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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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5章 魔が先か心が先か花は咲き

『首刈り魔捕まる』


 新聞には首刈り魔が捕まったことが大々的に載っていた。


 内容は執行機関(しっこうきかん)の尽力の甲斐(かい)もあって魔術連盟に所属した魔術師を捕えたといったものだった。紙面には凶行へ至った経緯などが(つづ)られており、逮捕には一般人の協力があったことがちらりと添えられている。


 運によるところが大きいとはいえ実際のところ捕まえたのはククナの独力(どくりょく)だったが、この扱いに不満はなかった。


 きっかけは自己満足のためにだった。


 名声には興味がない。


 強者の理不尽で幸せを壊された家族の怒り。


 見事目的を達したのにククナの心は晴れることがなかった。


 ナーロを打ち倒した瞬間に感じたのは(むな)しさだけだ。


 自分への嫉妬に端を発する一連の首刈り殺人事件。


 知っている人間も知らない人間も死んだ。


 犯人が友人だと知り事件の渦中(かちゅう)には自分もいたのだとわかってから、確かなはずだった怒りはいつしかうやむやになり今はやるせなさだけが残る。


 もしも何か、ほんの小さな何かが違えばこんなことは起きなかったのだろうか。


 そんなことを夢想したところで意味がないとわかっているのに心はままならない。


 新聞を適当に(たた)んで机へと放る。


 背もたれに思い切り体重をかけると椅子は苦しそうに(きし)んだ。


 ナーロを倒した後の流れは、ある意味ここ数日で一番過酷だったかもしれない。


 ナーロに負わされた怪我、頭に巻いていた包帯でナーロを縛り上げ王都へと帰ると日は暮れかけていた。ククナはそのまま執行機関までナーロを連行した。


 というより連行しようとしているところを警吏に職務質問され、警吏によって連れて行かれた。気絶し、包帯で縛られた人間を運んでいたのだから当然だった。


 道すがら気絶している男が首刈り魔であり、友人が捕まっていることを主張するも背を蹴られるだけで聞く耳をもってくれず、そのまま丸一日を執行機関本部にて過ごすこととなった。


 檻に入れられることはなかったが、連れられたのは以前も入った取り調べ室。そこで尋問を繰り返され続けた。


 彼とは何があった?


 どこで知り合った?


 どう思っていた?


 ここ数日の行動は?


 どんな意味があるのだろう。尋問する人間が入れ替わり立ち替わりやってきては同じような質問を繰り返し、度重(たびかさ)なる疲労感に船を漕ぐとこれでもかという勢いで机が叩かれて威圧される。


 ナーロが首刈り魔だ。


 ダフネが奴の家に拘束されている。


 何度も訴えたが(なし)(つぶて)


 それどころか警吏たちの視線が疑念と猜疑心(さいぎしん)に満ちていた。まさかこちらを消耗させて、犯人に仕立てあげようとしているのかと邪推(じゃすい)する。


 彼らが信じていないのだろうと確信し、質問が何周したかを数えることを止めた頃に身なりのいい人物が部屋に入ってきて謝罪された。


 目を覚ましたナーロからククナの証言と一致する言動が確認されたこと。加えてナーロの自宅からダフネが縛られた姿で発見されたそうだ。


 疑っていたことに頭を下げられ、王都治安維持のための協力を感謝すると告げられたが疲れ切った心と身体には響かなかった。なにより男の嘘くさい笑顔が気に食わなかった。


 その後に男から捕まえたのは執行機関によるものだと公表させて欲しいと交渉された。


 治安維持を(むね)とする組織にもっとも必要なのは民衆へ力があると信じさせること。


 罪を犯せば捕まる。逃げおおせることはないとあらゆる人間に錯覚させることで遵法意識(じゅんぽういしき)が生まれる。


 だから、王都をここまで騒がせた殺人犯を一般人が偶々捕まえましたでは世間体が悪いと説明された。


 理解も納得もできたが気分が悪かった。


 多分、疲れのせいだけではない。


 そして一枚の紙が渡された。


 文頭に明記されていたのは秘密保持契約という単語。


 ただでさえ学がないのに、眠っていない頭で小難しい語句の並ぶ契約書を読むのはかなり苦労したが要約するとこういうことらしい。


 金をやるから手柄は執行機関へ渡して黙っていろ。


 なるほど体裁(ていさい)か。


 呆れはしない。


 きっと必要なことだろう。


 それに金が好きだ。


 どんな大人も心が揺れるだけの金貨が契約書には約束されているが、けれどもここで金を受け取ってしまえば何かがぶれると感じた。


 溶けた脳味噌で言語化することはできないが、ここに署名をすることは本能が違うと叫んでいる。


 まあ、薄ら笑いでおもねる男の提案をそのまま受けるのも(しゃく)(さわ)る気持ちがあった。


 だから一つだけ条件をつけ、秘密保持契約書の一部を修正した上でククナは署名をした。


 男はククナの条件に不思議そうな顔をしたものの署名をするとすぐに解放してくれた。その上、ご丁寧にも自宅まで馬車で送って大仰な挨拶をして去っていった。


 大変なのはここからだった。


 自室に入ると待っていたのは眉をこれでもかと吊り上げたガノ。


 そういえば二日連続で修行をすっぽかしたことになっていると気付いた瞬間、ガノは手を振るとククナの身体は天井へ(はりつけ)にされた。


 二日間言付(ことづ)けもなく放っておかれた師は椅子に座ったまま氷の女王さえも凍り付くような酷薄(こくはく)な微笑。


 見下すように見上げ、


「私を納得させる言い訳が出てこなかったら魔術を吐き出す天井の染みにするわよ」


 と一生涯耳にすることがないであろう脅しをかけてきた。


 ククナは執行機関でそうしたようにガノへ同じ説明を繰り返したが、「軽率すぎる」と一刀両断。天井へ磔のまま説教を受ける羽目になった。


 普通ではないであろう部屋を真上から見るという不自然な体勢の中、ガノは本当に氷像となったかのように微動だにせず冷たく淡々とこちらを攻め立てた。


 忠告を破ったことへの怒りも上乗せされているだろうが、けして怒るのではなく叱るといった形のままだったのは年月が成す理性の(たまもの)だろう。行動に後悔はないが、ククナは黙って頷くしかなかった。


 この街へ来た目的が忽然(こつぜん)と姿を消したのだ。きっとガノも不安で焦ったはずだ。


 なによりもきっとガノが怒り恐れたのは女神の魔術師を失うこと。そこにククナ個人への感情はないだろう。


 けれど、説教が終わった去り際、


「無事でよかった」


 と言い残した声音のたしかな柔らかさに師弟としての(あわ)い情を感じたのは、酷使した心身からくる勘違いではないだろう。


 多分だけれど。

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