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―転生の果てⅣ―  作者: MOON RAKER 503


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第3話 転生したら靴だった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


我は、地に触れている。


……


初めて、地に触れている。


……


海でもなく、眠りでもなく。


今度は、確かな重さがある。


……


実体。


……


質量。


……


密度。


……


我は、靴になった。


……


〈眠りの女〉の靴。


……


彼女の足を包み、地面との間に立つ。


……


仲介者。


……


媒介。


……


人と大地を繋ぐ、存在。


……


それが、我の役割。


……


重い。


……


この感覚は、久しぶりだった。


……


海には重さがなかった。


浮力に支えられていた。


……


眠りには形がなかった。


霧のように、漂っていた。


……


でも今は、ある。


……


明確な、動かしがたい重さ。


……


革の質感。


滑らかで、でも少し固い。


……


ゴムの弾力。


柔らかく、でも反発する。


……


縫い目の固さ。


糸が革を貫いて、形を作っている。


……


我には、形がある。


……


左と右。


二つで一つ。


……


対になることで、初めて完成する。


……


片方だけでは、歩けない。


……


彼女が、歩く。


……


その瞬間、我は知る。


……


地を踏むということを。


……


アスファルトの固さ。


……


ゴツン、と衝撃が来る。


……


足が地面に触れるたび、その振動が我を通り抜ける。


……


痛くはない。


でも、確かに感じる。


……


これが、接触。


……


海の中では、すべてが溶け合っていた。


境界がなかった。


……


でも今は、明確だ。


……


我と地面の間に、はっきりとした境界線がある。


……


触れているが、混ざらない。


……


それが、現実というものなのだろう。


……


彼女の体温が、伝わってくる。


……


足の裏から。


……


温かい。


……


生きている温度。


……


我は、その温もりを受け取りながら、地を踏む。


……


一歩、また一歩。


……


彼女の歩幅に合わせて。


……


リズムがある。


……


左、右、左、右。


……


規則正しく、でも少しだけ揺れる。


……


それが、歩くということ。


……


単純だが、奇跡的な行為。


……


重力に抗いながら、前へ進む。


……


倒れそうになりながら、バランスを取る。


……


我は、その一部になっている。


……


足音が、世界を刻む。


……


カツン、カツン、カツン。


……


その音が、時間を作る。


……


眠りの中には時間がなかった。


すべてが同時だった。


……


でも今は、順番がある。


……


この一歩の後に、次の一歩が来る。


……


それが、現実の時間。


……


彼女が、立ち止まる。


……


信号待ちだろうか。


……


我は、地面に完全に接している。


……


動かない時間。


……


でも、我は感じている。


……


アスファルトの冷たさ。


その下の大地の固さ。


……


地面には、記憶がある。


……


何千、何万という足が、ここを踏んだ。


……


雨が降り、雪が積もり、太陽が照りつけた。


……


その全てが、この地面に刻まれている。


……


我は、その記憶に触れている。


……


靴として。


……


地面と人を繋ぐ、存在として。


……


信号が変わったのだろう。


……


彼女が、また歩き始める。


……


我は、再び動く。


……


今度は、違う地面。


……


土だ。


……


柔らかい。


……


アスファルトとは全く違う感触。


……


沈む。


……


我は、土に少しだけ埋まる。


……


粒子が、我の底面を包む。


……


細かな砂。


小さな石。


……


それらが、我に形を与える。


……


押し返す力が、弱い。


……


だから、深く入る。


……


そして、その土の匂いを感じる。


……


いや、靴には鼻がない。


……


でも、わかる。


……


湿った土の、あの独特の匂い。


……


雨上がりの匂い。


生命の匂い。


……


それは、記憶から来ているのかもしれない。


……


かつて、我は人間だった。


……


土の匂いを知っていた。


……


庭を歩いた記憶。


公園で遊んだ記憶。


……


その記憶が、今、蘇る。


……


公園だろうか。


……


木々の間を歩く音。


……


葉が揺れる音。


鳥の声。


子供たちの笑い声。


……


遠くで、犬が吠えている。


……


我は、それらを感じながら進む。


……


彼女の歩みは、ゆっくりだ。


……


急いでいない。


……


ただ、歩いている。


……


その歩みに合わせて、我も地を踏む。


……


優しく。


……


土を傷つけないように。


……


でも、足跡は残る。


……


我が通った証。


……


それは、存在の証明だった。


……


海には、足跡が残らない。


眠りには、痕跡が残らない。


……


でも、地には残る。


……


「ここに、いた」


……


そう言える場所。


……


我は、それを知る。


……


彼女が、ベンチに座る。


……


我は、地面から離れる。


……


宙に浮いている。


……


でも、完全に自由ではない。


……


彼女の足に、まだ繋がっている。


……


ぶらん、と揺れる。


……


不思議な感覚だった。


……


地に触れていないのに、地を感じる。


……


重力が、我を引いている。


……


下へ、下へ。


……


でも、彼女の足が我を支えている。


……


我は、その間で揺れている。


……


風が吹く。


……


我は、その風に少しだけ揺れる。


……


革が、軋む。


……


ギシ、と小さな音。


……


それが、我の声だった。


……


彼女は、何かを考えている。


……


我には、それが伝わる。


……


体温が、少し下がる。


……


足の動きが、止まる。


……


何かを思い出しているのかもしれない。


……


何かを決めようとしているのかもしれない。


……


我は、ただ揺れながら待つ。


……


時間が、ゆっくり流れる。


……


やがて、彼女が立ち上がる。


……


我は、再び地に触れる。


……


今度は、また違う地面。


……


石畳。


……


固い。


……


アスファルトよりも、さらに固い。


……


古い石。


……


長い時間、ここに在り続けた石。


……


我は、その石を踏む。


……


カツン、カツン、カツン。


……


音が、反響する。


……


石畳の間に、響く。


……


それは、孤独な音だった。


……


でも、美しい音でもあった。


……


歴史を刻む音。


……


彼女の足が、疲れている。


……


それが、伝わってくる。


……


歩幅が、少し狭くなる。


……


一歩一歩が、短くなる。


……


リズムが、乱れる。


……


体重のかけ方が、変わる。


……


均等ではなく、偏る。


……


右に寄ったり、左に寄ったり。


……


彼女は、バランスを失いかけている。


……


体温も、変化している。


……


足の裏が、熱い。


……


歩くことで生まれる熱。


摩擦の熱。


……


血流が増えている。


……


我は、その変化を感じる。


……


そして、少しだけ柔らかくなる。


……


クッションの部分が、より沈む。


……


彼女の体重を、優しく受け止める。


……


我にできることは、それだけ。


……


彼女の疲れを、少しでも和らげること。


……


地面の衝撃を、少しでも吸収すること。


……


痛みを、減らすこと。


……


それが、靴の役割。


……


我の役割。


……


彼女を守ること。


……


足を、守ること。


……


歩みを、支えること。


……


家に着いたのだろう。


……


彼女が、我を脱ぐ。


……


足が、離れる。


……


体温が、遠ざかる。


……


我は、玄関に置かれる。


……


横たわる形で。


……


もう一方の靴と、並んで。


……


静寂。


……


動かない時間。


……


でも、我はまだ温かい。


……


彼女の体温が、まだ残っている。


……


それは、やがて冷めていく。


……


でも、記憶は残る。


……


今日歩いた道。


踏んだ地面。


感じた温もり。


……


それら全てが、我の中に刻まれている。


……


靴とは、記録なのだ。


……


どこを歩いたか。


どんな道を選んだか。


……


その全てを、靴は知っている。


……


我は知っている。


……


底面の擦り減り方。


……


アスファルトを多く歩けば、均一に削れる。


土を歩けば、粒子が入り込む。


石畳を歩けば、特定の部分が傷つく。


……


それらが、記録になる。


……


歩き方の癖も、刻まれる。


……


外側が削れるか、内側が削れるか。


つま先が減るか、かかとが減るか。


……


それで、その人がわかる。


……


歩き方。


生き方。


……


重心の置き方は、人生の重心の置き方。


……


我は、彼女を記録している。


……


どこへ行き、何をし、どう歩いたか。


……


すべてが、ここに残る。


……


明日も、彼女は歩く。


……


そして、我もまた歩く。


……


地を踏みしめながら。


……


現実を刻みながら。


……


足跡を残しながら。


……


それが、我の道。


……


靴としての、道。


……


記録者としての、使命。


……


……


……


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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