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平井 昇3



『この島ではなにをしようと、元の世界に戻ったあなたが罪に問われることはありません。

 脅迫、殺人、強姦、その他もろもろ……ここは、人の作り出した法律から斬り離された世界なのです。

 ですので安心して、デスゲームに参加してください』



 動けない昇に、男はさらに笑みを深めた。

 もしも出会ったのがこんな状況でなければ、自分は恐怖どころか警戒すら感じることのない相手だっただろう。


「いいでしょう、この【ギフト】。この針を刺した相手……正確には相手の影ですか。影を刺せば、その箇所が動かなくなるというものみたいなんですよ。

 ほら、今あなたの足の影に刺さっているのも」


 ペラペラと、得意げに話す男。もはや、勝ちを確信しているのだ。

 自然と、昇の視線は男の言葉に従い、移動していた。動かない、足へと。


 すると、足の影には確かに、針のようなものが刺さっていた。つまり、昇が動けないのはやはり、恐怖に足がすくんでいるから、だけではなく……!

 不思議な感覚だった。足を直接刺されて動けない、というならまだわかる。だが、針は直接ではなく、影に刺さっているのだ。


 それだけで、昇の足はまるで地面に貼りついたように、動かなくなる。

 動けない……もしかして、先ほど殺されていた人物も、同じように動きを封じられて、抵抗できなかったのか。

 もしそうなら……あれが数秒後の、昇の未来だ。


「ひ、ひぃいい!」


「そんなに怯えないでくださいよ、私だって心苦しいんです」


 必死に逃げていた昇は、ついに逃げの芽も潰され……恐怖に、情けない声を上げる。

 自分でも、こんな声が出るのかとびっくりだ。先ほどの怒りの感情は、もはやない。


 それを受けて、男は困ったように笑っていた。


「でもね、これはサバイバル……最後の一人に生き残らないと、元の世界には戻れないんです。元の世界なんて、まるでここが異世界のような言い方、ばかげているでしょう?

 でもね、こんな力を実際に体験したら、そう思いたくもなりますよ。こんなばかげたゲーム、参加する必要もないと思うでしょう? でも、そうもいかないんですよ。えぇ、元の世界に戻るためですからね。

 それに……最後の一人まで生き残れば、三十億もの賞金が手に入るんですよ!」


 心苦しい……直前にそう言っていた男の言葉は、後半に行くほど興奮が混じったものになっていく。本当に、心苦しいと思っているのか?

 ……本当に心苦しいと思っている人間が、ここまで恍惚とした表情を浮かべるだろうか。それくらいの観察眼は、まだ昇にも残されていたようだ。


 それに、だ。


「あ、あんた……サバイバルとか、で、デスゲームとか……生き残りとか!

 信じてるのか!?」


 確かに自分たちは、寝ている間に変な島に連れてこられ、変な異能力まで与えられている。昇自身、その異能力すなわち【ギフト】を確認してはいないが。

 しかしそれは、今実感した。足が動かないことへの、説明。【ギフト】関連のメール文が本物である以上、『最後の一人』に生き残らなければ帰ることが出来ない、という文章も本物なのだろうか?


 この意味不明な異能力の証明。それだけで、あの意味不明なメールをすべて信じるというのか?

 ……昇の言葉に、男はしばし沈黙した。そして……


「そりゃ、私も最初は疑いましたよ。で、そのうちに襲われまして……整理もつかないうちに、ひどいですよねぇ。で、抵抗しているうちに、ね。

 だとしたらもう……ね? やるしかないんですよ」


 それは、一種の諦めのようにも思えた。口ぶりから男も、なにも最初から乗り気だったわけではない。

 だが、混乱のうちに男は襲われた……それこそ、今の昇のように。


 そして、あろうことか返り討ちにしてしまった。つまり、人を殺したのだ。

 それを皮切りに……男の中の、なにかが壊れた。人を殺し、これは正当防衛だと言い聞かせ……

 メールの内容が本当だと思い込むようになった。いや、自ら暗示をかけた。人を殺したことの正当化、こんな変な場所から戻りたいという気持ち、そして……


「この島での出来事は、なにも法にひっかかることはない……あぁ、これはもう、そういうことなんだと、思いましたよ」


 冒頭の文面が、とどめとなった。『この島ではなにをしようと、元の世界に戻ったあなたが罪に問われることはありません』……最後の一人までのデスゲームを強要しているのだ、殺人などが罪になっては、意味はない。

 元の世界に戻っても。捕まるだけだ。しかし、殺人もなにもかも、その罪が適用されない。


 これは、すでに殺人を犯した男にとって、魅惑の言葉だった。自身を正当化し、それを裁かれることもない。それが本当であろうがなかろうが、もはや関係なかった。

 もう、やるしかないのだ。


「だ、からって……

 いや、それが本当だって、証拠もないだろ! なのに……」


「あぁ、キミはいい人ですねぇ。さっき襲ってきた人なんか、私の話は全然聞いてくれなくて……こうして、話が出来てよかった。

 でも、そろそろ……終わりにしましょう。いくら罪に問われなくても、このままでは罪悪感で押しつぶされてしまう」


「ひっ……」


 男は、話し相手を求めていた。だから、すぐにとどめをさせる昇を放っておいたのか。しかし、昇の言葉が届くことはない。

 もしかしたら、否応なく襲われた自分と、今の昇を重ねて……せめて最期くらい話を、と思ったのかもしれない。もっとも、一方的に話をしているようなものだが。


 この男は、見た目通りの優しい男なのだろう。本来は。なんせ、自分より年下の昇に敬語で話してくるのだから。

 だが、それらはこの場においては適用されない。少なくとも、この男は昇を、今から殺すつもりなのだから。


 優しい、はもはや、この男に取っては過去のものだ。

 男はゆっくりと、血のついた木刀を振り上げていく。

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