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――気が付けば、身体が先に動いていた。
〝剣〟が導くまま、青年が進んだ先には一人の少女がいた。
金色の美しい髪の少女は何かに憂いてうずくまり、その水色の瞳を揺らしていた。
だが、いつの間にか、少女の目の前に【影】が立ち塞がっていた。
気配を感じたのか、青年が声を掛けるよりも先に少女が顔を上げる。掴みかかろうと伸ばされた手を避け、【影】から距離を取った。だが、少女は怯えているのか、どうすることもできず、その場に立ち尽くしていた。
再び【影】が少女を捉えようと手を伸ばす。
――その瞬間、気が付くと、青年はその前に割って入っていた。
とっさに、【影】ではあるが「ソレ」が人間であることを思い出し、剣を振るう。
それでもきちんと効いていて、【影】がひるんだように少し後退する。
青年はその様子を目にして、たたみ掛けるように言い放った。
「――彼女に手を出すな」
すると、【影】はすぐにその場を去って行った。
剣をおさめながら、青年は振り向く。
――少女が驚いた目で、じっと青年を見上げている。
その姿を見た瞬間、青年は直感した。
……あぁ、きっとこの少女だ。
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――私を助けてくれたのは一人の青年だった。
彼は剣の一振りだけで、男を退けてくれた。おまけに、たったの一言――何か深い意味を含んでいるように感じる言葉を口にしていた。
振り向いた彼の姿に、私は思わずドキリとする。黒髪に、海のように深い青色の瞳。――その瞳を見ているだけで吸い込まれそうになる。
「あの……助けてくれてありがとう」
お礼を口にしながら、私はなぜか彼から目を離せないでいた。……きっと、この人がそうだ。
「別に。 ……で? なんでこんなところで独りでいるんだ? お前、良いとこのお嬢さんか何かなんだろう?」
聞かれて、私は一瞬黙り込む。
彼は初対面で一度助けてもらっただけの男の人。おまけに「お前」呼ばわりする失礼なヤツ。普通なら、そのまま何も話さなかっただろう。
「私……。 私ね、この国の姫なの。 修行の旅に出たところで、これからどうしようか考えてたところなの」
――なのに、気が付くと、私は口を開いて自分の正体すら明かしてしまっていた。
彼は目を見開くと、気まずそうに頭をかいた後、素直に「あぁ……それは申し訳ない」と謝った。
「だけど……ごめん。 堅苦しいのとか、俺、その……慣れてないんだ。 『このまま』でもいいか?」
「うん、いいよ。 私も『いつも通り』にさせてもらうから」
……不思議。彼の前だと、「姫」としてではなく、自然体でいたいと思ってしまう。きっとそれは彼も同じかもしれないと考え、私は彼の申し出にうなずいてみせた。
「えっと……名前は?」
「オルフィーメリア。 長いから、皆、オルフィーもしくはオルヒ、メリアって色々呼んでるよ。 だから好きに呼んでいいよ」
「オルフィーメリア。 オルフィー、メリア……うーん……」
彼は呼び名を口にして何か悩んでいる。長い名前も呼び慣れないんだろうか。
「フィーメ……フィメ……――『ヒメ』……! なぁ、ちょうどお姫様みたいだし、『ヒメ』って呼んでいいか?」
なんと彼からは意外な呼び名がついてしまった! まさかのオルフィーメリアの「フィーメ」から取って、さらにそれをオルヒのように縮めて「ヒメ」。おまけに私が姫であることを含んでいるらしい……? こじつけもいいところだけど、まぁそれも悪くないかもしれない。
「うん、いいよ」
「じゃあ、『ヒメ』、そう呼ばせてもらうぜ。 俺はリヒトだ」
「リヒト、よろしくね」
名前を名乗り、彼――リヒトは手を差し出し、悪手を求めた。
私はすぐにその手を握る。その瞬間、私に「衝撃」が走り呆然としていると、リヒトが思いがけない申し出を口にするのを耳にしたのだった。
「なぁ、ヒメ。 初めて会ってこんなこと言うのも変な話だとは思うけどさ。 俺、ヒメの旅に一緒についていってもいいか? ――俺がヒメのことを守るから」