181,ぶっきらのうな口調と深刻そうな電話と真子さんのお願い
「あっ、そうそう。話を戻すけど、すごく混んでいて、仁さんとはぐれちゃったんだ」
「えっ」
「それで参ったなあと思っていたところに、島永くんに声をかけられてさ。ちょうどお友達が帰るところだったみたいで、島永くんが一緒に仁さんを捜してくれるって言って」
「はあ……」
「ほら、すごく混んでいたから、人混みの中を島永くんが手を引いてくれて、なんか、その過程で頬っぺたに触ったりもしたかなあ」
まともな説明になっていない。内心冷や汗ものだ。
陸斗くんは、しばし胡散臭そうな顔で僕を見ていたけれど、やがてうなずきながら言った。
「そうなんですか」
「そうそう」
言いながら、僕は首を伸ばして厨房の方向を見る。料理はまだかっ。
「それで、笹垣さんとは会えたんですか?」
「うん、すぐに会えたよ。それで、島永くんとはさよならして、焼きトウモロコシとかお好み焼きとか食べて帰って来た。
すごく楽しかったよ」
「そうでしたか」
そこで僕は、ハッとして尋ねた。
「もしかして、それで今回も二人で会おうって言ったの? 仁さんに聞かれちゃマズいと思って?」
「まあ、そうです」
「なあんだ、そんなこと気にしなくてよかったんだよ。だって仁さんも全部知っているんだから」
「はあ」
「今度また、ニュアージュに遊びにおいでよ。仁さんもそう言っているし、お母さんも喜ぶと思うよ」
「ありがとうございます」
そこでようやく、ウェイトレスが料理を運んで来た。遅いよー……。
そして、今日も閉店後の帰り道。僕は、陸斗くんとの会話を彼に話して聞かせた。
「そうだったのか」
「ねえ、僕が話したこと、大丈夫だったかな。陸斗くんによけいなことを言っちゃいけないと思って、けっこう必死だったんだけど」
「うん、大丈夫だと思うよ」
「よかった……」
「しかしあいつ、タチが悪いな。何もわざわざ陸斗くんに言わなくてもいいのに」
彼はもう、島永くんのことを「あいつ」としか言わない。
「ホント、陸斗くんを傷つけるようなことをしてほしくないな」
「それに、君のこともね」
「僕は大丈夫だよ。もうあの子とは会うこともないだろうし」
「そうだね。これから人混みを歩くときには、はぐれないように気をつけよう」
「手をつなぐ、とか?」
「ああ、うん」
「ちょっと恥ずかしいけど」
「だったら、僕のシャツの裾をつかむとかすればいい」
「それならできそう」
「じゃあ、そういうことで」
今までの経験上、彼がちょっとぶっきらぼうな口調のときは、照れているせいなのかなあと思う。
えへへ。やっぱり僕は幸せ者だ。
「仁さん、ソーキ蕎麦って食べたことある?」
「いや」
「僕も。食べるの楽しみだね」
「今度の定休日のお昼に食べようか」
「うん」
ソーキ蕎麦の「ソーキ」とは、蕎麦にトッピングする豚肉のことだそうで、麺やスープとは別に真空パックに入っていた。弾力のある麺もさることながら、甘辛く味付けした肉はとてもおいしかった。
食べながら、沖縄について知っていることをいろいろ話したりした。いつか機会があったら二人で行ってみたいね、とも。
ある日の夜、バスルームから出ると、彼がキッチンの椅子に掛けて誰かと電話していた。
「わかるだろう? 僕の立場では……うん……うん。じゃあ、また連絡して」
親しげな口調ではあるけれど、何やら深刻そうな雰囲気だ。ベッドに腰かけて遠巻きに見ていると、電話を切った彼がこちらにやって来た。
「どうしたの?」
彼も僕の隣に腰を下ろす。
「真子からだよ」
「へえ、なんだって?」
「それが」
ため息をついてから、彼は話し始めた。
「健壱くんとニュアージュに来てくれるって」
「そう」
「それはいいんだけど……」
「どうしたの?」
「もうすでにホテルを予約済みで、健壱くんと二人で泊るつもりだけど、叔母さんが許してくれるはずがないから、ここに泊ったことにしてほしいって言うんだ」




