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――いよいよだ。いよいよ、「出発の時」がやってきた。
……だってのに、私ってば。
「ち……っ、遅刻だぁ〜っ!」
すっかり寝過ごしてしまった。慌てて身支度を整える。
動きやすい服装を身に着け、懐に短刀を忍ばせる。そして、鞄に多少の金銭とその他色々を詰め込んで、最後に大切なものを入れてある引き出しから一番大事な「もの」を取り出す。
――それは、あの時にもらった「宝」の欠片だった。
私はその欠片を首飾りにして、いつもはほとんど肌見放さず身に着けている。導いてくれると言っていた父の真意は分からないままだったが、私にとって少なくともお守り代わりにはなっていた。
最後に欠片の首飾りを身に着けると、私は急いで玉座の間へと向かう。
「すみません、遅れました!」
勢いよくその扉を開け、中に入ると、玉座には王である父と女王の母が席について、こちらをじっと見つめていた。
その間には姫である私の席があったが、そこには目もくれず、私は玉座の前で膝をついた。
「――オルフィーメリア」
軽く目を伏せ、息を整えていると、父が私の名を口にした。
「はい」
「誕生日を迎え、本日十五歳となったお前には、この国のしきたりにより、修行の旅へと出立してもらう」
「――はい」
とっくに覚悟は決まっていた。私はすぐに返事をして、顔を上げる。
……父と目が合った。その、どこかさみしそうでもあるが、真剣な眼差しから目をそらすことなく、私はそのまま父の言葉を待つ。
「まず、お前には旅を通して、シェリーモルドのことを知ってもらいたい。 そして、行く行くはこの国を統べる王となり、この国の民を守護し、幸福に導く『役目』があるのだと、強く、深く実感してほしい」
「かしこまりました」
「――そして、この国の『宝』の一つである水晶の導くままに旅路につき、いずれは水晶が持つ『力』を上手く使いこなせるよう、励んでほしい。 オルフィーメリア、お前は今まで存在した王族の中で一番『力』を使えるようになると予言されている。 旅の中で多くのことを学び、この国を繁栄に導けるよう、立派になって帰って来てほしい」
……なるほど、そういうことだったのか。父からの二度目の言葉には初めて聞くことがあった。つまりは、父が私に水晶の欠片を渡したのは出発の日のためだったというわけだ。
とはいえ、まだ父のいう〈声〉とやらは聞いたことがなかったし、第一「水晶が導くまま」なんて言われても、一体何をどうすればいいのか、さっぱり分からない。
「城を出たら、まず『五人の騎士』を探すといい。 『騎士』達は水晶と、そしてこの国の主となるお前を守護する存在だ。 旅の中でもきっとお前のことを守ってくれる。 ――心配しなくていい、水晶がお前を導いて、『騎士』達と出逢わせてくれるから」
……そんな無茶な。困って黙り込んでいた私に先回りするように話した父の言葉に、思わず心の中で反論する。
途方もないことを言われているような気がするが、どうあがいたって旅には出なければいけないので、ここは否が応でも返事をしないといけない。
「……かしこまりました」
そうか、私にあまり戦う術を教えてくれなかったのは守ってくれる存在がいるからなのか。……でも、そんないつ出逢うかも分からない存在を待つだなんて不安過ぎる。
「オルフィー」
不満に思っていると、いつの間にか父が目の前まで来ていた。名前を呼ばれ、顔を上げた瞬間、父が私を抱く。
「……オルフィー、私達の可愛い子。 本当は僕達だってできればそばにずっとおいておきたい。 ――外に出して、お前を危険な目に合わせたくない。 だけど……シェリーモルドの繁栄は王族達が修行の旅によって得たものから守られてきた。 だからそのしきたりに背くことはできない。 それに……水晶の持つ『力』はとても偉大だ。 きっと水晶がお前を守ってくれることを信じて、私達もお前を送り出すしかできないんだ。 ――本当にすまない」
小さな声でそう話し、父は強く私を抱き締めると、私が返事をする暇なく、玉座へと戻った。
「オルフィーメリア、それでは健闘を祈る」
涙の浮かぶ瞳で、父はまた、私に「王」としての言葉を掛ける。
……仕方ない。色々不安はあるけど、もう「覚悟」は決まってるし、やるしかない。
「承りました。 ――オルフィーメリア、必ず無事に帰ってまいります!」