3章 絶たれた繋がり5
「被害者とはどういう関係だ?」
「友人です」
「なぜ、昨日会いに行った?」
「地元へ帰ると聞いたので挨拶をしに……」
苦痛な時間だった。
ククナがアルカンの死を知ったのは翌日、ガノとの修行を終えた夕刻だ。
ガノが帰り、しばらくすると二人組の警吏が訪ねてきた。険しい顔でククナの顔と名前を確認すると執行機関本部まで殺人事件の重要参考人として同行を求めるとのこと。
詳細を訊くと、昨日おまえが言い争っていた男──アルカンが朝方、自宅付近で殺されていたとのこと。手口は最近話題の首刈り魔と同様、首が切り落とされてていたそうだ。
どうやら金を渡しに行ったときのことを周辺住民が覚えていたらしい。それだけの情報でよくも半日でたどり着けたものだと思ったが、二人組の片割れはいつか自宅を訪ねてきた賭博に入り浸りの警吏だった。
つまり、自分が容疑者ということか。
突然のことに半ば呆然とするククナを警吏は白々しいとでも思ったのか冷たい目で一瞥するだけ。その後、ククナが同意したわけでもないのに一人が背後へと回ると小突くようにして同行させられた。
頭の中を整理しようとしているうちに本部へと到着。長ったらしい廊下を歩いて小部屋へと押し込まれ、巌のような男と向かい合い、アルカンとの出会いや関係性、昨日どこへ行き、何をしていたかを洗いざらい話すはめになった。
アルカンとの関係を話す上では違法な拳闘賭博という触れたくない障害があったが、自分の口ではないよう流暢に嘘を吐き出して誤魔化すことになんとか成功。
相手の顔を見るに信じているかは微妙なところではあったが、疑わしくても証拠がないのだろう。それに先日、ククナ自身も首刈り魔に襲われたと訴えていたことが功を奏したのかもしれない。結局は長々と時間を使わされた挙げ句、解放された。
取り調べは夕方から始まり、終わったのは夜。
首刈り魔が夜に活動していることは知っているはずだろうが、自宅へ送ってはくれなかった。
「くそったれ……」
警吏か、首刈り魔か、それとも自分自身へか罵りを放つ。
歯を食いしばると奥歯が鳴った。
アルカンは親しい間柄ではない。
それでも、腹の奥が熱く煮えていた。
幸せであろうとする家族を無残に壊した首刈り魔が許せなかった。
アルカンの死に様は知らない。首を切られたことしか教えてくれなかった。
抵抗したのか、それとも首が落ちる瞬間まで殺されたことに気付かなかったのか。
彼は最後に何を思ったのだろう。
愛しい妻や娘の顔か。
永遠にそれを失う絶望か。
覆しようのない死への恐怖か。
本当なら、今も家族として側で一緒にいられる喜びを噛みしめていたはずだ。
「何様だよ……!」
首刈り魔……。
毎夜、街を怯えさせて、人を殺し、幸せを砕いておいて自分だけはのうのうと獲物を探して舌なめずり。
逆巻く炎のような衝動が額に深い皺を刻むのがわかる。
これが身勝手な怒りなのは承知している。
見ず知らずの他人や、拳闘倶楽部の主催が死んだときには怒りなど覚えなかった。
ククナの事を自分本位の偽善者と嘲笑する者もいるだろう。
それでもいい。
アルカンの死を無視などできない。
殺した糞野郎のこともだ。
拳を固く握りしめ、ククナは闇を見据えた。
朝の空気が好きだ。
街が眠りから覚めて動き出すこの時間帯は、夜を越すことで空気に浄化されたような清潔さを感じるからかもしれない。
ククナは早朝から街を出歩いていた。
僅かに冬の匂いを残す空気を肺一杯に吸い込みながら街を往く。
別に気分転換をしているつもりはない。
ただ、目的のものを買いに出ただけだ。
「首刈り魔! 恐ろしき処刑人が街を脅かす! 奴は王都を弄ぶ愉快犯? それとも見えざる悪を裁く断罪者か⁉」
「いたな……」
甲高く騒がしい声が耳に刺さる。
鐘を鳴らしたように響く大声は通りの端から端まで届きそうだ。
早朝の静寂にそぐわない大きな声は近隣住民には不評だろう。集合住宅の窓からは数名が睨みを利かせていた。たしかに自宅近くにいれば寝覚めは最悪だ。
「一部くれ」
「ありがとう旦那」
朝から誰よりも元気な少年。新聞売りに代金を払うと、鞄に差し込んだ大量の新聞の内、一部を引き抜いて笑顔で渡してくれた。
「おいら、ここらで夕刊も売ってるからまた来てよ」
十歳そこらの少年だがしっかりしているなと感心しつつ、読みながら帰宅する。
政治面などは飛ばして開くのは社会面。
活字など普段はまったく読まない。精々が品書き程度のククナからすれば、新聞を読むのは中々に苦心するが、それでも読み通す。
今、取り扱いが大きいのはやはり首刈り魔の事件。
ただ殺すのではなく、被害者の首を切り落とすという残虐性が高い連続殺人犯は新聞社にとっても良い飯の種になっただろう。紙面には妄想染みた推論と陰謀論が溢れ、とにかく読者の反応と不安を煽ろうとしているようだった。
世間が考える首刈り魔の人物像や行動範囲がどんなものかを知りたくて買ったのだが、あまり参考になりそうにない。新聞は社会の事実を俯瞰的に評するものだと思っていたが、いつのまにか定義が変わったらしい。
他にも、『自らを望んで石像に変えた魔術師』や、『腹の中から母親を喰らう胎児』などおおよそ信じがたい情報ばかりが紙面を賑わしている。
「なんだこりゃ……」
酷い胡散臭さに眉を潜める。これでは新聞というよりは大衆向けの娯楽情報紙だ。買う新聞社を間違えたかもしれない。
新聞を畳んで小脇に挟み、ゆっくりと歩く。
空は澄むように青く、日を遮る雲もない。しかし、まだ早朝ということもあり擦れ違う人たちは少ない。
首刈り魔の闊歩する夜が終わり弛緩した空気感を漂わせる人々の中、ククナだけは張り詰めていた。
まだ見つかっていないだけで今朝も首刈りの被害者が発見されるかもしれない。そう思うだけで青筋が立つ。
ククナは首刈り魔を捕まえることを決意していた。
ククナ・ウルバッハは一般人に過ぎない。
卓越した頭脳も、指揮できるような組織も持っていない。
犯罪者は然るべき人間たちの能力や人海戦術で探し出し、罪に見合った裁きを与える。
それが社会の流れだ。
いずれ、首刈り魔は捕まるのだろう。
より優れた人間たちの力によって正義の網の目に引っかかる。
だがそれは一体いつになる。
今日か、明日か、十日後か。
また、アルカンのような善人が何人死ぬ?
頭痛がする。
首刈り魔が野放しだという事実を断じて容認できない。
襲われたあの夜。ククナは何も出来ずに嬲られて、たまたま運良く命を拾えた。
そんな男が決意を固めたところで何ができるのだろう。
法執行機関も動いているのに捕まっていない。組織が動いて捕まっていないのは捜査が進んでいないのか、はたまた別の理由か。
どれほど力を割いているかは知らないが、それでもククナ一人の力よりずっと強力なはずだ。
自分に出来ることといえば、新聞から情報を拾って何かを期待するように歩きまわるぐらい。気持ちだけで成せることなど何もない。身体が強かろうと学がなく。女神の魔術が使えようと半人前にすら届かない。
情けない男だと思う。
でも、諦めない。
出来ることが少なくても、首刈り魔を捕まえる一助となれるならやってやる。
そして可能ならば思い上がった略奪者に弱者の一撃を喰らわせてやりたい。
いつまでも楽しんでられると思うなよ。
新たに清潔な空気を吸い込み、ククナは止まっていた足を動かした。