3章 絶たれた繋がり6
自宅に戻り、ゆっくりと紙面に目を通す。
帰りがけに買った別の新聞社のものだ。
似非新聞は自室がある三階までの階段で大家とばったり遭遇し、欲しがったので渡した。奇特なことに毎日買っているらしい。ククナからすれば妄想染みた落書きなので惜しくはなかった。
新聞によると執行機関がこれは魔術行使による同一犯と発表しており、対魔術の専門家、統制機構協力のもと事件解決に向けて尽力するとのことだ。また、夜間の外出はくれぐれも控えるようにと添えられていた。
だったら、取り調べの後の対応はなんだったんだと思わなくもないが、もうどうでもいいことだ。
魔術師を国の認可制にし、もっと厳しく管理すべきではないか。魔術連盟は詰まるところ力と欲を求める利己主義者の団体だ、と新聞売りに唾を飛ばす老爺もいたが気持ちはわからなくもない。
ナーロやダフネ曰く、魔術師という肩書きは名誉職でしかないそうだ。
ある意味当然だ。炎を操るのが得意だからといって、『炎の魔術師』としての仕事があるはずもない。だからこそ、それが生かせる職につく。魔術師として研いた技能が高く買われる仕事を探す。
魔術連盟はそういった魔術師たちの互助会に近い組織。
魔術の指導や、魔術師向けに国や各所から持ち込まれた仕事の斡旋を行っており、所属している人間も大部分はお客様のような立場がほとんど。実際に組織としての力はさほどないらしい。
国は国策機関として魔術師専門の学校を運営したりもしているが、それは数十年前に魔術連盟を膝下に置こうとして失敗した妥協案だそうだ。
本当に失敗したのか密約があったのか、真実は知るところではないが魔術師という強力な異能者集団を国がほとんど放任しているのはたしかに一般人としては不安が残るところではある。
新聞に一区切りをつけて水を一杯飲み干す。
大きく欠伸をして、早くも貯まり始めた疲労感に首を揉んだ。
朝からやけに疲れたのは意味のある情報を大量に脳へ運びこんだからだろう。
普段は使われていない部分が活発化している気がする。この調子では明日にでも脳が筋肉痛を起こすかもしれない。
短い時間に二部も新聞を読むなど初の経験だ。
しかし労力に見合った情報はさほどなかった。
わかったのは首刈り魔は単独犯であるということ。
ただの刺殺や撲殺などと違って目立つ殺しであることから漠然と同一犯として信じていたが、複数人での犯行や模倣犯などもありえるのではと思案していたククナにとって公的機関による同一犯との発表はありがたい。
仮にも社会正義の組織が裏付けもなく宣っていることはないはずだ。ならば、ククナが捕まえるべきはただ一人。
いったい、どんな人間が首刈り魔なんだ。
動機はなんだ。
犯人の頭の中を考察する。
動機がわかれば、きっとどんな人間を狙うか、どこに現れるかの予測が立つ。
殺しの動機としてありえそうなのは金か私怨の二つ。
金銭目的だったとして、通り魔的に人を殺すだろうか。
もし仮にククナが金に困ったとしたなら、まずは盗むことを考える。どこか金持ちの家に忍び込むことや強盗を企むはずだ。道端で人を殺すという行為と結びつけるには違和感がある。
金に困った挙げ句、すりを行おうとしてばれた結果、相手を殺してしまったとも考えられなくはないが、首を切り落とすという殺し方は行き過ぎている。また、それを繰り返すのも不自然だ。どちらかといえば殺意が先立っている印象が拭えない。
となると、強いのはやはり私怨だろう。
私怨で三人を殺したとなると、それぞれが首刈り魔に恨みを買っていたということになる。
首刈り魔と被害者一人一人との間に別々の恨みがあったと考えるべきか。
被害者三人が結託する形で首刈り魔に対して一つの憎悪を生んだのか。
前者ならばククナにはまったく想像が及ばない。
後者ならば地下拳闘の闘士アルカンとそこを主催するジョニーには繋がりを見出せるが、一人目の被害者を確認する必要がありそうだ。
確かなことは一つ。
私怨が動機ならば、ククナには狙われる理由があるということ。
きっと、また襲われるはずだ。
だとするなら、慣れない頭を使うよりも自分を餌に誘き寄せた方が良いかもしれない。
誘き寄せてどうする。
首刈り魔に身を晒せばすぐに魔術が飛んできて首を飛ばされるだけだ。
ここらで思考を断ち切って頭を振った。
全てはあやふやな推論だ。
第一、首刈り魔がまったく目的もない、場当たり的に人を殺して楽しんでいるような狂人ということだってありえる。
脳味噌が痺れる感じがする。本当に筋肉痛になるかもしれない。
頭を掻くと、古くなった包帯がはらりと解けた。
巻いてもらってから丸一日。傷の痛みも弱まり出血もない。何より激動の中で傷を意識する暇がなく包帯が巻き付いていることも忘れていた。
どうせ解けたんだ、肩の包帯も解いて傷の具合を確認してから新しい包帯に変えよう。
ククナが肩に垂れた包帯を掴むと玄関から来意を知らせる声が響いた。
ガノならばそんな殊勝な真似はしない。
それはククナもよく知る間延びした声だった。
「ククナくーん。いるー?」
「おう、どうした」
玄関を開けるとダフネが荷物を抱えて笑っていた。
緩く、日だまりに溶ける猫のような笑みにささくれ立っていた心も和む。
「その怪我どうしたの!?」
頭からだらしなく垂れ落ちる包帯に愛嬌のある笑顔が一瞬で凍り付く。
「あー、娼婦を買ったら金が足りなくてな……。情けないことにこのありさまだ」
「心配する乙女にそういう冗談ってないと思うんですけどー」
冷たい目で見られてしまった。
「で、なんのようだ?」
「可愛い女の子がご飯を作りに来てあげたんじゃん」
「繰り返しになるぞ。なんで?」
「いいじゃん、別に。夜に会えないんだから朝に仲良くしようよー」
「ナーロは?」
それがいつもの飲み仲間だ。
「今日は二人だけー」
言うが早いかダフネは抱えた荷物をククナに渡して部屋へと押し入った。
押しつけられた荷物、袋には言葉通りパンや野菜が詰め込まれている。隙間を埋めるように酒瓶が入っているのがなんともダフネらしい。
そろそろガノが来てもおかしくない時間帯だが、いまさらダフネに帰れというのも決まりが悪い。
まあ、ガノはダフネとも面識はある。一緒にお茶も飲んでもいた。三人で軽く食事をしてから修行をするように取り計らっても激怒することはないだろう。
それに女性の手作り料理はいくつになっても嬉しいものだ。
「おまえって、俺と歳は変わらないよな?」
「少し下だけど、どうしたの?」
「女の子って表現が図々しい」
「それ他の娘に言ったら殺されちゃうよ」




