出会い
ザザーン……
雲ひとつない晴天の海岸。村の人たちは見慣れた光景のため、遊びに来る人は少ない。行くとしたら街の方に行く。
「相変わらず静かだな」
僕は遊びに行くとしたらこの海岸で、よく父さんと水遊びをした。そう思い返していると目元が潤ってくる。
「…っ、ダメだな僕は。」
強くあろうと思うほど自分の弱さが滲み出る。
そのまま砂浜を歩き崖の下に到着した。崖の上はかなり高く、そこから落ちたらひとたまりも無さそうだ。
「ここに一体何が……」
何気なく崖の表面を触ってみる。
スカッ 「わっ!」 ドスンッ・・
触れなかった。そこに崖の岩肌があったはずなのに、触れずそのまま中に倒れ込んだ。
「いったた……あれ?」
海辺の方を見るといつも通りの穏やかな波が浜辺に打ち付けている。反対側を見ると……洞窟だ。洞窟の奥は真っ暗で先が見えない。
怖い。魔物なんかが出るのだろうか。戦闘経験なんてない僕じゃすぐ殺されるだろう。よし、ここは引き換えそう。命あっての冒険だ。うん。
……足が動かない。いや、動こうとしないが正しい。意思は戻ろうとしているのに、体がそれを拒否しているようだ。
(「はっはっはっ、じゃあ冒険者にならなきゃな!」)
父さんの声がフラッシュバックしてくる。やめてくれこんな時に。怖いんだ!
(「どうだ、わくわくするだろ?」)
……そうか。怖いのはこの先の未知じゃない。引き返した時の後悔が怖いんだ。
僕は冒険に出るって決めたんだ。
この世界を見て回るって決めたんだ。こんなとこでビビっててどうする!
……僕は一歩、洞窟の奥に足を進めた。
恐る恐る一歩づつ、壁に触れながら先が見えない洞窟を進んでいく。周りはただ波の音が聞こえるばかりだ。
トン…バサン……
何かが足に当たって倒れた音がした。周りは真っ暗で何も見えない、当たったものも何か分からない。僕は少し焦りつつも、倒したものを手探りで探った。
どうやら四角いもののようだ。硬い板のようなもので挟まれている。
(なんだ?人間か?)
僕はビクッとして思わず持っていたものを地面に落とした。
(おい!もっと大事に扱ってくれよ、結構繊細なんだぜ?)
どこから聞こえてくるか分からない。だが僕に話しかけていることはたしかなようだ。
(おいおい、聞こえているんだろう?早く拾い上げてくれ。)
とっさに足元を見た。もしかして今落としたもの?と不安になりながら再度拾う。
「もしかしてこれから……」
「そうだ、やっとわかったか……ちょっと失礼」
そう言い終わると体がガクッと重く気持ち悪くなった。なんだろう、体から力が抜き取られていくような、そんな気分だ。そこで僕は意識を失った。
・・い。・ーい、聞こえるかー、おーい
ぼんやりと意識が戻っていく。寝てしまっていたようだ、この冷たい岩のようなベットで……
ん?
僕はハッと思い出し上半身を起こした。ズキンッ 頭に痛みが走った。左手にはさっきのものを掴んでいる。
「ひゃひゃひゃ、久々に魔力を吸い取ったから加減を間違えちまった、わりーな人間。」
持っているものを見てみると板の間に紙が挟まっている。これは……本?
埃が被さっていてよく見えないが、灰色の分厚い本だ。真ん中に金色の魔法陣のようなものが描かれている。
「ところでお前、綺麗な魔力を持っているな。ここまで純度の高い魔力は久しぶりだ。人間だと……あいつぐらいか。」
「あいつ?」
「ああ、アルベルト・エバンスっちゅう人間だ。」
え?今なんて?一瞬自分の耳を疑った。
いやしかし、同じ名前の人かもしれない。この世界は広いのだから。でも一応聞いてみよう。
「……それ、僕の父さんと同じ名前だ。」
(?!?!)
手に持っていたから分かる。この本が一瞬ブルブルと震え上がったのが。
「お前、アルベルトの息子か!?あの……人間にしては図体のでかい……首元に火傷痕のある」
言葉がタジタジだ。でも今の言葉で疑惑が確証に変わった。この本は僕の父さんを知っている!
「ある!……あと笑ったときに歯が飛び出しそうになるよ!」
「ひゃひゃひゃ!そうかそうか!あいつに子供がいたとはなー!愉快愉快!」
すると本が宙に浮かび上がり、空中でぴょんぴょんと動き回っている。本なのになぜか嬉しそうに笑っている表情が見える気がする。そして父さんとかなり親密だった雰囲気を感じる。
「せっかくの機会だ。お前の父さんに合わせてくれよ!」
「えっと……それが……」
「ん?」
この本に事情を説明した。父さんが行方不明になったこと、夢での声のこと、今まで起きたこと全部話した。
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「そうか。あいつはアルベノンに向かったんだな。んで夢の声か……。」
「うん。何か思い当たることある?」
「……いや、しばらくここで眠っていたもんでな、さすがに分からない。」
そうかぁ。何か知ってると思ったんだけどな。この本のサビれ具合からみても、ほんとに長い間ここにいたことが分かる。
「ところで、お前は名前何ていうんだ?」
「……ロイだけど。お前は?」
「お前とは失礼な!聞いて驚け!俺はパラモス!神聖なる魔導書だ!」
お互い沈黙が流れた。ただ名乗っただけなのにそこまでドヤ顔をするのはなぜなのかわからない。パラモスも僕があまり反応しないからか不思議そうにしている。
「……まあいいか!ロイはこれからどうするんだ?父さんを追いかけるのか?」
「うん!それもそうだけど、父さんからこの世界の冒険をたくさん聞いたんだ。それに、手帳の場所にも行ってみたい。それをこの目で見てくるんだ!」
「そうか、いいじゃねーか!じゃあ明日もここにこい!世界を回るんだろう?途中で魔物の餌にならないように俺が鍛えてやる!」
「……本が特訓??」
「うるせー!!いいからこい!分かったな!」
本当にパラモスが指導できるのか不安はあるものの、一人でやるよりはいいだろう。
来た道を戻り、海岸に戻ってきた。洞窟を出て振り返ると、崖の岩肌になっている。どうやら魔法で見た目を変えているようだ。今まで誰も気づかなかったこともうなずける。
一体なぜ?と不思議に思ったが、疲れがドッと押し寄せてきて、考えるのをやめた。
(夢の声か……俺にロイと出会わせて、何が目的だ?
……まあいい。俺としてもありがたい出会いだ。必ずまたあいつらに……)
この二人(一人と一冊)の出会いが、世界の命運を大きく左右することになることは、このときはまだ、誰も知らない。