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第9話 法正は、極悪人1

司隷右扶風郡。


董卓を討った呂布が東へと去ったしばらく後の、西暦196年頃のこと。


長安周辺にある小さな村落で、その三姉妹は生まれた。


妲狐己、胡雉喜、王石琴。


瓜ふたつと言ってよい3つ子であった。


三姉妹が不幸であったのは、この前後、李傕・郭汜が、献帝を巡って長安で覇権争いを行ったことに加え、周辺村落の不作から飢饉が広がっことである。


これにより、彼女たちは、父母や祖父母を亡くした。


そのため、三姉妹は、主筋の「孟達」に預けられることとなった。


孟達、字は子敬。


眉目秀麗、才能・弁舌に優れ、「将帥の才」「卿相の器」と評された士大夫である。


彼は、3つ子をそれぞれ、縁者の妲家、胡家、王家に預け、養子とさせたが、困ったことに、この地域の飢饉が、いつまでもおさまらない。


孟達は、司隷を離れ、益州の劉璋の元に身をよせることを決意し、三姉妹もまた孟達らに連れられ、蜀の国へと向かうのであった。


 ◆ ◆ ◆ 嘲笑の使者 ◆ ◆ ◆


法正は、静かに激怒した。


目の前の小男は、なんと人をバカにした生意気な口をきくのであろうか。


もちろん、長安の離れである司隷扶風郡の出身である自分は、蜀郡成都県の名家・張氏一族である小男とは、その出身に差があることは、重々承知している。


しかし、それを言えば、主君である劉氏も、もともとは、荊州・江夏の人間ではないか。


聞けば、この小男、漢帝国の丞相の元に、使者として訪問しながら、その不興を買って帰ってきたという。


そのような男が、「私の指示通りに動けば、全てはうまくいく。」などという戯言を述べても、首を縦に振る人間が、どれほどいようものか。


小男の名は、張松。


益州・蜀に割拠する劉璋の代理として、曹操の元に派遣され、さんざん笑いものにされたあの使者であった。


さて、張松が屋敷を辞したあとも、法正は、ひとり盃を傾けていた。


バカな小物のたわ言によって引き起こされた怒りは、とうにおさまっていたが、どうにも心が落ち着かない。


この胸騒ぎは、どうしたものか?


いや、心が穏やかにならぬ原因は、自身でとっくに把握している。


自分が、行動を起こすかどうか・・・それこそが、問題なのだ。


「赤壁の戦いで、曹操を破った周瑜が計画する益州攻めに呼応して、機を見て、私が内部で蜂起するので、法正は、周瑜軍兵の道案内をして欲しい。」


先ほどの、張松のこの言・・・兵の道案内とは、法正をあまりに低く見た舐めた役目であるが、計画として、なかなか・・・そう悪いものではない。


むしろ、この張松の計画を利用すれば、自身が天下を左右するための采配を振るうことすらできるかもしれない。


法正は、最後の盃をゴクリと飲み干すと、同郷で盟友でもある孟達に宛てて、使いを走らせるのであった。


 ◆ ◆ ◆ 三姉妹は、いく ◆ ◆ ◆


好機到来、事は急を要する!


法正からの使いを迎えた孟達は、すぐに動く。


三姉妹は、それぞれ、妲家、胡家、王家より、孟達に呼び出された。


「これより、密かな命令を下す。」


そう言って孟達より姉妹に下された密命は、それぞれ張、法、孟に分かれ、連絡役と情報収集を行うことであった。


こうして、妲狐己は、張家の次男・張松の元へ。


胡雉喜は、法家の法正の元へ。


そして、王石琴は、ひとまず孟達の元にとどまることとなった。


 ◆ ◆ ◆ 駿馬と、乙女 ◆ ◆ ◆


ふたりは、それぞれ桃花馬、李花馬と呼ばれる駿馬で、法正の屋敷に乗り付けた。


「ほう、そなたらが、狐己と雉喜か。よく来た。しかし、よくもまぁ、この瓜ふたつの顔が、孟達の手元にあったものよの。いや、もう一人おるか。ならば、瓜みっつじゃな。」


それは、翌日のこと。


法正の元に、妲狐己と胡雉喜がやって来たのである。


「ならば、狐己よ。お主が、張松の元へ向かうこととなる。孟達からは、聞いておるな?一番、重要な役目であるぞ。」


「はいっ、お任せください。この桃花馬が、ございますので、10里でも100里でも、仰せのままに駆けることができます。」


ひょいと馬から飛び降りた妲狐己は、そう言って、桃花馬の首筋に手を伸ばすと、背伸びをしながらそれを撫でた。


「頼もしいことよ。だが、馬は、まだ必要とならぬだろう。少しでも多く情報を集め、報告すること。そちらに集中してほしい。あとは、信頼を得ることじゃな。」


「張松殿ですね。」


「あぁ、どのような伝手を持っているか、手紙をどの程度書くのか、どこに書類を片付けるか。内部に入ってこそ分かることが多い。頼んだぞ。」


 ◆ ◆ ◆ 大船と泥船 ◆ ◆ ◆


その日、張松の屋敷を訪れた法正は、一人の少女を連れていた。


もちろん、妲狐己である。


「張松殿のお知恵と、胆力には、ほとほと感服いたしました。この法正、命に代えても張松殿のご指示通り動き、計画を成功させて見せまする。つきましては、このおなごをお使いくだされ。若きおなごなれど、馬を操ること巧みなため、連絡役に最適にございます。」


「ほう、よう気が付いた。我が家の女中として、住まわせよう。まぁ、この張松の計画に間違いはない。すでに、周瑜殿の麾下の者に、こちらの地図も渡しておる。まぁ、大船に乗ったつもりで、我に従えばよい。はははは。」


 すぐ沈む泥船だな・・・


 地図のような機密を、先に渡してどうする。


 自分の頭の中に入れておいて、必要時に、それを口から出すから、価値があるものを・・・


しかし、機嫌よく盃を口に運ぶ張松は、目の前に座る男のそんな思いに気づくこともなく、立ち上がると、法正の肩をポンポンと叩き、悦に入って笑みをこぼしている。


こうして、張松の元に下婢として、妲狐己を潜入させることに成功したのだが、その翌日、大きな問題が発生した。


「周瑜殿が、亡くなったらしい。これは、どうしたものか?」


「大船に乗ったつもりでと言ったその口で、次の日には、どうしたものか?とは、いかかがなものでしょう?」


そう皮肉を言ってやろうかと思うくらい無責任な発言・・・


法正は、苦笑いを隠しながら、これに答えた。


「代わる人物が・・・いや、よりふさわしい人物が居られるではございませぬか。劉備公にございます。ここは、どうでしょう?かの将軍は、この益州の劉家と同族にございます。同族のよしみで『漢中を支配する五斗米道の張魯に対抗するために、兵を貸してほしい。出来ることなら、その力で、張魯を排除してほしい。』という要請を劉璋様より出していただくというのは、いかがでしょう?張松殿のお力で、是非っ。」


 ◆ ◆ ◆ 景帝の血を引く者 ◆ ◆ ◆


『同族のよしみ』と法正は、言う。


これは、劉姓が同じというだけではない。


『漢帝国の6代目、景帝の血を引く者』という意味があるのだ。


孔融の書簡を覚えているだろうか?


あの禁酒令で、曹操に宛てて出した手紙である。


その中に、


 漢帝国の第6代『景帝』が、酔って側室の唐姫を寵愛せねば、

 『光武帝・劉秀』の先祖である『長沙定王・劉発』は生まれず、

 当然、『後漢』も、生まれることはなかったでしょう


というものがあった。


ここに登場する、長沙定王・劉発の子孫こそ、光武帝・劉秀。


後漢帝国の祖・・・王莽による簒奪により、一度、滅びたように見えた漢王朝を再興して、後漢王朝を建てた人物である。


それから14代。


現在の献帝 ・劉協に至るまで、この帝国は、血をたがえていない。


そして、重要なことは、劉璋が、漢帝国の第6代『景帝』の血を引いていること。


劉備が、『景帝の子孫』を自称していることである。


益州の群雄・劉璋と同じ、景帝直系というつながりで、助けを求めるというのは、不自然なことではなく、劉璋自身も、劉備に対して近親感を持っている。


さらに言うなら、現在の皇帝と、祖を同じくする直系 であることから、この益州を奪うという張松の計画において、劉璋から、挿げ替えるための神輿として、皆が、納得しやすいという、かつぐにふさわしい資格の持ち主。


これらの理由から、周瑜を用いて攻め取るよりも、より簡単に益州を奪うことができる可能性が大きい人物・・・それこそが、劉備であった。


「ほう、それは、良い提案じゃ。まかせよっ。私の力で、これを実現して見せよう。」


先ほどまでの落ち着きのない態度は、何だったのか?


張松は、途端に自信を取り戻した。


そこからである。


話は、トントン拍子に進んだ。


なんだかんだ言っても、張松は、蜀の張家の人間で、信用力が抜群である。


そこに、風も吹き、運も味方する。


従来より、張松が、識見や判断力には優れていると評されていたことに加え、赤壁の戦いが起こるより前に「曹操では、天下は、定まらぬ」「後ろ盾にするには覚束ない」「いずれ頓挫する」と予言していたのが、功を奏したのだ。


実際、張松にしてみれば、都での扱いに不満を覚えてそう吹聴していただけであったのだが、劉璋にしてみれば、違う。


他の人間が、曹操の圧勝を予想していた戦で、その敗戦を予言していたように見えたのだから。


この益州の主は、王累・黄権・劉巴らの反対を聞き入れず、張松の提案を採用した。


すなわち、それは、劉備への援軍要請である。

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