暴走する生体兵器
ディスプレイに目をやる俺。
俺「何だこれは?突然始まったが。」
ディスプレイに、薄暗い通路が映し出される。この船の内部の映像だろう。しばらく見ていると、見知らぬ人々が通路に出てきた。着ている物は俺と同じで、ガウンの様なもの。年齢や人種は様々だ。子供や青年、女性もいれば、老夫婦と思われる人達もいる。ただ、どの人も様子がおかしい。何故かフラフラとしている。意識がちゃんと戻ってない様子に見える。
俺「この人達は何だ?急に冬眠から目覚めさせられた人達だってのか?」
エル「そうだ。・・・あと30秒くらい過ぎたら、かなりショッキングな光景が始まる。注意しておいてくれ。」
俺「何が起きるんだよ?」
胸騒ぎがする。映像の中の人々は、ふらつきながらお互いに声を掛け合い、通路を進んでいる。意識を失わない様に頑張っているのだろうか。
俺「うん?画面の端に黒い影みたいなものが出てきたが?」
エル「・・・・・。」
無言のエル。黒い影は、複数存在し、薄暗い通路の床と壁、天井を移動しながら、人々との距離を少しずつ詰めていく。人々は暗い通路の中で、影の存在にまだ気付いていない。
俺「なんか変なのが集まって来てるぞ・・・。あっ!」
次の瞬間、通路の天井にある金属板が外れ、密集して移動している人々の頭上に落ちてきた!落ちてきた重量物に押し潰される人、吹き飛ばされる人が見える。
俺「どうした!?」
天井板が落ちてきた直後に、出来た天井の穴から見た事のない奇怪な生物が姿を現した。通路の高さで考えると、体の大きさは2.5メートルくらいあるだろうか?細身で、両方の肘と腕の先端に大きな鎌みたいな突起物が生えており、暗闇の中で両目が紅く輝いている。
俺「こりゃ何だ?これが生体兵器か?」
人々はパニックに陥っている。逃げ惑う彼らの姿を見て、先程から跡をつけていた影が本格的に動き出した。影は大きな獣の様な形に変わり、人々を引き倒しながら噛みつき、彼らの体をその巨大な顎と腕で解体し始めた。
俺「うわわわわわ!!!」
飛び散る血と内臓。人々は抵抗するが、勝負にならない。圧倒的な腕力の差があるのだ。明るい場所に出てきたおかげで、黒い影は大きなヒグマの様な姿をしているのが分かった。奴等は何のためらいも無く、泣き叫ぶ人々の胴体から腕と足を引き裂いて逃げられない様にしている。通路に人々の血が溢れ、その血を啜りながら生きたまま人々を捕食する怪物達。直視できない凄惨な光景が広がっている。
俺「一方的な虐殺じゃないか!」
エル「そうだ。これがさっき説明した生体兵器さ。」
俺「こんなものがこの宇宙船の中をうろついてるのか!?」
映像はまだ続いている。細身の生体兵器は、犠牲者の体を念入りに解体しつつ、飛び散った脚を拾ってその肉に食らいつき始めた。
俺「この細身の怪物は何だ?頭部がカマキリみたいになってるぞ!」
細身の怪物は、犠牲者の脚を口の周りの構造でミンチにして食べている。獣と言うよりは、昆虫の食べ方に近い。
俺「もう一方の熊みたいな怪物は、よく見ると目が左右に3つずつ付いてるんだが?こりゃあ一体何だ!」
血の気が引き、体が震えて来る俺。
エル「そうだ。こっちの細身の方はスピード重視型、もう一方の巨大な熊みたいなのはパワー重視型の生体兵器だ。資料によると、戦闘力はスピード重視型の方が若干上と書いてある。」
エル「もちろん、自然界にこんな生き物は存在しないよ?全て遺伝子操作技術の産物だ。覚えてないかもしれないけど、地球で犬や猫を半分人間にして遊んでる人達がいたじゃない?あれの応用だよね。」
目を覆いたくなる様な残酷な映像を流しながら、不気味なくらい冷静に説明するエル。こいつは自分の事を単なる10歳の少年だと言っていたが、滅茶苦茶な違和感がある。
俺「この怪物は兵器なんだろ!?動きを止める様に指令を出せないのか!」
エル「この船のログによると、停止命令を何度も出している。・・・だけど、何度試行しても指令に失敗し、最終的にこの生体兵器の遠隔操作機能にプロテクトがかかってしまったとの事だ。この船のコンピューターは、無理に軍用に仕立て上げたものだからね。必要な性能、規格を満たしてなかったと思われる。奴等は現在、誰の命令も聞かず、あらかじめインプットされた情報にのみ従って動いてる。・・・すなわち、眼前にある目標の破壊だ。」
俺「逃げ場所はあるのか!?あるなら教えてくれ!!奴等はその内に成長しきって、こちらの区画に侵入してくるんだろ!!」
エル「逃げ場所?残念ながら、完全体に近い存在になった彼らから逃げる術は無いね。この宇宙船はある程度の大きさがあるけど、結局は密閉された空間だ。どこに逃げても、君の体から出る赤外線や生物特有の匂いに反応して居場所を特定し、さっきの人達と同じ様に生きたまま解体して食料にするだろう。」
俺「大変だ・・・・・!!脱出ポッドは無いのか!?」
エル「無い。・・・正確に言うと、脱出ポッドそのものはあるけど、宇宙船の不調で必要な電源が供給されなくなっていて、動かないんだ。君にエンジニアのスキルはあるかい?」
俺「ねェよ!そもそも文字が読めなくなってるって分かってるだろ!!」
エル「そうだったね。まあ、落ち着いて。焦っても何にもならない。食料ならあるから。緑茶でも飲もうよ?」
ガ————・・・。歯車が回る音がする。NISHIMEのボディから出ていたディスプレイが引っ込み、入れ替わりに緑茶の入った紙コップが出て来る。
俺「それじゃあ目的地の植民星に救難信号を送れよ!!誰か助けに来てくれるだろ!!」
エル「おお、混乱している様に見えてなかなか鋭いね。実際、事件が起きてから何度も目的地に向けて救難信号は送ってるよ。でも、いくら待っても返事が無い。現状、こちらの信号が届いているかどうかすら確認できない状態だ。この現象の原因も調べないとね。ああ、お茶どうぞ?冷めるよ。」
俺「いらん!!!!!家に帰してくれ!!地球に戻りたい!!!!!」
泣きながらパニックを起こす俺。どうすればいいんだ。このままでは確実に奴等に殺される。折角火災事故から運良く生き残ったのに!あんな正体不明の怪物に喰われて終わるのか!何て事だ!
俺「(喰われたくない!!どうする・・・逃げなきゃ!!!!)」
エルのいる部屋から飛び出す俺。脱出ポッドはどこだ!?もしかしたらまだ動くのが残っているかもしれない!暗い通路を全速力で走り抜ける。
しばらく走ると絨毯の敷かれたエリアを通り過ぎ、金属製の床がむき出しになっているエリアに到着した。
俺「これか!?脱出ポッドは?」
金属製の床のエリアを進むと、小さな入り口が通路の左右に並んでいる所に出くわした。調べてみると、それぞれの入り口の中に小さな椅子が一つずつ置かれている。
俺「助かった!脱出ポッドだ!!」
椅子に座り、ベルトを体に巻き付ける俺。目の前にある良く分からないボタンを滅茶苦茶に押してみる。
俺「どうだ!?動け!!動けよォ!!!!」
ボタンを押してみるが、反応が無い。電源そのものが来てない感じがする。ボタンを押し続けるが、脱出ポッドと思われるその装置は沈黙したままだ。
俺「壊れてるのか!!」
一つ目のポッドから飛び出し、隣のポッドに移動する俺。そこでまた同じ様にベルトを締め、ボタンを滅茶苦茶に押してみる・・・。しかし、反応が無い!
俺「このポンコツがァ!!」
自棄になりながら隣のポッドに移動し、同じ事を試す。脱出ポッドは最初と同じく、どのボタンを押しても電源すらつかない。
エル「どうだい?気は済んだかな?それらは脱出ポッドだったものだけど、今は動いていない。さっき説明した通りだよ。」
エルとNISHIMEが俺の後を追ってやって来た。
俺「おい!!!動かないぞこれ!!!」
エル「電源そのものがかなり前から来てないんだよ。充電できてない。必要なエネルギーは全てこの船の高速航行の為に使ってある。」
俺「電源が付く様にしろよ!!逃げられんだろが!!」
エル「それができればとっくの昔にやってるよ・・・。そもそも僕にエンジニアのスキルは無いんだ。無理にやってみてもいいけど、僕がこの船のメインコンピューターに繋いで何かしようとすれば、さっきみたいにおかしな振動が起きて宇宙船に危機が訪れるんでしょ?専門のシステムエンジニアじゃない者がこの船のプログラムを無理にいじくったら、それこそ最悪の状態になるんじゃない?」
俺「動けェ!!!動けっての!!!!!」
泣きながら必死に台バンする俺。エルの言う通り、機械はうんともすんとも言わない。
俺「うわああ・・・・・!!」
泣き崩れる俺。エルがこちらを心配そうに覗き込んでいる。
エル「この装置はもう動かないよ。さっきの部屋に戻ろうか?」
俺の左腕を掴んでポッドから引きずり出すエル。
俺「喰われるんだ!!さっきの人達みたいに!皆喰われて死ぬんだ!!!」
エルに体をズルズルと引きずられながら、さっきの部屋へ向かう俺。
NISHIME「そげん大げしゃな!大ん男が!」
エル「うん、このままではそうなるね。時間の問題だろう。だけど、僕は君を初めて見た時、希望が出てきたと言ったのは覚えてるよね。さっきの部屋で話を続きをするから、まずは落ち着いてくれないかな?」
俺「何だよ話って!!!今以上に悪い話があるのか!!!」
NISHIME「坊ちゃんの話ば聞きんしゃい!死なんで済む方法ばい!」
体を引きずられ、さっきの部屋まで戻ってきた。これ以上、何の話があると言うんだろう・・・。