49,炊飯器ケーキとチョコレートととろけるキス
何事だろうと、じっと顔を見つめていると、さらに彼が言った。
「なんと、炊飯器で作れるケーキというのがあってさ」
「えっ?」
「つまり、材料を混ぜて炊飯器に入れて、炊飯ボタンを押したらケーキが作れちゃうんだよ」
「そんなことができるの?」
「そうなんだよ。それを知ったら、もうどうしても作ってみたくなっちゃって」
「いいんじゃない? 面白そう」
「だよね」
「うん。どんなのが出来上がるか見たいし、食べてみたい」
こらえきれずに、僕は声を上げて笑った。彼が、不思議そうに僕を見る。
「仁さんと出会ってから、毎日楽しいことばっかり。炊飯器で作るケーキなんて最高!」
彼も笑う。
「ホントだね。晴臣くんと出会わなかったら、絶対に炊飯器でケーキを作ろうなんて思わなかったよ」
ああもう、幸せすぎるっ。炊飯器でケーキなんて、面白すぎるぅ!
バレンタインデー前の週末、僕たちは、デパートで、箱いっぱいに宝石のように並んだチョコレートを買い、帰りにスーパーに寄って、炊飯器で作るチョコバナナケーキの材料を買った。
今日部屋に帰ったら、まずはチョコバナナケーキを作って食べ、デパートで買ったチョコレートは、バレンタインデー当日に食べることにした。
チョコバナナケーキは、材料を混ぜて、内側にサラダオイルを塗った内釜に入れてスイッチを押すだけでいいのだ。ワクワクしながら待っていると、やがて部屋中に甘い香りが漂い始め、スイッチが切れた。
彼が、椅子から立ち上がりながら言う。
「これで、竹串を刺して、何もついて来なかったら出来上がりだって」
「へえ」
彼が炊飯器の蓋を開けると、いい香りの湯気がふわりと立ち上がる。竹串を刺してみると、どうやら中まで火が通っているようだ。
「よし。後はケーキクーラーの上に取り出して冷ますんだよ」
そして、彼が鍋つかみで内釜を持って、ケーキクーラーの上で逆さにすると、ポコリとケーキが落ちてきた。表面にはいい色の焦げ目もついている。
「うわー、おいしそう」
「楽しみだね」
結局のところ、ケーキは優しい味がして、とてもおいしかった。四分の一ずつおやつに食べて、残りは翌日の朝食にすることにした。
食べながら、彼が言った。
「これはちょっとやみつきになっちゃうな。チョコ以外のいろんなバージョンも作ってみたくなったよ」
「いいね」
「甘さひかえめにすれば、朝食やブランチにもちょうどいい」
「ホントだね。ねえこれ、将来カフェでも出したら?」
「えっ、いいかな?」
「いいよ、すごくおいしいもん」
「でも、炊飯器で作ったっていうのは、カフェのイメージ的にどうだろう」
「ああ、『炊飯器ケーキの店』なんて」
「それはちょっと……」
「ダメかな。じゃあ、炊飯器っていうのは秘密にしておく?」
「門外不出のレシピ、とか」
「あははっ、そうだね」
あー、楽しいなあ。
バレンタインデーは平日だったので、夕ご飯を軽めにして、デザートにチョコレートを食べることにした。食器を片付けた後、彼がコーヒーを淹れてくれた。
「晴臣くん、開けて」
「うん」
僕は、平たくて大きな箱の蓋を慎重に開ける。
「わー……」
買うときに見てはいたものの、きれいに並んだ色とりどりのチョコレートにうっとりしてしまう。彼が言った。
「好きなのを取って」
「でも……」
たくさんあって迷ってしまう。
「じゃあ、せーのでそれぞれ取ろうか」
「うん」
「せーの」
僕が取ったのはハート形の、彼が取ったのは四角いチョコだ。それぞれ口に入れる。
「おいしい! 中はオレンジ味のクリームだよ」
「僕のは、ラムレーズンだ」
何度目かの「せーの」の後、ぱくりとチョコを口に入れた僕を、彼がじっと見つめている。
「うん?」
問いかける僕に、彼が言った。
「晴臣くん、甘そう」
「え?」
「キスしたい」
そう言うなり、立ち上がって顔を近づけてくる。
「あ……」
僕も立ち上がる。テーブル越しに唇を重ねる。
チョコレート味のキスは、甘くとろけた。僕も、とろけた。




