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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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5章 魔が先か心が先か花は咲き14

 宣言する。


 ガノの弟子になってから自分は魔術師として成長したのか。


 やってきたことは鍼を刺され、魔術師としての肉体へ調整することだけで具体的に魔術の指導を受けられていない。


 どう甘く考えても成長はできていないだろう。


 魔術の使い方は非効率的な我流のままだ。


 だけど、やる。


 やり()げる。


 ゆっくりと息を吸い、時を戻すようにゆっくりと吐き出して集中する。


 傷口に添えた手へ意識を乗せ、余計な情報を順に()()としていく。


 今は何もかもが後回し。


 このときだけククナ・ウルバッハは魔術を吐き出すだけの物体に成り果てよう。


 茨が刻んだ全身に(はし)る痛み。


 むせ返りそうになる血の匂い。


 遠くから聞こえる馬車の音や夜風。


 肉体へと纏わり付く不純物を捨て、意識だけの塊になっていく。


 瞼を閉じ、闇を下ろす。


 心臓から手に向かって慎重に光の糸を伸ばし、再び目を開くと傷に添えられた手は光に包まれていた。


 黄から緑、青へと次々と段階的に色を変えていく虹をない交ぜにしたような妖しげで美しい光。


 女神の魔術。


 癒やしの恩光(おんこう)


「よし」


 発動はできた。


 だが、ここで終わりではない。


 集中を途切れさせず持続させなければ。


 ククナは玉の汗を額に溜めながらも光を傷口へと流すような意識で手を押し当てると出血は弱まり、茨に陵辱(りょうじょく)された肉はゆっくりとだが確実に穴径を縮め始めた。


 大丈夫だ。治せる。


 僅かな手応えを感じたそのとき、がつんと脳が揺れた。


 体調の悪さに加え、魔術の対象は人間。


 そのうえ重要器官の、おそらくは心臓を修復しようというのだ。


 はやくも魔術を使用する反動がククナを(むしば)んでいく。


 荒波の中へ放り出されたように視界が回り、金属をこすり合わせるような耳鳴りが聞こえる。肺が役目を忘れ、息を吸っているのか吐いているのかもわからなくなる。


 今にも倒れ伏しそうな感覚器官の狂いに晒されながらも魔術が消えなかったのは修行による調整の成果だったのかもしれない。


 集中が乱れ光が弱まり、明滅するもなんとか立て直す。


 けれど、所詮は(つちか)った技術ではなく気力による強引な魔術行使はただでさえ限界を迎えていたククナにとって負担が大きすぎた。


 全身が熱い。


 まるで傷口がやすりで削られるようだった。


 集中を阻害するように存在感を示す苦しみから顔を(そむ)ける。


 決してこの光は消さない。


 (つな)の上を渡るように慎重に、ひたすら苦痛を意識から引き剥がす。


 いつのまにかガノが魔術で抑えたはずの傷口が反動により出血し始め、瞳は充血し化物のような赤に染まっている。


 およそ女神の名を冠する魔術の使い手とは呼べない形相(ぎょうそう)


 まるで命を切り分けて与えることで死へと向かっているようだった。


「なんでここまでして……」


 それでも静かに集中を切らさないククナにガノは息を呑んだ。


 師が見せた小さな驚愕はククナの集中を散らすことはなかったが、しっかりと耳には届いていた。


 答える余裕はない。


 つもりもなかった。


 きっと誰からも理解されないだろう。


 ただ、ククナは知っていたから。


 他人に世界が壊される怖さを知っている。


 大好きだった人達が去って行く悲しさも。


 もう取り戻せないことを悟る(うつ)ろさも。


 そこで自分が狂わなかったのは、世界を憎まなかったのは運や(えん)に恵まれていただけだ。


 他人は子供の頃をいつまでも、と苦笑するかもしれない。


 あるいは同類への憐れみか、と訳知り顔で軽蔑の視線を向けるかもしれない。


 ダフネが力を欲しがったのはきっと不安で堪らなかったからだ。


 この冷たい世界に偏在(へんざい)し、落とし穴のように待ち構える大きな悪意。


 時折、信じがたい勢いで多くを持ち去ってしまう何かから身を守りたかったからだ。


 それで力を欲したのだろう。


 膝を抱えて一人ですすり泣くことがないように。


 信じられるものが欲しかったんだろう。


 絶対に裏切らず、この世界に立っていられる為の『何か』が。


 俺も同じだ。


 求めるものが違っても、痛いほどわかってしまうから。 


 ままならない冷たい世界に翻弄(ほんろう)され、狂ってしまった彼女へ教えてあげたい。


 いや、知っていたはずだ。


 ()()()()じゃない、と。


 だから、もう少しだけ生きて欲しい。


 ククナがもたらす女神の(きら)めきは消えることがなかった。


 魔術の反動が意識を闇へと落とす最後のそのときまで。


 どれだけ血を流そうとも。


 ──けっして。

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