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第1章 No.06 拒絶、悶絶

 突然鳴り響くサイレンに二人が同時に驚く。

 聞き慣れない上に、異様に不安感を駆り立ててくる気味の悪い振動が、鼓膜を通り越して能を震わせる。


 「痛い!颯太くん耳塞いで──!!」

 「お、おう!!」


 怪物の体のせいで聴覚も圧倒的なマイカに、この音はとてつもないダメージらしく、マイカは即座に颯太の懐に飛び込み耳を塞いでもらう。

 ──確かに、学校の避難訓練の時に大音量で流れるあの音に近しいものがあり、耳障りが圧倒的に不快である。まあ避難が必要な時の緊急放送には丁度いいのだろう。


 「──颯太くん!おるか!?」

 「待って!緊急事態は分かったからサイレン止めろ!マイカが音のせいで動けなくなってるから!」


 ──その様子を見た結愛が何かを通話で伝達したようだが、何を言っているかは聞こえない。


 「──サイレンは直に止まるけど、それが終わったら急いで。施設に怪物が出現()よった。戦力がうちらしか居らんからなるべく急いでな。」


 「──施設に.....?まあ、取り敢えず分かった。」


 そうこうしているうちにサイレンが鳴り終わり、マイカも颯太のもとを離れて全身をぶるっと震わせてから、体の感覚を確かめるように全身を動かす。


 「──ありがとう颯太くん、あと結愛ちゃん、後で穂波のお姉さんにサイレンの音だけ変えて欲しいって言っといてね。」


 「う、うん──ごめんな、喧しくて。」


 ──その返事を最後まで聞かず、マイカはソファを飛び降りると、一度深呼吸して戦闘モードを起動する。

 マイカの気配が変わったのを察するように、颯太も傘を取り出して戦闘モードになる。


 「──じゃあ行くで。ぱっぱと片付けてまお。」


 「だな。一刻も早く休みたいもんだ。」



 ──穂波の自室、というよりは自宅から、廊下を通じて研究施設にそのまま入れるようになっている。わざわざ外に出なくても行き来できるようにしている辺り、面倒臭がりな穂波の性格が出ているようにも感じる。

 その渡り廊下を抜け、研究室のエントランスの方に抜ければ、怪物が発生した現場へとすぐに到着する。


 「──やっと来たか。」


 「ごめん、サイレンが頭にぐわんぐわん来て.....」


 壁越しにその様子を伺っている闘也が、少し遅れた3人を認識し、苛立っているように話しかける。マイカが即座に自分のせいだと闘也の苛立ちを抑える。

 闘也は納得し、再び怪物の方を注視する。


 「沙梨さん?大丈夫ですか?」


 闘也に恐らく運ばれたと見られる沙梨が床にもたれ掛かりぐったりしていた。


 「──大丈夫。暴れだしたのを止めようとして、反撃を食らったのよ──体は痛いけど、致命傷は無いわ。」


 「──よかった──」


 ──とにかく沙梨の無事は確認できたと結愛は安堵するが、颯太はそこに隠されていた"ある要素"を見逃さない。


 「暴れだしたって、沙梨さんはストライカーでもないのに怪物に対峙したってことですか.....?」


 ──颯太にその点を突かれたのが何かマズかったのか、沙梨

一瞬返答に迷うように少しの沈黙を挟んでから返事する。


 「──ま、まあそうね──弱そうだったから私でも何とかなると思ったんだけど、流石に舐め過ぎだったかしらね──」


 「.....嘘やな。」


 ──沙梨の言葉にとてつもない違和感を覚えた颯太だが、それを指摘したのは結愛だった。


 「そもそも"怪物の中の人"の療養、リハビリをするのが泉大津の役目、その泉大津に従事してる沙梨さんが、普通の人と怪物を見分けられへん訳無いし、怪物のパワーが通常の人間の何倍ってことも知ってるはず。言い訳に無理がある。」


 「結愛ちゃん──」


 ──至極最もである。

 何の関係もない一般人なら通る言い訳かもしれないが、怪物と戦うストライカー、それを取りまとめるグループの管理側であり、なおかつ怪物の中の人を治療する穂波、沙梨、和花の誰かにとって、この言い訳は"青酸カリを栄養ドリンクと間違えて飲んだ"レベルの無理な言い訳である。


 「──それに、そもそもこの姿を見せられたら、どんな言い訳も通らんよ.....」


 「──何を言って──」


 結愛の言葉に嫌な予感がしたものの、怖いもの見たさのような感情で颯太が怪物の方を見た。

 ──そこにいたのは、颯太と結愛にとっては見覚えしかないフォルムの怪物であった。


 「──椙野.....!!」


 ──小柄で白衣を着た女性の姿、だが四足歩行で、口元に異様に発達した八重歯を剥き出しにし、服もあらゆるところの生地が伸びきってはち切れそうなほどに筋肉が異常発達した姿。まだ颯太が泉大津に入る前、とある理由で結愛と出会った時に討伐した怪物である。

 中の人は椙野陽菜、社会人3年目の25歳である。会社の出勤途中に怪物となったらしく、当時会った時は服が4割ほど破れ、特に背中の肌が露出し、顔や背中には恐らく自傷行為の後と思われる引っかき傷が付き、服も傷だらけの痛々しい姿をしていた。


 「随分とデフォルメされたもんやな。当時の(きた)らしい姿見せてやりたいわ。」


 「──あんまり原型に寄せ過ぎるとトラウマが蘇るからやめて欲しいんだがな──」


 椙野を討伐したのは6月22日、今日は6月30日である。1週間のうちに無闇に使わなくなった筋肉が落ちているものと思われていたが、なんならあの時よりゴツゴツしているように見え、ナーフどころかさらに強化されているように見えた。


 「.....戦い方覚えてるやんな?アイツは猫みたいにすばしっこく動く。それに加えてとんでもないパワーもあるし、平均的な成人女性の体格もある。勢いつけた突進攻撃はほぼ即死やと思った方がいい。相手に懐に入られへんように、なるべく攻撃は絶やさん方がええで。」


 「闘也と俺で(比較的)動きが重い怪力っ娘をカバーしながら、相手の攻撃は通さないようにしよう。マイカはリーサルウェポンでしばらく温存しよう。相手のスタミナが落ちることは無いけど、コアの消耗が激しくなった時にマイカにトドメを任せる感じでいきたい。」


 「「了解。」」


 作戦が概ね決まり、マイカを除く3人が対峙すると、椙野が牙を剥き出しにして飛び出す。

 別に初見では無い。颯太と結愛は一度体験しており、2人きりでこの怪物を討伐している。そう考えれば、今回はまだ初見の訳の分からない怪物たちと出会うよりはまだ簡単なお仕事だと思っていた。



 ──が、甘かった。


 「──速い──!?」


 初見の時も大概の速さだったが、今回は比べ物にならない。

 まるでバネの反発係数が数倍になったかの如く、その圧倒的な加速力は、実数値では無いが時速5、60キロは出ていそうな勢いだった。


 「──怪力っ娘!!」

 「言われんでもっ.....!!」


 結愛は即座に作戦ミスを察し、秘奥技"突き立て"を発動して椙野に対するカウンター攻撃に打って出る。

 先程颯太が"動きが重い"と言っていたが、それはあくまでストライカータイプの問題であり、元のスピードや反応速度によって、本来"斬"の4割のスピードしか出ない重撃系の"打"だが、結愛は颯太よりほんの僅か遅い程度である。

 椙野はカウンター攻撃は考慮していなかったらしく、その攻撃に見事に直撃するが、吹き飛ばされた勢いのままに施設内の壁を登るように這ってから、壁を蹴ってこちらにカウンターへのカウンターを繰り出す。


 「──っ!!」


 ターゲットはどうやら颯太だ。前回の先制攻撃を放ったのは颯太であり、恨みでも持たれていたのだろうか。

 だがそこは流石の颯太。しっかり椙野の動きを見切っており、椙野がフェイントも何も無い脳死カウンター返しを繰り出してくれたことで、カウンター返しを躱し、カウンター返し返しとも言うような秘奥技"風刃斬"を繰り出して背中のコアに一撃を入れる。

 素早く強力な秘奥技"風刃斬"による大ダメージを受けて、椙野は一度颯太から距離を取ろうとした。


 (──ならばそこがチャンス.....!!)


 一度速度が緩んだところに颯太が攻め込もうとする。


 (──っ!?)


 だが、颯太の踏み込みが一瞬遅れてチャンスを無駄にした。

 ──かに思えたが、椙野の後ろ足が振り上げられており、その攻撃をギリギリで回避出来た。恐らく追撃の為に深追いした颯太を狙った更なるカウンター攻撃だったのだろう。


 「危ねぇなこいつ.....!!」


 空振りしたカウンター攻撃の脇から、颯太は秘奥技"地割れ斬り"を繰り出し、上方向の左斜め後ろから椙野の背中、そこにあるコアに大ダメージを与える。

 なお、秘奥技"地割れ斬り"は下方向に落とすように斬る技であり、"斬"のストライカーが基本的に全員習得している3つの秘奥技のうちの一つ。前方または横を切る"水平斬"、上方向を切り上げる"斬月刀"と並んで基本的な技である。いわゆるポ○モンで言う"なきごえ"、"たいあたり"、"しっぽをふる"みたいな初期の技構成に出てきそうな技である。


 「──グゥゥッ!!」


 とはいえ、怪物が黙ったままのはずが無い。

 コアのダメージによる全身の硬直を素早く解いて、横に半回転しながら颯太と距離を取ると、着地からほぼ間髪入れずに颯太に飛びつき攻撃をした。

 この飛びつき攻撃は颯太の反応によって当たらずに済んだが、颯太の反撃となる攻撃を躱してから周りをグルグルと周り、素早く颯太の背後をとってから飛び付く。


 「──っ!!」


 背後でそれを認識した颯太だが、対抗策が無い。

 結愛たちの反応も間に合わず、直撃必須と思われた。



 ──当然、"三人だけなら"の話だが。


 「──よっと.....!」


 まるで瞬間移動、強化個体となった椙野など屁でもない、かつて"神速"と呼ばれた加速力を発揮し、マイカが颯太のカバーリングを行った。


 「──助かったけど、リーサルウェポンはもう少しとっておきたかったな.....」


 「逆に、あんな状況を"その為だけに"見過ごしてたら、もう仲間じゃないでしょ.....?」


 「──リーサルウェポンをリーサルウェポンに出来なかった俺の実力不足だな.....」


 颯太の苦笑いに釣られてマイカも苦笑する。

 一方その近くで、格好の獲物の狩りを邪魔された肉食獣が、明らかに苛立った唸り声をあげながら様子を伺っている。

 だが、そこに結愛が隙を見て攻撃を入れ、この攻撃がコアに直撃してしまった為、椙野もタゲを移さざるを得なくなった。


 「どうする?このくらいのなら私が倒してもいいけど、外じゃないもんね.....」


 「──まあ、"神速"様が派手に暴れ回ろうもんなら、施設の中も滅茶苦茶になるわな──」


 ──筆者こと中の人すら設定を忘れそうになっていたが、現在戦っているのは施設の中である。マイカにとっても狭いスペースである以上に、マイカが全速力で暴れ回ろうものなら壁という壁に穴が空いているだろう。


 「さっきみたいに、誰かが危なくなったらマイカに助けてもらうってことも考えたけど、ちゃんと統率が取れてないと多分その作戦はダメになる。いっその事外に誘い込んだ方が早いだろうな。」


 「──でもどうするの?なかなか難しいと思うけど.....」


 ──実際、大きな扉も無ければ、大窓も無い。中で暴れ回る怪物を外に出すなど、なかなか出来るものでも無い。


 「──考えはある。ちょっと危ないけど──」


 「──大丈夫なの.....?」


 「──まあ、失敗しても死にはしないけど──」


 颯太はそれだけ言うと、少しだけリスクの大小を考えてから、深呼吸して決断する。


 「──いや、つべこべ言ってても仕方ないし実行しよう。」


 颯太の決断に、マイカも一気に戦意を高ぶらせる。


 「分かった。何をしたらいい?」


 「いや、マイカに動いてもらうのは一段階目が成功してからだ。それまではちょいと待機して、少しだけ休んでくれ。」


 「あ、そうなんだ.....」


 自分がフル活用されるのだろうと考えていたマイカは拍子抜けするが、颯太の指示通りまずは影に身を隠して待機する。

 それを確認した颯太が一気に作戦を実行に移す。


 「──そうと決まれば、ぶっつけ本番、一発で決める.....!」


 現状、椙野は結愛にタゲを移している。それを悟った闘也がちょくちょく結愛の補助をしているが、そちらはあまり考慮していない。


 (──斬ったところで回復されるのは知ってるけど、それでも一瞬は動きが止まるはず.....!)


 その背後から颯太は秘奥技"水平斬"の構えのまま突撃する。

 結愛に夢中になっていた椙野だが、後ろからの颯太の攻撃を察したようで、一度結愛と少し距離を取った。

 ──それが颯太の目論見。


 (──怪力っ娘(アイツ)から離れたな?馬鹿め.....!)


 颯太は攻撃の一瞬前、身を屈めて低くし、斬撃をなるべく低いところに通す。


 「──怪力っ娘!なるべく強力な秘奥技の準備を!俺が今から一瞬だけ隙を作る!」


 「えぇ!?な、なんやよう分からんけど──」


 椙野がカウンターの為なのか、前足を高くあげて颯太を抱きとめるように確保しに掛かる。

 その攻撃そのものを予測していた訳では無いが、颯太にとってみればこれも好機である。


 「──悪いけど、その足もらった.....!!」


 ヘッドスライディングの容量で、敢えて自分から椙野の懐に滑り込みに行く。

 椙野の前足が振り下ろされるより先に、颯太の"水平斬"が椙野の後ろ足を捉え、素早く斬撃し、バランスを崩す。


 「──怪力っ娘、今だ!!」

 「おらああぁっ!!!」


 ──颯太のヘッドスライディングはここまで想定していた。

 下に潜り込んで足を斬るとしても、その後に出来る隙は一瞬だけである。颯太が脱出している暇があれば、その前に椙野が後ろからの濃厚な殺気に気付いて逃げているだろう。

 だからこそ、颯太は自分も纏めて結愛に攻撃させようとしていた。だが、その時に颯太の頭が出ていれば、頭に結愛の攻撃が直撃するかもしれない。普通の人間ならそれを喰らえば余裕で即死であろう。


 ──だから、結愛の攻撃を受け止める背中の下に潜り込むことで、椙野の後ろ足を切ると同時に、地震の時に机の下に潜り込むような容量で、結愛の攻撃から取り敢えず頭を守ることは出来るということだ。

 それを察したように、結愛は秘奥技"地鳴らし"を繰り出す。本来は周囲の地面を揺らすことで怪物の動きを止める範囲攻撃のサポート系の秘奥技ではあるが、当然ながら地面を鳴らす程の攻撃だ。破壊力が凄まじいことは言うまでもない。


 「──ゴブッ.....!!」


 一度はその攻撃を自慢の四肢で耐えた椙野だったが、地鳴らしのように衝撃が全身に駆け巡ったのだろう、硬直した全身から力が抜け、そのまま崩れ落ちるかのように倒れ込んだ。


 (──っ!?)


 下敷きになることは覚悟していたが、次の瞬間には、倒れ込む直前の椙野の体が遠目に見えるほどの距離までワープしていた。

 当然ルー○など使えるはずもないので、誰かに吹き飛ばされていたか、あるいは先程から左脇腹に走る若干の鋭い痛みの正体が原因なのだろうか。

 その痛みの正体のブレーキと共に急減速し、止まったと同時に優しく地面に置かれた颯太。何が起こったかなど当然理解できない。


 「──確かに危なすぎる作戦だったね.....」


 ──とまあ、本来なら聞こえるはずのないその声が、痛みと颯太のルー○の理由でもあった。


 「──マイカ.....?」


 「背中に乗せてあげられれば良かったんだけど、ちょっと荒っぽいことしちゃってごめんね。」


 ──よく見ると、左脇腹に噛まれたであろう歯型が薄らと残っていた。とはいえ別に噛みちぎられた訳でもなく、マイカがあの一瞬で颯太を咥えて救出してくれたことだけは分かった。


 「──どの道器用すぎて空いた口が塞がらんのだが──」


 ──それはともかく、作戦の方だ。

 第一段階として考えていた椙野へのスタン攻撃は、想定していたよりも何倍も完璧に成功した。


 「闘也、怪力っ娘、外に出るぞ!ここじゃ分が悪い!」


 「お──おう、了解!」



 という訳で第二段階、外への退避だ。

 マイカのみを屋内に残し、ストライカー勢は外に出て、第二戦線を張る。椙野のスタンが解け次第、マイカの誘導によって椙野を第二戦線に誘い出し、外でマイカとの4人体制で戦ってしまおうと言うところだった。


 「──リザーブ組は全員外に出れたな。後はマイカ、危なかったら回避優先だ、なるべく怪我無しで終わろう。」


 「分かった。でも、皆も油断しないでね?」


 「勿論だ。じゃあ、よろしく頼む。」


 そうこうしているうちに、颯太とマイカが椙野のスタンが解けたことを確認し、颯太は第二戦線へと退避、マイカは集中して椙野の攻撃の回避と第二戦線への誘導の任務に入る。



 ──ここまで順調だった。

 だが、ここで急遽椙野に異変が起こる。


 「──ぅぐうぅっ.....!!」


 ──先程まで本物の肉食獣のような声を出していた椙野が、突如蹲ると同時に、人間時代を彷彿とさせるような声を出す。


 「──どうしたの.....?」


 明らかに異様な状況に、マイカは思わず声を掛けてしまう。

 だが、別にそれは"ストラゲラの発作"などでは無い。


 「──グウゥゥゥウウオオオォォオオオッ!!!!」


 ──甘く見ていた。

 一度戦ったことがある、一度勝っている。


 ──だからどうした?


 「──グァオォッ...!!!」


 短い咆哮一発。

 先程苦しんでいた椙野を心配して警戒を解いてしまったマイカに向かって、まるで別物の攻撃が飛んでくる。


 「──っ!!?」


 強化個体となった椙野の攻撃は、単純な突進攻撃。

 だが、これまでマイカが見ていたものと似て非なる、圧倒的なパワーと速さを伴った突進攻撃だ。

 直前に反応したマイカでは避けようが無かった。


 「わあああっ.....!!!」


 被弾したマイカの軽い体は、物凄い速度で宙に浮かび、施設のメインエントランスの壁を破壊し、第二戦線の颯太たちのもとまで飛んで行った。


 「──マイカ.....!?」


 予想だにしていなかった光景に、思わず颯太は唖然とする。

 それを察したマイカは、飛ばされながらも大声で叫ぶ。


 「みんな逃げて──!!!」


 ──警告が数秒遅かった。

 次の瞬間、覚醒した椙野によって第二戦線ど真ん中に攻撃が撃ち込まれ、さらに何度かの追撃により三人が全員蹴散らされていった。


 (──そんな──)


 その光景を目の当たりにしながら、マイカは地面に不時着するようにバウンドした。

 目の前に広がる光景は絶望である。第二戦線は呆気なく崩壊し、最早そこに誰が居たかも分からない程、その場にいた三人は遠くに吹き飛ばされていた。


 「──グウゥゥゥウウオオオォォオオオッ!!!」


 高らかに咆哮をあげる椙野を前に、マイカの心臓が悲鳴をあげるように速い鼓動を刻んでいる。これまで戦いではかいたこともない冷や汗が、額から滴り落ちて前足を濡らす。


 (──舐めてた──こんなに強いなんて──)


 ──椙野はどうやら意識も朦朧としているらしい。

 恐らく、寄生した怪物の圧倒的なパワーのせいで、中身の肉体が付いてきていないのだろう。そんな不完全体ですらこの破壊力を持つのだ。持久戦などしようものなら、跡形もなく破壊されるであろう。


 (──でも、それでも許せない──!)


 マイカは疲労により上手く動かなかった右前脚で、ドンと踏みつけるように地面を叩き、呼吸を整える。


 (──許せない!みんなを傷つけるコイツを許さない!!)


 ──奥の手が発現した。

 体温がとてつもなく高くなり、今にも噴き出しそうな熱い血が全身を駆け巡る。四肢にガクッと震えが来たかと思えば、筋肉によって膨張し、さらに太さを増して貫禄を感じさせる。

 それに呼応するかのようにマイカの感情も高ぶり、普段優しく微笑んだり子供っぽい笑顔を見せるマイカだが、牙を剥いたりすることは無くとも、その冷酷なまでの無表情が、マイカにとって心の"何かが外れた"ことを伺わせる。


 「──許せない。許さない。私の前から──消えて!!」


 その勢いのまま踏み込んだマイカ。

 だが、まさしく圧倒的だった。コンクリート敷きの地面が耐えきれず少し抉れ、マイカの一歩一歩の足跡が、コンクリートに凹みを作っていく。

 その速度も圧倒的であり、今まで最速でも時速80キロだの言っていたが、本調子を伺わせるかのように、恐らく最高速度の120キロまで数歩の加速で到達しているのだろう。覚醒した椙野ですら追い付けない圧倒的な速さだ。


 「──ッ!?」


 ──それに椙野が気付いた時には既に遅い。

 最高速度まで加速したマイカが、十数秒周りを走り回って加速して勢いを付けたと思えば、突如標的を変えて椙野の背中、コアに向けて左前脚でロケットパンチを繰り出したのだ。

 椙野も直前で気付いたが反応が間に合わず、神速の成すままにコアの耐久値をごっそり削られて一気に大ピンチとなった。


 「──グウゥアアアアゥオオォォオオオオオッ!!!!」


 あと一発でもマイカの攻撃を喰らえば終わると踏んだ椙野は、強烈な咆哮の後、悪足掻きとでも言うように吹き飛ばした颯太を道連れにしようと、颯太の方へと全速力で走る。

 元は直立二足歩行の人間だった二人が、四足歩行で、しかも人智とかけ離れた速度でチェイスするが、最高時速120キロと圧倒的な加速力を誇るマイカには勝てるはずも無く、颯太までの距離をあと半分に詰めた所でマイカに後ろ斜め右方向から左に突撃を喰らい、椙野は吹き飛ばされる。


 ──起き上がろうと四肢に力をいれようとした瞬間──


 「──バイバイ、悪い怪獣さん。」


 マイカはそのコアに食らいつくように牙を剥き、コアの耐久値を全て削りきった。


 コアを削り切られた椙野は再び人間に戻る。

 一度は颯太たちに討伐され、徐々に人間に戻りつつあった椙野だが、再び怪物に取り憑かれ、颯太に絶望を与えた巨大化猫として対峙した。

 ──恐らく、マイカが居なければ椙野が勝利していただろう。


 (──このままじゃ、本当にみんなやられちゃうな──)


 放っておけない、それだけで颯太の誘いに乗ってリザーブ組に加入したマイカは、その判断が正解だったことを痛感した。

 仮に自分があそこで断っていたらどうなっていただろうか。


 「──また、お前に全部頼っちゃったな──」


 椙野とマイカの超次元的な速度の戦いに置いてけぼりを食らっていた颯太たちが、マイカのもとに寄ってきた。


 「あんなの、普通なら反応できないよ。私がいなかったら本当にみんなやられてたかもしれないね──」


 「──実際、凄い速さだった。俺と怪力っ娘が二人でやった時よりも、最初の時点で大分速かったのに、第二形態になった時には、もう対処のしようも無かった.....」


 「せやな。正直目で追うのが精一杯やった。私は動きそんな速くないから、多分反応しきられへんかったと思う。」


 ──颯太、結愛がそれぞれ実力不足を実感する。闘也は何も語らなかったが、その拳が悔しさを物語っていた。


 「──マイカ、明日から訓練をもう一度始めよう。俺たちはあれをクリアしないと、とてもじゃないけど一線で張り合えない気がする。」


 「──うん。颯太くんたちが乗り気になってくれたみたいで良かったよ。ハンデ無し、颯太くんたちがタッチできるまで続けるからね。」


ー‐ー‐ー


 ──まあ、訓練の模様は前にもご紹介したので割愛する。

 日付は7月となり、7月1日を迎えた。


 「そう、そんなことが起きていたのね.....」


 顔出しを終えた穂波が帰ってきたと同時に、椙野の件が颯太たちから報告された。

 もっと驚くと思っていたが、意外と淡々と語られて拍子抜けする。まあ、そんな反応も穂波らしいと言われれば、残念ながらそれまでなのだが。


 「──過去に怪物となっていた人間に再び取り憑くって言うのは、前々から知られてたことなんですか?」


 「そうね、知ってはいたわ。あくまで"理論的にそうなる可能性が高い"って、そう言う理論を聞いただけなんだけど。」


 はぐらかしているように感じたが、穂波の説明は筋が通っている。実際、泉大津で怪物を扱い始めたのはつい最近、恐らく怪物だった"中の人"の再びの怪物化が起きたのは、ここでは初めてのことだったのだろう。


 「──椙野さんのことは任せておいて。精神的に不安定になる可能性もあるけど、そこは和花たちに任せるし、再度怪物化なんてしようものなら、命に関わってくるわ。」


 ──現に、怪物化は"中の人"へのリスクが高いのだ。


 怪物化はその人間が元来持っているよりも圧倒的に強いパワーを発揮する。つまりは20馬力が限界の車を無理矢理改造して100馬力くらいで運転するようなものだ。

 然るべき措置を取れば後者のことはどうにかなるかもしれないが、基本的に"限界値"があるもので、そんなことをすればボディに深刻な問題が生じるのは必須である。

 怪物との戦いでストライカーがなるべくコアを狙って早い討伐を目指すのがそういう所で、強い怪物であれば強いほど、そして時間がかかればかかる程、"中の人"に無理をさせ続けることになり、救出確率が一気に下がっていくのだ。


 「──椙野さんは一度目でもそれなりに体を壊していたわ。それでも復帰して、リハビリして、ようやく平均的な女性くらいの体力に戻せるかってところだったんだけど──」


 ──椙野も働き盛りの女性だが、そんな椙野の肉体すらも怪物が蝕んでしまう。代償が大きすぎる。


 「何れにせよ、椙野さんの件は上に報告して、こっちで対処することになるわ。もう少しで主力も帰還するから、本当に少し休んでなさい。貴方たちも体壊すわよ?」


 「──今のところはなるべく休むようにしてます。」


 「嘘おっしゃい。マイカちゃんとお戯れなのバレバレよ。マイカちゃんがいくら疲れてないからって言っても、その体力について行くのは人体では限界があるんだから。」


 ──マイカとは普通に人語で話しているが、残念ながら種族が違う。一緒だと思っては行けない。


 (──俺たちには限界があるのは事実だけど──)


 「──そりゃ、マイカちゃんに全部任せっきりみたいな戦いになってて、焦る気持ちも分からなくはないわよ。でもね、急がば回れとはよく言ったものよ。ストライカーは体を壊してしまえば、選手生命が終わるんだからね。」


 「──そう、ですね.....」


 少し悔しくはなったが、ぐうの音も出ないことを言われてしまい、颯太は少し休息を取らざるを得なくなった。後々マイカに説明するのが少し面倒になりそうだ。



 「じゃあ、こんなもんかしらね。報告ありがと──」

 「穂波先生!!」


 立ち上がり、報告の礼を言おうとした穂波に、間髪入れずに沙梨が怒鳴り込むように飛び込んできた。


 「──騒がしいわよ沙梨、何があったの.....?」


 「椙野さんの容態が変なんです.....!」


 「──!?」


 穂波が焦って走り出そうとするが転びそうになった。それだけ大慌てせざるを得ない事態なのだろうか。


 「──穂波さん、おんぶしていくので乗ってください。その方が早いんちゃうかと思うんですけど──」


 「ごめんね結愛ちゃん、お願い。」


 ──走ることすら不安になってくる穂波を背負い、流れるままに椙野の病室へと二人も乗り込んだ。



 「──ヴゥゥアアアァァアアァッ!!!ガアァァアッ!!」


 ──病室に入ると、とんでもない叫び声が聞こえてきた。

 思わず颯太が手元から傘を構えようとしたが、今は残念ながら手持ち無沙汰だ。


 「──これは──」


 昨日討伐したばかりの怪物がまた取り憑こうとしているかのようだ。椙野は丸くなって蹲り、頭を抱えて唸ったり、叫んだりを繰り返している。


 「──颯太くん、見たらアカン。こんなん──」


 その光景に唖然としていたところ、颯太は引き倒されるように結愛に引っ張られ、肩に抱かれて視界を塞がれる。

 だが、現に青少年の教育上宜しくないだろう。骨格が変形した女性が、ありとあらゆる肌に自傷行為をしながら暴れ回る、まるで何かに狂ってしまったかのようなグロ映像。結愛も颯太を抱きながら、その内心はグルグルと渦巻くように、どこか気持ち悪さをも感じている。


 「──鎮静剤を打ちましょう。このままだと何をし出すか分からないわ。」


 「はい。結愛ちゃん、颯太くんを外に出してから押さえるのを手伝って。3人がかりで行くよ。」


 「──分かりました──」

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