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第1章 No.09 ゾンビの主(あるじ)

 「──っ!!」


 マイカは進行方向を変え、転がっている黒猫の近くに寄ると、斜め上方向に強烈な蹴りを繰り出す。

 この蹴りは牽制となり、突然強襲してきた誰かには当たらなかった。


 「──おい、あれって.....」


 「間違いない──怪物.....!!」


 マイカの観測は大ハズレだったのだろうか。

 まるで前日のマイカの言葉を嘲笑うかのように、怪物が現れた。この怪物も中々の異形で、足が異常にゴツゴツしている他、足首の柔軟性は最早骨を外している程である。


 「──イヤオオウゥゥゥゥゥッ!!!」


 怪物は気味の悪い咆哮を上げ、2、3度軽いジャンプを済ませた後、攻撃態勢に入る。

 その攻撃態勢と言うのは、大ジャンプによりストライカー達を強襲するものだった。着地地点もコンクリートがえぐれ、その威力の高さが伺える。


 「──っ!?颯太くん!!危ない!!」


 マイカが突如振り向いて叫ぶ。

 ──颯太の目の前で、既に怪物が攻撃を仕掛けていた。


 「──っ!!」


 二人とも反応が遅かった。

 最早怪物の攻撃は避けようのないくらいのところまで来ており、悪足掻きをするか、素直に受け止めるかの二択を強いられてしまった。


 「──らぁっ.....!!」


 だが、ギリギリ反応した結愛が、颯太の腕を掠めるくらいの距離で木材を打ち込み、見事に怪物の足を掬って攻撃を防ぐことに成功した。


 (──間に合えっ.....!!)


 だが、完全に攻撃を躱した訳では無い。

 結愛は颯太を抱きとめ、颯太を重心としてくるっと回り込み、怪物の攻撃を受け止めることにした。


 「──ぐぅっ.....!!」


 何とか木材での防御が間に合い、結愛の体への直撃こそ免れたが、耐久値をゴリゴリ削ってきそうなとんでもない威力の突進攻撃に、流石の結愛も力負けしそうになる。

 そこに颯太が、後ろから結愛の背中にタックルするように突っ込み、全身を使ってつっかえ棒のような形をとって、結愛に加勢するような格好を取る。


 「──ちょっとは足しになるだろ.....!?」


 「勿論、今は大助かりや!!」


 颯太の微力の加勢もあって、ようやく力が釣り合ったようにも見えたが、分が悪いと判断した怪物は、結愛の木材を足場として飛び上がり、再び跳躍を開始した。

 結愛と颯太はバランスを失うが、結愛は脅威のバランスを披露して、逆にそれを勢いを付けて加速して怪物への追撃を行おうとした。颯太は尻もちをついたが、そのまま起き上がって同じく追撃に向かった。


 「イヤオオウゥゥゥゥゥッ!!!」


 ──だが、跳躍の速度が異常だった。

 一瞬で上空、民家の屋根を越す程の高度まで飛び上がると、重量加速度が何十倍になったかというような速度で地面に下降して、地面を割るような威力の落下攻撃を行う。そしてそこで隙が出来たかと思えば、再び驚異的な跳躍力で飛び上がってしまう。

 跳躍から下降まで凡そ3秒、そのクールダウンが1秒あるかないかという状況、人間の反応では、怪物の動きさえも捉えることすら不可能であった。


 「.....狙うとしたら着地してる1秒間、だけどそこを狙うとなると、着地地点の近くに居ないととても狙えない。そうなると地割れに巻き込まれて確実に足を取られる、人間業では中々難しいぞ.....」


 そもそも怪物を相手に簡単な戦いなどあるはずが無いのだが、今回は郡を抜いて難しい戦いである。

 基本的に人間業では出来ないことが"基礎として"要求される、ストライカーは確かに身体能力に多少のバフがかかってはいるが、それでも命が掛かった戦い、あの怪物の攻撃を食らっただけで命が数割削れそうな勢いだと言うのに、着地する怪物に近付くなど出来ようがない。


 「あ、そうだ。怪力っ娘──」


 「──えっと、何?」


 だが、ここで颯太は一つだけ策を思いつく。


 「"怪力"っ娘の名にかけて、あいつの着地に合わせて俺を投げ飛ばせたりしない?」


 「じっちゃんの名にかけてる訳とちゃうねん。それに、投げ飛ばせって言われても、どないな感じですればええん?」


 ──"名にかけて"という言葉が金○一少年の事件簿を表しているわけでは無い。


 「秒速20メートルくらいで飛ばして貰えれば有難いかもしれん。あいつの地割れって多分15メートル範囲の弱いやつしか来ないから、それより少し遠いところから1秒以内に投げて欲しい。」


 「──ったく、人のことなんやと思ってんねん.....」


 まるで空爆のように周囲から地面を抉っていく怪物を前に、結愛は颯太を小脇に抱え、退避姿勢に入った。

 怪物は4、5回程ブラフのように周りを飛び回った後、飛び上がってから2秒、結愛を狙って攻撃を仕掛けてくる。

 狙いを定めてから攻撃を行うまでに2秒あると掛けた結愛は、上にいる怪物と目を合わせるように見上げ、上空で動きが止まった瞬間に後ろに急加速で走り出した。


 「今しかないっ.....!!」


 着地のコンマ数秒前を狙って、結愛は一回転して慣性力を付けながら、颯太の体を怪物の方に投げ飛ばした。

 それを確認した颯太は傘を構え、怪物の左足にあるコアを補足すると、秘奥技"地割れ斬り"を水平方向に繰り出し、コアに着弾させようとする。

 命中まであと少し、と言ったところだったが。


 「──っ!!ああくそっ!!」


 怪物の方が一歩早く、ギリギリのところで避けられてしまった。颯太は勢いそのまま地面に転がっていった。


 (──どっちに攻撃しに来る.....?)


 ──その次に待つのは怪物側の反撃だ。

 現状隙が大きいのは、恐らく颯太を投げて遠くで見守っている結愛だが、体勢を崩しており反撃のリスクが低いのは颯太だ。どちらに攻撃するかは悩みどころのはず。

 だが、怪物の判断は思っていたよりも早かった。


 「俺か.....!」


 攻撃を外しはしたものの、通常なら人間が辿り着けない次元へと足を踏み入れた颯太を早めに消しておきたいのだろう。

 颯太は秘奥技を繰り出す間が無いと判断し、傘で受け止めようとしたが、そこにギリギリでマイカが割り込み、マイカの反撃と相殺される形で、怪物が再び周囲を飛び回る。

 そこに結愛も駆け付けた。


 「──怪力っ娘の投擲も完璧だった、俺の攻撃も──まあベストは尽くしたとは思う。だけど避けられた。このままだと一度も攻撃を当てられずにジリ貧だぞ.....」


 ──事実、結愛のタイミングがコンマ数秒早ければ颯太の攻撃も当たったかもしれないが、そのベストよりも更に早ければ、ただただ死のダイブを行う命知らずにしかならない。

 更に颯太の攻撃も最大限の秘奥技、これが当たらないとなれば、最早どうしようも無い。


 「──ヤァオォォゥゥゥゥ!!!」


 だが、そんな絶望的状況であっても、怪物が追撃の手を緩めるわけが無い。

 怪物はまた2、3度辺りに牽制攻撃を行うと、固まっていた3人を目掛けて攻撃を仕掛けてきた。


 「──ふぅっ.....!!」


 だが、鋭く息を吐き、マイカは怪物が着地する前、僅かコンマ数秒足らずのところに的確に攻撃を繰り出し、怪物を撃退した。

 マイカの攻撃に軽々と吹き飛ばされた怪物だが、すぐに体勢を立て直すと、何事も無かったかのようにまた跳躍を始める。


 「──おい、大丈夫か!?」


 そこに異変を察知した闘也とキムがやって来る。

 その方向に怪物が威嚇のために攻撃を仕掛けたが、これもマイカが事前に察知して防いだ。


 「っと──これまた厄介な怪物じゃねぇか.....」


 怪物はマイカに二度も防がれただけで無く、二度ともに反撃されたことに苛立っており、その隙を伺おうと、これまでより少し低めの跳躍を繰り返している。


 「とっとと討伐してしまいたいところだけど、このタイプのヤツは罠に引っ掛けて倒すしか無い。だけど、残念ながら僕は今罠に出来そうな物資は持ってないね.....」


 行動で素早く怪物の性質を見抜くキム、どうやら過去にも同じような怪物と戦ったことがあるようだ。

 だが、現状その対策となる罠は無い。恐らくキムの時代にはトラバサミか何かを罠に使っていたのだろう。



 「──みんな下がって、私が罠になる。」


 ──突如、マイカがそんなことを言い始める。


 「どういう事だ?」


 「今のところあの怪物についていけるのは私だけ。だから、あの怪物を怒らせたところを拘束して、皆に隙を与えるよ。」


 ──要するに、現在進行形でマイカに苛立っている怪物を更に挑発し、怒髪天に達し冷静な判断を欠いた瞬間、マイカが何らかの方法で怪物の自由を奪い、その隙に全員総出で怪物を攻撃するというものだ。


 「そうせざるを得ないのかもしれないけど、マイカは大丈夫なのか.....?」


 闘也の問いに、マイカは「大丈夫」と答えたが、その言葉には今まで元気一杯の笑顔から飛び出してくるマイカらしい明るさは無く、まるで獲物への狩りに集中した冷酷な声だった。

 ──マイカも本気なのだ。


 「────」


 と、その瞬間に猫の声が聞こえてくる。

 先程マイカが怪物を返り討ちにした時、マイカが守ろうとしていた黒猫だ。マイカのおかげで無事だったのだ。

 その命の恩人であるマイカの方に這いよって──


 ──その猫を見た瞬間、現場が凍る。


 「──おい、あの猫──背中から後ろ足にかけてグチャグチャになってんぞ──」


 ──怪物に踏まれたのだろうか。

 だが、運良く直撃はせず、即死だけは免れた感じだろうか。


 「──酷い.....」


 そんな猫は、前足だけで原型の無くなった後ろ足を引き摺るように、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。

 だが、怪物は猫にとどめを刺せていなかったことを察すると、何度か牽制を行った後、他のストライカーやマイカをまるでそっちのけにして、猫に攻撃を仕掛けた。


 「──させないっ.....!!」


 瞬時にマイカが動いた。

 猫への攻撃まで1、2秒、一気に距離を詰めて猫への攻撃を防ぎつつ、尻尾をくるっと丸めて猫をすくい上げ、背中に乗せてそのまま逃げるように移動する。

 それに苛立った怪物は、背後からマイカを狙った連続攻撃を仕掛けるが、マイカはまるで落下地点を知っているかのように軽々と避け、ビルの路地の狭いところに猫を逃がした。


 相変わらず怪物は苛立っており、対峙したマイカの正面を何度も跳躍し、様子を伺っている。


 「弱いものいじめ.....絶対許さない!!」


 マイカは全身の息を吐ききり、全身の体温と鼓動を高めて、一気に怪物への攻勢に出た。


ー‐ー‐ー


 一方、そんな怪物に目もくれず、また別の問題に頭を悩ませるストライカー達も居た。


 貝塚駅構内3、4番線。

 突如として溢れかえったゾンビは、海側の方を見ながら歓声のような雄叫びをあげたり、何かに支配されるように咆哮や悲鳴をあげたりしている。

 間違いなく地獄だ。信者が老若男女問わず、中には服すら破れたりした信者が、駅に集まっているのだ。

 ──なぜか線路に降りないのは、さすがに電車が来ると死ぬことを分かっているからなのか。


 そこに二人のストライカーが戦っていた。身長160cmくらいの女性と、一方はかなり小柄な少年だ。


 「調子はどう、煌太?」


 「悪くないね。ただ、襲ってくるゾンビだけでももう20枚抜き、一体どんだけいるんだろうね、ここ。」


 煌太と呼ばれた小柄な少年、身長は140cm前後。恐らく体重も相当軽いらしく、姉と立体的な連携で戦っているようだ。手にはスキーで使用するスキーストックを持っているが、恐らく速攻で攻撃出来る"打"のストライカーだろう。

 一方の姉は少しがっちりした体つきではあるがそれでもそこまで太いわけではない。ただそれなりの耐久があるようで、煌太のジャンプ台のような働きもしている。


 貝塚駅には今のところ二人で倒した30余人を含めずとも、100はおろか200、300、あるいは500というゾンビが集まっている──35年前、とある疫病が蔓延した時期なら、いわゆる"自粛厨"に叩かれていただろう光景だ。ラッシュ時でもこうはならない。

 そしてその一人一人から嫌な波長で唸り声や歓声、狂喜、咆哮、悲鳴、歓声が聞こえてくる。気が狂いそうな現場だ。


 ──そもそも、ゾンビは今まで夜にしか現れなかったが、颯太たちリザーブ組が相対している怪物が現れたと同時に、駅を埋め尽くさんばかりに湧き出てきたのだ。


 「どうしよ、このままじゃ埒明かないよ.....姉ちゃんの木刀もこの人数だと先にコラプスして終わりだし、同じく僕のも怪しいよね.....」


 「うん.....でも、うだうだ言ってても仕方ないのも事実。取り敢えず壊れるまでは戦い続けないと。」


 「そうだねっ.....!!」


 返事しながら、背後に迫っていた信者を一突きする煌太は、そのまま向き直り秘奥技の構えを見せる。向き直りから構え、そしてそこから防ぐ隙を与えないほどの瞬間での一撃が素早く入る。秘奥技"雪弾"だ。

 そのまま同じ雪弾を何度も回りのゾンビに繰り出し、姉をサポートする。

 姉もその隙に木刀──というよりは竹刀で、本来剣道ではあり得ない反則突きを堂々と繰り出す。これも彼女の秘奥技"反則突き"である。反則と堂々と宣言しているのももはや清々しさを感じる。


 ──そんな感じで二人で約40人を倒すと、ふと異変を感じた煌太が駅の壁側を見る。その方向は海のある方向だ。


 「どうしたの煌太?」


 「──わかんないけど.....何かさっきからドシンドシンってうるさいなって思ったんだけど、気のせい?」


 先ほどから聞こえるのはゾンビの歓声や怒号、悲鳴、咆哮だけで、まるでそんなものが聞こえる状況ではない。

 だが煌太は、その異変に気がついていた。先ほどから壁を殴るような何かの音、一体何が狙いなのだろうか。


 ──そして、ついにその時が来るのだった。



 ──ガシャアアァァァァン!!

 ──ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!



 地響きのような、耳を潰そうというような轟音が響き渡る。

 一段と強くなる歓声だが、その声もすぐ近くで鳴り響く轟音に余すことなくかき消されていく。

 何が起こったかは、その次の瞬間の絶望的な光景によって、嫌でも分からされるのであった。


 「駅の壁が割れた!?なんで!?」

 「それどころじゃない!」


 煌太が驚きを隠せず動けなかったところに姉が到着し、煌太を抱えあげると、次の瞬間彼女ごと押し潰すかの如き群衆が、駅の割れ目へと走り込んでいくではないか。


 「くっそ.....!面倒ね!!」


 姉は煌太を背負うと、生存本能のためか、とんでもない力で人の波を掻き分け、そのまま階段の方に向かう。

 仮にゾンビたちが外に出たがっているようならば、下に降りて何があったのかを見る必要がある。下に誰かがいるのか、あるいは飛び降り自○なのか。

 背負われた煌太が前に秘奥技"雪弾"を放ちながら進路をあけてそのまま姉が走る。階段まであと10mというところ。


 ──刹那──


 「わああっ!!」


 一際強い人の波に押され、力負けした姉が、背負った弟と共に流されていく。向かう先は一直線。


 「お姉ちゃん!!」

 「大丈夫!!あんただけでも!!」


ー‐ー‐ー


 ──何故こんなことになったのか。

 少し時を遡り、再び場面はリザーブ組の戦闘の場面に戻る。


 マイカが駆け抜ける方向には、それを先回りするかのように全てを破砕する足音が鳴り響く。

 常人では成し遂げられないスピードで展開されるのは、マイカと怪物の追いかけっこ、と言えば幾分平和かもしれない。

 ──ただ、自分だけに備えられたチート級の反射神経と反応速度でグループを守っているという事実を除けば。


 先程颯太と結愛によって一旦は惜しい場面を作れたが、その後変わらないどころか更に増したとも思えるほどの速度で狂信者が広範囲から攻めてくる。

 マイカの反射神経と反応速度、カバーリングの的確さでなんとかなっているが、マイカが居なければ普通に即死案件だ。出会いの神に感謝したい。


 「──圧倒的に不利だな、今までの怪物は、自分のペースに持ち込めたから何とか勝てた。でも今回は勝手が違う。」


 颯太も、この戦いにおける余りの自分達の無力さに悲観してしまう。


 無理もないだろう。なぜならそもそも人間にはついていけないような速度で繰り出されるのは、地面を抉るほどの異常な威力を伴う踏みつけ攻撃。

 とてもではないが今のところこの攻撃と素早さに極振りしたようなチートには今のところ対処のしようがない。


 「あーもー!なかなか掴ませてくれないなぁ!!」


 と、飛びかかったマイカも余裕でかわされる始末だ。

 今のところ唯一対応できるマイカも、あくまで魔改造とは言えどもストラゲラであり、コアから魔力を注ぎ込まれて尽きることのない体力を持っている訳ではない。すなわちマイカをいかに温存できるかがこの戦いの鍵だ。

 とはいっても、立体的に異常な速さで飛び回る怪物を相手に無闇に挑もうものなら、ただの無駄死に同然だろう。


 「イヤオウゥゥゥゥ!!」


 不快な咆哮を高らかに響かせる怪物は、そんなマイカ相手にも果敢に攻撃を仕掛けてくる。


 「──そこっ.....!!」


 マイカはタイミングを合わせて、右前足のみを残し斜め右後ろに強烈な蹴りを繰り出す。狂信者はドンピシャの攻撃に吹き飛ばされるが、直ぐに体勢を立て直してまた跳躍を始める。


 「もう.....しつこいなぁ!」


 マイカは今度は走り出して怪物を自分から仕留めにかかる。相手に進路を読ませないように急ターンやジグザク走りを組み合わせて狙いに行くが、それを警戒した怪物は、逃げるように飛び回り、先程とは異なり、マイカを逆に挑発していく。

 ただマイカはその自慢の速さで、匍匐前進ながらものすごい速度で怪物を追い詰めていく。

 ──その素早さもさることながら、キック一発で細身とは言え成人男性の体躯を吹き飛ばすそのパワーも恐るべき点ではあるが。


 「リィィィィ!!」


 狂喜に叫ぶ咆哮が苛立ちの色を帯びた瞬間、マイカが目の色を変えた。


 「結愛ちゃん!!そっちに攻撃行く!!」


 慌てた結愛が木材を構えると、その木材にドンピシャで、相手の超次元踏みつけが来る。


 「ぐっ.....!!」


 再び結愛への攻撃、先程は颯太の支えでようやく何とかなった程度だが、いくら事前の心の準備があったとしても、その圧倒的な重みが加わることにはなんの変わりもない。

 だが、やはり流石の"怪力っ娘"、片膝を着きつつも、

 が、そうやって結愛への攻撃に固執するのが時に命取りなのだ。


 「"支配の牙"!!」


 左からマイカが突撃し、狂信者の体ごと右方向に飛び着地した。

 着地まではあまりの速さに目が追い付かなかったが、着地後に見ると、マイカが狂信者の首にしっかりと噛みついているのが目に入った。

 そして、マイカの噛み付きによる絞首に藻掻くあまり、コアのある足は、"攻撃してください"と言わんばかりに露出した。


 「今や!叩き込め!!」


 結愛のほぼ遅れのない反応に、遅れを最小限に留められた颯太たちも続く。ただ引き倒されている相手には有効打がない闘也はマイカ達の補助に当たる。

 颯太は早速闘也をジャンプ台に秘奥技"落雷"を、結愛は"かち割り"を繰りだし、チャンスを失わないために一気に決めていこうという作戦だ。

 そしてキムもここで見せる。結愛の俊敏さをも上回る走力で相手に近寄り、バタバタと振り回す足のコアに寸分狂わず秘奥技を叩き込む。いつの間に溜め込んでいたのかというようなエネルギーを一気に放出し、目にも止まらぬような打撃を一発。秘奥技"ソニックスイング"だ。

 その後は足を踏みつけて動きを止めようとするも、その足を攻撃する颯太や結愛の攻撃の圧には耐えられないと判断し、闘也とともに重りに回った。


 何度も何度も秘奥技や攻撃を叩き込んで行くと、段々とコアの外殻が剥がれていき、もうあと一息で破壊できるというところまで破壊できた。

 が、その瞬間マイカの拘束を解き、怪物が自慢の脚力で素早く闘也たちをはね除け、25メートルほど向こうに飛び退いた。


 「くっそ!あとちょっと!!」

 「まだ油断したらあかんで!次の攻撃に備えんと!」


 既に"死にかけ"のアルゴリズム変異を体験している颯太と結愛が警戒を一段と高くする。一方でマイカを初めとして5人にある種の集団リンチを食らった形となる怪物も、今までの表情を憎悪に変えてこちらを見ている。

 ところが、戦闘をするでもなくゆっくりと飛び回り始める狂信者が、なぜか高架の貝塚駅を攻撃し始める。

 たった数年前に高架化された綺麗な駅舎に何をするんだ──というのは置いておいて、その攻撃になんの意味があるのかいまいち分からない。



 ──だが次の瞬間、その意味を嫌でも知ることになる。


 「ぐぅっ!!うぅぅっ!!」


 ──突如苦しみだしたマイカが鼻を押さえながら倒れる。


 「何が!?」

 「とっても強い.....魔力の臭い.....鼻が痛い.....辛い──!!」


 マイカの言う"残り香"、通常の人間には感じられないが、現状マイカのみ感じることができる。

 先程まではマイカも気にも止めない弱々しい魔力の残り香が、あの狂信者の元からとは思えないほどに強烈かつ濃厚になっている、それがマイカの嗅覚を痛めつける。

 ──どう考えてもおかしい。嫌な予感がしたのは颯太はもちろん、その場にいた全員だろう。


 「あいつのじゃない.....いっぱい.....未熟な臭いがする.....。」


 あまりの激臭──とはいっても彼女にしか感じられない激臭によって意識を奪われかけている。

 そしてマイカが言った"いっぱい"、"未熟な臭い"というのは一体どういう意味なのかがいまいち分からない。最悪の場合、弱小個体を初め、大量の怪物がこの辺りに相当な数いるという結果になる。そうなればリザーブ組では対応不可能だ。



 ──そしてその意味を、その絶望の事実を、狂信者の最後の一撃で嫌でも知ることになる。


 狂信者の13回目の攻撃が、普通の人間であれば事実上の死を意味する絶望を突き付けてきたのだ。

 貝塚駅の壊れた高架駅舎から、信者と見られる集団──しかも狂気加減が狂信者とさほど変わらない集団が、まるで人の雪崩と言わんばかりに降ってきたのだ。悲鳴のような咆哮のような声をあげながら、何十、何百と。

 ──こんな演出を見るのはサバイバルホラー映画だけで十分だと言うのに。

 マイカに触れる颯太の手は完全に熱を失い、結愛の手は、その体と共に大きく震えた。


 「──何やねん.....これ──」


 完全に恐怖に支配された結愛の口から漏れだす弱い声。

 それもそうだ。目の前に迫り来る絶望は、颯太たちから戦闘意欲を削ぐのに十分すぎた。

 ──最早、終わったとしか言いようがない。マイカの鼻に伝わった"未熟な臭い"がこの集団から漂っているのであれば、あまりにもたちが悪い。


 「こいつらが仮に"未熟な臭い"の発生源なら、成り立ての狂信者ないしなりかけってことか?」


 「──あーあ、ホントに気分最高──」


 懸念の声を漏らす闘也と、最高というセリフを言うにはあまりにも棒読みすぎる無感情な皮肉を見せる颯太。だが内の感情は二人とも同じで、最早絶望しか感じていなかった。

 そして後ろには恐怖で荒い息をする結愛もいる。

 無理もない、ゾンビが駅の2階から降ってくる。そんな演出はバ○オハ○ードあたりのホラーゲームに出てくるだけで十分だ。現実にはいらない。


 「怪力っ娘。息上がってるぞ。整えろ。勝てる試合も勝てなくなるぞ。」


 「──うん.....ごめん、ちょっと取り乱しとった──」


 少し赤い顔をしながら結愛が颯太に微笑したと思ったその瞬間、結愛の目の色が変わった。


 「──ヤバい!!」


 状況の説明など後回しで、結愛は颯太を左手に抱え込み走り出した。


 「痛いって!何を──」

 「普通の人が落ちてきてんねん!明らかに襲われてる!!助けんとあかん!」


 結愛の焦燥感に、言わば人の滝とも言える駅舎の割れ目を見ると、なんとなく禍々しい雰囲気を纏ったゾンビ達とは、明らかに波長の違う影が二人分も見える。


 「──あれもゾンビって可能性は無いのか?」

 「そうやったらあいつらは(施設に)連れてけばええやろ!今はそんなん考えてる場合とちゃう!」


 全力で走る結愛だが、流石に小脇に颯太を抱えているせいで速度が落ちているように見える。それでもなんとか間に合いそうなレベルだが。


 「──察した。近くのゾンビの掃討しろってことね。」

 「──助かる!!」


 結愛がわざわざ颯太を抱え込んで走っている理由は、間違えて近くのゾンビに捕まらないようにという予備でもあった。そのため実力も今のところは認めている颯太を連れてきた。

 その部分を読み取ったかは不明だが、瞬時に狙いを読んだ颯太が左手に傘を構えて秘奥技の準備をする。


 「間に合えぇ!!!」


 結愛が必死に右手を伸ばすと、狙ったかのように二人が落ちてきた。瞬時に颯太が左手を離れたため、そのまま左手も使って抱え込みながら逃げる。

 瞬時に結愛のもとを離れた颯太は秘奥技を使う。円弧を描く斬撃を素早く7連撃入れて、回りにいる敵を全て蹴散らせるその威力と速さ。今彼にできる最強秘奥技の7連撃技である。

 7連撃を終えて結愛のもとに行くと、その手には二人の少年少女が抱え込まれていた。


 「間に合ったのか、流石だなホント.....」


 「息はしてるけどまだ自我が戻ってないみたいね.....取り敢えず降ろしてあげましょうか。」


 二人を下ろそうとした瞬間、まるで見計らったかのようなタイミングで後ろから奇襲される。

 その勢いのまま二人を落としそうになった結愛だが、何とかしっかりと抱え込み、最悪の事態だけは防いだ。


 「なっ!!──ちっ!!」


 ──なぜか颯太は、一瞬でも明確な怒りを覚えた。

 颯太の剣技が即座に対応できるレベルだったのが結果追撃を免れたが、油断していたとは言え結愛が初めて相手の攻撃に被弾してしまった。

 ──その程度でよろめくようなヤワな奴ではないが。


 「ああくっそ!痛いなぁ!」


 「──何て言うか流石だなお前。」


 最早その逞しさが颯太の心配を誘わなくなる。それもそれで悪い傾向ではあるのだが。


 「あ、あの.....」


 と、腕の中の二人がようやくお目覚めのようだ。今度は颯太がしっかりと警戒する。


 「よかった、流石に掴めたのに死なれたら立ち直られへんかったわ.....」


 「い、いえ、あの.....」


 目覚めたことに心底安心する結愛、もちろん颯太も同感ではあるが、一方で救助された二人が違和感を覚えることも共感してしまえる。


 「.....こんなこと.....私が言うのも変ですけど.....重くないですか?」


 「あー大丈夫、そこにいるのはワールドクラスの怪力だ。」

 「なっ.....!!失礼な!!何がワールドクラスやと!?もう一回言うてみぃ!!」


 顔を真っ赤にして発言の撤回を求める結愛と、呆れる颯太に対して、腕の中の二人のうち、姉と見られる少女が少しずつ笑いだす。


 「取り敢えず、助けてくれてありがとうございます。私は小沢香苗です。こっちは弟の煌太です。」


 香苗と名乗る少女と、煌太と呼ばれる少年に自己紹介した結愛が二人を降ろすと、あまり状況を理解出来ていない煌太は、覚束無い反応をするだけだった。


 「ごめんなさい。ちょっと、失礼よ煌太。」


 「ええ?あ、うん──えっと──」


 「いえ、大丈夫です。取り敢えず、ここは危険なので、私たちから離れないようにお願いします。」


 5人ほどのゾンビを攻撃し返り討ちにした後、颯太が再び戻ってくる。


 「──二人を保護したとは言え、状況は変わらないぞ。最速で殲滅できるだろうマイカもまだ復活してないし、手数が乏しい闘也たちでは速度に限りがある。」


 「分かっとる。ただ、うちらもビハインド背負ってるから、あんまし派手に動けんからな。」


 「あら、私たちのことお荷物だって思ってます?」


 そんな戦線に突如、助けた二人が上がってきたのだった。


 「──流石に極端すぎる考えやと思いますけど.....」


 「たぶんだけど、私たち、やってること同じですよ?」


 香苗が竹刀、煌太がスキーストックを構え、戦闘準備をする。二人が"お荷物では無い"ことを示していた。


 「.....まさか、姉弟ともにストライカーか。これは嬉しいね。」


 颯太がその二人を見てにやける。

 頭数が増えるだけではあるが、2名で単独で討伐の為に働いているのなら、それなりの実力者なのだろう。


 「──悪いけどこの場だけ協力して貰えますか?かなり面倒なことに巻き込まれているので。」


 「ええ。結愛さんに助けてもらった恩を返します。」


 ──絶望的な状況に、ようやく光が見え始めた矢先。

 怪物は、1000体近いゾンビを残し、どこかへと飛び去った。

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