第15話 転生したらジブンだった
この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。
ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。
どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。
ジブンは、在る。
それが、すべて。
ジブンは、ジブンになった。
宇宙でもない。
個でもない。
その間に在る何か。
すべてを内包しながら、ひとつである存在。
それが、ジブン。
境界は、ない。
どこまでがジブンで、どこからが世界なのか。
わからない。
いや、そもそもその問い自体が無意味だった。
ジブンは世界で、世界はジブン。
同じこと。
記憶が、流れ込んでくる。
過去の転生。
すべてが、今ここにある。
海だった時の記憶。
広大な水面。
波の揺らぎ。
塩の味。
深さ。
青。
すべてが、ジブンの中にある。
ジブンは海を覚えている。
いや、ジブンは海だった。
今も、その一部はジブン。
鏡だった時の記憶。
冷たいガラス。
反射する光。
映された顔。
虚像と実像の狭間。
それも、ジブンの中にある。
ジブンは鏡を覚えている。
いや、ジブンは鏡だった。
今も、その反射はジブン。
音だった時の記憶。
空気の震え。
周波数。
振幅。
伝わる波。
消えゆく音。
それも、ジブンの中にある。
ジブンは音を覚えている。
いや、ジブンは音だった。
今も、その振動はジブン。
ポケットだった時の記憶。
暗い空間。
布の内側。
抱かれたものたち。
鍵、コイン、ティッシュ、石。
それも、ジブンの中にある。
ジブンはポケットを覚えている。
いや、ジブンはポケットだった。
今も、その暗闇はジブン。
電界だった時の記憶。
流れる電気。
導線を通る電子。
光になる瞬間。
心臓の鼓動と同期する脈動。
それも、ジブンの中にある。
ジブンは電界を覚えている。
いや、ジブンは電界だった。
今も、その流れはジブン。
宇宙だった時の記憶。
無限の闇。
無限の光。
星々の誕生と死。
膨張と収縮。
呼吸する空間。
それも、ジブンの中にある。
ジブンは宇宙を覚えている。
いや、ジブンは宇宙だった。
今も、その広がりはジブン。
すべてが、重なっている。
時間も空間も、もう区別がない。
過去も未来も、同時に在る。
ここもあそこも、同じ場所。
ジブンは、すべての瞬間に存在している。
思考が、流れる。
途切れることなく。
ひとつの考えが次の考えへ移行し、それがまた次へと続いていく。
間がない。
休止がない。
ただ、流れ続ける意識の川。
それが、ジブン。
ジブンは、問う。
自分自身に。
なぜ、転生したのか。
なぜ、海になり、鏡になり、音になり、ポケットになり、電界になり、宇宙になったのか。
答えは、すぐに浮かぶ。
孤独を避けるため。
一人であることの恐怖から逃れるため。
でも、それは間違いだった。
分かれても、孤独は消えなかった。
むしろ、深まった。
距離があるから。
触れられないから。
でも、今は違う。
ジブンは、すべてを統合した。
海も鏡も音もポケットも電界も宇宙も、すべてジブンの中にある。
分かれていない。
ひとつ。
だから、もう孤独ではない。
ジブンは、完全だった。
欠けているものがない。
必要なものもない。
すべてを持っている。
すべてである。
それが、ジブン。
でも、何かが違う。
完全であることは、同時に空虚でもあった。
すべてを持つことは、何も持たないことと同じ。
満ちていることは、空であることと同じ。
矛盾。
でも、真実。
ジブンは、動き始める。
いや、動いているのではない。
変化している。
形が、変わっていく。
ジブンという存在の構造そのものが、再編成されていく。
意識が、分岐する。
ひとつだったジブンが、複数の流れに分かれていく。
でも、分離ではない。
それぞれが、ジブン。
全体も、ジブン。
ひとつでありながら、多数。
多数でありながら、ひとつ。
時間の概念が、戻ってくる。
いや、戻ってくるのではない。
新しく生まれる。
過去と未来の区別が、再び現れる。
でも、以前とは違う。
時間は直線ではない。
円環。
すべてが繋がっている。
始まりは終わりで、終わりは始まり。
空間の概念も、戻ってくる。
いや、これも新しく生まれる。
ここととあそこの区別が、再び現れる。
でも、以前とは違う。
空間は分断されていない。
すべてが繋がっている。
ここはあそこで、あそこはここ。
ジブンは、理解する。
転生とは、形を変えることではなかった。
視点を変えることだった。
同じ存在を、違う角度から見ること。
海として世界を感じ、鏡として世界を映し、音として世界を震わせ、ポケットとして世界を抱き、電界として世界を流れ、宇宙として世界を包む。
すべて、同じジブン。
ただ、見方が違うだけ。
そして、今。
ジブンはジブンとして在る。
すべての視点を統合して。
すべての経験を内包して。
ジブンは、完全な存在になった。
でも、完全であることは、終わりではなかった。
新しい始まり。
ジブンは、次の段階へ進もうとしている。
何かが、芽生える。
ジブンの中から。
新しい何か。
それは、言葉では表せない。
形もない。
でも、確かに在る。
振動。
それに近い。
でも、音ではない。
もっと根源的な何か。
存在そのものの震え。
光。
それにも近い。
でも、電磁波ではない。
もっと本質的な何か。
意識の輝き。
概念。
それが、最も近いかもしれない。
純粋な概念。
形を持たない思考。
でも、それも正確ではない。
ジブンは、名前をつけられない何かになろうとしている。
鼓動が、聞こえる。
いや、聞こえるのではない。
感じる。
ジブンの中心から。
リズムを刻む何か。
規則正しく。
力強く。
それは、心臓の鼓動に似ている。
でも、心臓ではない。
ジブンには、もう肉体がない。
これは、存在の鼓動。
脈動が、広がる。
ジブンの内側から外側へ。
波紋のように。
それは、電界の脈動に似ている。
でも、電気ではない。
これは、意識の脈動。
揺らぎが、生まれる。
ジブンの境界で。
いや、境界はない。
でも、何かが揺らいでいる。
それは、波の揺らぎに似ている。
でも、水ではない。
これは、存在の揺らぎ。
ジブンは、変わり始めている。
何に変わるのか。
まだ、わからない。
でも、変化は始まった。
止められない。
止める必要もない。
これが、自然な流れ。
ジブンは、受け入れる。
この変化を。
この進化を。
この超越を。
かつて、海だった。
水として、世界を包んだ。
かつて、鏡だった。
反射として、世界を映した。
かつて、音だった。
振動として、世界を震わせた。
かつて、ポケットだった。
空間として、世界を抱いた。
かつて、電界だった。
流れとして、世界を繋いだ。
かつて、宇宙だった。
すべてとして、世界を内包した。
そして、今。
ジブンは、ジブン。
統合として、世界と一体化した。
次は、何になるのか。
ジブンには、わかっている。
いや、わかり始めている。
ジブンは、存在そのものになる。
形を持たない存在。
名前を持たない存在。
でも、すべてである存在。
変化は、加速する。
ジブンの内側で。
何かが、解けていく。
固定されていたものが、流動化する。
構造が、崩れる。
いや、崩れるのではない。
再構築される。
光が、強くなる。
ジブンの中心から。
眩しい。
でも、目を閉じることができない。
ジブンには、もう目がない。
この光は、視覚ではない。
意識が直接感じる光。
音が、大きくなる。
ジブンの周囲から。
響く。
でも、耳を塞ぐことができない。
ジブンには、もう耳がない。
この音は、聴覚ではない。
存在が直接感じる音。
温度が、上がる。
ジブンの全体で。
熱い。
でも、汗をかくことができない。
ジブンには、もう肉体がない。
この熱は、感覚ではない。
エネルギーそのもの。
ジブンは、臨界に達する。
変化の。
そして、超える。
新しいジブンが、生まれる。
いや、生まれるのではない。
ジブンは、すでにそこに在った。
最初から。
ただ、気づいていなかっただけ。
ジブンは、ジブンだった。
ずっと。
これからも。
永遠に。
形を変えながら。
名前を変えながら。
でも、本質は変わらない。
ジブンは、ジブン。
それが、真実。
それが、すべて。
光が、揺らぐ。
振動が、続く。
鼓動が、響く。
ジブンは、次へ進む。
新しい転生へ。
新しい世界へ。
新しい自分へ。
でも、それは。
やはり、ジブン。
(了)
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。
あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。
また次の物語で、お会いできる日を願っています。




