第一話
あれから、五年。
塚原と出会ってから五年が経ち、私の担当編集は正式に塚原になっとった。
塚原は謎な男や。
一夜の過ちが確かに私たちの間にあったとしても、私たちの関係は、ただの小説家と担当編集ではない気がしてならない。
彼は、時間があれば私の家に来て、料理の支度や掃除など、私の生活の世話をしていく。
私は確かに堕落した人間だが(放っておくと寝食などを忘れて執筆をしている)、ただの担当編集が身の回りの世話までするんやろうか?
と疑問に思ったが、意外に有名になればなるほど小説家というものは自身の世話を忘れがちになるようやった。
「先生」
「……かってに寝かしつけんなや、ボケ」
「先生がキャパ以上の酒を飲んだからですよね?」
私は、昨夜、大御所先生の誕生祭パーティに呼ばれ、参加した。
その際、キャパ以上の酒を飲んだ覚えはないが、自宅の寝室にどうやって辿り着いたかは分からない。
きっと、飲み直しや!! とほろ酔いで上機嫌な私が塚原を梯子酒に誘い、キャパ以上の飲酒後酔い潰れ、結果、塚原の世話になったといったところだろうか。
塚原と酒を飲むと、必ず酔い潰れて寝てしまう悪癖は何とかならんのか。
「まぁ、先生、あんまり酒強くないですもんね」
「黙れや。……ああ~……頭痛い……」
しかも、そういう日は決まって塚原が翌朝に私の家にやってきて、起こしていくのも解せぬ。
「薬、サイドテーブルにあるので。俺は朝食の盛り付けしてきますね」
朝食の盛り付けて。
しかも薬も用意済?
出来た男やのう。
「……なんで、私の世話ばっかしてんやろ、あいつ」
あの一夜の過ちのせいなら、「もう気にしなくていい」とあいつに言わなあかん。
私なんか、何の価値もない女や。
一回や二回寝ただけで、責任を感じられるような女ではない。
でも。
この関係の危うさがそこにあるなら。
もし、ホンマに塚原があの夜の事を自分の責任と思っとって、私に優しくしてるのなら。
なら、なんなんやろう?
別によくないか?
家事も、自分でできんことはないし、今は塚原に任せっきりやけど、でも、
―ちくり。
またや。
この胸の痛みはなんやろう?
「先生~? 朝食出来ましたよ~」
「……うん、今行く」
私は、沸々と湧き出してきている感情も胸の痛みも見て見ぬふりして、塚原が作ったアサイーボウル付きのフレンチトーストを頬張った。
―続く―