第二話 後編 ② 死神を振り払い
グリムレギュラスの襲撃から3日後。
ようやく俺は目を開ける事が出来た。
5分もしないうちに、叔父さんは病室に走って来た。
「登・・・!!良かった・・・!!」
叔父さんは強く俺を抱きしめた・・・
俺はそんな叔父さんの腕に力無く寄りかかる事しか出来なかった。
「・・・ごめんよ」
「・・・なんで叔父さんが謝るの」
「・・・何も出来なかったから・・・かな」
「・・・」
「すいません、登君の事で説明したい事が・・・」
入ってきた白衣の医者に連れられ、叔父さんは部屋を出て行った。
1時間ぐらい経ったタイミングだろうか。
「登君!!」
裕司と結衣も部屋に入ってきた。
「・・・大丈夫?生きてる?」
「・・・うん・・・生きてるよ」
「ああ・・・本当に心配したんだから・・・!」
結衣は震えた声で俺に話しかけ続けた。
「・・・ごめん」
笑顔と涙を見せる結衣に、俺が唯一言えた言葉だった。
「・・・」
裕司は病室の後ろから、俺を見つめていた。
5分ぐらい経ったタイミングだろうか。
「ごめん、結衣、ちょっと登と話したい事があるから、二人にしてくれないか」
「え!?でも・・・」
裕司の顔を見て、結衣は言葉が詰まった。
裕司の目の奥底まで冷め切った顔を俺は初めて見た。
「・・・わかった、じゃあ外で待ってるから」
結衣は少し戸惑った後、心配そうに部屋から出て行った。
「・・・結衣、思ったより元気だろ、あれでもお前が倒れてから今日まで、毎日泣いてたぜ、まあそれは俺もなんだが・・・」
裕司は頭を掻きながら俺に近づいた。
「・・・ごめん」
「謝るなよ、お前が悪い事してたみたいじゃん」
裕司は間髪入れずに続けた。
「やっぱ知ってる奴、それも友達に死なれると、キツイわ」
・・・
・・・身近な人が死ぬキツさは、俺にも経験があった。
・・・すっかり忘れていたが。
「・・・お前がやろうとしてる事、立派だと思う。俺だって、ずっとこの生活したい訳じゃない、けど、やっぱお前がそこまで頑張る理由、ないじゃん」
「それは・・・」
否定出来なかった。
本当は否定したかった。
ただ・・・グロウの言葉が頭に過ぎる。
「なあ、友達の為だと思って、もう戦うの辞めてくれ、友達が死にそうな時に何も出来ないのは、嫌なんだよ」
裕司に真っ直ぐな目で見つめられた。
俺は・・・答えられなかった・・・
「・・・悪い、畳み掛けちゃったな、でも考えるてくれると嬉しいぜ。」
そう言い残し、裕司は病室を後にしていった・・・
驚いた事に、俺の背中の傷はほとんど治っていた。
傷跡はあるものの、痛みはほとんどなかった。
現場にいたメルトアーマー・・・ノアによると、傷付いた背中にメルトが縫い込むように入り込んでいったらしい。
メルトによる傷の修復。
噂には聞いた事があったが・・・経験したのはこれが初めてだった・・・。
経験するとは思っていなかった。
本来、俺の退院は後数日ベットの上で過ごしてからになるのだが・・・
街はこんな状況だ、明日の昼には自宅療養に切り替わるそうだ。
ようやく1人になり、俺は、病室の外を見渡した。
意識せずに見ていたが、俺の病室は6階ぐらいに高さにあるようだ。
周辺に高いビルがないからか、空までクッキリと見る事が出来た。
そして・・・空に表示されているレギュラスカウンターが定期的に動いているのを見る事が出来た・・・
時々カウントが切り替わる空を、呆然と見つめた・・・
夕方。
「すいません。入っても良いですか?」
部屋の前から、声が聞こえた。
「失礼します。」
自分より幼い、中学生ぐらいの男の子が入ってきた・・・
この子は確か・・・
「君・・・確か」
「この前は助けて頂いてありがとうございます。榎木永琉って言います」
男の子・・・エルは少し申し訳なさそうに部屋に入ってきた。
間違いない、グリムと戦った時に助けた子だ・・・。
「実は僕もちょっと前までこの病院でお世話になってて、明日の朝には退院なんですけど、この病院に僕を助けてくれたヒーロー・・・、あ、貴方がいるって聞いて・・・どうしても会いたくなって・・・あの、なんて呼べば」
「・・・登だ・・・一緒にいたもう1人のメルトアーマー、彼は・・・」
「・・・赤羽君・・・メルトアーマーレッガーですね、奇跡的に命はあるみたいです。まだ眠ってますが・・・」
「そっか・・・ごめん」
「登さんが謝る必要はないですよ」
「・・・いや、俺達が、もう少し早く着いてれば」
「・・・あんなの騙し討ちですよ、しょうがないですよ・・・」
永琉は少し呼吸し、ゆっくりと震える口を開いた。
「・・・でも、正直キツイです。僕があの時、何も出来なかったから赤羽君は・・・」
「君のせいじゃない」
「励ましてくれるんですね、ありがとうございます・・・」
エルの表情は、変わらず、虚ろを向いていた。
「なんで生きてるんすかね、僕」
ぼそりと、エルが呟いた言葉だった。
俺は・・・その言葉がまるで・・・自分に対して言われている気がした。
「何も出来ず、ただ指を咥えて赤羽君が襲われるのを見てるだけでした、本当は僕なんか助かるべきじゃなかったのに・・・」
何故生きてるのか
俺が・・・10年見つけられなかった答え・・・
「・・・生きる理由なんて、なくていいんじゃないかな」
「えっ」
体の奥底から、振り絞るような声だった。
「少なくとも、その赤羽って奴は、お前にそんな苦しんで欲しい為に、庇ったんじゃないと思う・・・」
俺は、自分自身に言い聞かせるように言った。
少なくとも俺はそうだった。
ノアを守る為行動したら、結果的にノアを傷つけ、一人ぼっちにしてしまった・・・苦しんで欲しくはなかったの・・・。
「・・・生きる理由なんて、見つけられる方が異常だろ・・・」
ようやく、この言葉を吐く事が出来た。
「・・・へ、偉そうな事言ってるけど、俺も生きる理由、全然わかんないんだ、メルトアーマーになって、1人でも誰かを助ければ、それが生きてる理由になるって思ってた」
「それが登さんの戦う理由・・・?」
「・・・そう思ってたんだけどな・・・正直言うと、なんで戦っているのか、今はわからない」
「登さんでも、わからないんですね」
「・・・さっき、俺の事ヒーローって言ったろ?あれは違うよ、俺は、誰かの為に戦えてない。自分の戦う理由すらわからないんだ。そんな奴、ヒーローとは呼ばない」
「登さんが、どんな気持ちで戦ってたかは誰にもわからないけど、登さんが守ってくれたから、僕はここにいます。僕にとっては、登さんはヒーローですよ」
「・・・そっか、ありがとう・・・励ますつもりが、俺が逆に励まされてるなこれ」
「そうかも、ですね。」
俺とエルは、少しだけ笑い合った。
「・・・その、赤羽君だっけ・・・仲良いんだな。」
「ええ、幼稚園からの仲です。中学上がってからはあんまり関わってませんでしたが・・・」
「俺にもいるよ、幼稚園からの親友が」
「赤羽君、昔からヤンチャで、中学校でも不良みたいになってるって聞いてたんです・・・それでも、封鎖後に1人ボッチだった僕を受け入れてくれた・・・僕にとってのヒーローです。」
「・・・直接伝えないとな、赤羽君に」
「ええ・・・けど」
「・・・どうした?」
「今赤羽君が目を覚ましても、多分苦しいと思います。」
「・・・グリムか」
「ええ・・・どんな攻撃も効かないなんて、ズルじゃないですか・・・」
唯一、俺が使ったランスモデルだけは手応えがあったが・・・
それ以外は、まさに無敵・・・としか言い様がなかった・・・。
・・・無敵・・・
・・・本当にグリムは無敵なのか・・・
そうなると何故、ランスは効いたのか・・・
その時、以前聞いたある一言が俺の頭を駆け巡った。
・・・もしや
「永琉!!一つ聞きたい事があるんだ!!」
俺は永琉に質問を投げかけた。
火曜日
22時30分
いつものように俺はスマートフォンを確認した。
レギュラス警報
名呉市Cブロック、ミッドライトスクエアビル横、西野公園 レベル不明。
ここは・・・前回グリムレギュラスが暴れた場所だ。
・・・来たか。
俺は準備してあったリュックを手に取り、一階に降りた。
色褪せた玩具が並ぶキリン玩具。
その玩具屋の奥に、叔父さんの部屋がある。
俺は・・・叔父さんの部屋の襖を開け、部屋に入った。
「叔父さん、ちょっと良いかな」
ちゃぶ台近くの座布団にゆっくりと腰をかける。
「・・・実は、今から外出したくて・・・その・・・レギュラスを倒しに」
「・・・勝手に言っちゃかと、思ってたな」
「・・・少し考えた、けど」
目を覚ました時、誰よりもすぐ駆けつけ、生きている事を気付かせてくれたのは叔父さんだった。
俺は・・・その優しさに心から安心した。
「・・・叔父さんと関係、なあなあにしたくないんだ」
「そっか、ありがとう」
叔父さんはゆっくりと座り込んだ。
数秒の沈黙
俺は、前から気になっていた事を失礼した。
「・・・封鎖してから3日後ぐらいに、叔父さんに電話したじゃん」
「ああ、あったな」
「あれ、叔父さんに怒られると思ってた、それで、もう家戻らないつもりだった。けど・・・叔父さん止めなかったよね、戦うの、あれってなんで・・・?」
「・・・止めるつもりだったさ、どうやって止めようか考えてた、けど、無理だったな・・・」
「無理だった・・・?」
「多分登には自覚なかったと思うけど・・・あの時の登、これまで聞いて来た中で、一番生き生きした声だったから、かな」
俺の声が・・・?
全く自覚がなかった。
「正直に言うと、俺は時々登の事がわからなくなる、最初はクールなのかと思った、けど達観とも無気力とも違う・・・なんていうか・・・まるで・・・」
「・・・死場所を探しているような」
俺は思わず答えた。
叔父さんは少し驚いた後、何も言わずにお茶に手を伸ばした。
「・・・叔父さんも孤児だった話、前したっけ」
はるか昔、話の流れでさらっと聞いた事があった。
ただ、特にそれ以上の事は知らなかった。
「だから、登の事、少しは理解出来るかもと思った、ただ、両親の記憶がある登と覚えていない叔父さんじゃあ、やっぱ、どういう風に関われば良いのか、わからなくて・・・」
叔父さんは、正直に話してくれた。
「叔父さんが連れ戻して家に篭ってるより、外で戦った方が、登にも良いと思ったんだ、テレビを付ければ、家に篭ってるよりメルトアーマーとして戦った方が生存率も高いって言ってたしね・・・」
実際、メルトアーマーの犠牲者より一般人の方が犠牲が多いのは事実だった。
「叔父さんは・・・その言葉に甘えたんだ、謝って済むことじゃないけど・・・本当に・・・すまなかった・・・」
叔父さんは・・・深々と頭を下げた。
俺も・・・少し言葉に詰まりならが・・・ようやく吐き出す事が出来た。
「・・・俺も、叔父さんが心配してる事は想像出来た・・・けど、気がついてない、知らない振りしてた・・・心配掛けてごめん」
一度吐いてしまえば楽になるのか。
俺は言葉を止めず、吐き続けた。
「・・・前、ある奴に言われたんだ、俺はこの街の為に戦ってるんじゃない、自分の死場所を求めて戦ってるって、否定出来なかった、というより、多分そいつは間違えてない」
「・・・うん」
「けど、本当に死にかけて・・・初めて、自分の想いが伝えられないのが・・・これで終わってしまうのが・・・死ぬのが、怖いと思えたんだ・・・」
「・・・そっか」
叔父さんは少しホッとしたように俺を見つめた。
「・・・けど、だからこそ、行かせて欲しいんだ」
「・・・この街のためかい?」
「それもある・・・と信じてる、ただ今回はそれ以上に・・・友達が今、命を賭けてレギュラスと戦うとしている、もしこのまま何もせず、アイツが死んだら、今度は俺耐えられないと思う」
「・・・ノアちゃんか、良い子だね、あの子、1人で抱えこんじゃってるけど・・・で、勝てそうかのかい?」
「弱点は多分わかった、効くかどうかは五分五分だけど・・・もし駄目ならノアと帰ってくるよ」
「そっか・・・わかった、じゃあ。」
叔父さんは、いつものニッコリとした顔を見せながら、
「そのレギュラスだっけ、を倒せた時用に、叔父さん、しゃぶしゃぶの準備しちゃおうかな。」
緊張が解けたのか。
俺は思わず笑ってしまった。
「しゃぶしゃぶって・・・お腹空かないのに?」
「お腹空いてなくても、ご飯は食べなきゃ駄目なの、確かレギュラスが現れない日があるんだよね」
「水曜日・・・は現れない、かな。」
「水曜祝日か、それじゃあ、裕司君と結衣ちゃんと・・・後、ノアちゃんとご家族にも声掛けてみてよ。ご家族いるかわからないけど」
「確か、父親と2人暮らしって」
「へぇ〜わかった、せっかくだし、声掛けてみてよ。準備するから」
叔父さんは俺の肩を叩いた。
「・・・もう一回約束、今度は、絶対元気に帰ってきてね」
叔父さんは、優しい声でそう呼びかけた。
・・・声は震えていた。
「・・・うん、約束する」
「ヨシ!行ってこいヒーロー!!」
「・・・ありがとう」
色褪せた玩具に見送られるように
俺はゆっくりと、キリン玩具の戸を開けた。
俺は、すぐにバイクを生成しようとした・・・
「来ると思ったよ」
外には、裕司が電信柱にもたれていた。
「裕司!?お前・・・」
「叔父さんの許可、取れたのか?」
「・・・ああ」
「そっか・・・なら俺は何も言わない、ぶちかませ」
裕司は俺の胸を叩いた。
「・・・裕司、ありがとう」
「今度は、俺を泣かすんじゃないぞ?」
「ああ・・・もう死ぬのはごめんだ・・・あ、後話変わるんだが」
「・・・なんだ?」
「今度の水曜日、うちでしゃぶしゃぶ食べるんだ、もしかしたらノアも来るかもなんだか・・・来るか?」
「・・・なんだそりゃ、今言う事かよ、ま俺は暇だし、俺も結衣もノアには一度助けられてるしな、良いぜ、行くわ」
「・・・ありがとう」
今にも走りたそうに震えるバイクに跨った。
「バイク・・・なんかすげぇ露骨だな」
「やっぱそう思うよな」
「けど、カッケェじゃん、バイクのヒーロー」
「お前ならわかってくれると思った」
「へへ」
「・・・裕司」
「・・・なんだよ」
「俺は、絶対に生きて帰ってくるから」
「へ、知ってるさ、行ってこい」
エンジンを思いきっきり蹴り飛ばし、俺は走り出した。
俺は死にたがっている。
グロウに言われたあの言葉。
正直に言うと、まだ否定しきれてない。
今も、理由を付けて死にに行ってるだけかもしれない。
街の事も、どうでも良いのかもしれない。
・・・だが
このまま指を加えて見ている理由にはならない。
ノアは多分、差し違えてもグリムを殺そうとするだろう。
そんな事はさせない。
1人ぼっちのまま死なせたくはない・・・
この感情は、誰がなんと言おうと本物だ。
自分の中にある悪魔の声を振り払い。
俺は夜の名呉市を走り去った。