170,話せる範囲で事実を言うことと一緒にお風呂に入ること
「ご心配をおかけしてすいませんでした。今日からまた再開したんです」
不安そうに店内を見回している吉野尾さんに、僕は言った。
「まだ再開したことをSNSで告知していなくて」
「なるほど。あの、聞いてもいいですか?」
「はい?」
「休業していた理由は……」
「ああ、それはですね」
僕は、あらかじめ彼や母と話して決めた通りに答える。
「僕が、ちょっとケガをしたんです。転んで頭を打ってしまって。
たいしたことはなかったんですけど、何しろ頭なので、大事を取って長めにお休みさせていただきました」
これだけ長く休んで、理由を言わないわけにはいかないけれど、さすがに空き巣犯に襲われたとは言えないので、話せる範囲で事実を言うことにしたのだ。
吉野尾さんが驚いたように言う。
「大丈夫なんですか?」
「はい。もうすっかり」
「よかった……」
「ありがとうございます」
吉野尾さんは、ニュアージュパフェを注文してくれた。その後、徐々にお客さんが来始め、そのことにも、吉野尾さんとちゃんと話せたことにも、僕はほっとした。
午前中は、いつもに比べればお客さんは少なかったものの、午後からはたくさんの人がやって来た。後からわかったのだけれど、どうやら、午前中に来てくれたお客さんの中の誰かがSNSに投稿したらしかった。
常連さんの何人かには、やはり休業していた理由を聞かれたので、すべて吉野尾さんに言ったのと同じように答えた。長いような短いような、久しぶりのニュアージュでの一日が終わった。
後片付けをしながら、母が言った。
「晴臣、体は大丈夫?」
「うん。ちょっと疲れたけどね」
「お母さんも、久しぶりに働いて、ちょっと疲れたわ」
それを聞いた彼が言う。
「今日はどうもありがとうございました。お母さんのおかげで、無事に一日を乗り切ることができました」
「そんなことないわよ。仁くんも晴臣も、とてもがんばっていたものね。
お客さんもたくさん来てくれたし、みんな喜んでくれて、私もうれしかったわ。二人とも、お疲れ様」
「お母さんもお疲れ様」
そうしてまた、ニュアージュで働く毎日が始まった。長く休んだせいで、再開できた喜びとともに、今まで以上に働けるありがたさを感じるようになった。
三人で働けることも、彼のおいしい料理をたくさんの人に食べてもらえることも、とてもうれしい。
僕も少しは大人に近づけただろうか。いや、年齢的にはとっくに大人だけれど。
今夜も帰り道をたどりながら彼と話す。
「今日は疲れただろう?」
「ちょっとだけね。仁さんも疲れたでしょう?」
「まあ、ちょっとだけ。でも、久しぶりに料理を作ったり、晴臣くんが元気に働いている姿を見たりして、すごく楽しかったよ」
「僕も楽しかった。それに、吉野尾さんが来てくれてうれしかった」
ようやく、すっかりわだかまりが解けたような気がした。
「そうだね。彼女、とてもいい子だな」
「ホント」
「さて、明日はのんびりして、今日の疲れを癒そう」
「うん」
一日開店しただけで、もう明日は定休日だ。いきなり連日働いて、僕がくたくたにならないよう、彼がそのように考えて日にちを決めてくれていたのだ。
「帰ったら一緒にお風呂に入る?」
「えっ、それだとよけいに疲れちゃうんじゃ」
彼がニヤリとする。
「あれ? 晴臣くん、お風呂で疲れるようなことをするつもりなの?」
「あっ……」
やられた。
「晴臣くんも好きだなあ」
「ひどい。いいよ、一人で入るから」
「まあまあ」
彼はまだニヤニヤしている。
その夜僕たちは、もちろん(?)一緒にお風呂に入った。なんだかんだ言いながら、ここのところ連日している僕たち……。
ニュアージュを再開して数日後に、とてもうれしいことがあった。彼から再開の知らせを聞いた真子さんが、それを叔母さんに伝え、真子さんと叔母さん、そして彼のお母さんが一緒に来店してくれたのだ。




