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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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4章 たなごころ4

 王都から出るのは何年ぶりだろう。


 全てのものが街の中で事足りる都会に出てきて数年。王都から出るような用事はなかった。


 ダフネを誘拐した犯人が指定した引き渡しの場所は王都の外にある森。その中に位置する湖だった。


 地図の上でしか知らない森の名だが王都との位置関係を確認すると歩いて半日はかかる道。


 ナーロは普段の仕事で何度も行き来している場所らしく、すぐに馬に飛び乗って王都から駆けだした。


 道中はほとんど無言。


 何を話せばいいのか、お互いわからなかった。


 街道(かいどう)を逸れてひたすら平地を馬で駆ける。背から(うかが)い見るように昇る太陽が地面の緑を照らし始めている。朝の冷えた空気の中、光から逃げるように馬を走らせる。


 街を離れ人の喧噪(けんそう)から遠ざかった緑地と透明感のある空気を裂くように馬で駆けるのは、こんな時でもなければ心に爽やかさと心地良い疲労をもたらしたことだろう。


 今はとてもじゃないがそんな気分にはなれない。


 隣で手綱(たづな)を握るナーロの顔は石のように硬い。


 好いた女性を失う恐怖。傷つけられた怒り。非日常に巻き込まれた焦り、結末がわからない不安。他諸々(ほかもろもろ)。暗色の感情が混ざり合っている。


 手鏡など持っていないが、自分も似たり寄ったりだろう。


 内蔵の至る所をぎゅうぎゅうと絞られているような不愉快さが止まらない。


 手紙を出した相手は文面からすると、やはり首刈り魔か。 


 あの夜に(のが)したことを悔やんで人質を取ったということだろうか。


 思わず包帯をなぞる。


 仮に違っていたとしても、ここまで仕掛けてくるような相手がまともな人格をしているとは考えにくい。


 どちらにしろ荒事は避けられない。血を見る以外は望めなさそうだ。


「ここからは常歩(じょうほ)で進みます」


 森の入り口まで来ると、ナーロは石になっていた唇を動かしてこれまた硬質な声を出した。


 入り口とはいっても道らしい道があるはずもなく、比較的通りやすい場所というだけだろう。辺りは木の根や倒木、突き出た岩に拡がる(こけ)。細かく隆起(りゅうき)する地面に草丈(くさたけ)の高い植物が生い茂り、今通っているのも林道などという上等なものではない。


 ほとんど人の手が入っていない場所だろう。まさに鬱蒼(うっそう)といった表現がしっくりくる場所。一人で入れば簡単に方向感覚を失い遭難しそうだ。


「こんなところで仕事をしてるのか?」


 足下を警戒しながら馬を歩かせるナーロの背に話しかける。


 皮膚に刺さる緊張をほぐす為にも少し話したかった。


「話したことなかったですね」


 そんなことを話す気分じゃないとでも主張したげな十数秒の沈黙の後、ナーロはゆっくりと口を開いた。


 この先に待ち構える修羅場に萎縮(いしゅく)した心身をどうにかしたいのはお互い様らしい。


「僕は魔術を使った狩りを生業(なりわい)にしています。ここは貴族が好んで食べる白鹿(しろじか)(きじ)がよく出るんですよ」


 貴族相手の調達係か。


 ややもするとこの若い魔術師は相当な儲け方をしているかもしれない。


 今はどうでもいい。


 しかし、


「狩りをしているなら攻撃的な魔術を使えるってことだよな?」


「僕は矢のような貫く衝撃波を出せます」


 丁度良い。


 まさに狩人の魔術。


 潜んで狙い撃つのは得意ということだ。


 おまけにここに何度も来ているのなら。地の利も期待できる。


 森に潜んでもらい、湖で首刈り魔と向き合っているところを強襲してもらうのが最善だろうか。いや、まだ詰めが甘い。もう少し練らなければ。


「馬はここに繋いでいきましょう」


 ククナが頭を悩ませていると、いつしか開けた場所に着いた。


 立ち並ぶ木々が減り、現れたのは廃棄されて久しい風情(ふぜい)の小屋。


 おそらくは杣小屋(そまごや)だろう。


 話せば普段はここを拠点として狩りをしているらしい。


「ここから北へ行けば湖があります」


 導かれるまま歩き出すが道幅は狭く地面は荒れている。道と称しているのも獣道だ。当然ながら人が歩くのに適した場所ではなかった。王都に長くいて整地された地面が如何(いか)に快適だったかを忘れていたらしい。


「犯人は単独犯ですかね?」


 今度はナーロから会話を振られた。


 ほんの少し、緊張は和らいだのか角張った声ではあったが硬さは薄れている。


「首刈り魔だとするなら、そんな気がする」


「根拠は?」


「勘だ」


 根拠と言えたものではない。


 なんとなくの確信だった。


 奴のやっていることは愉快犯的というか場当たり的で幼稚に感じていた。


 街中で首を落とすほどの暴力を行使する残虐性と大胆さ。


 しかし死体はその場に放置する。これが計画的な殺人ならば死体の発見を遅らせるような努力があってもいいはずだ。殺人が露見して得をすることなど一つとしてない。多少なりとも隠蔽するだろう。


 かといって死体をその場に残すことに何かの主張や声明としての意味合いがあるわけでもなさそう。それを三件も繰り返している。


 仲間がいたとして、そんな殺しの方法を許容するとは考えにくい。


 ククナを襲ったときも複数犯だとしたら、一人が囮になるなりもっと確実な方法があったはずだ。それに逃げた標的を追いかけ回して街中を破壊してまわるなんて目立つことをしたとも思えない。ましてや、人質をとってまで呼び出すほど殺したい相手ならば尚更だろう。


 なんというか全体的に雑なのだ。


 本当に気分で人を殺しているように感じる。


 あまり考えずに、その場その場の即興。


 感情の波に揺られて人を害する異常者といったのがククナの所見だった。


 だからこそ恐ろしいのかもしれない。


 情緒が未発達で反抗期の子供が癇癪(かんしゃく)(なた)を振り回すような、理不尽できっかけのわからない(あや)うい暴力性がある。


 どこに矛先が向くか不明、無意味で無鉄砲な暴力。


 後先を考慮しない衝動的な狂人は、いわば捨て身だ。


 何を失うかなど関心の埒外(らちがい)で己というものを勘定に入れて計算していない。


 一度、拳闘倶楽部でそんな狂人と戦ったことがある。


 相手はククナの格下。戦いにすらならない実力差があったにも関わらずククナは敗北した。


 相手は違法薬物の常習者だったらしく何度倒しても立ち上がってくるような男だった。


 不屈や意地だなんて上等なものではなかったはずだ。


 男の瞳に光はなく、中毒の末に痛覚が鈍くなっているのか、戦っていることすら理解できていないのか。遠い世界に自我というものを置いてきたような印象を受ける佇まいで拳を握っていた。


 そんな敵などククナにとっては楽勝。易々と地面に沈めるも、男は焦点の定まらない瞳で当たり前のように立ち上がる。自分の拳はかすりもせず、ひたすらに拳で打たれ、その度に血に濡れていく顔と壊れていく身体。そんなものはどうでもいいというように彼は何度も立ち上がった。


 誰が見ても力の差は歴然。


 どれほど粘ったところで逆転の芽はない。


 奇跡の入り込む余地がないほどの差。


 けれど、ククナは負けてしまった。


 怖くなったのだ。


 自分が死ぬことさえ考えず、濁った瞳でぶつかってくる男に怯え棄権した。

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