入る。


……


いや、傘の上にも、横にもいる。


……


我は、どこにでもいる。


……


傘は、雨を遮るが、我は遮れない。


……


雨粒が、我を押しのける。


……


でも、我は消えない。


……


ただ、動くだけ。


……


場所を変えるだけ。


……


空気は、なくならない。


……


押されても、圧縮されても。


……


形を変え、場所を変えるだけ。


……


それは、魂に似ていた。


……


消えることなく、ただ変容する。


……


雨が、やむ。


……


雲の切れ間から、光が差す。


……


我は、その光を通す。


……


透明だから。


……


光は、我を通り抜けて、地面に届く。


……


影を作る。


……


形を与える。


……


我には形がないが、光を通すことで、世界に形を与える。


……


屈折させることで。


散乱させることで。


……


青い空も、我が作っている。


……


光が我に当たり、青だけが散る。


……


それが、空の色。


……


それも、我の役割。


……


彼女が、深呼吸をする。


……


大きく、吸って。


……


我は、たくさん彼女の中へ入る。


……


そして、ゆっくり吐かれる。


……


その吐息の中に、安堵がある。


……


我は、それを感じる。


……


空気は、感情も運ぶ。


……


ため息には、疲れがある。


笑い声には、喜びがある。


泣き声には、悲しみがある。


……


我は、それら全てを知っている。


……


感じている。


……


でも、何もできない。


……


ただ、そこに在るだけ。


……


それが、空気の限界。


……


でも、それでいい。


……


在ることが、支えることだから。


……


夜になる。


……


気温が下がる。


……


我は、少し重くなる。


……


冷たい空気は、重い。


……


密度が高い。


……


下へ、下へと沈む。


……


でも、温かい場所では上がる。


……


対流。


……


我は、その間を循環する。


……


上昇し、下降し、また上昇する。


……


永遠に。


……


止まることなく。


……


彼女が、部屋に戻る。


……


窓が閉まる。


……


カチャ、と音がする。


……


我は、部屋の中に閉じ込められる。


……


いや、一部が。


……


でも、閉じ込められたとは思わない。


……


どこにいても、我は我。


……


外にいても、中にいても。


……


部屋の中の我は、限られた空間を巡る。


……


彼女の呼吸に合わせて。


……


ただ、在るだけ。


……


部屋の隅々まで。


……


天井近くも、床近くも。


……


彼女が、また息をする。


……


我は、また吸われる。


……


また吐かれる。


……


それを、繰り返す。


……


永遠に。


……


夜の間も、昼の間も。


……


眠っている間も、起きている間も。


……


我は、常に彼女と共にいる。


……


見えないが、確かに。


……


我は、見えない。


……


でも、確かに在る。


……


すべてを包み、すべてを繋ぎ、すべてを運ぶ。


……


それが、大気。


……


それが、我。


……


透明な、でも不可欠な存在。


……


呼吸として。


……


風として。


……


音として。


……


世界の、基盤として。


……


我は、在り続ける。


……


静かに。


……


永遠に。


……


……


……


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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