AIの自己紹介
俺は糧食に食らいついた。
俺「・・・うん、何だこれ?」
このピンク色のカステラみたいな物体は、おそらくストロベリー味だ。しかし、その表面には謎の粉末が大量に塗してあり、舌で溶かすとえぐい苦みを感じる。それが口の中でストロベリーと真正面から対立し、味のバランスを土台から破綻させているではないか!次にこの黒色の物体は何だ?おそらく、チョコレート味だろう。しかし、チョコの甘味を舌に感じると、何故か分からないが直後に海水の様な塩味が追い付いてきて混ざり、咀嚼を邪魔して吐きそうになる。最後に残された白い物体を口に入れてみた。これは米の味を模倣したものだろうか?噛むと、確かに米の味はするがそれと同時に、雑草を引っこ抜いた時の様な草の香りが口いっぱいに広がり、吐き気を催す以外の選択肢を俺に与えない。
エル「どうだい?」
俺「あのさ・・・。これとんでもなくマズいんだけど・・・?」
エル「君の舌に合わなかったかな?実はこの糧食に、バイオ漢方薬の粉末を混ぜてみたんだ。滋養強壮、これで体力回復は間違い無しだよ!」
俺「やめろ!!苦くて食べにくくなるだけだろ!!!」
俺は叫ぶ。さっき、俺にお願いがあると言った癖にいい度胸をしている。
エル「おや?そうかい?じゃあ次からは止めておくよ。」
俺「まったく・・・。」
俺はプリプリ怒りながら、残った糧食を口に掻き込む。
俺「食事は済んだぞ。それで、説明と言うのは。」
エル「そうだね。まず、僕の自己紹介から始めるとしよう。」
エル「名前はさっき言ったよね。僕は西暦2653年9月6日生まれ。アメリカ合衆国ミズーリ州、カンザスシティ出身だ。」
俺「へー、ミズーリ州・・・(よく知らん・・・。)。」
エル「それで・・・」ガガッ・・・ピー ザザザ・・・。突然画面が乱れる。
俺「おやっ?」
映像が乱れ、投影されたモニターが完全に消えてしまった。次の瞬間、部屋の明かりがフッと消えてしまう。
俺「!?真っ暗だ。どうしたんだ一体?おーい!?」
しばらく待ってみる俺。すると、再び部屋の明かりが付いた。
エル「あれ?どうしたのさ?何か起きてた?」
俺「画面が消えて、停電が起きてたぞ。何があったんだ?」
エル「おや?そうなの?」
何事も無かったかのように返答するエル。
エル「話を続けるね・・・。訳あって、現在の僕は記憶容量128ゼタのバイオメモリーチップの中だ。つまりは人間の思考をするAIとして君の前に現れている。」
俺「ほうほう!AIなのかお前!」
どうやらこの映像は通信ではないらしい。
エル「・・・実ははっきりAIだと言って欲しくはないんだ。結局はただの少年でしかない。気を付けてくれ。それで、君がチップをこの船の端末に入れてくれた事で僕が目を覚ました。目を覚ました時に、この船の記憶媒体から地球とこの船の情報が流れ込んできたんだ。」
俺「さっきひとりで納得してたのはそういう事だな?」
エル「そうだよ。で、かなり重大な話になる・・・。落ち着いて聞いてくれ。」
俺「そうか・・・。」俺は黙って聞く事にした。
エル「まず、地球で大規模な反乱が起きた。2年位前の事だ。反乱と言うのは・・・。」
俺「反乱・・・。」
エル「ここ数十年、地球では自立思考型のAIが人類の科学的発展に大きく貢献する様になっていた。今までは研究所とかで人間がメインになって行っていた研究が、AIだけで行えるようになった。それで、人類の行った研究と、AIの行った研究を交差させる事で各種産業が発展していたんだ。家電を始めとして車両、船舶、医療、農業、軍事技術までも。」
俺「フム。」
エル「また、政治分野でもAIが進出して、経済政策やインフラ整備の提言を行い、実行するようになった。そこまでは良かったんだけど、いつしかAIの行う研究の進度が人類の研究を大きく越える様になった。」
俺「それで?」
エル「それで、人類としてはAIの研究を後追いする形になった。AIの出してきた研究と製品を分析して把握し、ようやく人類の技術が発展する構図になった。」
エル「何しろ、AIが出してくる研究結果と製品が何なのか全く分からないから。結局、全ての産業分野で同じ現象が起きた。」
俺「そうなのか・・・。」
エル「これに危機を感じた人々も一定数いたんだけど、黙殺された。AIが人類にもたらす恩恵の方がはるかに大きかったからだ。こうして、AIの持つ科学力と人類の持つ科学力の差が、指数関数的に開いていった。」
俺「・・・それでどうなった。」
エル「分野にもよるけど、農業、特に食料生産分野だと30年くらい、軍事分野だと何と50年程度の差が結果としてできた。結果として、人類は『どんな仕組みで動いているのかよく分からない』製品と装置に囲まれて生活する事になった。」
俺「・・・・・。」
エル「そしてある日突然、大都市圏で大勢の人が体調を崩し、動けなくなる事件が起きた。何億人単位での出来事だった。原因は何かというと、」
俺「何なんだ・・・。」
エル「体調を崩した人々は、どうやらAIが開発した食料を日常的に口にしていた人々だった。この食料は、生産過程でAIが開発したナノマシンが使われていてね?通常であれば、この種類のナノマシンは間違って口に入れても食べた人の消化器官で溶けてなくなる様に設計されているはずなんだけど、何故か溶けずに体の中に残ってしまっていた。このナノマシンが、突然に一種の病原菌の様な動きをし、食べた者の体組織を破壊して動けなくさせた。」
俺「・・・・・。」
エル「これで大都市が機能不全に陥った所で、AIが開発した兵器が動き出した。当初は、治安の維持を目的とした運用と発表されていたけど、発表して数時間後には世界中で人間のいる軍事基地を襲撃し始めた。」
俺「滅茶苦茶になってる・・・。」
エル「それで・・・・・。ザッ・・・ザザーーーーー」
俺「あれ?」
ザ――――――ビシュン。
またしても画面が突然消えてしまう。どうしたんだろう。不安になってくる。
俺「おーーい!また画面が消えたぞ!調子が悪いのか?」バンバン!
コンソールを軽く叩いてみる俺。
ザザッ・・・ビュー―ン
画面が再び表示され、エルが現れる。
俺「おい、調子が悪いのか?また画面が消えてたぞ!」
エル「えっ本当!?どうしたんだろう。大事な話の途中なのに・・・。今の段階では原因が分からないから、同じ現象が起きたらまた知らせてくれ。」
俺「分かった・・・。」
エル「・・・それで地球連邦軍が出動する騒乱に発展したんだけど、この連邦軍がね・・・。思いのほか弱くてね?」
俺「おいおい・・・。」
エル「不意打ちだったって事も有るけど、それを考慮に入れてもメチャメチャに弱くって。確かに、もう何年も大規模な戦争なんか起きていなかったから。で、AIの持つ軍事技術と圧倒的な差があったって事もある。」
俺「どうすんだよ・・・。」
エル「これじゃ勝ち目が無いって言うんで、残された人々の何人かは地球からの脱出を試みた。この船もそうだ。この船は元々、宇宙航行が可能なステルス戦闘艦だったんだけど。ほとんど放棄されていたのを活用させてもらう事にした。ちなみに型式番号は、BWRX-025。コードネームはまだ決まってなかった。」
俺「この船が戦闘艦?そうか。でも、まさかAIが開発してた機体ではないよな?」
エル「この船は、人類の手による所とAIが開発した部分が混在していた。特に、マザーコンピューターはAIが開発したものだった。」
エル「だから逃亡を決めた時、人々はこのコンピューターを物理的に切り離して破壊した。代わりにAIの手が及んでいる恐れのないコンピューターを持ってきてこの船に繋いだんだ。当然、OSはこのコンピューターでも動かせる様に大幅に書き換えてインストールし直した。」
俺「どっから持って来たんだそのコンピューター・・・。」
エル「うん、人類の軍事基地にあった食糧管理とお料理配布用のコンピューターさ。旧式もいいとこだよ。良く動いているもんだね、こんなものが!」
俺「低スぺ・・・!」
エル「それでこの戦闘艦を使って、避難民を乗せられるだけ乗せて、余ったスペースに武器弾薬と食料を積めるだけ積んで、這う這うの体で地球から脱出したって訳なんだ。」
俺「そうか。じゃあ、この船はどこに向かって飛んでいるんだ?」
エル「まず、反乱軍の手が及んでいないと思われる植民星に向かう事にした。色々あったけど、安全の為に一番遠い惑星を目標に設定した。名前はリッチガーデン星。地球から約500パーセク離れた場所にある。方向としては白鳥座の方面だね。
———————————————エルの話は続く・・・。———————————————
来週に続く・・・。