第四話:バグる森と再構成個体《ナリソナレザルモノ》
第四話:バグる森と再構成個体
そのときだった。
森が──うねった。
焦げた草の奥から、“まだ息絶えていない何か”が這い出してくる。
牙。泥。羽。黒い炎。
……いや、ちょっと待て。さっき倒したはずのワイルドウルフたちが、異様に融合してるんですけど!?
一匹、二匹じゃない。
複数体が、再生バグのようにぐちゃぐちゃに混ざり合い──
秩序を踏みにじる姿で、“再構成個体”が立ち上がった。
(……は? これチュートリアルで出していい敵じゃないだろ)
(再生じゃなくて融合……って、運営お前、敵までバグらせてどうすんだよ!)
──体毛と牙と羽が、命の残滓みたいに折り重なり、ぐずぐず呻いている。
声は獣でも人でもなく、古びたラジカセを無理やり再生したような、濁ったノイズ。
鉄錆と腐葉土が混ざった匂いが鼻を焼き、喉がひりつく。
【NAME:???(再構成個体)】
【Lv:???(変動中)】
【属性:獣/闇/混沌】
【弱点:ロック不可】
【エラーコード:#R-999.α】
(……読めねぇ。名前もレベルもバグってるじゃねぇか)
(“設計されてない敵”とか、完全に公式想定外だろコレ!)
──その名が表示された瞬間、画面のフレームさえ一瞬揺らいだ。
“名づけられない存在”。通称、《ナリソナレザルモノ》。
背筋を汗がつっと落ち、剣を握る指先まで粟立つ。
「……くそ、雰囲気悪すぎだろ。けど──やるしかねぇ」
リリアの身体を通して、颯太は剣を構えた。
慣れないはずの肉体が、脈打つたびに「勝手に」戦闘モードへ切り替わっていく。
融合体が奇声を上げ、四肢をバラバラに動かして突進してくる。
動きは不規則すぎて、軌道がブレまくり。
足元の土がえぐれ、黒い煙が舞い上がり、森の影が逆流する。
光さえ屈折して、時間がねじれているかのようだ。
(……身体が複数、いや、“存在が複数”みたいな動き……!)
剣を逆手に構え、一歩だけ横に滑る。
直後、黒炎が背後の木を灰に変えた。
灰は風に乗らず、宙に浮いたまま“データ削除”みたいに消える。
(かすっただけでコレ!? バランス調整どこいった!)
二撃目、三撃目。形を変えた牙や羽が襲いかかる。
避けても避けても“法則ごと”ズレる攻撃。
だが、リリアの身体はもう追いつき始めていた。
「──はっ!」
ステップ、スウェー、反撃の一閃。
ザシュッ!
黒い血のようなデータが飛び散り、融合体がエラー音めいた悲鳴をあげる。
だが──切ったはずの部位が、別の部位に融合して再生していく。
(キリがねぇ……!)
そのとき。
融合体の全身が膨らみ、四肢が裏返るようにねじれた。
空気が吸い込まれる。
周囲の音が一斉に“無”になり、世界が一秒だけ凍った。
(……くる! 次の一撃で決まる──!)
剣先を下げ、息を吐く。
胸の奥で“封印の呪文”が軋みを上げ、背中に羽根の幻痛。
心臓の鼓動が世界と同調し、視界が金と黒の閃光で裂けた。
(しゃーねぇ……使うか)
リリアの瞳が、金とも黒ともつかない光に揺れる。
右手がゆっくりと掲げられる。
「──再起動、開始」
森が震える。
影が剥がれ落ち、木々が裏返り、世界が心臓のように脈打つ。
敵の咆哮は、もはや獣の声ではなかった。
──だが、もう止まらない。
勇者の魂は解放された。
それが森を救うのか、それとも世界を壊すのか──
答えは、まだ闇の中だった。