断章 在りし日2
無謀にもここから逃げだそうとした少年がいたらしい。もちろんすぐにばれてご主人様にお仕置きをされたそうだ。
無駄なことをしたものだと口元が歪んだ。泣いているのか笑っているのかはわからない。
屋敷を囲む塀や門は子供どころか大人でも昇ることが難しい高さだ。なにより塀と門を緑に染め上げるように絡みつく茨が触れることさえ拒否している。
あの茨はご主人様の魔術らしい。
魔術などよく知らないが確かに拡がる茨はまるで蛇のように塀を這い回っており、超自然的な装いだった。
それでもと脱走の為、無理矢理に塀を登ろうとした少年は生き物のように蠢く茨に絡め取られ、緑の触手と棘に嬲られ敷地の中へと投げ返されたそうだ。
少年は最近になって屋敷へとやってきたばかりで、ご主人様の今のお気に入りだった。
ご主人様が屋敷にいる間は度々、呼び出されて可愛がられている。
他の仲間たちは自分も含めてそれを喜んでいた。
十五歳以下の少年少女。
この屋敷にいる人間のほとんどは子供だ。
そして、──誘拐の被害者。
茨の魔術師によって、いつもの日常から引き抜かれ、身勝手な箱庭に押し込まれた弱者だった。
家で寝ていたはずの自分が知らぬ間にこの屋敷に連れられ、今までとこれからを一瞬で奪われたと悟り絶望する暇も魔術師──ご主人様は与えてくれない。その日から人生は一変した。
ご主人様は年若い男児と女児を好み、身の周りの世話や屋敷の維持などの仕事全てを攫ってきた子供にさせていた。親元から引き剥がされた子供がどれだけ泣こうと騒ごうと慈悲をかけず、自身に都合のいい存在になるまで力尽くの教育を行う。
ある子は庭師。ある子は調理人。またある子は侍従へとなるようにするのだ。
自分たちの役割は愛玩動物。
愛玩用は他の子たちとは違い比較的屋敷内を自由に行き来することが可能で、たいした教育もなかった。ただ、普段やることと言えばなにもない。食べて寝て起きての繰り返し。起伏のない生活。
気まぐれに姿を現したご主人様に着せ替え人形にされたり、一緒に中庭を散歩することはあったが自発的に何かをすることは出来ない環境だった。
まさに愛玩用。犬猫の扱いだったが、それで済むならばまだ良かった。無表情で床を磨く子を羨んだりはしなかっただろう。
ご主人様は時折、子供を私室へ連れ込むとそこからは悲鳴と嬌声があがった。
なにをしているかは愛玩用のみんなは知っている。
他の役割を担う子供たちも入っていった少年少女が怪我を負い、憔悴して私室から放り出される姿を見ればわかっていたのだろう。愛玩用を羨む者は一人もいなかった。
自分たちの飼い主は歪んでいる。
愛情の示し方が人とは違っていた。
首を絞めて青ざめる顔に高揚し、鞭で打たれ裂ける皮膚に発憤、灼けた火かき棒に絶叫する姿に癒やされる。
自分たちに首輪をしたのは最悪の嗜虐性をもつ最低の小児性愛者だった。
けれど、彼女が自分たちに飽きれば容赦なく捨てられる。
ごみとして──ごみにして捨てられる。
それでも愛情と拷問を履き違えた狂人と私室で二人になる恐怖は耐え難かった。
今のお気に入りはあの少年。
お願いします。
出来ることなら長く、可能な限り長く、壊され続けて。