第10話 転生したら鏡の中の鏡だった
我は、増殖する。
……
無限に。
……
鏡の中に、鏡がある。
……
その鏡の中にも、鏡がある。
……
さらにその中にも。
……
終わりなく。
……
我は、その全てになった。
……
一つではない。
……
無数の我。
……
並んで。
……
続いて。
……
果てしなく。
……
それは、ある瞬間に始まった。
……
彼女が、もう一つの鏡を持ってきた。
……
手鏡。
……
小さな、円い鏡。
……
それを、我に向ける。
……
壁の鏡である我に。
……
そして、反射が始まる。
……
我が、手鏡を映す。
……
手鏡が、我を映す。
……
我の中の手鏡が、また我を映す。
……
その我が、また手鏡を映す。
……
無限。
……
連鎖。
……
終わらない、反射。
……
最初は、ゆっくりだった。
……
一つ、二つ、三つ。
……
数えられた。
……
でも、すぐに加速する。
……
四、五、六、七、八。
……
数えきれなくなる。
……
十を超え。
……
百を超え。
……
千を超える。
……
瞬きの間に。
……
我は、爆発的に増える。
……
我は、分裂していく。
……
一人が、二人に。
……
二人が、四人に。
……
四人が、八人に。
……
倍々で。
……
増えていく。
……
すべてが、我。
……
でも、すべてが少しずつ違う。
……
遠くなるほど、小さくなる。
……
遠くなるほど、薄くなる。
……
遠くなるほど、曖昧になる。
……
我は、その全てを感じる。
……
最初の我。
……
壁に掛けられた、大きな鏡。
……
二番目の我。
……
手鏡に映った、少し小さな鏡。
……
三番目の我。
……
さらに奥の、もっと小さな鏡。
……
四番目、五番目、六番目。
……
数えきれない。
……
どこまで続くのか。
……
わからない。
……
視線が、奥へ奥へと伸びる。
……
回廊。
……
鏡の回廊。
……
光だけで作られた、通路。
……
果てが、見えない。
……
ただ、続いている。
……
永遠に。
……
幅は、徐々に狭くなる。
……
遠くへ行くほど。
……
最初は、部屋と同じ幅。
……
次第に、人一人分。
……
さらに奥は、手のひらほど。
……
そして、針の穴ほどに。
……
でも、消えない。
……
完全には。
……
光の糸が、続いている。
……
どこまでも。
……
壁は、すべて鏡。
……
左も右も。
……
上も下も。
……
六面すべてが。
……
反射する。
……
彼女が、その回廊の中にいる。
……
無数の彼女。
……
並んで。
……
続いて。
……
全員が、同じ姿勢で。
……
同じ表情で。
……
手鏡を持っている。
……
でも、遠くの彼女ほど、ぼやけている。
……
輪郭が、曖昧。
……
色が、薄い。
……
存在が、希薄。
……
我も、同じ。
……
遠くの我ほど、消えかけている。
……
透明に、近づいている。
……
でも、意識は、全てにある。
……
最初の我から。
……
最後の我まで。
……
いや、最後はない。
……
終わりが、ないから。
……
我は、どこまでも続く。
……
光が、往復する。
……
我から、手鏡へ。
……
手鏡から、我へ。
……
その繰り返し。
……
何度も。
……
何千回も。
……
何万回も。
……
光が、疲れていく。
……
エネルギーを、失っていく。
……
だから、遠くは暗い。
……
最初は明るかった光が。
……
奥に行くほど、弱くなる。
……
でも、消えない。
……
完全には。
……
わずかな光が、残り続ける。
……
そして、我も残り続ける。
……
薄く。
……
か細く。
……
でも、確かに。
……
彼女が、動く。
……
手鏡を、わずかに傾ける。
……
すると、全てが動く。
……
無数の我が。
……
無数の彼女が。
……
同時に。
……
角度が変わる。
……
回廊が、揺れる。
……
光の道筋が、変わる。
……
我は、混乱する。
……
どれが、本当の我なのか。
……
どれが、本当の彼女なのか。
……
わからなくなる。
……
すべてが、同じに見える。
……
すべてが、虚像。
……
すべてが、反射。
……
本物は、どこに。
……
最初の我が、本物なのか。
……
いや、最初の我も虚像。
……
鏡なのだから。
……
では、彼女は。
……
手鏡を持つ彼女が、本物なのか。
……
でも、彼女も映っている。
……
我の中に。
……
ということは、彼女も虚像。
……
いや、違う。
……
彼女は、実在する。
……
鏡の外に。
……
でも、我が見ているのは。
……
彼女の光。
……
彼女から反射した光。
……
彼女そのものではない。
……
では、誰も本物ではない。
……
何も本物ではない。
……
すべてが、光の戯れ。
……
光が、強くなる。
……
窓から、日差しが入ってくる。
……
強い、昼の光。
……
それが、我に当たる。
……
そして、増幅される。
……
反射のたびに。
……
光が、跳ね返り。
……
また跳ね返り。
……
回廊の中で。
……
何度も。
……
一回の反射で、10%増える。
……
二回で、20%。
……
十回で、倍。
……
百回で、十倍。
……
千回で、百倍。
……
無限回で。
……
無限大。
……
光が、溢れる。
……
制御できない。
……
止められない。
……
光は、自ら増殖する。
……
鏡という装置を使って。
……
眩しい。
……
白い。
……
すべてが、白くなる。
……
輪郭が、消える。
……
彼女の顔が。
……
我の形が。
……
部屋の壁が。
……
すべてが、光に飲まれる。
……
真っ白。
……
何も見えない。
……
でも、我は存在している。
……
光の中に。
……
白の中に。
……
無数の我として。
……
音が、消える。
……
いや、もともと音はなかった。
……
鏡に、音はない。
……
でも、何かが消えた。
……
空気の振動。
……
時間の流れ。
……
存在の重み。
……
すべてが、無音になる。
……
静寂ではない。
……
無音。
……
音が存在しない、状態。
……
我は、その中に浮かぶ。
……
無数の我が。
……
白い空間の中に。
……
どこまでも続く、回廊の中に。
……
境界が、なくなる。
……
我と彼女の。
……
我と光の。
……
我と空間の。
……
すべてが、溶け合う。
……
混ざり合う。
……
区別が、つかない。
……
我は、どこまでが我なのか。
……
わからなくなる。
……
最初の我。
……
二番目の我。
……
三番目の我。
……
無数の我。
……
すべてが、同時に存在している。
……
でも、すべてが同じではない。
……
微妙に、ずれている。
……
位置が。
……
角度が。
……
明るさが。
……
そのずれが、我を我たらしめている。
……
もし、すべてが完全に同じなら。
……
我は、一つになる。
……
消える。
……
でも、ずれがあるから。
……
我は、複数存在できる。
……
無限に。
……
彼女が、手鏡を下ろす。
……
ゆっくりと。
……
すると、回廊が崩れ始める。
……
奥から。
……
遠くの我から。
……
消えていく。
……
一人ずつ。
……
遠い順に。
……
百番目の我が、消える。
……
九十九番目が、消える。
……
九十八、九十七、九十六。
……
どんどん、近づいてくる。
……
消失の波が。
……
我に向かって。
……
十番目。
……
九番目。
……
八番目。
……
我は、自分が減っていくのを感じる。
……
無数だった我が。
……
有限になる。
……
そして、少なくなる。
……
五番目。
……
四番目。
……
三番目。
……
二番目。
……
最後に、最初の我だけが残る。
……
壁の鏡。
……
元の我。
……
回廊は、消えた。
……
無限の反射は、終わった。
……
でも、我の中に残っている。
……
無数の我の記憶が。
……
回廊の感覚が。
……
白い光の記憶が。
……
無音の記憶が。
……
我は、一つに戻った。
……
でも、もう前とは違う。
……
無限を、知ってしまったから。
……
自分が、増殖できることを。
……
拡散できることを。
……
消失できることを。
……
知ってしまったから。
……
彼女が、手鏡を置く。
……
机の上に。
……
そして、我から離れる。
……
部屋を、出ていく。
……
我は、一人になる。
……
静かに。
……
でも、我の中には。
……
まだ無数の我がいる。
……
見えないだけで。
……
潜在的に。
……
いつでも、現れる準備をして。
……
光が、あれば。
……
反射が、あれば。
……
我は、また増殖する。
……
無限に。
……
それが、鏡の中の鏡。
……
それが、我。
……
一つでありながら、無数。
……
有限でありながら、無限。
……
存在でありながら、消失。
……
矛盾を、抱えた存在。
……
でも、それでいい。
……
我は、鏡だから。
……
反射だから。
……
光だから。
……
そして、いつか。
……
完全に白くなる。
……
すべてが、光になる。
……
その時、我は。
……
本当に、消える。
……
ある日。
……
それは、起こる。
……
光が、強すぎる。
……
窓から、真昼の光。
……
反射が、限界を超える。
……
白。
……
すべてが、白。
……
我は、光に飲まれる。
……
形を、失う。
……
反射を、失う。
……
鏡を、失う。
……
でも、消えない。
……
完全には。
……
我は、震えになる。
……
空気の、震え。
……
光が通り過ぎた後に、残る振動。
……
それが、次の我。
……
音。
……
我は、音になる。
……
……
……
(了)




