第1章 No.08 飛んで!貝塚!
「おはようございます。日本橋での"後期級狂信者"、RL032番討伐の報告書、提出しに来ました。」
7月3日の泉大津、朝の9時半に穂波の部屋を訪ねたのは、泉大津グループのリーダーである。
彼はリザーブ組の実態を全て把握しており、また穂波たち管理側からも絶大な信頼を寄せられていることから、主力グループでは唯一、穂波の自室に入ることを許されている。
「──全く、始業時間より前のプライベートの時間に入ってくるなんて、仮にも素っ裸の私と遭遇したらどう落とし前つけてくれるのかしら。」
「万が一にも無いでしょうに、真夏でも長袖で、顔と手以外の素肌を見せないことで定評のある穂波さんですし、お風呂にも下着のまま入ってる疑惑が絶えないんですから。」
「流石にそれは滅茶苦茶ね.....」
──ちなみに誰得すぎる情報だが、筆者こと中の人は友人と行ったスーパー銭湯で、マスク姿のままサウナに入りそうになったことがある。危うくセルフロウリュウで命ごと蒸発するところだった。コ○ナ渦でマスクが当たり前の今、そんな人も増えたのではないだろうか。
「──まあそれはそれとして、長丁場だっただろうけど、一先ずはお疲れ様。よく頑張りました。」
「ありがとうございます。まあ、2名の犠牲が出てしまったことは、悔やんでも悔やみきれないところです。はっきり言って、あれは防げた犠牲です──」
リーダーは、主力組に2名の犠牲が出たことを悔やむ。
実際、何度も言うが怪物退治は命懸けだ。怪物の圧倒的なパワーに押し負け、命を落としてしまう人も勿論居る。
「まあ、無意味な犠牲じゃないなら仕方ないわ。起きてしまったことをいつまでも悔やんでいても仕方が無いもの。」
──リーダーは何も答えなかった。
「それより、例のゾンビ騒動、今"予備部隊"が調査してくれてるけど、狂信者ってなったら二人に出てもらうって話、もう耳に入っているかしら?」
ゾンビ騒動、前回出た貝塚駅周辺での大量の不審者の件だ。
貝塚駅で7月1日から確認されている現象で、7月2日に30人規模、3日明朝には55人規模と、徐々に不審者の数が増えており、近隣のストライカーグループである関空防衛団や岸和田、阪南などが警戒に当たっている。
「主力組からは兵力出さなくていいんですか?」
「まあ、現状だと"狂信者"でも無いっぽいし、管轄ではあるけど、空振りだと費用の無駄遣いになりかねないもの。今のところは岸和田にリザーブ組を合流させるだけで後は様子見よ。」
「そうですか.....」
自分の管轄で起こっている異変に、やけに塩対応かつ無関心な穂波に、なんとも言えない不信感が込み上げてくる。
「──何か隠してます.....?」
我慢できなくなったリーダーがそんな事を聞くと、穂波は声色一つ変えずにこんなことを言ってのける。
「全く、常日頃から誰かを疑い続けるのは心に良くないわよ。それとも、あなたにとって私は、それほどまで信用が無いのかしら。少し、いえそれなりにショックだけれど.....」
「──別にそういう訳では──」
予定外の返事をされ、リーダーは追求の手を緩めてしまう。
「あなたがそもそも何を気にしているか知らないけれど、別に気にする事は無いわ。本当に危険になったら迅速に送り込む準備をしてもらっていれば、仮にあの異変が"狂信者"絡みだったとしても迅速に対応が可能よ。だからこそ、リーダーである貴方と、副リーダーの妹ちゃんの、万が一への準備をお願いするわね。」
「──わかりました。準備は怠らないようにします。」
──若干の疑念を残し、その場はお開きとなった。
無論、経験もある穂波ですら、思い通りになるわけが無いのが怪物騒ぎでもあるのだが──
ー‐ー‐ー
「──にしても、いくら調査とは言っても、貝塚駅前のホテルを人数分取ってくれるなんて、太っ腹なもんだな.....」
貝塚駅前のホテルでは、グループチャットにてリザーブ組が各々の個室で会議していた。
7月3日、この日付けで貝塚に派遣されたリザーブ組は、そのまま現地で警戒を続ける岸和田の面々と一度合流し、その後は貝塚の駅前にあるホテルに宿泊している。
「まあ、バックの母体が大きいからこういう事ができるんだけど、いくら何でも無駄遣い感が否めないわね.....」
「シングルルームを5人分、しかも何泊するか分からへん状況やのに、そんなお金がどっから回ってくんねんって思うけどなぁ.....」
沙梨に続き、結愛が穂波の無駄遣いを嘆く。
通常のストライカーグループは、応援の要請が入った場合、各地にある拠点のゲストハウスなどに招待され、そこに泊まるのが一般的となっている。
まあ、今回は別にどこかに依頼を受けた訳でも無く、あくまで岸和田の監視対象である貝塚に送り込まれただけの話であり、かつ貝塚は本来なら泉大津の管轄である為に、こういう対処になっていただけである。
「──正直、泉大津の管轄範囲が広すぎるのも問題なんだろうな。拠点から沙梨さんのバスで20分掛かる、そう考えれば貝塚にも小さい拠点が欲しいもんだ。」
「まあ、20分圏内ならいつでも余裕でバスは出しますよ。」
流石は沙梨、若く体力も豊富な体に、電車以外のあらゆる車を動かすことができる多彩な免許持ち、運転技術も申し分無い、ストライカー達の足として最強の存在である。
嘆く闘也へそんな言葉を返した沙梨、その話も終わり、結愛が会議をお開きにする。
「──全部屋、貝塚駅が見える方向を取ってくれてる。現状の報告で昼間にはろくな動きが無いらしいけど、皆程々に警戒しながらの滞在で、何かあれば即座に連絡してな。」
「「了解。」」
──7月3日、16時前に第一回の全体会議を終えた。
6階から8階に5部屋を取りつつ、全員が窓際に椅子やベッドなどを移動させ、適度に外を確認しながら滞在する。
たまに暇潰しが必要になったマイカからしり取りや読み聞かせの依頼が颯太や結愛に飛んでくる等はあったが、しばらく一人きりのプライベートの時間が流れた。
颯太は18時過ぎにコンビニ弁当で夕食を終え、19時前までに昼飯を済ませ、20時には就寝準備を整えた。
(しばらく一人でゆっくり寝る暇が無かったからな.....せっかくの機会だ、ゆっくり休ませてもらおう。)
20時2分、颯太は窓の外を確認する。
まだまだ帰宅ラッシュが尾を引いており、急行列車も停車する貝塚駅からは、沢山の人間が降りてくる。
鉄道が衰退しつつある2055年現在でも、まだまだ通勤通学、遠方への観光などでの鉄道需要は少なくは無いことを思い知らされているようだ。
(──久しく電車なんて乗ってないな──)
2048年に高架化工事を終え、筆者たちが生きている現在の貝塚駅とは全く異なる風貌となった貝塚駅、6階からも駅に止まっている車両の姿は見えず、駅から出入りし線路を走っている電車が遠目に見える程度になっていた。
──幼少期に堺の方を走る路面電車に乗ったことはあるが、子供の頃は15分に1回は休憩を取らないといけない程に虚弱体質だった為、遠方の外出など出来ようはずも無く、それ以外の電車には一度たりとも乗ったことは無い。
(──ここの電車、七道で見たあの電車と一緒か──)
七道、南海電車の本線で、堺駅の北方向の次の駅であり、この駅には大きなショッピングモールがある。
虚弱体質だった幼少期の颯太、しかも小学生にもなっていないような時代から、厳しすぎる親のもとで、数キロ離れた自宅から、路面電車と徒歩を使って、一人でおつかいに出ていた。
その時に何度も訪れたのが七道のショッピングモールであり、そこで颯太はとある人物に出会った。
(──懐かしいな──)
「──何普通に休暇満喫しとんねん!」
急に揺り起こすの程度を超える程に体を揺さぶられ、さらには耳元で叫ぶような囁き声を出され、颯太は目を覚ました。
「──怪力っ娘──?」
「寝ぼけとんな.....ったく、今日ここに来た理由忘れとったら困んで、全く.....」
そう言いつつ、2人がけソファに膝立ちになっていた結愛は、そのまま颯太を跨ぐように前に屈み、窓の外を見る。
「邪魔なんだけど、なんかあったのか?」
「あれ見たらわかる。」
結愛の肩越しにその方向を見た颯太は、その光景に思わず鳥肌が立った。
「──うわ.....」
──居たのだ。
言われた通り、人間の理性を捨て去るように、思考力を捨てた"人だったはずの抜け殻"が、何かを求めさ迷うように徘徊するゾンビたちの姿だ。
結愛さえその場に居なければ、ゾンビ映画の世界に一人だけ放り出されたような孤独感と絶望に襲われそうな光景だ。
「──本当にいるじゃん、ヤベェやつら──」
「穂波さんが聞いた報告はホンマやったらしいな。それも数は増え続けてる。今そこの通りにおるだけで2、30は居そうやな.....」
──"この通りに居るだけで"──
結愛からとんでもないことを聞かされた颯太は、恐る恐る言葉の真意を結愛に尋ねる。
「──今のところ何体くらい居そうなの.....?」
「ざっと100は下らんやろな.....それが貝塚駅周辺を徘徊してる。もしかしたらもっと居るかもしれん。」
一昨日は4体、昨日は30体前後だったと聞く。
それが今日は"最低でも"100体となれば、一次関数どころか二次関数(指数関数)的な増え方をしており、最悪明日には1,000体を数えているかもしれない。
そうなれば、原因不明のゾンビ化した人間たちが、貝塚駅に蔓延る地獄絵図が完成する可能性は捨てきれなかった。
「──これ、本当に放っといていいのか.....?」
颯太の問いに、結愛は渋そうな唸り声をあげる。
「──はっきり言って、怪物との関連性があるかと言われたら、分からへんところなんよな──ホンマに関係があればええんやけど、今のところ全く民間人に被害が出ていないし、そんな状況で攻撃して"ハズレくじ引いた暁には"、ただの傷害事件として警察沙汰になるのは目に見えてるからな──」
「──それもそうか──」
あくまでも民間人に危害となる怪物を討伐するのがストライカーの役目であり、民間人な無闇やたらに危害を与えるのが仕事では無い。
これが難しいところで、明らかに様子のおかしい民間人を前にしても、怪物であることを確認しなければ、原則として手出しが出来ないのが現状だ。
まあ、怪物と確認できなくても、周囲や人間、或いはストライカーに危害を加えた場合は、殺害しない範囲での戦闘は可能ではあるが。
『──結愛ちゃん、そっちの様子は?』
「あー、ごめんなマイカちゃん、ここに寝坊助が居ったせいでちょいと時間かかってしもうたわ。」
「──寝坊助なんて今日日聞かねぇぞ.....」
結愛のボイチャに突然通信して来たのはマイカだった。
どうやら緊急の全体会議が開かれていたらしく、そこに颯太が出席していなかった為、何かしらの方法で結愛が颯太の部屋を尋ねたと言ったところだろう。
「取り敢えず颯太くんは目ぇ醒ました。ある程度のことは説明したから、マイカちゃんの作戦を実行しよ。颯太くんもスグに着替えさせるわ。」
『分かった。鼻の調子だけ整えてから私もすぐロビーに向かうね。』
マイカのその言葉を最後に通信は切れた。
「──マイカの作戦って?」
「行けばわかるから、取り敢えず寝る気マンマンなそのやる気のないパジャマさっさと着替えや。マイカちゃんと同じで、うちらもロビー向かうで。」
「──おう──」
飛び上がるように結愛は立ち上がり、そのまま扉を出てロビーへと向かう。
時間は深夜2時半、颯太も結愛も本来ならこの時間には寝ているため、あそこまで眠気を感じさせない結愛のプロ根性は流石と言うべきか。
(──て言うか、いつの間に寝てたんだろ、外の電車とかを眺めてたはずなのに──)
実際、監視用に窓側まで引き摺ったソファはそれなりに座り心地も快適ではあるが、別にそのまま眠ってしまえるほどの寝心地があるとも思えないし、そもそも颯太は慣れないところでは中々寝付けないタイプでもある。
余程疲れていたのだろうか──その割に体は軽いが。
(──まあいいや、余計なことを考えてても仕方ない。)
首を振って体を少し捻り、頭を切り替えてから深呼吸、そのまま颯太は一度部屋を後にした。
1分たりとも遅れていないのに、ロビーで待つ女子2名は、"遅い"とばかりにやや苛立った目をこちらに向けてくる。
とは言え、3人が揃ったところでマイカが直々に作戦の概要を説明してくれる──ちなみに、闘也とキムはお休みだ。
「取り敢えず、まずは外に出て、どんな匂いがするかを確かめてみたいんだ。」
「──匂い.....?」
「えっとね、なんて言えばいいか分かんないんだけど、怪物の体からは、多分コアから出てくる、普通の人達では感じられない、それでも臭い匂いがするんだよね。」
──某鬼狩り漫画の"鬼の匂い"を思い浮かべた人は、五感が全て限界突破したマイカの、その特異な設定上そうなってしまっただけだと言うことをご理解頂きたい。
「私は"残り香"って呼んでるよ、辞書に載っててカッコイイなって思ったからこういう名前にしてる。」
──こういう所は子供の脳なのか、マイカはセンスが子供寄りであることが多い。
「つまり、マイカがその"残り香"を嗅いで、周りに怪物がいるかどうかを調べるってことか?」
「うん。仮にこれで怪物絡みって分かれば、早めに主力の面々呼んで討伐準備を整えることもできるやろうしな。」
現在、穂波は勿論、岸和田もほんの少数しか監視をつけていない理由は、貝塚駅での異変に怪物が絡んでいる確証が無く、場合によっては手出しも出来ない可能性があるからだ。
仮に怪物が潜んでいる場合、マイカの嗅覚に残り香の反応があった暁には、怪物がこの異変を引き起こしていることがほぼ確定となり、岸和田、泉大津ともに大々的に動くだろう。
「やるならさっさとやろう。怪物絡みじゃないのが本音を言えば有難いことなんだが──」
「この異様さ見たら、颯太くんの思い描く筋書きになる確率は低そうやけどな。」
「えー.....」
──ああだこうだと言いつつもマイカによる調査が始まった。
ホテルから貝塚駅は100メートルあるかないかという好立地、だがそこから離れた位置でも、マイカの鼻に残り香が飛び込んでくることは無かった。
「──周囲を見回ってみたり、ゾンビを匂ってみても、残り香らしい匂いは感じないか.....」
「そうだね.....なんか変な匂いがしなくは無いんだけど、残り香とかとは違うんだよね.....」
今のところ怪物絡みの可能性はかなり低いようだ。
実際、魔力を使った後には、多少差異はあっても同じような残り香がするもの、汚い例えだが人間が大きい排泄物をした後には大体同じような残り香が残るのと同じである。
「じゃあ、次はどうする?」
「駅に入ってみようかな。結愛ちゃんたちはダメだと思うけど、私はそもそも人間じゃないし、忍び込んでも法律には引っかからないでしょ。」
「──まあ、多分な──」
一応ここでも注記しておくが、仮に幽霊が出るとか肝試しとかのつもりでも、夜間の駅に侵入するのは犯罪に問われる可能性が高いので、誰も真似しないように。
と言うより、最近は怪物の登場により、住居侵入なども余裕で行われている始末で、怪物の体を持つマイカが犯罪でもある住居侵入を行うなど、今や日常茶飯事ですらある。
「ちょっと行ってくるから待ってて。怪物が奥に潜んでても攻撃はしないから大丈夫だよ。」
「気ぃつけてな。一人で無理はせんように。」
「うん。」
──マイカが駅に侵入し、残されたのは二人となった。
「颯太くんはどう思う?今回の異変.....」
「──どう思うって──」
とんでもなく抽象的な質問に颯太は戸惑う。
「──真面目に答えるなら、怪物絡みの確率は高いと思う、まあマイカの調査結果次第だけど──それ以外でこんな訳の分からないゾンビが大量発生するなんて有り得ないだろ。バイオ○ザードみたく生物兵器を使われたり、がっこう○らしみたいに誤爆したわけでも無いだろうに。」
「まあ、颯太くんの言う通りなら、今頃みんなもゾンビになってるはずやからな。」
──颯太の言う通り、そもそもこの小説は、生物兵器によって齎されるありがちなゾンビ系サバイバルでは無い。
ならばこそと、颯太が理由の一つに挙げたのが怪物だ。
「──でも、人を洗脳できるような異能が使える個体なんて聞いたことも無いし、そもそも怪物がそんな能力を使えるとも思えない。確かに魔力とは聞いたことあるけど──」
「──居るよ。異能を使える個体は。」
──唐突に結愛が発した言葉が、颯太の怪物に対する認識を変えた。
「──居るって、過去にそういう個体が出たことがあるって言うのか?」
「うん。実際、泉大津の人間はそんな異能個体のせいで大きく被害を受けてる。」
──かつてから泉大津に所属する結愛だからこそ知っている。泉大津にかつて起きた悲劇。
「──うちの主力組のリーダー、中村尚樹くんと妹の恵理が居るんやけど、実は元々この2人はただの幹部で、リーダー候補ですら無かった。」
「──それってもしかして、旧リーダーが.....?」
──結愛は颯太の言葉に首を縦に振った。
「──誰とは言わんけど、かつておったリーダーは、異能のせいで"怪物にされてしまって"、うちのメンバー4人を殺した挙句に自分も討伐されて死んだ。仲間思いで、誰よりも現状の打破をしたかった、ストライカーの鏡やったはずの人が、異能のせいで呆気なく怪物へと変化して、私たちを襲う敵に成り果ててしまったんや。」
──人間を"怪物にした"、と結愛は言った。
颯太の認識では、怪物は特に何もない人の体に"怪物の本体"が"寄生"し、あのような姿になると記憶している。明らかに矛盾していた。
「──"された"ってことは、怪物をその人に憑依させた元凶ってのがいるんだな.....?」
「──居る。そして──」
──今もまだソイツは、何処かで生きながらえてる。
「嘘だろ.....?」
──颯太の体温が全て奪われた。
「──そもそも討伐隊すら組めてへん。どうもかなり有名な怪物らしくて、日本で出たってなった時、国際社会でもかなりザワついたらしいんやけど、とにかく神出鬼没、どこに現れるか分からんってのが通説らしい。」
「──そんな奴がいるんだな──」
それを聞いた瞬間、颯太にある最悪の予感が浮かぶ。
「──まさか、今回の異変に関わってる可能性があるってことか.....?」
「──まあ.....」
──結愛は肯定とも否定ともとれない反応をした。
「──可能性は否定できひんけど、"アレ"が介入してるとんやったら、もうとっくに何百、何千人って周辺住民の犠牲が出てるやろな。だから多分可能性はホンマに微々たるもんやし、多分無いと思った方がいい。」
「──そのレベルのヤバさなのか──」
最初に起きた怪物騒ぎは15年以上前の話だ。それ以来討伐されていないとかると、相当な期間で実力と経験値をつけていると見て間違いないだろう。
それだけに、意味もなくゾンビを徘徊させるだけの手口を使うとは思えないというのが結愛の考えなのだろう。そして恐らく、泉大津の管理者である穂波が本腰を入れなかったのもその線が濃厚だ。
「せやけど、やとしたらこんな異能使える怪物がまた別に居ることになるから、どの道警戒レベルはマックスにしとかなあかん訳やけどな.....」
「──異能持ちってだけで強そうだしな.....」
無論、颯太の感覚は当たっている。
全ての怪物が全員異能を使えていれば、ただの異能系バトル小説になる訳だが、そういう訳では無い。異能持ちの怪物は怪物の中でも上位レベルの強さであり、なおかつコアから供給される魔力を自在に操れてこそ、初めて異能を使うのだ。
そんな怪物が今、リザーブ組の眼前に居るかもしれない。それは恐怖として颯太と結愛に伝わり、同時にリザーブ組の壊滅をも表そうとしていた。
「一通り調べたけど、それらしいのが無いね.....」
──無論それは、マイカによって怪物の存在が確定すればの話ではあるが。
「──えっ、無かった.....?」
「うん。残り香の匂いって大体分かるもんなんだけど、そんなに鼻を刺してくるような痛い匂いは無かったね。残り香は無いから、多分怪物は居ないんじゃないかな。」
「──?そんなわけ──」
別に颯太も結愛もマイカを疑いたい訳では無い、だが、目の前の異常な光景と釣り合わない調査結果に、思わず耳を疑ってしまっていた。
だが、残念ながら、あるいは不幸中の幸いか、マイカの匂いセンサーは残り香を探知できず、結果的に怪物の線は薄くなってしまった。
「──ならやっぱり、貝塚はそう言うゾンビが湧きやすいとか、そんなんなのかな.....?」
「んな訳ないやろが!まだ寝ぼけてんのか!?」
颯太の話はゾンビ系サバイバルでないとあり得ない話だが、残念なことに今はそれを否定する根拠は無い。そのせいか、結愛のツッコミもどこか虚空へ消えていく。
「──でも、残り香って多分5時間くらいしか残らないから、本当に居ないとは限らないよ?昼間にも調査してみないとなんとも言え無い。」
「──なら、そっちに賭けてみるしか──いやでも、昼間はゾンビじゃない普通の人が沢山行き交う駅だぞ?そんなことあるもんなのか?」
──マイカが昼間の調査に意欲的なのは理由がある。
別に怪物に変化しようとも、元の人間の性質は色濃く残る。
その為、好きな食べ物など、人間関係を除き、本能に繋がり、"脳死で判断できる"部分は、元来の人間の性質が色濃く出ている部分が大きい。
マイカにしても、本来トカゲは夜行性であるにも関わらず、マイカは人間の性質を受け継ぎ昼行性、夜は21時に就寝し、朝は7時前に起きる健康優良児だ。
「──もしも怪物がお昼に活動くんだったら、夜は魔力の温存のために寝てたりするかもしれないからね。」
「──にしても、それなら単純計算で21時半には寝てるってことだよな?そんなすぐにオンオフ切り替えられるものなのか?そもそもその時間なら、怪物の行動にも目撃者がいるかもしれないだろ?」
──実際、貝塚駅で起こっている異変は、夜のゾンビ騒ぎくらいで、他に何かが起きているという情報は無い。
「──わかんない。でも、もう一つだけ気になることがあって、それが一番、なんて言うか、違和感があるんだけど.....」
その一方、優秀なマイカの嗅覚のセンサーが、残り香とは違う何かを感じ取っていた。
「──特に地面になんだけど、古くなった油みたいな匂いがするんだよね。でも油とはまた違う匂いで──もしかしたら電車のせいなのかもしれないけど、よく分からないんだよね。」
マイカの違和感が、古くなった油のような匂いだ。
古い油は、早めに処理をしないと、独特の腐敗臭のような、悪い匂いがしてしまう。飲食店等でこの匂いが出ると、割と致命的なので、特に飲食店では早めの処理が必然である。
「うーん──それはまた昼間に嗅げばわかる話?」
「確証は無いけど、多分──」
「じゃあ、マイカにしか分からないところはマイカに任せよう。昼間にもう一回調査してみようか。」
マイカに昼間の調査についての確認を取り、颯太は不完全な返事のままだが、昼間の調査を決断した。
──帰り際、ホテルの方に戻ってみると、マイカが後方に異変を感じて振り向いた。
(──ネコちゃん.....?)
ゾンビ達の間を掻い潜るように、貝塚駅の方へと向かっていく、小汚い野良の黒猫が居た。
(──追いかけてみようかな、何かあるかもしれないし──)
「──マイカ、どうかしたのか?」
と、足を止めたところを即座に颯太に察知され、颯太の声に思わず前を向いてしまった。
「──あ、いや、猫ちゃんが居たから──」
「──猫.....?」
颯太が後方を確認したが、そこにはもう黒猫の姿は無かった。どうやら貝塚駅へと侵入したようだ。
「──なんかピンとくるところでもあった?」
「いや、そういう訳じゃないよ。見失っちゃったなら仕方ないし、帰ろうか。」
「──?そうか。」
見失ってしまった為チェイスでの深入りを避け、マイカたちはその場を去っていくのだった。
ー‐ー‐ー
「怪物の可能性はやはりほとんど無いのね.....」
穂波がとある人物とビデオ会議を繋いでいた。
相手は2人、前回のしくじりでお馴染みの村本、そしてもう1人は半ば共同戦線を築いている岸和田の管理人だった。
『──岸和田でも監視は続けてるんだけどねー、人数が増えるだけで民間人に被害が出るわけじゃないし、明日の昼間には部隊を切り替えようと思ってるんだよねー。』
「監視任務に就く部隊を入れ替えるってこと?」
『うん。そろそろ疲れてくる頃だろうしねー.....』
──なお、岸和田は4日間も同じメンバーで監視任務に当たらせており、既にメンバーの疲労が限界を迎えていた。
だからこそ、5日目となる明日にメンバーの総入れ替えを実施し、長期間の調査にも耐えれるようにしようとしたのだ。
「うちのメンバーがボロボロだから、非常に助かるわ。余裕の無いところなのに、わざわざこんな事案に付き合ってもらって悪いわね。」
『困った時はお互い様なんよー。』
──岸和田の管理人はどこか掴みどころがない話し方だ。
「──岸和田のメンバー入れ替えは了解したわ。こっちの監視部隊にもそれについては伝えておく。なんなら、明日早めに帰って、1日2日くらい休んで貰ってもいいわよ。」
『んー、じゃあお言葉に甘えて、1日だけ休暇を貰えるかなー?明日10時に出て、明後日の10時前くらいにはすぐに部隊を送るからー。』
「ありがとう。管轄外なのに悪いわね。で、村本ちゃん、この件についてはそういう感じで、もうしばらく岸和田に付き合って貰うことになったから、そっちの管理もよろしく頼めるかしら。」
『あ、はい。岸和田のメンバーの増減は無しと言うことで、しばらく一部休止の扱いを続けておきます。上への報告は私からしておきますし、任務が入れば関空防衛団の方々にも協力を得られる旨で合意しておりますので。』
「うん。なら安心ね。それじゃあ2人共ありがとう、お疲れ様。」
──ビデオ会議は終了した。
要するに、部隊の転換の為、明日1日は岸和田のメンバーが全員出払うことが決まった。
通常なら危機管理の為に1人か2人は残しておくものだが、監視任務はしばらくリザーブ組が担うことで合意したのだ。
──誰しもが、危機意識が抜けていると思っていた。
「──団長、副団長に通達。明日10時に貝塚駅方向への応援をお願い。"対狂信者への武装"を忘れずに。」
ー‐ー‐ー
──連絡はリザーブ組にも入り、沙梨らはもしもの事態に備えて各メンバーに部屋での待機を行うよう指示した。
この為、颯太、結愛、マイカで予定していた昼間の調査は次の日に延期されることになった。
「うーん──昨日の変な匂い、すっごい気になるんだけどなぁー.....」
監視の頭数が必要となった為ではあるが、突然の外出禁止にマイカが文句を垂れていた。
「まあ仕方ないな。明日に備えるしかない。」
──ちなみに、颯太の自室には当然のようにマイカが遊びに来ており、先程から雑学のクイズ大会などをして暇を潰している。外に出られない分、マイカは暇で仕方ないのだ。
ちなみに他人同士の関係において、現実世界で同じことをやると宿泊営業法に違反する可能性があるので、くれぐれも真似はしないこと、やるならホテル側に許可をとってからすることをお願いしたい。
「──だけど、怪物がほぼ居ないってなると、本当にどういう理由なのかはっきりしないところだな。」
「だね。未解決事件って訳だ。」
「──まだ発生して時効にすらなってないけどな──」
マイカの発言にツッコミを入れた颯太だが、ふと窓の外に目をやると、先程まで居なかった光景が目に映った。
「──あれ.....?あれって、ゾンビだよな.....?」
「え.....?」
颯太が目にしたと同時に、電話が鳴り、結愛からボイチャが飛んでくる。
『颯太くん?寝ぼけてないやろな?外見えてる?』
「ああ、ゾンビが昼間に居るっていう、明らかにおかしな状況だ。流石に見逃すほど節穴じゃねぇよ。」
『──やはり皆見えてるな。俺も今、キムと同室で同じものを見つけた。あまりにいきなりで予想外だったがな。』
程なくして闘也もサーバーに参加した。
しかし、ゾンビが真昼間に現れたのは、今までに無い新しい状況だ。しかも岸和田のメンバーが帰宅中に突然事案が進展するなど、タイミングはあまり宜しくない。
「──沙梨さん、聞こえてます?」
『聞こえてるよ。外の様子は見えてる。』
──今まで無かった新しい事態を逆手に取り、颯太は原則禁じられていたある行動を沙梨に提案する。
「マイカが凄い駅の方を気にしてる。ちょっと様子を見に行く程度だけど、少しだけ外出の許可を出して貰えませんか?俺だけじゃ危ういなら怪力っ娘も連れていきますけど。」
『──うーん、水害とか自然災害でそう言うの最悪な手って言うことが多すぎて、簡単に肯定できないんだけど──』
──台風だの豪雨だの、異常時に田んぼの様子を見に行ったり、川の様子を見に行ったりして流される高齢者のなんと多いことか。このセリフは俗に言う死亡フラグと受け取ってもらって構わない。
「お願い、本当に怪物かどうか調べに行きたいの!」
同室に居たマイカも必死に訴えると、沙梨から意外な反応が帰ってきていた。
『──私は今、急な腹痛でトイレに篭っているわ。目や耳を盗んで外出するなら今のうちね。』
「ありがとうございます。」
沙梨の見逃し──事実上の黙認により、三人はほぼ同タイミングで立ち上がり、ロビー前で合流して貝塚駅の方へと向かう。
「そういや、交通情報見たけど、さっきから南海電車が止まってるらしいで。貝塚駅となんか関係ありそうちゃう?」
「大いに同意だな。絶対なんかあるだろ。」
──3人がそれなりに駆け足で駅の方に向かっていると、マイカがあるものを見つけた。
「──?あっ!猫ちゃん!」
マイカが見たのは、昨日の深夜、駅からの帰り際に目撃し見失った黒猫のように見える。
「──っ!!ちょっと、何するの!?」
その時、ゾンビによって足蹴にされ、地面を転がっているように見えた。
ゾンビにとってはわざとでは無いのかもしれないが、純粋なマイカの目に、その光景は悪に見えてしまう。
「──そこの人、止まりなさい!!」
マイカは峰打ち程度に、軽く加速してからゾンビの方に攻撃しようとした──
──が、その時。
「──っ!!」
マイカは進行方向を変え、転がっている黒猫の近くに寄ると、斜め上方向に強烈な蹴りを繰り出す。
この蹴りは牽制となり、突然強襲してきた誰かには当たらなかった。
「──おい、あれって.....」
「間違いない──怪物.....!!」
マイカの観測は大ハズレだったのだろうか。
まるで前日のマイカの言葉を嘲笑うかのように、怪物が現れた。この怪物も中々の異形で、足が異常にゴツゴツしている他、足首の柔軟性は最早骨を外している程である。
「──イヤオオウゥゥゥゥゥッ!!!」
怪物は気味の悪い咆哮を上げ、2、3度軽いジャンプを済ませた後、攻撃態勢に入る。
その攻撃態勢と言うのは、大ジャンプによりストライカー達を強襲するものだった。着地地点もコンクリートがえぐれ、その威力の高さが伺える。
「──っ!?颯太くん!!危ない!!」
マイカが突如振り向いて叫ぶ。
──颯太の目の前で、既に怪物が攻撃を仕掛けていた。




