✿ 8
――ドクンと心臓が激しく脈打つ。
とてつもなく嫌な予感がして、リヒトは目を開けたが、身体を動かすことができず焦った。
……まずい、ヒメが危ない!! せめて手だけ動かして、〝剣〟を喚ぶことができたら、こんな自分を縛る魔法なんか簡単に打ち破ることができるのに。
(くそ……! 守るって約束したのに!)
何とかできないかとあがいていると、ふと、誰かが中に飛び込んで来るのが分かった。その誰かはリヒトではなく、彼女の魔法を解き、状況を打開しようとしていた。
(逃げろ、ヒメ!!)
リヒトの心とは裏腹に、彼女が意外なことを口にする。
「お願い……彼を解放して……!」
はっと息を呑み、リヒトは身構える。彼女の言葉を受け、入ってきた誰かが魔法を解き、リヒトを解放した。
〝剣〟を喚び出しながら、リヒトは勢いよく身体を起こす。見ると、仮面を被った男が再び魔法で彼女を囚え、逃げようとしていた。
「――させるかぁ!」
リヒトが叫ぶと同時に、男は指を鳴らし、姿を消した。
一足遅かったか。ため息を漏らしながら、リヒトは魔法を解いたその誰かの方へと振り返った。
「助かった、ありが……――」
言い終わるよりも早く、リヒトは衝撃を受け、目を見開いた。
――そこにいた人物に、彼はつと涙を流すのだった。
✿
何者かは私を抱いたまま、一心不乱にどこかへと向かっていた。
魔法でどこかへ連れて来られたようだが……。何処の誰のところへ連れて行こうとしているのだろう。――私をどうしようというのだろう。
リヒトは……来てくれるのだろうか。不安に思っていると、ふと、何者かが足を止めた。
「やぁやぁ、お兄さん。 ――こんな真夜中にそんなに急いでどこ行くの?」
正直の方から、若い男の声が聞こえてきた。軽い口調で話しているが、彼は男を訝しんでいるようだった。
「……関係ないでしょう」
「えー? でも、キミが外套に隠してるお嬢さんが何か困ってるみたいだからさ? ――ほっとけなかったんだよねー」
なんと、彼は男が私を囚えていることにも気付いているようだった。私は一縷の望みを賭け、彼に心の中で呼び掛ける。
(お願い、助けて……!)
すると、知ってか知らずか、彼は「うんうんうん……」とうなずきだした。
「うん、分かった! だけどごめんね、時間稼ぎしかできないけど……。 ――君のお願い、聞かせてもらうよ!!」
彼が話し終えるのと同時に、ヒュッと風を切る音が聞こえた。
とっさに、男が私を投げ出し、「何か」を避けた。
動けない私は地面に転がりながら、栗色の髪に黄緑の瞳の青年が短剣を握り、私を囚えていた仮面の男に斬りかかっているのを目にした。
ふと彼は私の方を見て息を呑むと、目にも止まらない速さでこちらに翔け出した。
……すごい、まるで風みたい。気が付くと、私は彼に抱えられていた。
「何、自分助かりたいからって女の子乱暴に扱ってるのさ! ひどいな、本当に」
男を叱りつける彼を見つめながら、私ははっとする。この人、もしかして……。
「あなたは……」
「俺? エイト。 長い付き合いになりそうだから、教えておくよ。 ここでちょっと待ってて」
彼――エイトは小さな声で名乗りをあげると、私をそっと横に寝かせ、再び男へ斬りかかった。
次々と繰り出されるエイトの斬撃に、男は精一杯のようだった。そのうち、魔法をかけ続ける集中力が切れてきたのか、少しずつ私の魔法も解け始める。
「……クソ!」
舌打ちをした男がエイトの短剣を避けながら、手を大きく振りかぶる。何かの形を描いたようだった。
「逃げて!」
ふと、エイトが私の方へ振り向いて叫ぶ。
……え? そう思うより早く、背後に「気配」を感じた。ナニカ……いる。ソレは私を支配しようと「手」を伸ばした。
あまりの恐怖に、動かない身体がさらに竦む。「手」が眼前に迫り、私は絶望した。
――その瞬間。
〝剣〟がひらりと舞い、【悪】を振り払う。
「俺の〝ひめ〟に手を出すな!!」