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―転生の果てⅣ―  作者: MOON RAKER 503


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第12話 転生したらポケットだった

この物語を手に取ってくださり、ありがとうございます。

ほんのひとときでも、あなたの心に何かが残れば幸いです。

どうぞ、ゆっくりと物語の世界へ。


我は、抱く。


……


小さなものたちを。


……


我は、ポケットになった。


……


〈眠りの女〉の、コートのポケット。


……


右側。


……


深さ20センチ。


……


幅15センチ。


……


布で作られた、小さな空間。


……


縫い目が、我を形作る。


……


四つの辺。


……


糸で、結ばれた。


……


内側は、裏地。


……


滑らかな、化繊。


……


外側は、ウール。


……


厚い、生地。


……


その間に、我は存在する。


……


暗い。


……


光が、入らない。


……


閉じられた、世界。


……


でも、我は存在している。


……


ここに。


……


何かが、入ってくる。


……


上から。


……


開口部から。


……


彼女の手。


……


指先が、我の中に滑り込む。


……


温かい。


……


体温が、伝わってくる。


……


36度。


……


人の温度。


……


生きている温度。


……


布を通して。


……


我の内壁に。


……


じんわりと。


……


広がる。


……


我の布が、その熱を吸収する。


……


でも、すぐに冷める。


……


手が去れば。


……


彼女は、探している。


……


何かを。


……


指先が、動く。


……


底を、探る。


……


左右を、確かめる。


……


でも、何もない。


……


我は、空っぽだから。


……


まだ。


……


手が、引き抜かれる。


……


温もりが、去る。


……


我は、また暗闇に戻る。


……


静かに。


……


何かが、落ちてくる。


……


小さな、硬いもの。


……


カチャリ。


……


音を立てて。


……


底に当たる。


……


鍵だ。


……


家の鍵。


……


金属製。


……


冷たい。


……


我は、それを受け止める。


……


底で。


……


静かに。


……


鍵は、じっとしている。


……


動かない。


……


我の中で。


……


時間が経つ。


……


また、何かが入ってくる。


……


柔らかいもの。


……


ティッシュ。


……


使われていない、新しいもの。


……


ふわりと、落ちる。


……


鍵の隣に。


……


我は、二つを抱く。


……


鍵と、ティッシュ。


……


性質が、まったく違う。


……


硬いものと、柔らかいもの。


……


冷たいものと、温かいもの。


……


でも、どちらも我の中。


……


等しく。


……


さらに、入ってくる。


……


紙。


……


折りたたまれた、レシート。


……


薬局の、レシート。


……


日付が、印字されている。


……


でも、暗くて見えない。


……


我の中は、光がないから。


……


レシートは、鍵とティッシュの間に挟まる。


……


我の中で、小さな社会ができる。


……


三つのものが。


……


それぞれの場所を占める。


……


コインが、落ちてくる。


……


チャリン。


……


金属音。


……


百円玉。


……


一枚。


……


転がって。


……


底の隅に落ち着く。


……


鍵の隣。


……


我の中が、少しずつ満ちていく。


……


彼女の日常が、詰め込まれていく。


……


必要なもの。


……


いつか使うもの。


……


忘れられたもの。


……


すべてが、我の中に。


……


手が、また入ってくる。


……


今度は、探している。


……


鍵を。


……


指先が、底を探る。


……


触れる。


……


鍵に。


……


つかむ。


……


引き上げる。


……


鍵が、去る。


……


我の中から。


……


出ていく。


……


外の世界へ。


……


我は、少し軽くなる。


……


でも、すぐに。


……


また何かが入る。


……


リップクリーム。


……


小さな、円筒形。


……


ころんと、落ちる。


……


我の中は、循環する。


……


出ていくもの。


……


入ってくるもの。


……


留まるもの。


……


それらが、入れ替わる。


……


常に。


……


我は、その流れの中にいる。


……


飴の包み紙が、入る。


……


くしゃくしゃに丸められた。


……


もう不要なもの。


……


ゴミ。


……


でも、我は拒まない。


……


受け入れる。


……


すべてを。


……


必要なものも。


……


不要なものも。


……


我の中では、等しい。


……


ヘアピンが、入る。


……


細い、金属製。


……


底で、コインと並ぶ。


……


小さな金属たちが。


……


集まっていく。


……


ボタンが、転がり込む。


……


取れてしまった、ボタン。


……


白い。


……


プラスチック製。


……


四つ穴の。


……


いつか、縫い付けるつもり。


……


でも、いつかは来ない。


……


ボタンは、我の中で待ち続ける。


……


彼女が、歩く。


……


我は、揺れる。


……


コートと共に。


……


左右に。


……


前後に。


……


中のものたちが、動く。


……


カチャカチャと。


……


音を立てて。


……


小さな音楽。


……


我だけに聞こえる。


……


外には、聞こえない。


……


布が、遮るから。


……


彼女が、立ち止まる。


……


我も、止まる。


……


中のものたちも、静かになる。


……


それぞれの場所に。


……


落ち着く。


……


我は、観察する。


……


中の世界を。


……


小さな宇宙を。


……


ここには、重力がある。


……


下へ引く力。


……


だから、すべてが底に集まる。


……


でも、時々。


……


彼女が走ると。


……


ものたちが跳ねる。


……


一瞬、浮く。


……


そして、また落ちる。


……


それが、我の中の出来事。


……


外の世界とは、違う。


……


独立した、空間。


……


夜。


……


彼女が、コートを脱ぐ。


……


ハンガーに、かける。


……


我は、垂れ下がる。


……


重力に従って。


……


中のものたちが、下に集まる。


……


さらに。


……


密集する。


……


リップクリームが、コインを押す。


……


コインが、ヘアピンに当たる。


……


ヘアピンが、ボタンに触れる。


……


すべてが、接触している。


……


小さな接点で。


……


それが、我の中の現実。


……


朝。


……


彼女が、コートを着る。


……


我は、再び動き出す。


……


揺れる。


……


中のものたちも、目覚める。


……


静止から、運動へ。


……


手が、入ってくる。


……


何かを探している。


……


急いで。


……


指先が、掻き回す。


……


中を。


……


リップクリームを、避ける。


……


コインを、よける。


……


ティッシュを、押しのける。


……


探しているのは、鍵。


……


でも、見つからない。


……


もう、ない。


……


昨日、出したから。


……


彼女は、焦る。


……


もう一度、探る。


……


我の隅々を。


……


でも、やはりない。


……


手が、引き抜かれる。


……


我の中は、乱れている。


……


ものたちの配置が、変わった。


……


でも、すぐに。


……


歩く振動で。


……


また整理される。


……


自然に。


……


重力に従って。


……


我の中には、歴史がある。


……


最初に入ったもの。


……


それは、今どこに。


……


もう、ないかもしれない。


……


出されたか。


……


底に沈んだか。


……


忘れられたか。


……


でも、痕跡は残る。


……


わずかな汚れ。


……


布の擦れ。


……


繊維の毛羽立ち。


……


それが、記憶。


……


我の、記憶。


……


底の角が、特に擦れている。


……


何度も。


……


硬いものが当たったから。


……


鍵が。


……


コインが。


……


金属たちが。


……


布を、傷つけた。


……


わずかに。


……


でも、確実に。


……


我は、少しずつ古くなる。


……


使われるほど。


……


時間が経つほど。


……


それも、我の人生。


……


雨の日。


……


彼女が、手を入れる。


……


濡れた手。


……


水滴が、落ちる。


……


我の中に。


……


冷たい。


……


布が、湿る。


……


中のものたちも、濡れる。


……


レシートが、ふやける。


……


文字が、滲む。


……


でも、我は受け入れる。


……


それも、日常。


……


時間が経つ。


……


我の中は、変化する。


……


新しいものが、入る。


……


古いものが、出る。


……


留まるものが、忘れられる。


……


我は、その変化を見つめる。


……


静かに。


……


暗闇の中で。


……


何かが、底の隅にある。


……


ずっと。


……


小さな石。


……


いつ入ったのか。


……


覚えていない。


……


彼女も、気づいていない。


……


でも、ある。


……


確かに。


……


我の、最深部に。


……


それは、動かない。


……


他のものが出入りしても。


……


ずっと、そこにいる。


……


忘れられた、存在。


……


灰色の、小石。


……


角が取れて。


……


丸い。


……


直径5ミリ。


……


どこかの道で。


……


彼女の靴に挟まり。


……


そして、落ちた。


……


我の中に。


……


それ以来。


……


ずっと、そこに。


……


三ヶ月。


……


いや、もっと。


……


半年か。


……


一年か。


……


時間が、わからない。


……


我の中では。


……


でも、我は知っている。


……


そこに、あることを。


……


我は、ポケット。


……


忘却と記憶の、間。


……


必要と不要の、境界。


……


日常と非日常の、接点。


……


そこに、我は在る。


……


小さな宇宙として。


……


暗闇の中で。


……


すべてを抱いて。


……


静かに。


……


永遠に。


……


ある時。


……


それは、終わる。


……


彼女が、コートを脱ぐ。


……


最後に。


……


クリーニングに、出す。


……


我は、空にされる。


……


すべてが、取り出される。


……


鍵も。


……


コインも。


……


ティッシュも。


……


そして、小石も。


……


底の隅の、忘れられた石も。


……


すべてが、去る。


……


我は、完全に空になる。


……


でも、消えない。


……


形を、変える。


……


布が、ほどかれていく。


……


糸が、解かれる。


……


繊維が、ばらばらになる。


……


そして、流れ始める。


……


電気として。


……


洗濯機の中で。


……


水と共に。


……


回転する中で。


……


我は、電界になる。


……


……


……


(了)

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。

あなたの時間を少しでも楽しませることができたなら、それが何よりの喜びです。

また次の物語で、お会いできる日を願っています。


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