第二話 前編 ④ お前はなんで戦ってるの?
なあ登、明日ってレギュラスが出現しない週だよな?
暇ならゴメダ行こうぜ。
火曜日の夜、23時。
俺のスマホに裕司からメッセージが届いた。
「お、明日は水曜だ、行って来いよ」
「おわ、って見てたのかよ」
「ちらっと見えちまってな」
ノアがニヤリと笑う
名呉市大洲駅周辺 漫喫club。
名呉市を中心に運営されている漫画喫茶だ。
現在の俺たちの仮拠点だ。
こんな町の状態になってもこの店は変わらず営業していた。
店内にはスタッフはほとんどいない、自動化された無人の店内・・・
大本の運営会社はなんとなく検討はつく。
ありがたい事にシャワーもある。
ここの2つのブース席を借り、仮眠を摂りながらレギュラスと戦うのがセオリーだ。
と言っても、封鎖後は眠くなる事が少ない。
こんな緊張感溢れる毎日だ、頭が眠るのを拒絶してるのかもしれない。
「どうせ明日は暇だし、ま、万が一レギュラスが出現しても私一人でなんとかなるし」
「お手厳しいな」
「たりまえよ」
「裕司か・・・」
俺はスマホを呆然と眺めた。
「・・・仲悪いのか?」
ノアの予想外の質問に俺は吹き出してしまった。
「仲悪い?そんな訳ないだろ、幼稚園の頃からの親友よ」
「へえ、幼馴染って奴か」
「まあ、そんな所だ」
ここまで言って、毎日のように会っていた裕司に一ヶ月会ってないことに気が付いた。
裕司とは小、中、高と同じ学校だった。
封鎖以降、俺は家には帰ってない。
叔父さんとは連絡を取っているが、裕司とは連絡を取っていなかった。
実は何度か近況報告も兼ねて、連絡を取ろうとした。
だが・・・初めてアーマーを装着する俺を見たあの顔・・・怯え恐れたあの顔・・・
連絡を取らない理由には十分だった。
もしかしたら、裕司と仲が良いと思ってるのは俺だけかもな・・・
っといかんいかん。
疲れてるのか、何かと悲観的になってしまう。
俺は裕司にOKの連絡を入れた。
「友人か...私はあんまいないからなぁ」
「・・・世界中転々としてきたんだっけ」
「ああ、サモ社に見つかったら私も親父もオジャンだからな、世界中津々浦々よ」
「それって...学校とかは」
「実は行ってないんだ、まぁそうは言っても親父は頭良いからさ、メルトアーマーの訓練の間に色々教えてくれたし」
ノアの親父はサモ社から逃げ出す前にメルトアーマーの一部の技術を盗み、メルトアーマーのコピーを作った...らしい。
ノアが異常にメルトアーマーに適応出来るのはその時の訓練によってらしい。
以前ノア本人から聞いた話だ。
「・・・でも正直、ちょっと興味あるな、あんま想像出来ないし」
「・・・行ってみる?今から」
「え?」
名呉市中央にそびえる二棟の巨大な駅ビル。
名呉市のランドマーク、名呉ダブルタワー。
そのタワーの一角、レフトタワー24階~27階。
名呉第二高校、入場ゲート。
学校に入るのは封鎖後初めてだ。
学校内は意外にもほとんど人が居なかった。
学校のような施設は名呉市内に家のない人の臨時宿泊施設として貸し出されてる事が多い。
だがこの学校に人が少ないのは恐らく...始まりのレギュラス、スカルレギュラスが学校含む名呉駅周辺から現れたからだろう・・・。
好奇心旺盛に駆けるノアを後ろに俺はそんな事を考えていた。
「ここが俺の教室、D組だ。」
「お!景色良いなぁ〜これあれだろ!ここの椅子に座って教師に質問するんだろ」
「そうそう」
「先生!質問です!」
教室のど真ん中の椅子に座ったノアが手を挙げる。
「よしどうぞ」
「先生は自分のメルトアーマーをセキュアって名乗ってるけど何故?」
「え?」
予想外の質問。
「学校関係の質問来るかと・・・」
「いや、気になるじゃん、由来」
「ええ〜〜...セキュアには安全とか安心の意味があって...この力でそんな場所を作れたら良いなって...」
少し照れ臭さが勝つ。
「へぇ...ふふ」
「うんめちゃくちゃ笑ったな」
「マジでごめん変な面白さが勝った」
コイツという声をグッと抑え俺は続けた
「そ、それ言ったら自分の名前をそのまま使うのも結構変だろメルトアーマーノアって」
「いやいやそんな変じゃないって」
ひとしきり笑った後ノアの表情は強張った。
「え...もしかしてマジで珍しい感じ?」
「...うん、こういうプレイヤーネーム...ではないにしろ自分で仲間決めれる時本名にする人はあんま見ないな...少なくともゲームならいないかな…」
「ゲーム、全然遊んだ事ないな・・・」
「うんそんな気がする」
「・・・この前合ったイカリスも・・・」
「・・・ないだろイカリスが本名は・・・」
「・・・確かに」
「・・・」
「...」
「メルトアーマーノア(名前募集中)とかにしようかな」
お願いだからそれはやめてくれ・・・!!
レフトタワー27階。
部室棟。
文化部を中心に多くの部室がひしめき合う区画だ。
元々文化部の楽器や工作が廊下に乱雑に置かれていた場所だ。
封鎖後の現在でもそこは変わって居なかった。
「こっちが吹奏楽か...良いねぇ青春って感じ...なあ登」
「ん?どうした?」
「部活とか入ってた?」
「実は入ってなくて」
「へ〜意外...って事は無いな」
「どういう意味だし」
「そのまんまの意味〜」
「たく・・・あ〜、ただ」
「?」
「入っときゃ良かったかもな・・・全然青春っぽい事してなかったし」
「まあ・・・何もしないグダグダしたくだらない青春も、私は素敵だと思うぜ、少なくとも今よりはマシだしな」
「今よりはマシってのは本当にそう思うな・・・いや別に何もしてないグダグダした青春って事はないが」
「放課後とか何してたの」
俺は高校に入ってからの放課後を思い出した・・・
・・・カラオケ・・・中古屋巡り・・・スマブㇻ・・・
「・・・なんでもない」
「前から思ってたけど・・・結構分かりやすいよな、登」
コイツ・・・と言いかけたがぐっと堪えた。
こんな調子で全く意味のない事を話しながら、俺たちはぶらぶらと夜の学校を徘徊した。
思えば、封鎖後にこんな日常会話をしたのは初めてかもしれない。
俺は一つ反考えを改めた事がある。
俺は彼女の事を、生まれながらのヒーロー、自分とは違う存在・・・そんな風に感じていた。
彼女は・・・俺が思っているより普通の・・・
たまたま戦う運命を背負った、変な所がある、普通の高校生3年生だという事だ。
俺は、この街を守りたい・・・ずっとそう考えていた。
だが・・・この街とノア、どっちも守りたい・・・
そんな思いが湧いてきた。
自分でも図に乗っているとは思う。
実力は余りにも離れている。
だが・・・それでも・・・
楽しそうに学校を見渡すノアを見ながら、俺は決意した。
1時間程ぶらぶらし、再びノアが運転するバイクに跨った。
「なあ、ぶっちゃけトークしていい?」
ノアからの突然の提案
「おお、怖いな・・・いいぜ」
「私さ、この街の為に戦う・・・なんてカッコいい事言ってたけど、ぶっちゃけよくわかんなかったんだ」
「え」
少し驚いたものの、すぐに納得は出来た。
「親父から、大勢の人たちが危険でとは聞いてた、ただ、それ以前どんな生活とか知らなかったし、考えようともしなかった。」
「そりゃ・・・まあ知らない街だしな・・・」
「けど、今日学校見て、私が取り戻す物、やっとわかったんだよね、やっぱ実物はちげ~な!!」
ノアは吹っ切れたように声を上げた。
「この街に住む皆を、元のグダグダしたくだらない日々に戻してやる、それが私の戦う理由だ。登、今日はありがとよ、また、来週、暇ならどっか行こうぜ」
ノアの声が頭を反響した。
再び漫喫clubに戻り、俺は久しぶりに眠る事が出来た。
起きた時には、裕司の待ち合わせギリギリの時間だった。
「やべ!」
急いで支度しつつ、俺はノアのブースに入った。
「お、おはよう。」
「ごめん寝てた。レギュラスは?」
「予想通りゼロ、傾向も通報も入ってないな。」
「あ~良かった・・・」
「水曜日来ないってのがわかるだけでもありがたいな・・・で、約束の時間は」
「ギリギリ、今から行ってくる」
「おう、何かあれば装着しろよ」
「もちろん」
そう言いながら漫喫clubを後にした。
藤見駅周辺、ゴメダコーヒー。
封鎖前、中学の頃から裕司とブックオフの帰りにここでデザートを食べて帰っていた。
経った1ヶ月程前だが、はるか昔の懐かしい記憶だ。
「お!登~来たか~」
裕司の声、表情。
あの頃ずっと見ていた裕司そのものだった。
「こないかもと思って心配だったぜ~俺。」
裕司がからかうように笑う。
「なんでだよ、来るに決まってるだろ」
そんな話をしならが店に入っていた。
例にもれず、ここも無人店舗だ。
「閉まってる店多いけど、ここなら大丈夫かなって、いや~読み通りって感じ。」
裕司は机のおしぼりで顔を拭きながらそう言った。
「・・・この一ヶ月、どうだった」
俺は思わずそう尋ねた。
連絡を取れてない間の事がどうしても気になったからだ。
「もうその話しちゃう?いいぜ」
裕司は一瞬目を落とし、すぐにまた顔を上げた。
「まあそうはいっても、俺も結衣も基本的に家よ、レギュラスがいる時はウロウロするより家に籠ってる方が良いっていうしな。ばあちゃんも心配だし」
「そっか」
俺は少しだけ安心した。
裕司と結衣には、安全な所にいて欲しいからだ。
「ま、お陰で積みゲー結構消化出来たぜ~だいぶ前家来た時クソ強いボスいたじゃん。」
「あ~なんかいた気がする、あの無敵の奴だな」
「あれさ〜こっちが属性雷に変えたらすぐ勝てちゃったのよ」
「マジ?負けイベだと思ってた」
「だよな、思うよなあれ」
「ヒントとかあった?」
「それが何にも」
「クソボスじゃね?」
「クソボス・・・だったな・・・間違いない・・・で、登、お前は最近どうなの」
この話題を振った以上、絶対に来ると思った質問だ。
俺は正直に話した。
自分のアーマー、セキュアの事、ノアの事、そして戦いの事だ。
裕司は相づちを打つことなく、俺を見つめながら話を聞いていた。
全ての話を追え、キンキンに冷えた水を飲みほした。
「へえ・・・ごめん、ぶっちゃけ同じ名呉市で起きてる話には聞こえないな・・・」
「・・・まあ、そうだよな・・・っとごめん」
裕司のスマホが鳴り響いた。
どうやらメニューが出来上がったらしい。
「良いよ、お疲れだろ、取ってくるわ」
そう言って裕司は席を離れた。
俺はスマホのメルトポータルに目を落とす。
やはりレギュラスは水曜日には出現しないらしい。
「・・・レギュラスか」
「ああ、ごめん」
俺はスマホを閉まった。
ソフトフロートのコーラとメロン。
追加のころチキ。
なじみ深い、いつものメニューだ。
「これこれ、写真より大きいのよなこのチキン」
「よく話題になるのよなそれ。うめえ」
コーラフロートのソフトをすすりながら話を続けた。
「そういや、叔父さん、連絡取れてるのか?」
裕司からの質問だった。
「ん、ああ、ちゃんと2~3日に一回は連絡取れてるよ」
「ああ、それなら良かった、週1ぐらいでこっちに電話来るんだぜ」
「え」
「登遊びに来てないか~とか、結構心配してるんじゃないかな」
実を言うと少し意外だった。
叔父さんにメルトアーマーを装着した事を伝えた時、普段と変わらない返信が来たからだ。
封鎖3日目のタイミングで、俺は叔父さんに電話した。
戻ってこいと言われると思ったが・・・俺の話を聞いた後、叔父さんは
「そうか・・・体調管理には気を付けるんだぞ」
とだけ返した。
ゼロではないにしろ・・・さほど心配されてない・・・そう考えていた。
「それは・・・意外だ」
「・・・ぶっちゃけていい?」
「・・・いいぞ」
「お前の叔父さんはちゃんとしてるし、戦うの辞めた方が良いんじゃないか?」
「・・・ごめん、それは出来ないんだ」
「お前、なんで戦ってんだ?」
裕司からの質問だった。
「なんでって・・・そりゃ街の皆を助けて、皆で脱出して・・・」
「そんなの、俺たちじゃなくてもいいだろ、どうせ皆お金欲しさにレギュラスと戦うだろうし、登がヒーローの理由、ないじゃん」
すぐに言い換えせなかった。
だが
「・・・・・・だからと言って戦わない理由にはならないと思う、そこで逃げて、他の人が苦しむのは見たくないからさ・・・」
「それって・・・本当に本心か」
「えっ」
「ああ、ごめん、あまり答えが優等生過ぎてさ、まあでも、お前はそういう奴だよな。登」
そこからの内容はあまり覚えていない。
気が付いたら、帰り道を歩いていた。
裕司と話せて楽しかったのは間違いない。
ただ・・・
それって・・・本当に本心か
俺の中で、すぐにそうだと言い換えせなかった。
だが・・・もし俺の街を救いたい、誰にも傷ついて欲しくないという気持ちが本心じゃないなら
俺は何故戦っているんだ。
・・・いや、間違いなくあの気持ちは本心だ。
10年間火災。俺だけが助かってしまった絶望。
俺が助かった意味。
それは、この救われた命で大勢を助ける為だ。
「違うよ」
頭の中で声が響いた。
誰だ!?
思わず振り返っても、そこには誰もいなかった。
早まる鼓動を感じながら、夕日染まった名呉市を一人歩いた。
戻った後、俺は一人ブースにいた。
戦う理由を何としても見つけたかった。
だが・・・
違うよ
その一言が頭の中で反響していた。
「おい、入るぞ、大丈夫か?」
ノアの声だ。
「あ、ああ、すまない。」
「そろそろレギュラスが来る時間だぞ、準備しろ」
「えっ・・・ってもう23時か、わかった。」
俺は慌てて準備を始めた。
「と言っても、レベル4が一件とレベル5が一件、楽勝だな。」
「先レベル5潰した後、レベル4か」
「ああ、その予定だ、さ、行くぞ」
急いでバイクにまたがり、俺とノアはレベル5に向かった。
この時の選択を、俺たち二人は後悔する事になるとは、知る余地もなかった。
名呉市で発生したレギュラス事案に関する報告 92
23時30分
名呉市Cブロック、ミッドライトスクエアビル横、西野公園にレベル4,名呉市Oブロック、名呉市博物館前公園にレベル5のレギュラス警報が発令※
※レベル4案件は後にunmeasurable(測定不能)案件に修正