13,彼越しの空の写真と天ぷら蕎麦
「いないよ」
「えっ?」
思わず顔を見ると、彼はあっけらかんと言った。
「もう何年も彼女はいないんだ」
「あっ……そうなんですか」
僕はうれしさを隠して言う。
「笹垣さん、めっちゃイケメンだし優しいから、モテるんじゃないかと思って」
彼は笑う。
「ははっ、そんなことないよ。全然モテないって」
「えっ、そうなんですか? 気づいてないだけなんじゃないですか?」
「よく言うよ。そういう晴臣くんはどうなの?」
「えっ、彼女ですか?」
「うん」
「いませんよ。僕、ヘタレだし、挙動不審だし、まったくモテないです」
「またまた。君こそ気づいてないだけなんじゃないの?」
「ないですないです」
僕はブンブンと首を横に振る。モテないのは事実だし、僕がほしいのは彼女じゃなくて……。
もちろん、本当の気持ちを彼に伝えるつもりはないけれど。
「わあ……!」
山登りは疲れたけれど、天気のいい今日、頂上からの景色は最高だった。
「あれ、あそこに見えるの、富士山じゃない?」
「ホントだ!」
空に浮かぶ雲も素敵だ。僕は、スマホを構えてバシバシ写真を撮る。
富士山越しの空なんて、最高じゃないか。隣で、彼も写真を撮っている。最高じゃないかっ。
僕は、さりげなく横を向いて、彼越しの空も撮る。もちろん、これは自分で楽しむ用(?)で、SNSには投稿しない。
不意に、彼がこちらを見て言った。
「空をバックに撮ってあげるよ」
すかさず僕は言った。
「じゃあ、笹垣さんも一緒に」
「うん」
彼が、僕の隣にやって来る。わーい、またツーショットだぁ。
最初は緊張のあまりあたふたしてしまったけれど、ほんの少しだけ、彼と一緒にいることに慣れてきたみたいだ。
そろそろ昼が近い。写真はいったん休憩ということにして、僕たちは、お昼ご飯を食べるために、土産物店に向かう。
土産物を並べた店の奥が食堂になっていて、家族連れやシニアのグループが食事をしている。入って行くと、エプロンを着けた中年女性が笑顔で近づいて来た。
「いらっしゃいませ。お食事ですか?」
「はい」
「それじゃ、席にご案内しますね」
窓際の席に案内された僕たちは、メニュー表に目を落とす。窓の外には、近隣の山並みが連なっている。
「山菜蕎麦か、天ぷら蕎麦にしようかなあ」
「蕎麦、いいですね。僕も蕎麦にしようかな」
結局二人とも、天ぷら蕎麦を注文した。
蕎麦が出てくるのを待っている間、僕は窓から見える空を撮る。やっぱり山並みと空は相性がいい。
しばらく無心に撮っていると、彼が言った。
「晴臣くんは、ホントに空を撮るのが好きなんだね」
思わず顔を向けると、彼は優しい微笑みを浮かべて僕を見ている。急に恥ずかしくなって、僕はうつむく。
「これしか、できることがないから」
「でも、君の写真、僕は好きだな。同じ空でも、どこかほかの人の写真とは違う気がするんだ」
「そんなこと、ないと思いますけど」
「そんなことあるよ。君の写真を見ると、とても心がほっとして、穏やかな気持ちになれるんだ」
僕は、顔を上げて彼を見た。
「穏やかでいられなくなるようなこと、あるんですか?」
彼が、ちょっと笑う。
「まあ、仕事は楽しいことばかりじゃないよ。会社の飲み会で、無理に飲まされたり」
「そういうの、なんとかハラスメントって言うんじゃないですか?」
「そうかな。でも、なかなかはっきりとは断りにくいしね」
やっぱり大人の世界は大変だ。僕なんか、とてもつとまりそうにない。
「でも、二日酔いでしんどいときも、君の写真を見ると癒されるんだよ」
「あ……うれしい、です」
好きな人が、僕の写真で癒されるなんて。
空の写真は、ヒマつぶしに撮っていただけだったけれど、そのおかげで、彼と親しくなれて、こんなふうに、一緒に小此木山に来ることができたのだ。
僕がしてきたことは、ムダじゃなかった。




