173,彼を愛おしいと思うこととキスしてと言うことと陸斗くんからのメッセージ
「遅くなってごめんなさい。動物病院がとても混んでいた上に、桃太郎がいつになく暴れて先生を引っ搔いちゃったの」
彼がにこやかに言った。
「おかえりなさい、開店時間に間に合ってよかったです。先生は大丈夫でした?」
「手の甲にミミズ腫れができちゃって。平謝りしたら、よくあることだから気にしないでって言ってくれたけれど」
「そうでしたか」
その日の夜は、部屋に帰り着くまで、彼は無口だった。それで、浮かない顔でベッドに入ってきたときに、僕は笑いかけてみた。
「仁さん」
彼は、上体を起こしたまま言った。
「今日はごめん」
「うん?」
「島永くんのことで、ねちねちと難くせをつけて」
「いや、ねちねちっていうほどでも、難くせっていうほどでもないと思うけど」
「でも、いやな気分にさせただろう? 後半君は、泣きそうな顔をしていた」
泣きたくなったのは事実だけれど、基本的には、彼が僕を「かわいい」と言い、僕が「かわいくない」と言い張っていただけだ。人が聞いたら、きっと呆れる内容だろう。
「仁さんが僕を思ってくれていることも、陸斗くんを心配していることも、ちゃんとわかっているから大丈夫だよ」
「君に悲しい思いをさせないと誓ったばかりなのに……」
ほかの人の前ではいつもしっかりしている彼が、しょんぼりと肩を落としている姿が、かわいくて愛おしくて、僕はその手をぎゅっとにぎった。
「悲しい思いなんてしていないよ。大好きな仁さんに、こんなにも愛されて幸せだなって思っている」
「あ……」
こちらを見た彼の頬がわずかに赤らんでいる。僕は、彼の手をにぎりしめたまま言った。
「キスして」
こんなこと、いつもは恥ずかしくて言えない。真っ直ぐな視線に耐え切れずに目をそらすと、彼の顔がゆっくりと近づいて来た。
唇が、重なる。
僕と彼の間の問題は、すっかり解決した。島永くんも、僕に惹かれたというほどのこともないと思う。
陸斗くんと島永くんの間でも、もしかしたら僕たちのようなやり取りがあったかもしれないけれど、それでどうなるということもないだろう。僕たちみたいに、かえって仲が深まったということはあるかもしれないけれど。
そんなふうに思ってすっかり安心していた数日後の夜、僕はスマホの電源を入れた。陸斗くんに言われて以来、少なくとも一日に一度はチェックするようにしているのだ。
すると、当の陸斗くんからメッセージが来ていた。
―― 折り入ってお話ししたいことがあります。
相変わらず高校生らしからぬ改まった文章だ。
―― 何かな。ニュアージュの休憩時間に来る?
それが陸斗くんと会うときのいつものスタイルだからだ。すぐに返信が来たのだけれど。
―― 日下部さんと二人だけでお話ししたいんですが、ダメでしょうか。
僕と二人だけで? いったいどういうことだろう。
―― 仁さんに聞かれちゃマズい話?
―― マズいというわけではないですけど、最初は日下部さんとお話ししたいんです。
なんだかただ事ではない雰囲気だ。僕は、ペットボトルを片手に近づいて来た彼にやり取りを見せた。
「陸斗くんからなんだけど、どう思う?」
目を通してから、彼が言った。
「僕はいいけど」
「二人で話してもってこと?」
「うん。ただし君がいやなら断ってもかまわないと思うよ」
「いやってことはないけど」
「だったら、話を聞いてあげたら?」
「……わかった」
そして僕は、初めて陸斗くんと二人きりで会って話すことになったのだった。
待ち合わせの場所は、例の公園だ。なかなかビミョーな場所だけれど、陸斗くんが出て来られる休日の昼下がりは、どこのお店も混んでいるだろうということで決めた。
ニュアージュからも陸斗くんの家からも近いし、一応、いつかのことはもう気にしていないよという意味も込めつつ。




