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蒲公英


「一番きれいな花が見たいんだ」


 あいつがそう言った。

 僕はあいつの願いを叶えるために日本中、世界中を飛び回った。

 それなのにどこを探しても見つからない。


「一番きれいな花が見つからないんだ」

「そうか。でも、おまえなら見つけてくれると信じてるよ」


 電話越しに告げるあいつの返事。


 どれくらい月日が経っただろう。

 くたくたになりながら、食いつなぐために日銭を稼ぎながらも探し続けた。

 それでも見つけられない。


 日本を発つ前に並んで撮った写真ももう、端が擦り切れボロボロだ。

 携帯電話に入っているあいつの写真は、いつでも笑っている。

 日本でもきっと、ずっと、笑っていてくれていると祈っていた。




 いつも電話をかけるのは俺からで、かかってきたことなどないあいつからの着信。


「…………。わかりました」


 電話をもらい戻った時には、すべてが終わっていた。

 ただ、それだけだ。



「あの子の馬鹿な願いを叶えるために、申し訳ありませんでした」


 俺の目の前で畳に額をこすりつけて謝る人。


「俺が叶えてやりたかっただけで、謝ってもらうことはありません。

 俺が好きでやったことですから」


 母親だと名乗るその人は、どこかあいつと面影が重なる。

 目の前に差し出された厚い封筒。

 これをもらえば全てが終わるのだろう。


 

 行く当てもなく、それでも足は自然に動き出し。

 気が付けば最後に写真を撮った河原に来ていた。

 河川敷の広場では子供たちが遊び、犬の散歩をしている人、学校帰りの学生たち。

 賑やかなその場に腰を下ろし、ただただ眺めていた。



「最後くらい見届けてやる気はなかったのか?」

「親友だったんだろう? 彼も寂しかったはずなのに、なんで」

「一番大事なものを失うなんて、バカな奴だよ」



 世間の奴らから見た俺はきっと、薄情で、自分勝手で、裏切り者に見えているんだろう。

 それでいい。あいつがわかってくれていればそれでいい。

 

 あいつは知らないと思っていただろう、その事を。

 母親と名乗るその人から聞かされた。

 だからあいつのそばを離れ、飛び出した。

 進行が早く急激に変わり果てていく、その姿を。

 俺に見て欲しくなかったんだろう。

 

 俺も見たくなかった。

 きっと耐えられない。許せない。

 

 だからこれでいい。

 あいつが望んだことなんだから。



 夕焼けの朱色に照らされた足元をふと見下ろした。

 そこには黄色の花びらを揺らす蒲公英が咲いていた。


「見つけた……」


 世界で一番きれいな花。

 最後の写真であいつの足元に写っていた花。

 俺たちの最初と最後を見届けたその花を、俺はそっと触れる。



 世界で一番きれいな花。こんな近くにあるなんてな。

 お前、知ってたんだろう? 知っててわざと言わなかったんだろう?

 お前は昔からそういうヤツだったよ。

 優しいくせに意地悪で。

 明るいくせにどこか影があって。

 人懐っこいくせにどこか壁を作って。

 お前みたいだよ。


 な、お前もそう思うだろう。

 




「あいたい……」





― 終 ―



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