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女神身罷りし世界にて  作者: aaahg
1 黄薔薇の天秤
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4章 たなごころ2

「なんでこの街へ来たんだ?」


「探し人がいるときは大きな街から調べるのが定石でしょ」


「違う。自分の力に寄ってくる奴らが嫌になって故郷へ籠もるようになったんだろ。それを曲げてまで出てくる理由ってなんだ?」


 ここは大陸でもっとも栄えた王都だ。人も多い。


 ガノの過去がどれほど前のできごとかはわからない。


 もしかするとククナの親が産まれるよりもはるか昔のことというのもありえる。


 時の流れの中でガノの実在を知る人間は減り、(すが)る輩もいなくなった。けれど魔術師の間では未だに存在を言い伝えられ、現に正体に気付いたダフネやナーロもいる。


 国も二年前のダモ大森林の火災──灰の魔術師討伐(とうばつ)においてガノの存在は認知している。


 それが過去の都市伝説と同一人物か、正体の真偽はともかくとして、非常に優れた魔術師がいることはばれているのだ。


 幸いにも他の魔術師や国家の要職たちがこの部屋に突貫(とっかん)してきてはいないが、長く王都にいるのなら時間の問題だ。


 きっとガノの周囲は騒がしくなる。


 国はもとより魔術連盟は優秀な魔術師をいつも欲している。噂を聞きつけた貴族も家名を輝かせる装飾品としてガノのことを欲しがるようになるだろう。


 ガノが理解していないとは思えない。


 だが、それをおしてまで王都へやってきたのだ。


「そこまでして解呪をしたいものがあるのか」


 踏み込み過ぎたのだろうか。


 ガノは黙り、部屋には鼓膜(こまく)を圧迫するような沈黙がおりた。


 未だに魔力は流れていない。


 ククナはうつ伏せになったままで、迂闊(うかつ)だったかと少し後悔した。


 二人は出会ってまだ日も浅い。易々と触れられたくない箇所だったかのかもしれない。流れとはいえ安易な質問に気を損ねたか。


 けれど、ガノは大きな溜息を一つ吐いただけだった。


「話過ぎたわね。あんたも師匠の事情を掘り起こそうなんて百年早いのよ」


 固まった空気が溶け出し、安心してククナも息を吐いた。


 それも(つか)()


「あんたこそ金が欲しい理由は?」


 一転してガノはククナの素性(すじょう)を問うた。


 逆襲なんて意地の悪いものではないだろう。


 自分も過去を晒したのだから順当な質問だ。


「金は誰だって欲しいだろ。俺は人よりがめついだけだ」


「金や欲で濁った人間の目は知ってるけど、あんたは違う。そんな奴だったらそもそも師弟関係を結ぼうとさえ思わなかった」


 俺の自己分析とは違うな。


 ゆっくりと瞑目(めいもく)した。


「俺は……」


 逡巡(しゅんじゅん)する。


 友人やそうでない人達にも自分のことはあまり晒さない。


 それが賢い自己防衛の仕方だと知っている。


「俺は子供の頃、魔術師に売られたんだ」


 だが、言ってしまった。


 誰にも過去を語ったことはなかったが、なぜか口が滑る。


 なぜだろう。


 師匠が語った身の上、心の傷に対して嘘で返すのはあまりに不公平だという気持ちがあったからかもしれない。


 別に師匠だからといって誠実な関係性を志す必要なんてない。


 けれど、今は素直に喋りたかった。


「親は雑貨屋を営んでいたが、ずっと上手くいってなくってな。怪しい奴らから借金をしてた。そこに漬け込まれて、最終的に親は魔術師に俺を売った」


 この思い出は大きな傷となり治りきらない瘡蓋(かさぶた)が今でも(うず)いて時折、血を滲ませる。それでもククナという人間の分水嶺(ぶんすいれい)。方向付けた出来事だ。忘れたい、けれど忘れようもない。うっとうしく邪魔で痛々しくて、にも関わらずククナを構成する大きな部品だった。


「魔術師から金貨を受け取って笑う両親のことは今でも忘れられない。そのときの金貨の鮮やかさもな」


 煩わしい原風景だ。


 痛みと恥で彩られて誇りようもない。


「そこからは魔術師に軟禁(なんきん)されて奴隷みたいな生活さ。人並みの幸せだろうと必要な代金がなければ転がり落ちるってことを身をもって知ったよ」


「……」


「だから、やっぱり俺は金が欲しい。安心したいんだ。幸せは金の有無で簡単に揺らぐ。だから大金を稼いで揺るがない幸せがある場所へ上がりたい」


 ガノは黙っていた。


 別に不幸自慢をしたいわけじゃない。


 同情などまっぴら御免だ。


 神妙な顔でもされたらたまったものではない。


「だから、あんたの見立ては外れてるよ。俺は欲に溺れた人間だ」


 世は金より尊いものがいくつもあるのだと偉そうに語る。


 愛や命や家族はたしかに神聖で(とうと)いのかもしれない。


 それらを手にした人間は本当に幸せな人間だろう。


 しかし、愛も命も家族も維持をするのにはどうしてもお金がかかってしまう。


 すべてに価値が定められ、金という概念がある以上は逃れられない宿命だ。


 自分にとっての幸せが何かはまだわからない。


 けれど、幸せと金が紐付いているのなら、集めてやる。


 たくさん集めて、いつか掴んだ幸せが絶対に壊れないように。


「本当にそう?」


 語り終えたククナに返ってきたのは意外な反応だった。


 割と重い事情を打ち明けたのだが、ガノは気安い調子。


 こちらとしてもその方が気は楽だが、簡単な否定には納得がいかなかった。


「私にはあんたが本気でお金に頓着しているようには見えないけど」


 寝台(しんだい)にうつ伏せとなったククナには知る由もないが、ガノは部屋の隅に置かれた金庫に目を向けた。


 特に意味などなかったのかもしれない。


 けれど、以前より中身を軽くしたことを知っているかのように師は薄く笑っていた。

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