169,彼の決心と耳たぶにキスされることと来店した吉野尾さん
「みんなと約束したから、言えなかったんでしょう?」
「そうだけど……。でも、決めたよ」
「え?」
「今後一切、君に嘘をついたり、隠し事をしたりしない。もしも次に今回みたいなことがあったときには、僕にはできないってきっぱり断るよ」
「そこまで思いつめなくても……」
「いや。君を傷つけたくないし、悲しい思いもさせたくない。
それに、君の前では100パーセント正直でいたいし、君にも100パーセント僕を信じてもらいたいんだ」
「仁さん……」
そこまで僕のことを思ってくれているなんて……。うれしくて、またも涙が出そうになる。
彼が、ふと立ち止まった。僕もつられて立ち止まる。
すると彼が、真剣な顔で僕を見つめながら言った。
「だから、僕を許してくれないかな」
その顔が、あまりにもきれいで切なげで、僕は思わず笑ってしまった。
「許すも何も、最初から怒ってないよ」
「でも、君を泣かせてしまった」
「だからそれは、びっくりしただけだってば。あそこは泣いたりせず、ちゃんと喜んで見せるのが大人の対応だったよね」
「そんなこと……」
彼が再び歩き始めたので、僕もあわてて後を追う。彼が言う。
「君は大人の対応なんて覚えなくていいんだ。君には、ずっと今のまま、自分の気持ちに正直な晴臣くんでいてほしい」
「あ……」
なんだか、ものすごく大きな愛を感じて、体が熱くなるのと同時に、やっぱり涙があふれ出てしまう。彼がこちらを見た。
「あっ、また泣かせちゃった」
「違うよこれは」
僕はあわてて涙をぬぐう。
「これは、うれし涙。仁さんの言葉がうれしくて……」
話しながら歩いているうちに、早くもマンションが見えてきた。僕は、なおも心配そうな顔をしている彼に言った。
「一つお願いしていい?」
「もちろん。一つじゃなくて、いくつでもなんでも言って」
「とりあえず、今は一つだけ。部屋に着いたらさ、ぎゅっ、てして」
「なんだ、そんな簡単なこと」
「だって、そうしてほしいんだもん」
「わかった。早く部屋に行こう」
そう言って、彼が僕の手をにぎった。ああ、やっぱり僕ってめちゃめちゃ幸せ者だ!
彼は、僕の手を引いたまま早足で部屋の前まで行き、いったん手を離してドアの鍵を開ける。中に入り、僕が先に部屋に上がると、鍵を閉めてから上がってきた彼に後ろから抱きしめられた。
「晴臣くん」
耳たぶにキスされて、全身の力が抜けそうになる。
「あ……」
「愛してる」
「僕も……」
しばらくの間、唇で耳たぶをもてあそんだ後で、彼がささやいた。
「しよう」
もう自力では立っていられそうにない。抗えるはずもない。
前日、前々日と緊張感を使い果たしてしまったせいなのか、実際に開店する当日には、もうそれほどドキドキしなかった。 告知しないままいきなり開店したので、午前中はなかなかお客さんが来なくて、違った意味でドキドキしたけれど。
このまま誰も来なかったらどうしようかと思い始めた頃、おずおずとドアを開けて入って来たのは、なんと吉野尾さんだった。
「いらっしゃいませ」
三人のユニゾンで迎えられた吉野尾さんは、目を見開いてわずかにのけぞった。僕はすかさずメニュー表を持って近づく。
「お好きな席へどうぞ」
「あ……はい」
テーブルに着いた彼女は、メニュー表を差し出す僕に言った。
「あの、誰もいないですけど、入って来ちゃってよかったんでしょうか。お店、やってるんですよね?」
「ああ、はい。久しぶりに開店したものですから、こんな感じで」
「ですよね。私、アルバイトの関係でときどきこの近くを通るんですけど、ずっとお休みしているし、SNSを見ても理由が書いてないから、どうしたのかと気になっていたんです。もう閉店しちゃうのかと思って……。
今前を通ったら開いていたので、思わず入ってきてしまったんですけど」




