第1章 No.04 リザーブ組
このあたりから思想が強くなってきます。もしも気分が悪くなったという方は、すぐに閲覧を中止しブラウザバックし、ここから先には進まないことをオススメします。
なお、当小説はここからが本番ですので、これにて気分を害されることがあっても、こちらでは一切の責任を負いかねます。ご了承ください。
なお、未来が舞台であることからわかる通り、本作に登場する架空の人物や団体・企業等の名前は全てフィクションですが、一部歴史上の人物などは実際の人物を本にしていることがあります。
颯太と結愛へ絶対安静が呼び掛けられてから少し経ち、6月29日の診療で二人とも無事が確認された為、この日を以て絶対安静は解除、軽い訓練を行うことになった。
ただ、現状訓練用の専用品が不足している状況で、泉大津のメンバーが行う正規の訓練ができない状況にあった。
──ただ、その訓練と言うのが──
「──キツすぎ──」
「──前から思ってたけど、颯太くん体力ショボイなぁ.....」
──そう言う結愛も汗をかいており、少し息を切らしている。まあ、地面に突っ伏し動けなくなっている颯太よりはまだマシだが。一方の闘也も膝に手をついて息を切らしている。
──そして、ただ一人平気な顔をしている化け物。
「皆疲れるの早いよ.....」
「──それ以上余計なこと言ったら今日からお前の名前"妖怪・無限スタミナ"にするからな?」
「うわ.....それはちょっとどころか結構嫌かも.....」
──的確にマイカの嫌いなところをついて黙らせるセンスだけは一級品だが、現状颯太は負け組である。
と言うのも、リザーブ組をここまで追い込んでいるのはマイカが考案した訓練であり、全速力で逃げるマイカの体に触れたら終了、という、一見優しい訓練である。
──だが、実態は高速道路の車のような速さで走り回るマイカの体に触れる、鬼のような難易度のキツい訓練なのだ。
これを全く悪意なく提案できるマイカも末恐ろしい。
「──ちょっとくらい手加減してくれてもいいんじゃねぇのか──普通に考えて、時速──何キロだっけ?」
「えっ?えと、体調にもよるけど、調子が良かったら多分120キロは出ると思うけど──」
「ああ120キロな──120キロ!?」
──何と驚き、高速道路ならオービスが光るレベルだ。
当然、範囲制限を受けているために、この狭い範囲で時速120キロなど出るはずが無いが、それでも"神速"と呼ばれたあの加速力を見れば、恐らく最低でも80キロは出ているだろう。
さらに言えば、マイカは成人の匍匐前進くらいの高さしか無く、それを仕留めにかかるには前屈みになる必要があるが、前屈みになるとその後起き上がるまでに時間が掛かるため、"ここしかない"というタイミングでトドメを刺す必要がある。だが、その"ここしかない"隙を、マイカの利きすぎる小回りが撹乱し、結果的に誰も触れない無理ゲーが完成するのだ。
「──そら無理な訳やわ.....」
思わず結愛もため息をつく。
実際、訓練開始からまもなく30分。マイカの体に触れた者はおろか、その残像すら捉えた者も居ない。それだけマイカの速さ、スタミナが圧倒的なのだ。
「流石にやり過ぎかな.....?」
「.....気付くのが30分遅いよ.....」
汗もかいていないように見えるマイカに対し、汗だくで息を切らし、約1名倒れて動けないのを筆頭に、動きが鈍っている三人を見て、流石のマイカもやり過ぎだと気付いたのか。
「そうだな.....でも、普通に避けながら走ってたら、気付かないうちにあれくらいの速さになっちゃうから──」
そこまで言って、マイカは何かを閃いた。
「そうだ!重さを乗せたら動きが鈍るんじゃないかな?」
「──負荷をかける、要はハンデって事か.....」
恐らく実年齢としては三人の誰よりも若いマイカが、自分たち相手にハンデを使うというのは、舐められているような気がしてならないもの。
だが、実年齢だの子供だの、そんな事を言い訳にしていれば、永遠に終わらない地獄が続くことは確定だ。
「名案かもやけど、何で負荷かけるん?マイカちゃんの重さってまだ小さい子供と同じくらいやし、2、30キロくらいの重さかけたら大分動き鈍ると思うけど.....」
「つっても、砂袋を大量に乗せるのはこの小さい背中には無理があるだろ。なら、四肢に金属の重りを取り付けた方が負荷掛かって動き鈍ると思うけど.....」
──確かに、重さが分割する背中にモノを乗せるよりは、小さい重量だとしても四肢の一本一本に重りを付けた方が、負荷としては大きくなるだろう。例えるなら昔囚人に付けていた足枷の錘のようなモノだ。
「──動きに自由度があったら、マイカの動きだと怪我しちゃうかもしれん。本当に腕に取り付けられるようなヤツは無いか?」
「一応私の筋トレ用のオリジナルのリストウェイトはあるよ。マイカちゃんの足にフィットするかは分からんけど、15キロあるから合計60キロの負荷にはなるで。」
「──リストウェイトって1、2キロ、重くて5キロくらいが普通じゃ.....?」
──兎にも角にも、やってみなければ分からない。
マイカの前後両足の足首にもフィットするように、結愛が自作していた調整紐付きの巾着袋のようなリストウェイトをマイカの四肢に取り付けた。
合計すると60キロ、一般人がこんなものを付けてしまえば動けなくなるのが必須だが、感触を確かめるためなのか、マイカは15キロの負荷を軽々と片方の前足で持ち上げ、くるくると回し、そのまま2、3回ジャンプしてしまう──動きが鈍くなった気がしないのが恐ろしい。
「──効果があるか怪しいな.....」
「私でもこれ付けたらそこそこ"くる"んやけどな.....」
──こんなものを日常的に付けながら筋トレをしている結愛も大概ではあるが、一方のマイカ、この少女──少女なのか?いや、まあ少女だ。この少女のパワーは恐ろしい。
「じゃあ延長戦行ってみよ!ルールは一緒ね!」
「──おう──」
「よーい.....ドン!」
セルフ掛け声を出してからマイカは飛び出した。
流石に動きが鈍くなるだろうとは思っていた一同、しかし、その動きにあまり変化が無いように見える。
「──嘘やろ.....?」
流石に自分ですら未経験の領域にいるマイカに、怪力っ娘こと結愛もドン引き。
先程結愛も言っていた通り、流石にリストウェイト60キロは結愛でも中々の負荷がかかる。このマイカの動きには、一切の負荷も感じられず、デバフをも乗り越えている感じまでしてしまう。
「俺たちが仲間にした女の子は、想像以上の化け物だったみたいだな.....」
──逆に何キロの負荷を掛ければ動きが止まるのか。
「──捕まえられなかったらそれこそ地獄の耐久訓練行きだ.....このチャンスを生かすしか無い.....!!」
それでも全員、悪意無きスパルタ教官によるこれ以上の地獄の訓練を長引かせたくないという一心で飛び出す。
──20分後──
「──何でだよ──」
三人は地面に膝を付いていた。
60キロの負荷があろうが、マイカを捉えるなど出来ない。
当然、流石にマイカの動きは少し鈍っていた。
それでも速度が時速5キロ前後落ちた程度、加速力に若干のデバフが掛かった程度であり、惜しい場面は何度かありつつも、結果としてマイカの残像にすら触れられなかった。
「こんなんじゃ怪物とろくに戦えないよ.....?」
三人の満身創痍を察し、マイカも少し休憩する。
「──いや──速いって──」
「マイカ半端ないって──あいつ半端ないって──」
──ここで某名言が飛び出しそうになるがカット。
だが、実際に常人なら動けなくなる程のレベルであるリストウェイト合計60キロを、数パーセントのデバフだけに抑えてしまうのがマイカのパワーだ。
実際半端ない。「そんなん出来る普通?言うといてや、出来るんなら──」が通用する程だ。
「怪力っ娘、リストウェイトってまだ在庫ある.....?」
「え?──うん、まあ──洗濯替え用とか予備合わせたら、今使ってるヤツと、あと5セットはあると思うけど──」
──ここで颯太は悪魔のような事を言い出す。
「──全部持ってこい──」
「え.....?」
「──あるやつ根こそぎマイカに取り付けろ──負荷も替えて最大限重たいやつをマイカにお見舞いしろ──」
「──え?.....えっ!?」
──足一本につき90キロ、合計360キロと言う訳の分からない負荷に身の危険を感じたマイカは、即座に訓練の中止を申し出るのだった。
ー‐ー‐ー
「楽しそうで何よりね。」
電話口、リザーブ組の訓練の様子を聞いた穂波は、少し微笑むようにそんなことを言った。
『──今はそんな感じでわちゃわちゃやってますけど、そのうち実践訓練もやらなあかんのですから、予算の方も付けといて下さいね?』
「──前向きに検討するわ──」
電話で話しているのは結愛だった。
そして予算の話になり穂波の機嫌が一気に悪くなる。
「──そんなことより、メンバー集めの方は順調?確か吉野くん(闘也)の友人のストライカーが来てくれるって聞いてはいたけど、その後は全く音沙汰無しだったかしらね。」
『闘也さん曰く、近日中に一人、そして少し時間は掛かるらしいですがさらにもう一人、どうやら海外からお友達のストライカーが応援に駆け付けてくれるそうです。』
「あら、"経験豊富な方々"が応援に来てくれるとは、頼もしいことこの上ないわね。 」
──穂波の言い方だと、今の日本における怪物の大量発生が、過去にも海外で起こっていたという解釈ができる。
『──この辺のこと、颯太くんにはどう説明しといたらいいですか?』
「そうね。別に"怪物どうこうを隠しておく必要は無いから"、海外でも今の日本と似たようなことが起こっていたって、そこは素直に教えてもいいんじゃないかしら。」
──まるで二人が口裏合わせをしているような会話だ。
『──せやけど、やっぱり颯太くんには早めに教えといた方がええんとちゃいますか?知るのが遅れれば遅れるほど、多分颯太くんにとっても傷が深くなるんちゃうかなって.....』
「──そうね──」
──穂波は答え方に少し迷うが、少し考えてから敢えて少し冷たい答え方をする。
「私はあくまで颯太くんを戦力としか思っていないから、その戦力を意地でも失う訳にはいかないのよ。だからこそ、"本当のことを知ってしまって、颯太くんが戦う意味を失うこと"が私に──私たちにとっては一番ダメージが大きい。そうなる事だけは避けなきゃいけない。颯太くんを保護した時にそう説明したはずよ。」
──電話口で結愛は黙り込む。
それは別に、穂波が戦時中の指揮官のように、颯太のことにはなんの配慮もしないような発言をした事では無く、また別の問題だった。
『──"アイソレータ革命"、それのせいで日本国、そして颯太くんの家計にもとんでもない打撃が走ってしまった。私はもう颯太くんに、取り返しのつかない程の致命傷が付いてしまったと考えてるんです。』
「──」
『──勿論、今の時世で甘いことを口走る程の余裕なんて無いことは分かってます。でも、私はそんな世の中で、颯太くんを戦わせることそのものに、あまり応援する気が起こらない。傷から血を出し続けて戦う颯太くんが──』
「.....それは、大切な人を思う気持ちなのね?」
『──はい。』
結愛が言葉を詰まらせたのにも理由はある。
そもそも颯太は別に穂波の家族や親戚という訳でもなければ、結愛にとっても生き別れた姉弟や、前世で婚約を重ねた挙句に成し遂げられず、現世で運命的に出会った訳でも無い。冷たい言い方をするならば、はっきり言ってただの他人だ。
だからこそ、このストライカーグループに、身寄りも無いまま一人で居候しているのにも、当然理由があった。
『──颯太くんは、"狂戦士"だった私に、戦う意味を聞いてきました。私にとってみればそんなものはどうでも良くて、そもそもストライカーになったのだって、友達に誘われて何となくだったのに──"何かを憎悪して"居たのか、その理由も、あるいは憎悪が誰に向いていたかも分からないまま、狂ったように戦っていた私を救ってくれた。まあ、戦う意味を教えてくれたのは穂波先生ですけど──』
「──止めてちょうだい。そんな大したことしてないわ。」
──そんな結愛には、颯太の戦う姿に思うところがあった。
『──だからこそ、颯太くんが嘘の上に踊らされて戦っているのは、正直言って見てられない。今じゃないとしても、近いうちに颯太くんには、真実を教えてあげたい──』
「.....そうね。よくよく考えれば、そう遠い話じゃないかもしれないわね。」
『──?』
──穂波が言った言葉の意味を理解できないまま、結愛は次の穂波の話題転換に見事に流される。
「そっちは大丈夫そう?」
『──恐らく、何とか大丈夫だと思います。討伐依頼が来ないことを願ってます。』
「今のところ、戦力不足を理由に泉大津は7月1日までお休みを頂いて、泉南とか中百舌鳥にカバーを頼んでいるわ。それに、阿部野橋、大阪城との合同作戦も明日には終わる予定らしいから、主力が帰ってくるのもあと少しね。」
──ちなみにこの時、穂波は作戦終了を前に阿部野橋にあるストライカーグループの本拠地へと向かっている。
合同作戦終了においての今後の対応などを、合同作戦を共に行っている阿部野橋、大阪城ストライカーグループの管理人と話し合う為である。この合同作戦に主力グループが全員出払っており、現状の泉大津で残っている戦力はリザーブ組のみ。
これを報告した結果、前回の異形の怪物の件も派遣会社側の村本が把握していた為、彼女の責任で泉大津は休業状態にしている。
『──主力の面々に、颯太くんのことはどう伝えれば──』
「しばらくは貴女も同様、隠れておきなさい。熱心なアンチが湧きかねないからね。私が説明するのが安牌でしょう。」
『──そう──ですね──』
少し不安げな返事をする結愛に、穂波は優しく語る。
「安心なさい。私のプライベートルームはセキュリティも頑丈よ。主力グループには立ち入ったら容赦なく"首を切る"って言ってあるし、リーダーの尚樹くんと、沙梨と和花には話を付けてあるから。まあ、懸念すべきはマイカちゃんが走り回ることだけど──あの子は大丈夫?」
『聞き分けのいい子だと思うので、恐らく大丈夫です。』
「そう。なら心配は無いわね。また何かあったら報告して頂戴。後で二人にも連絡しとくけど、そっちは任せるわ。」
『はい。穂波さんもお気をつけて。』
そこまでで通話は終わった。
──視点は変わって泉大津にいる結愛。
電話のため外に出ていた結愛は、電話を終えてリザーブ組の本拠地である穂波の自室の客間に戻る。
『──大阪府では、大阪市を中心に怪我人が後を絶たない状況となっております。昨日大阪府では、屋外における喧嘩により、5,776人の怪我人が出ており、うち1,214人が骨を折るなどの重症、46人が死亡しています。』
(──っ!?テレビの音.....?)
テレビキャスターが無感情で淡々と原稿を読み上げている。その内容は、交通事故や殺人事件があった訳でもなく、ただごく普通の一般人が路上で殴り合いの喧嘩を行い、大阪府だけで46人の死亡、5,776人の重軽傷者が出でいるという、一件すればとんでもない異常事態を伝えるニュースだった。
──だが、2055年4月以降、こんなニュースは最早日常茶飯事となっている。毎日47都道府県と淡路国で合計4万人以上が重軽傷を負い、90人近くが無意味に死んでいる。
「──嫌になるな。こんなニュースは──」
闘也が別のチャンネルに変えるが、変えた先も同じようなニュース番組があるのみ、さらにもう一つチャンネルを変えても似たようなニュース番組が流れる。
そしてそれ以外のチャンネルに変えようものなら砂嵐。2055年現在はパーソナルタブレット端末の普及によりテレビの需要が薄れており、2055年6月現在、地上デジタル放送はローカルテレビを除き2局のみ、そして大阪では関西ローカルのテレビ局が一つだけチャンネルを持っているだけである。
「──知らないだけで、毎日こんなに多くの人が傷付いているんだね.....」
マイカの声が心做しか低く聞こえる。
現に、フリー状態とは言え、半分怪物の体を生かし、マイカもかつては多くの人を救っていたはずだ。だが、彼女の頑張りはまるで意味を成さないと、テレビがダメ出しをしているようにも見えた。
「──これが今の日本の現状だ。俺たちストライカーグループでは対処のしようが無い、一般人同士の殴り合い──怪物どうこう以前に、こっちをどうにかしないと、今の日本の無駄死にが永遠に増えていく一方なんだが──」
──その先は言わずとも分かる。
ストライカー達の力は、一般人など簡単に殺してしまえるほどのモノだ。勿論、怪物と対峙するに必要不可欠な力ではあるのだが、その力は対人戦で、簡単に致命傷を与えてしまう。
そもそも一般人同士の諍いには不介入の立場を取っているストライカーだ。刑罰の執行の権利も無いのに、無闇にストライカーの力を振りかざして一般人の喧嘩に参加するのは、ストライカーという立場そのものを悪くしてしまうのだ。
「──」
──その一方で、沈黙を続ける人物が一人。
「──颯太くん.....?」
マイカが椅子を飛び降りて颯太の方に行こうとした時、言葉だけとは言え闘也が制止する。
「そっとしといてやれ。アイツはまあ──色々あってな。こういうニュースは死んでも見たくない人間なんだよ。」
「──え──ごめんね颯太くん──私が今の状況が知りたいって言ったばっかりに──」
──そもそもテレビを見たのはマイカの発案だった。
半分怪物となり、フリーランスのまま怪物の処理を行っていたマイカだが、それ以外のことは全く知らない。そもそも知る機会が無かった。だからこそ闘也が最も現実を教えるのに手っ取り早い方法を使っただけの話だ。
「──いや、いいんだよ。分かってここに居た訳だし──」
颯太は俯いたまま、目を合わせずにそのまま寝室の方へと向かった。
「──颯太くん──」
──去っていく颯太の背中を見て、マイカがなんとも言えない気持ちになって颯太の名前を呼ぶ。
闘也もまた、ただ俯くように椅子に座り込むだけだった。
──そのまま、今にも倒れそうな覚束無い足取りで寝室へと向かう颯太は、正面に立っていた結愛に気付かず、正面から衝突して倒れ込む。
その颯太の身柄を正面から受け止め、結愛は自分に凭れさせて抱きしめる。
「──怪力っ娘──なんの真似だ──」
なぜ自分を避け無かったのかと文句を言いたげな颯太だったが、そもそも正面に突っ立って微動だにしなかった結愛に気付かず体当たりしたのは颯太の方である。
「辛くなるのを分かってて、颯太くんはなんであそこを離れんかったん?」
「──何が──」
「マイカちゃんがテレビ見たいって言い出した時から、毎日意味もなく数字を羅列するだけのニュースを──颯太くんにしたら何より辛いニュースを見るのは分かってたことやろ。なんであそこを離れへんかったん?」
──颯太は枯れ果てた喉から声を絞り出す。
「──分かってはいた。こうなることも分かってた。でも、友達に会えて、お前もいて、仲間も少しだけできた、そんな今の状況なら、もしかしたら乗り越えられるかもって思ったんだよ.....結果は知っての通りだけどな──」
──その言葉が余計に辛くなる。
颯太にはどうしても乗り越えられない過去がある。それも、2055年4月1日、あの日に決まったどうしようもない悪法のせいで、日本国が民主主義の名のもとにネオファ○ズムに染まったあの日のせいで、颯太の身に起こった事件。
「──意地でも乗り越える必要なんて無い。颯太くんが辛い事は私だって、闘也さんだって分かってるんや──あんまり無理する必要なんて無いよ。」
「──別に、戦う理由が無くなった訳じゃない。こんなクソみたいな日本に、その掌の上で踊らされている国民の為なんて考えてないけど、怪物だけはダメだ。俺が怪物と戦うのは、無差別に人やモノを傷付けるアイツらを放っておけないからだ──でも、辛くなってくる。お前に前言ったように、何のために戦ってるのか分からなくなってくる。」
「──」
──かける言葉が見つからなかった。思い悩んでいるのは痛いほど分かるのに、過去に苦しんでいるのも分かっているというのに──
(──この戦いそのものが、颯太くんにとって望まない結果を生んでる──)
──それを思うと余計に辛くなってくる。
もう颯太に全てを話してしまいたくなる。無論、そうすれば最悪、リザーブ組ごと解散してしまう。颯太の心も"また"壊れてしまうだろう。
「──悪い。こんな事しても何にもならないって言うのに、お前に八つ当たりみたいなことしちゃって──」
先程結愛に凭れてから震えていた足がようやく元に戻り、颯太は結愛の拘束を解いて謝る。
「──八つ当たりって──全然違うような気するけど.....」
「──形は違えど、俺にとっちゃ意味合いは大して変わらねぇよ。悪かったな。」
──別に、悩みや辛さを他人に吐き出すことは八つ当たりでは無いが、颯太はどことない罪悪感のようなものを覚えていたのかもしれない。
──だから、結愛はただ一言だけをかけることにした。
「──別に、悪いことちゃうで。思い出して辛くなったら、いつでもお姉さんに泣きついてきたらええやんか。」
そこまではいいシーンだと言うのに、颯太がそれを全て破壊しにかかった。
「──こんな"頼りない"お姉さん嫌だな.....」
「はぁ!?もう一回言うてみぃや!?」
颯太のポロッと零れた言葉が結愛を憤怒させる。
まあ、別にこの二人は姉弟を目指しているわけでも、実の家族でもない。つい最近出会い、つい最近知り合い、つい最近仲間になっただけの関係値である──まあ、結愛の方はとある言葉でアプローチはしたようだが。
「──相変わらずだな颯太.....」
「闘也!?どっから居たんだ?」
──と、ここで闘也の登場により一気に流れが変わる。
「──そりゃまあ、涙が溢れそうになったよ。感動的なハグに、悩みを打ち明ける主人公、慰めるヒロインと──」
「脚色しすぎだろ!?」
──颯太がツッコミを入れるが、既に重要なところは見られているので、これ以上何を反論しても遅い。
「颯太くんもちょっと可愛いところあるんだね。」
──さらに決め打ちのマイカ登場。
結愛をキレさせた挙句に恥ずかしいところを見られ、挙句三方向から腹が立つ程にニヤニヤした顔で見られていた。
「──こうなりゃヤケだ!全員表出ろ!!ぶっ飛ばしてやる!!」
「え?颯太如きが、か?」
「颯太くんに飛ばされるほどヤワな体じゃないわ。」
「そもそも訓練では一回も触れなかったクセに?」
──流れるようなオーバーキルを食らった颯太の顔は、今まで見たことが無いほどに真っ赤になっていた。
とまあ、こんな感じでリザーブ組の四人は割と仲良くやっている。これからどんな物語が続くかは分からないが、今後もこうして楽しい日々は変わらないのだろう。
──恐らく、変わらないと信じたい。
ー‐ー‐ー
「──智樹ー?」
木造、かなり古びた昔ながらの建物に、20代前半くらいの背の高い女性が帰ってくる。
どうやら急いで帰ってきていたようで、スーツのコートを脱ぎ捨てると、インナーだったカッターシャツに汗が染み込んでいる。
「──流石に居るわけないか.....」
──というのも、仕事中に突如仕事場に掛かってきた電話で、弟が突然学校から居なくなったという連絡を受けた。
学校にはどこを探しても居ないらしく、上司の指示で仕事を切り上げて、まず荷物を降ろすのと、家に帰ってきていないかを確認するために帰宅したという訳だ。
「──?」
だが、奥の方に気配を感じた姉は、弟の部屋を覗く。
──そこには──
「──智樹.....?」
「────」
無言のままこちらに向き直り、俯く弟を見つけた。
「──智樹──心配したんだから。急に学校から居なくなったって聞いて、どうして家に帰ってきてたの.....?」
弟の部屋に一歩踏み入れた姉だが、そこで足が止まる。
──何かが変なのは明白だが、明らかに様子がおかしい。
「智樹.....?」
そして先程から、姉の問いかけにも一切答えようとしない。
流石におかしいと、姉は駆け寄って体に触れようとする。
「──智樹──」
「──ヘイワ、カクメイ、スベテビョウドウ──」
──まるで機械音声だ。
全く抑揚の無い、呟くような声が発せられ、流石に弟の様子を放っては置けなくなった。
「──智樹!!」
姉は弟の肩を掴んで揺さぶる。
が、揺さぶられたまま、一切の抵抗もしない。
「──アダナスモノ、テキ、スベテハイジョ──」
──それどころか、機械のように呟き続けている。
「智樹ってば!返事してよ!どうしたの──」
──ヘイワ、カクメイ、スベテビョウドウ。
──アダナスモノ、テキ、スベテハイジョ。
──ヘイワ、スベテビョウドウ。
──カクメイ、アダナス、テキ、スベテハイジョ。
「ヘイワカクメイスベテビョウドウアダナスモノテキスベテハイジョヘイワスベテビョウドウカクメイアダナステキスベテテキハイジョヘイワカクメイ」
──狂ったように、6つの単語しか出てこない。
明らかに気が狂った弟に、姉は小さく悲鳴をあげて、何物にも形容しがたいほどの恐怖を覚える。
「──スベテハイジョ、スベテハイジョ──」
──弟の体、心臓の直上に、四角い立方体が現れる。
弟の体がガクッと揺らぎ、どこに隠していたのだろうか、両手に包丁を取り出して構える。
「──え──」
「──ッ!!」
──弟の刃が、姉の腹部に襲いかかった。




