マーケル
「ここだよ、僕たちの家。」
大通りの横道を抜け、細く入り乱れた路地裏をかなり歩いたその先に、カイとレンの家があった。木製のドアは、カビて所々に穴が空いている。
しかしこれはこの家だけではない。周辺の家も似たようなものだ。浮浪者や物乞いの子供もちらほら見受けられる。
「おいおい、治安悪そーだなこりゃ。」
デリカシーのないバースが声を大にして言いやがった。周囲の目がこちらを向いたのに、こいつは気づいているのか?
「兄ちゃんただいまー!お客さんが来たよー!」
レンが元気よくベットに近づいて行った。気弱そうな印象を持っていたからか、少し驚いた。
ワンルームの一番奥の壁際にベットがあり、そこに一人の男性が横たわっている。マーケルだ。
「……そうか…。よく来たな兄ちゃん達。うちの子達が迷惑をかけた…ゴホッゴホッ!……まあゆっくりしてってくれや。」
髭が伸び、やつれた顔の男だ。とても冒険者とは言い難いが、細くなった腕や足の筋を見ると、なぜか村のゴートを連想する。
明らかに具合が悪そうな様子だ。顔の所々に黒い斑点模様が浮かび上がっている。特に左の頬はもうかなり広い範囲で黒くなっている。毒が回っていることは医療の知識がない僕でも分かるほどだ。
「兄ちゃん!これ取ってきたんだ!これで治るよ!」
カイは嬉しそうにポケットからヒスイ花を取り出しマーケルに見せた。
マーケルは驚きのあまり目を見開いたあと、すごい勢いで咽返した。
「ゴッホッ!オエ!……おいおいこれはどうゆうことだ?!」
この花の価値や採取場所を知っていれば当然の反応だ。そしてついてきた僕たち。ある程度察しがついているのだろうが、改めてことの経緯を説明した。
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「そうか……分かった。」
そう言うと、重そうな体を起こして、ベットの上に座り僕たちに頭を下げてきた。「おいおい無理すんなよ」というバースの声に耳を貸さずに。
「衛兵じゃなくここに連れてきてくれたこと、褒められたことじゃねーが感謝する。ありがとう。
……それともう一つ、お願いを聞いちゃくれねーだろうか。」
「なんだ?」
「この死体漁りの件、俺がやったことにしてくれないだろうか。」
カイとレンがハッとした顔でマーケルに振り返る。
「なんでよ!俺たちが取ったんだ!兄ちゃんは何も悪くないじゃないか!」
「……いいや、俺が悪い。……親としての最後の務め、果たさせてはくれないだろうか。」
マーケルは左の黒い頬を触りながら僕たちに訴えかけてきた。もう先は長くない、だから最後に ということなのだろう。
少しの間、沈黙が流れた。その時、
「……あーやめだやめだ!めんどくせーこと考えやがる!」
バースは痺れを切らしたのか、ぶっきらぼうに言った。
「俺たちは今日何もみてない!何も知らない!このガキ共とも出会わなかった!それでいいだろ!」
「え?」と僕とキアナがついていけないでいると、僕たちの手を掴んで、バースは外に飛び出した。そして去り際に一言、
「……親の務めは死んで庇うことじゃねーぞ馬鹿野郎!」
そう言ってドアを思いっきり閉めた。そして僕たちを連れて離れていく。
そこそこ離れたところでバースは僕たちの手を離して、振り返った。
「すまなかったな。俺の独断でこんなことになっちまって。」
頭をかきながら謝ってきた。
「そんなことないさ。僕には何もできなかった。これで良かったんだよ。」
「そう言ってもらえると助かる。」
キアナの首を縦に降っている。僕たちには、こうするしかなかったんだ。そう……。
「俺はどの道、明日には王都に向かおうと思ってたんだ。変に手出しするのもあれだしな…」
「私も魔道学院の入学手続きがあるから……」
皆それぞれの道を進んでいる。それにこの先、このようなシーンはたくさんみていくだろう。その全てを救うことはできない。だから…
「うん、そうだね。」
それ以上、僕たちは会話をすることはなかった。
大通りに出て少し進むと、大きな門構えの建物がある。冒険者ギルドだ。僕の街の目的地である。
「じゃあ、今日はここでお別れだね。明日バースの見送りに行くよ。」
そう約束し、二人と別れた。