178,過激なワードと手首をつかまれることとポケットのスマホ
「気に入らないなら帰れよ」
「ちょっと待って!」
引き留めようとしたけれど、男の子は、プイと向こうを向いて人混みの中を足早に去って行った。
「ちょっと、追いかけなくていいの?」
問いかける僕に、島永くんは言った。
「いいんすよ、あんな売女」
「ば……!」
突然の過激なワードにびっくりしていると、いきなり手首をつかまれた。
「一緒に笹垣さんを捜しましょう」
「いや、ちょっと」
抵抗しようにも、強い力でグイグイ引っ張りながら、島永くんは歩き出す。そして前を見たまま言った。
「笹垣さん、誰かと人気のない神社の裏辺りにシケ込んでるんじゃないっすか?」
「まさか」
そんなことがあるわけがない。ムッとしていると、島永くんが急に立ち止まったので、危うく背中にぶつかりそうになった。
振り向いた島永くんの顔が近くて、今度は僕がのけぞる。
「神社裏、行ってみます? なんなら俺たちも、静かなところで一休みしましょうよ」
「い、いや」
じっと僕の目を見ながら、島永くんが真顔で言った。
「何ビビってんすか」
「べ、別にビビってなんかないよ」
そう言いつつ、正直なところ身の危険を感じている。今日の島永くんは、酔いのせいか目が座っていて、何をするかわからない危険な雰囲気を漂わせている。
いきなり頬に触れられ、思わずびくりとして身をすくませると、島永くんがニヤリとして言った。
「かっわいい」
そのとき。
「晴臣くん!」
振り返ると、彼が人混みをかき分けながらこちらに向かって駆けて来るのが見えた。
「仁さん!」
そばまでやって来た彼は、肩で息をしている。
「よかった、やっと見つけた」
僕は島永くんの手を振りほどき、素早く彼に身を寄せた。彼が、僕の肩に腕を回す。
島永くんが、彼に向かって言った。
「何やってんすか。大事な人をほったらかして」
「ほったらかしてなんかいないさ。危険な目に遭わせる前に見つけられてよかった」
島永くんが、ふんと鼻を鳴らす。
「危険な目ね」
彼が、静かな声で言った。
「君、酔ってるんじゃない? 未成年なのによくないな」
「別に酔ってなんかねえし」
「もう遅いから、子供は帰って寝たほうがいい」
そして、島永くんが何か言う前に、僕にほほえみかけた。
「行こう。あっちで何か冷たいものでも飲もうか」
「もう切ってもいいよ」
屋台に向かいながら、彼が言った。
「うん」
僕はデニムのポケットからスマホを取り出す。島永くんに声をかけられる直前、彼に電話をかけて、ずっとつないだままにしていたのだ。
彼が言う。
「電話がつながっていてよかったよ。おかげで相手が島永くんだってすぐにわかったし、神社の裏がどうとか言っているから、それで急いで行ったんだ」
彼に聞こえるように、意識して大きな声でしゃべっていたのだ。
「よかった……」
安心したら涙が出た。目をこすっていると、彼が心配そうに言った。
「大丈夫? 怖い思いをさせてごめん」
「ううん、仁さんが来てくれると信じていたから平気だったよ」
それでもやっぱり、目が座って強引な島永くんは怖かったけれど。
「あいつ、タチが悪いな」
彼が「あいつ」と言うのを初めて聞いた。
「声をかけられたとき缶ビールを飲んでいて、きっと酔っていたせいで……」
陸斗くんとニュアージュに来たときの島永くんは、あんな感じじゃなかった。
「やっぱりそうか」
つぶやいてから、彼は口調を変えて言った。
「あー喉が渇いた。晴臣くん、何が飲みたい?」
「えーと……」
「それにしても、はぐれるときって、ほんの一瞬なんだね」
「ホント。振り返ったら仁さんがいないからびっくりした」
「僕もだよ。神隠しかと思った」
「神隠し……」
「でもホントに、何か起こる前に再会できてよかった」
何かって、何……? 恐ろしいことが浮かびそうになって、僕はあわてて頭を振る。




