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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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2章 王都の処刑人2

「で、酒場から帰ってきた時には死んでいたと……」


「はあ、そうです」


「証明出来る人物はいるか?」


「あー……」


「いないんだな?」


 時刻は夕方。あの後、ガノは一度準備をすると部屋を出て行ってから戻ってこない。その隙にと買い物へ出かけ、帰って来るなり警吏が尋ねてきた。昨夜の殺人について何か知らないかと住人に聞き込みをしているらしい。


 事件前後の行動について問われた際、適当に部屋で寝ていたとでも言っておけばいいものを、うっかりと出かけていたと言ってしまった。そのせいで追求をうける羽目になっている。うかつだったかもしれない。


 別に事件に関わりがないので問題はないのだが、出かけた先が違法賭博の会場とは言えず酒場と嘘を重ねてしまったのが失策。警吏は嘘の匂いを嗅ぎつけたのか事細かに行動を洗おうし始めている。いい迷惑だが、困ったことに警吏として優秀らしい。


「どうした?」


 玄関先の攻防が長期化しそうな予感がし始めた頃、廊下の先から新手が登場した。これが事情知ったる相手ならば良かったが、残念なことに警吏と同じ制服に身を包んでいる。おそらく他の階の住人への聞き込みをしていた同僚だ。


 目の前で睨みを効かせていた警吏はククナから離れると応援に現れた同僚の耳元に顔を寄せた。


 何を(ささや)いているかはわからないがあからさまに怪しんでいるのは確かだ。


 ククナと殺人を結びつけるものなど皆無(かいむ)なのだが、近隣住民を疑うのはわからなくもない。とにかく怪しい人間は叩いてほこりが出ないか試そうということだろうか。捜査と言い難い力技だ。だが、拳闘試合で金庫を埋めてきた身としては困ったことになりそうだった。


 こういう面倒ごとを簡単に(かわ)せる大人になりたかったと遅まきながら思う。


「貴様──」


 扉を閉じ、鍵をかけてしまおうかと現実逃避気味の思考が浮かび始めるほど待たされた頃、警吏の二人は再びククナの前へと立った。


「あれ?」


 応援に現れた同僚らしき男はククナと顔を合わせると、一瞬、眼を見開いた。


 何かまずいものでも発見したかのようだった。だが、それもすぐに表情の奥へと消え、厳格そうな警吏の仮面をすぐさまかぶり直した。


 が、


「ん?」


 それをククナは見逃さなかった。


 なにやら気まずそうな男の顔を(あらた)めると見覚えがある。


「あれ」


 拳闘倶楽部によく出入りしている男だ。最前列を陣取っては親が聞けば卒倒(そっとう)するような野次を大声で(わめ)いているのをよく見かける。しかも、酒乱の気があるのか一度試合に乱入してつまみ出されていたと聞く有名人だ。昨日も会場で金券を握りしめて叫んでいたのを覚えている。


 こいつ警吏なのかよ。


「あんた──」


「ああ! そういえば昨日、飲んでたときに見かけたなぁ!」


 ククナが声をかけようとすると、そうはさせるものかといわんばかりに声を重ねられる。


 拳闘倶楽部に入り浸る博徒(ばくと)ならばククナのことを知らぬはずがない。お互いに触れられたくない秘密があると一瞬で察したらしい。



「こいつが夜中まで飲んでるのを俺が見てた。間違いない」


 (まく)し立てると同僚の肩を掴み、


「ご協力感謝いたします」

 

 吐き捨てるように言うと足早に去って行った。


 街の治安維持に働く警吏が賭博とは。咎めるつもりはないが少々やるせない気分になる。


 結局、正義の守人などではなく金を対価に正義をなす勤め人に過ぎないということだろうか。そう考えると自分とそう変わらないかもしれない。その事実に尚更げんなりする。自分のような人間がいる組織が王都の治安を(にな)えるはずがない。


 不毛なやりとりに疲弊して椅子に座り込むと、まもなくしてガノがやってきた。


「いるわね」


「もう当たり前みたいに入ってくるんだな」


 ノックをすることもなく部屋に入ってきたガノに苦言を(てい)すがどこ吹く風だ。


 別に構わないが早くも遠慮がない。


「今日から修行開始か?」


「いいえ、もう遅いし本格的に始めるのは明日からね。ひとまず、あんたがどの程度やれるのかを確認して指導計画を考えるわ」


 一端(いっぱし)の教師のような言い草だ。これから師匠となる身なので正しくそうなのだが違和感が(ぬぐ)えない。


 それぞれに得意分野があり、どの程度習熟しているかに年齢は関係しない。そんなことは理解しているが年齢も身長も自分より遙かに小さい少女から何かを教わるというのは妙な感覚だ。(あなど)っていたり屈辱があるわけじゃないが初めての経験に少し戸惑(とまど)う。


「ん、そういえばガノ」


 違和感と一緒にある疑問が掠めて口をつく。


「やり直し。師匠と呼びなさい」


 師匠らしさを心がけているのか、それとも自然体なのかガノ呼びを(たしな)められる。


「ん、そういえば師匠」


「よし」


 ガノは満足げに頷いている。


 面倒くさい。


「師匠は何歳なんだ?」


 女性相手においてはある種禁句に近しいらしいが、平然とククナは言い放った。


 相手の年齢を知ることは重要だと思う。別に年下相手だから威張り、年上相手だからへりくだるような真似はしない。それでも年齢は話題の選び方や付き合い方に影響が少なくない部分だ。二十五歳と十五歳では選ぶ話題が違う。知っておきたいと思うことは不自然ではない。


 しかし、今はそういった普遍(ふへん)的な理由ではなかった。


「俺らより上世代の魔術師たちがあんたを都市伝説扱いをしてたって聞いたぞ」


 遅すぎる疑問だったかもしれない。


 ガノのことを少女として見てきたが、ガノの武勇譚(ぶゆうたん)を誰かが言い伝え、それが風化、細部が曖昧になった伝説として残るようになったのなら時間ではなく時代が過ぎたと表現してもいい。それならばガノが見た目通りの年齢ということはないだろう。


「……」


 ククナの突っ込んだ質問にどのような思考を(めぐ)らせているのかガノはしばらく固まっていた。付き合いも短い内から突っ込みすぎたのかと後悔をしかけたが、


「ま、いっか」


 と機嫌を損ねた様子もなく答えることに決めたようだった。


「私は普通の人間じゃないから」


「普通じゃないって、長命の種族ってことか?」


 ククナもそうだがこの世界の大多数は『只人(ただびと)』と称される種族だ。もちろん土地によって肌や眼の色、文化的な違いはあるが生物学的に同じとされている。しかし、世界にはもっと多様な『ヒト』がいる。


 確認されているだけでも草で編み上げた人形のような種族。二足歩行をする権威主義の兎。金属を()ぎ合わせた雷を食べる鎧など様々だ。彼らは見た目や寿命はもちろんのこと生態がまるっきり違う。中には只人の数十倍の寿命を持つ種族もいるらしい。


 ガノもククナとは別種のヒトなのだろう。見たことのない白い髪も紫の瞳もそれならば得心(とくしん)がいく。


「そんなとこ。いつか教えてあげるわ」


 肯定なのだろう。ガノは悪戯(いたずら)っぽく笑った。


 見た目こそ少女だが中身はククナよりもずっと年上かもしれない。妙な尊大さも年月が生んだ経験や老練(ろうれん)さの表れだったのか。そう思うとしっくりくる。


 改めて、ガノを見やる。


「うーん」


 まあ、どうしても少女としか見えないのだが。


「吸血種か?」


「日光浴は好きよ」


「エルフ?」


「それは御伽噺(おとぎばなし)


 ククナの追求をあっさり躱し、ガノは以前金貨袋を取り出した時と同じようにして一枚の葉っぱを机に置いた。


「まずは女神の魔術を直接見せてもらうわ」


「この葉っぱは?」


 手に取って観察してみるがこれといった特徴がない。手の平に収まる大きさで緑色。どこにでもあるとしか言いようがなさそうだ。


「これはルイフと呼ばれる木になっている葉よ」


「食えばいいのか」


「全然違う。細かいことは省くけど、これはあんたみたいな特殊な魔力に反応して葉の色が紅く変わる性質がある」


 そこまで言われればなんとなく察しはついた。


「これを傷と見立てて魔術を使えばいいんだな」


「そうよ。紅葉の度合いや速度とかを観察したいの」


 実力を量るということか。この結果如何でククナがものになるまでの期間も概算(がいさん)がつくだろう。さっさと独り立ちしたいが、心持ちで結果をよく出来るほどに使い慣れていない。


「やるぞ」


 ゆっくりと呼吸する。


 下手に気負わず平静を心がけ、ククナは葉っぱに指先を添えた。


 瞳を閉じ、闇を下ろす。


 余計な情報を遮断して、自身の内側へと意識を落とし込む。


 髪が擦れた首元の痒み。朝にかいた汗の香り。机を挟んで聞こえる息づかい。ククナという人間に入り込む不純物を削ぎ落として集中を高め、葉に触れた指先を描く。


 暗闇の中で浮くその一点に向けて心臓から光の糸を伸ばす。絵画を仕上げる絵筆のように丁寧に、そして慎重に光を運ぶ。胸から肩。肩から肘。そして指先へと。


 出来た。


 確信して、再び瞳を開くと指先は光っていた。淡い黄色と緑の間を行ったり来たりする妖しげで美しい光。


 ルイフの葉は光る指先に指された箇所からほんのりと色を変え始めていた。緑から黄色、そして徐々に赤へと。まるでククナから四季の流れを急かされたかのように散った身でありながら色づいていく。


「ふうん」


 ガノの小さな声が聞こえる。


 そこに含まれる意味を頭が拾おうとした瞬間、光はあっさりと消えてしまった。


 残った光の残滓(ざんし)が晴れると指に触れた箇所を中心に赤、黄、緑と丸く模様がついた妙な葉っぱがあるのみ。ほんの一瞬集中を切らしただけで(はかな)く消えてしまう。今更ながら本当に使いこなす域までいけるのだろうか。


「あー」


 魔術を使用した反動が身体を襲う。どっと身体が重くなり息も荒く汗が滲む。目眩(めまい)どころか目の奥が混ぜ込まれるように視界が歪み、背もたれに身を預ける。


 これもなくなるのだろうか。


「確かに女神の魔術ね」


 天井を仰いでいて見えないがガノは納得しているらしい。声は少し弾んでいるような気がする。


「俺の実力はどんなもんだ?」


「見習い以下。まったくの素人ではない程度よ」


 はっきりとした評価だ。実際にその通りだが、体調不良を起こしている相手にもう少し手心があってもいい気はしないでもない。


「ま、予想通りではあったわ。予想外の無能ではないから私がどうとでもできる」


 不遜(ふそん)そのものの台詞だが皮肉を出せるほど頭がまわらない。


「魔術は誰かに教わったの?」


「ほとんど我流だ」


「やっぱりね、我流の悪いところが出てるわ。魔力の知覚も出来てなさそうだし練れてもいない。そのくせ感覚で多少は操れるから意識外の部分から魔力が放出されて、すぐに潰れる」


 蕩々(とうとう)とククナの所見が述べられ、ぐったりした状態で耳だけ傾ける。


「救いがあるとすれば、あんたが思い上がった勘違い野郎じゃなかったってことね」


「なんだそりゃ?」


「自己流でそれなりに使えたりすると自分を天才だと勘違いする奴がいるのよ。そういう奴は妙な修行を自分に課して(いびつ)で脆い魔術師として形になるし、自尊心が高いから指導しづらいのよね」


 実感の籠もった語り口だった。もしかすると過去に自分以外の弟子がいたのかもしれない。長命の凄腕魔術師なら不思議ではないことだ。


「で、この後は?」


 反動が抜け始めて身体を起こすと額に滲んだ汗がこめかみをつたった。鬱陶しくて袖口で拭うククナと対照的にガノは涼しい顔で腕を組んでいた。


「もう一回やれとか言ったら机一面に吐くからな」


 冗談や脅しではない。一度、経験したことだ。普段は反動のことを考え、ちょっとした怪我程度で魔術を使うことはしなかったが、その時に負ったのは足の骨折。これでは拳闘試合にでることはおろか日常生活さえ不自由を強いられる。それも長期間に渡ってだ。


 大きなものや怪我を治そうとすると反動の大きさも比例する。しかし、一時の苦痛と長期の不自由を天秤(てんびん)にかけ魔術を強行した。


 その結果、何とか治すことには成功したが直後に胃の中を全て吐き出した。おまけに目を回して失神。丸三日間、寝室の床で倒れ伏していた。笑えない危険行為。運が悪ければ吐瀉物(としゃぶつ)で窒息死していた可能性さえある。


「大体わかったから、今日はもういいわ」


 ククナの懸念(けねん)が伝わったわけがないが、ガノはあっさりと終了宣言。無理を強いることはしなかった。


「修行は明日の朝から始めるわよ」


「場所は?」


「ここよ」


「ここかぁ……」


 別に構わないのだが、ちょっとだけ惜しい気持ちもある。子供心か、それとも少年心なのかはわからないが魔術師が修行をするというのだから、もう少し『らしい』場所で出来ないのだろうか。


 人里離れた大自然や、仰々(ぎょうぎょう)しい呪文が壁一面に描かれた何もない部屋を想像していたので肩透(かたす)かしを受けた気分になる。もっとも現実が違うことなどわかっていたが、それにしても独身男性が住まう安部屋(やすべや)が修行場とは、いくらなんでもという気分がないでもない。


「なに、不服なの?」


「師匠に従います」


「よろしい」


 ガノは気分よさげに頷くと夜会服を(ひるがえ)して、


「あんたを最高に稼げる魔術師にしてあげる」


 弟子がもっとも望む言葉を的確にぶつけ部屋を去って行った。

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