179,手をつないで歩くことと本当は怖かったことと思わず噴き出したこと
「僕、クリームソーダがいい。それかアイス」
「ああ、あそこにあるよ」
「あっ、それと、何か食べよう。夕ご飯まだだったじゃない」
「そう言えばそうだった」
今日はお祭りに来るために、お店を閉めた後、すぐに何も食べずに出て来たのだ。アクシデントが起こったせいですっかり忘れていた。
「ねえ、何にする?」
せっかくのお祭りをつまらない思い出にしたくない。今からうんと楽しむのだ。
焼きトウモロコシを食べていると、彼がスマホをこちらに向けた。
「食べているところを撮ってあげるよ」
それで僕は、大きな口を開けてトウモロコシにかぶりつく真似をする。
「いいね、かわいいかわいい」
「じゃあ仁さんも。ツーショットも撮ろう」
途中ではぐれたってじゃまが入ったって、僕たちの仲が壊れることなんてない。だって僕と仁さんは、お互いに運命の相手で、ラブラブで、この先もずっとずっと一緒にいるんだから。
神社を後にする頃にはずいぶん人も減っていたけれど、僕は、そっと彼の手をにぎった。もう暗いし時間も遅いし、誰も人のことなんて気にしないに違いない。
彼も、僕の手を優しくにぎり返してくれた。恋人同士になってからずいぶん経つけれど、僕たちは、初めて手をつないで歩いた。
うれしくて、ちょっぴり恥ずかしくて、すごくすごく幸せだ。
しばらく眠った後で、ふと目が覚めてしまった。神社での出来事が頭をよぎる。
もしもあのとき電話がつながっていなかったら、もしも彼が駆けつけてくれなかったら、あの後どうなっていたんだろう。そんなことを考えていると、声をかけられた。
「晴臣くん?」
その口調で、彼も起きていたのだとわかる。
「どうしたの? 夢でも見た?」
「そうじゃないけど……。仁さんは? 眠れないの?」
「うん。なんだかね」
「神社でのことを考えていたの?」
「まあね。晴臣くんも?」
「うん。いろいろあったけど、後半は楽しかったし、仁さんと手をつないで歩いたのもうれしかったし、プラマイゼロっていうか、むしろプラスになったと思っていたんだけどね」
「僕もだよ。だけど、なんだか気持ちの整理がつかなくてね」
もう気にしていないふりをしているつもりだったけれど、彼に嘘はつけない。
「僕も。本当はすごく怖かった」
身じろぎする音がした。
「あいつに何かされたの?」
「たいしたことじゃないけど、腕をつかまれて、グイグイ引っ張られて」
「痛かった?」
「痛いっていうほどじゃないけど、力が強くて離れられなくて」
「それから?」
「頬っぺたも触られた」
「許せないな。君のほっぺに触れていいのは僕だけなのに」
「さっきシャワーを浴びたとき、腕も頬っぺたもゴシゴシ洗ったよ」
すると、彼が言った。
「あんまりゴシゴシしちゃダメだよ。肌を傷めるといけないから」
まるで子供に言い聞かせる母親のような口調に、僕は思わず噴き出してしまった。
「えっ、何?」
「仁さんの言うことを聞いていたら、めちゃめちゃ和んだ」
「何? どうして? 僕は怒っているのに」
彼は意味がわからないというふうだ。だから、僕は言った。
「仁さんの言葉には、僕への愛があふれているなあと思って」
「それはそうだよ。僕の大切な晴臣くんに怖い思いをさせてしまって、自分にも、あいつにも腹が立っているんだ」
「仁さんのせいじゃないよ」
「だけど、僕が君を守らなくちゃいけないのに」
「ちゃんと守ってもらったよ。仁さんが駆けて来るのが見えたとき、すごくうれしかった」
「あのとき、もしも君を見つけられなかったらと思うと、ぞっとする」
「でも、見つけてくれたし、助けてくれたし、島永くんに対する態度も、冷静で大人で、すごくカッコよかったよ」
「えっ、そうかな。僕はものすごく怒っていたんだけどな」




