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第1章 No.03 半分

 ──何が起きたのだろうか。

 全くもって人間には理解できない超常現象が、今まさに目の前で起きたのだ。


 (──あんな小さな子が──信じられへん──)


 "神速"が土煙のみを残して消えると、先程突撃を行っていた怪物が、真反対の方向へと吹き飛んでいるのだ。

 目にも止まらなかったのだ。"神速"が地面を一発蹴りこんだ、ただそれだけで地面が抉れ、その体が異次元の家族と運動エネルギーを伴って、怪物の突撃をも跳ね返したのだ。


 「────!!!??」


 これには流石の怪物も大困惑。

 更には打ち上がった怪物を相手に、"神速"は素早くコアを切り裂いて攻撃し、空中で怪物を地面に叩きつける。

 怪物には反撃の隙も無く、戦いが始まって僅か数秒、怪物のコアを見事に削りきった。



 (──ほとんど"怪物"に等しい存在、なのに人に危害を加えるどころか、私たちを見つけた瞬間に怪物(向こう)を敵視して攻撃、討伐した──これが"神速"なの──?)


 「──大丈夫?」


 「えっ.....えっと──」


 考えを巡らせていた瞬間、その当本人から話しかけられ、結愛は言葉選びに迷った。


 「──大丈夫、じゃないかな.....怪我しちゃって、動けなくなってるから──」


 「酷い怪我だね.....もう少し早く見つけてたら、こんなことになら無かったかもしれないのに.....」


 「──寝返りだけ手伝ってくれる?連絡だけしたいんだけど、携帯電話がお腹の方のポケットに入ってるの──」


 そう言うと、"神速"は結愛の服を前足で引っ張って寝返りをうたせる。よく見ると前足だけは微かに人間である。


 「ありがとう.....」


 「結愛!大丈夫か!」


 そこまで終えて、恐らくこちらも怪物の戦いに唖然としていたであろう闘也が、颯太を背負って遅れて駆け付けた。


 「──負傷が結構ヤバいかも.....喋ってるのも若干辛いし、沙梨さんに連絡とって、医療班の予約も取っとかないと.....」


 そう言いつつ、結愛はハンズフリー型の携帯電話を取り出して耳に付けると、そのままコマンドを音声入力して沙梨に連絡を取った。

 このタイプは2055年現在、ガラパゴス携帯に変わる新しい"余計な機能の無い"携帯電話であり、値段も月々680円程とお得である。実体は現在のハンズフリーイヤホンのような大きさと、そのイヤホンの充電装置のような操作板のみであり、ボタンを押し、声でコマンドを入力し操作する。


 「──にしても、とんでもない戦闘力だったよな、見た目もあれだが──お前さん、何者なんだ?」


 「私──えっと、私はマイカだよ。でも、私も私のことあんまりよく知らないから、それ以上は分かんない。」


 ──あまりに不審すぎる。

 怪物と成り果てていれば、記憶が無かったり、あるいは意思疎通もままならない、そんなことも当たり前のように感じるだろう。人間を襲うモノは決まってそんなようなものだ。

 だが、マイカと名乗ったこの少女は、見かけこそ怪物サイドに近いものがあるが、意思疎通も可能、但し記憶は不鮮明。そして人間には何故か危害を加えない。


 「マイカちゃんは、どうしてまた怪物狩りをするんだ?」


 闘也の言葉にマイカは首を傾げる。


 「よく分かんないけど、皆に酷いことするあいつらは敵だよね。だから戦っただけ。なんか変かな?」


 「──そうか──」


 見た目で判断すれば嘘を疑いところだが、マイカの言葉には淀みを感じない。だからこそ余計に、このマイカという少女の考えがさっぱり分からない。


 「──えっと──」


 そしてこの状況をさっぱり飲み込めないのは、結愛の連絡を受けて駆け付けた沙梨だった。


 「──マイカちゃん、だっけ。詳しいことを聞きたいから、ちょっとだけついてきてくれる?」


 「え?う、うん、いいよ。」


 ──取り敢えず、これ以上事態が長引くのを避けるため、結愛の発案でマイカを泉大津に連れ帰ることになった。



 兎にも角にも結愛と颯太の治療が最優先であった為、後に合流予定だった関空防衛団には挨拶もせずに現場を後にし、沙梨がバスを飛ばして10分程で泉大津に到着した。


 「──先輩お疲れ様です。それで二人は──」


 「お迎えありがとう。治療室で早めに準備をお願い。颯太くんと結愛ちゃんはすぐに運ぶわ。」


 「了解です。」


 医療スタッフ兼、この泉大津の管理のうちヘルスケアを担うのが彼女、春木和花(はるきわか)である。2031年4月11日生まれの現在24歳。同じく施設管理を担う穂波、沙梨の後輩で、彼女は医学部の出身である。


 「──で、"神速"ちゃんは同席してるのかしら。」


 そこに姿を現したのは穂波である。事前に連絡し、マイカを連れていくことは了承してもらっていた。


 「──しんそく.....?」


 「ああ.....マイカちゃんはあっちのお姉さんについて行って欲しいんだけど、大丈夫?」


 「.....?うん、分かった。」


 言われるがまま、マイカは穂波について行った。



 「──えっと、マイカちゃんだっけ?」


 「うん。マイカ。上の名前は忘れちゃった。」


 穂波が事情聴取のように質問をしてはメモを書いていく。

 だが、何度聴いてもやはり違和感がある。そもそも名前を覚えていないことなどあるものなのか。


 「取り敢えず、私たちに害が無いことは確かなのね?」


 「──もう、見た目で判断するんだから.....」


 明らかに距離を取っていたり、その言葉も恐る恐るだった穂波に対し、マイカは頬を膨らませる。

 確かに見た目で判断するのは人間関係で悪手ではあるが、それでも人体とかけ離れた姿、さらにはこのように怪物が跋扈するこの現代で、マイカのことを警戒せざるを得ないのが正直なところだ。


 「──確かに、今まで助けた人たちも、ありがとうって言ってくれる人が多かったけど、みんなどこか私を遠ざけてたって言うか、なんて言うか──」


 「──世が世だから、そこは仕方ないわね.....」


 マイカの頬はまだ膨れたままだ。


 「まあ、私たち研究者にとって、それこそが一番面白い研究材料だったりするんだけどね。 」


 「──"けんきゅー".....そうなんだ。」


 ──恐らく意味は理解出来ていない。


 「そもそも、あなたの体はどうしてそんな事になっているの?多分、普通の人間が出来ることはほとんど出来なくなっているんじゃないかしら。」


 「そりゃ、両手はずっと地面につけっぱなしだし、立つことも出来ないから、高いところのものはジャンプして取らないといけないから大変だよ。」


 前置きを一つおいて、マイカは本題を話す。


 「──今の日本の"上の方"がおかしくなってるのはわかるでしょ?私はそこから生まれてきたんだよ。」


 「──あなたまさか──」


 想定していた回答を遥かに超えるインパクトに、穂波は言葉を失った。

 何を察したのか、近くにあった花瓶が転げ落ち、地面に叩きつけられて粉々に割れた。


ー‐ー‐ー


 ──6月27日、時刻は午前1時前を指していた。


 「──あれ.....?」


 目が覚めると、昼間で少しだけ雲が目立つ青空とは打って変わって、薄暗い部屋の天井が見えた。


 (──確か、戦ってる最中に相手の攻撃を食らって──)


 颯太が体を動かそうとすると、何かの感触と共に、首が軽く締められて身動きが取れなくなっていることに気付く。


 「──起きたんか.....」


 「──状況を理解した上で質問だ。なんで俺は今、お前によって公開処刑(ひざまくら)されている?」


 ──こういうイベントは他の先生方の小説だと主人公とヒロインが距離を詰めるドキドキシーンなのだろう。

 だが、無情にも今、颯太の鼓動は平均値以下を保っている。


 「お互いに絶対安静って命令食らったけど、私も颯太くんも、起きたら多分動いてまうやろ?だからこその妥協案。颯太くんを締め上げといたら動かんやろし、一方で颯太くんを膝に置いてる間は私も動かれへん。どうや?効率的やろ?」


 「飲食、排泄、エコノミー症候群。解決すべき問題しか無さ過ぎて没案だ。今すぐ解放しろ。」


 「相変わらず冷たいと言うか、現実主義と言うか──」


 だが、結愛は拘束を解く気は無いようだ。


 「──もういいや、あの後どうなったか教えてくれ。」


 「.....多分、あのままやと全滅してたと思う。運良くマイカちゃんが来てくれんかったら──」


 「──まいかちゃん?誰だそれ.....」


 ──なお、颯太は怪物の一撃により気を失っており、マイカが登場した件の間もずっと気を失ったままだった為、そもそもマイカが誰かどうかも知らない。


 「今穂波さんが色々調べてるらしいから、会うのはまた後になると思う。」


 「調べてる.....?」


 「──まあ見れば分かるんやけど、体の下半分が怪物の体をした女の子なんよ。なのに、お喋りも出来るし、人間を襲わない。どういう存在なのか分からへんのよな.....」


 「また訳の分からないヤツが来たのか.....」


 ──呆れたような颯太の言葉に、結愛は苦笑いする。


 「──颯太くん、この何日かの中で分からんことだらけやもんな。」


 「全くだよ.....お前と会って全部の歯車が狂った.....」


 「あはは──」



 「お前だって、最初はこんなんじゃなかっただろ。」


 ──颯太のその一言に、結愛の苦笑が消える。

 それは当然、初任務の更に前、二人が初めて出会った日まで遡る。とは言え、そんなに遠くない昔の話。


 「──あの頃から、私も間違いなく変わった。深層心理ごとひっくり返された。"狂ってた私を、颯太くんの狂気が救ってくれた"。」


 「──あの時のお前が狂ってたとは思わない。まあ、強いていえば、熱意の矛先が間違っていたくらいか。」



 ──お前は何のためにその武器を持つんだ。



 「──日本に怪物が跋扈(ばっこ)し始めて、焦り過ぎてたと思う。(怪物の討伐なんて)それまでもやってた事やのに、急な事態におかしくなってたのも事実や。だから、颯太くんに意味を問われてハッとした。」


 「──あの頃のお前には、目に光が無かったよ。だから、初めて対峙した時、お前が何を考えてストライカーをやっているのかを知りたかった。俺の理由は──何より、褒められたもんじゃないからな。」


 ──怪物が跋扈し始めたのは、ここ2ヶ月半くらいの事だ。

 それまでも日本、世界各地で怪物となる存在は目撃されていたが、1年に2、3体出れば多い方だった。

 なのに、僅か2ヶ月半、日本全国で6000体もの怪物が討伐されている。目撃情報に至っては、重複しているものも合わせれば20万件程寄せられている。

 例えるならばソシャゲのガチャで、排出率0.1%のSSRキャラが、単発ガチャで何百、何千回と連続で出続けるような状態。無論今の日本の状態は全くもってそんなもので済むほど良くないが、異常さで言えばそんなものだ。


 「みんな焦ってた。颯太くんは優柔不断って言うかもしれんけど、私は"なんとなく"でストライカーになったし、正直まさか日本がこんなんになると思わんかった。だから、急に怪物がそこら中歩くようになって、怖かった。怖くて、焦って、怪物さえ消してしまえばって、思うようになった──」


 「──中の人間のことは無視して、な──」


 ──怪物との戦いで最も難しい点は、"ただ倒せばいい"訳では無く、"中の人"を助けるために怪物のみを"祓う"必要があると言うこと。当然それは神頼みだけしていても解決しない訳で、戦って、怪物だけを祓ってこそ、初めて怪物を討伐したと言える。

 だが当然、怪物の執着が強ければ、それだけ中の人間にもダメージを与えることになる。コアの魔力が全てを回復してくれる訳では無い。怪物の蓄積ダメージは当然"中の人"にも通じる訳で、長引けば長引くほど"中の人"への負担が大きくなり、最悪の場合、そのまま死んでしまうこともある。


 「──だから、今度は私が──」



 ──ゴトンッ!!


 結愛が何かを言いかけた時、近くで何かが落ちるような物音がした。

 時間はまもなく午前1時。まだ後処理中の和花は治療室の中に居るはずである。沙梨は既に寝ており、今日宿泊予定のマイカ、穂波は自室にいる為、ここまで来ているはずが無い。


 「──ちょっと待ってぇや──」


 「──あ、お前もしかしてこういうの無理系?」


 「や、やかましいな.....!そらこのシチュエーション、雰囲気、怖がらせる側にしてみたら完璧やんか.....」


 「.....まあ──」


 ──何度も言うが時刻は午前1時、寝静まったはずの薄暗い廊下で突然物音がすれば、誰しも多少なり恐怖を覚える。


 「──取り敢えず、廊下の様子見に行くか.....?」


 「はぁ!?待ちぃや!」


 颯太が起き上がろうとしたところを押さえつけ、結愛は慌てるように、ささやき声ながら声を荒らげる。


 「──別に、絶対安静だからって、自立とか、ゆっくり歩くくらいは別に問題ないだろ?」


 「そういう意味や無くてやな.....!」


 ──別に言われなくても分かる。

 先程から颯太の頭には微振動が伝わっている。結愛の足がとてつもなく震えている証拠だ。


 「──行ってみないと正体は分からんだろ、怪物だったらどうするつもりだ.....」


 「──まあ──」


 仮に颯太の言う通り、怪物が侵入しているとなれば一大事だと考えて、結愛は颯太を抱え上げようとした。

 ──が、意外な人物の声が聞こえてきた。


 「──あら、まだこんなところに居たの?」


 薄暗い奥の方から顔を出したのは穂波だった。


 「穂波さん.....?」


 「今結構デカい音しましたけど、なんか怒ってます?」


 颯太の疑問に穂波は苦笑いする。


 「──私は怒っても物に当たるような人間じゃないわよ。そんな荒々しいイメージを持たれてたのかしら.....」


 「.....いや、そういう訳では──」


 明らかに"予期せぬ"反応に言葉を濁す颯太に、穂波はため息をついた。


 「──まあそれはそれとして、二人とも絶対安静なんだし、そろそろ時間も遅いから寝なさい。夜更かしは体に毒なのよ?」


 「そうですね。」


 結愛は時間を見て、落ち着いた様子で、当たり前のように颯太を抱えて立ち上がる。

 颯太は無防備だが、ものすごく嫌そうな顔をしている。


 「.....それ、体に負担かからないわけ?」


 穂波がその様子に恐る恐るツッコミを入れる。


 「別に、颯太くんくらいなら筋トレにもなりませんよ。それに、穂波さんだとおんぶすらできないでしょ?」


 「──"そこまで"とは言わないけど、そんなパワーが少しは欲しいわね、全く.....」


 ──なお、和花も程々、そして沙梨もかなり力が強いが、穂波に関しては最低クラスに運動神経、運動センス、パワー、体力や持久力も乏しく、そのパワーは"元気さを除けば"小学生低学年とほぼ同等のレベルである。


 「──それじゃあ、また明日。」


 「はい、おやすみなさい。」


 「.....おやすみなさい。」


 穂波の声に二人とも返事を返すが、相変わらず颯太はふてぶてしくバツの悪そうな返事をしてくるのだった。


ー‐ー‐ー


 「和花ちゃん。お疲れ様。」


 「──あ、お疲れ様です、先生。」


 穂波が颯太たちのところへ寄ったのは、無論別の用事があった為である。

 そのまま治療室に入り、中にいる後輩に声をかける。


 「悪いわね、こんな夜遅くまで往診頼んじゃって。」


 「──誤魔化すのに苦労しました。結愛ちゃんは察していたので、取り敢えず後片付けという名目で、恐らく颯太くんには隠せたと思います.....」


 二人の治療は22時過ぎに終わっている。つまりそこから3時間の後処理というのは違和感がある。颯太の目が覚めたのが25時前だったのが幸いだ。

 ──そんな嘘までついて何をしていたのかと言うと──


 「──思っていたより状態が酷いですね──」


 既に颯太よりも長時間気を失っている、怪物に取り憑かれていた中身、いわゆる"中の人"だ。


 「引っ付いてしまった前足、人間で言う両腕が離れたとしても、指などの人間時代の機能を復活させることは難しいでしょう。骨格はおろか、神経の通り方まで変わってますし.....」


 「ここまで派手に変形した"の"を扱うのは初めてだから、これは早めに"施設"に送った方がいいのかしら.....」


 この人間は怪物に取り憑かれ、魔力により体の変形を許してしまった結果、前足となる両腕がY字の1本脚に変形してしまい、その腕や手が人間として復活するのは困難を極めた。

 無論、今は2055年。医療技術や義肢装具の技術も発展はしているが、そもそも脳神経が怪物を動かす方になってしまっては、まず義手を付けたとしても動くかが怪しい。


 「──それより、"怪物"なんて、上手い冗談ですね。」


 「.....」


 和花が突然そんなことを言い出し、穂波は言葉を失う。


 「──いいんですか?早めに教えなくて.....」


 「まだダメよ。貴女だって"精神的にマズい"人が身近に居るんだし、分かって貰えるものだと思っていたけれど。」


 「──」


 穂波が言っている人物が誰かは分からないが、彼女にとってはかなりキツいことを正面から受け止めたことで、和花は言葉を失ってしまう。


 「──あの結愛ちゃんが、狂ったように攻撃的になって、狂ったように戦地に赴くようになった。全ておかしくなったのよ、2055年4月1日、あの訳の分からない法案が可決され、ネオファ○ズムが始まったあの日から、全てが──」


 穂波の言葉に、ズキズキと痛む左胸を握りしめ、和花が絞り出すように答える。


 「.....今でも思い出します。あの頃は皆、何かに急かされるように焦っていた。特に結愛ちゃん、あの頃の彼女は──正直に言って見ていられなかった。元とは言え、メンタルケアを受け持つ人間としては、失格なんて生温いですね──」


 「(精神ケアラーから)解任を決議しといて何様のつもりって思われるかもだけど、仕方なかったわよ。ヒリヒリとした空気の中、結愛ちゃんは狂ってしまっていたのよ。何にとは言わないけれどね.....」


 ──穂見結愛が狂った理由、そして、本来なら結び付くはずの無かった高縄颯太との出逢い。

 全てはある事件から、ある革命から始まっていくのだった。


ー‐ー‐ー


 ──日が昇り、6月27日の朝を迎えた。


 「──おはよう──」


 颯太が目覚めて、穂波のいるリビングへと移動したところ、そこに見慣れない誰かを見かけて言葉を失う。


 「──ああ、そう言えば颯太くんは初見だったわね。」


 「マイカです。よろしく。」


 「──ああ.....よろしく.....?」


 誰しもが初めてマイカの姿を見れば、違和感を通り越した何かを覚えるだろう。


 ──それもそうだ。服を着ているとは言え、首から下は完全に変形仕切っている。字面だけで表すなら体調1メートル超えの人面トカゲ又はカナヘビ。

 四肢がかなり短く太くなっており、手は手として機能しておらず、その体は腹や背中周りに人間の面影が多少残っており平べったくなっているが、人間に本来あるはずのお尻が消滅し、その部分のリソースが20センチ弱の、カナヘビの縮尺で考えれば短めの尻尾へと注がれているようだ。少し異形の人魚に四足が生えたと想像すれば分かりやすいだろうか。

 どこかのメイ○ラゴンのように尻尾は突き出して露出している他、足は太腿から露出している。しかも色だけは人間時代の色白であるのがまた何とも違和感が凄い。

 ──要は、カナヘビのように生きていく為の無駄なリソースが全て体の変形に用いられたような感じだ。


 「──断じて禁止したい訳じゃないけど、その姿で人語を話されるのは凄い違和感だな.....」


 「──みんな見た目がどうこう言うじゃん.....」


 「──悪い。俺に関しては"トラウマのせい"だと思う.....」


 マイカはいじける様にそっぽを向く。

 だがしかし、本来人面トカゲなど"気持ち悪い"以外の何物でもないのだが、何故かそこまでの吐き気を催さない。


 「──まだマイカが小さい子供だからまだしも、闘也とかがこんな姿に化けたら流石に嘔吐だな──」


 ──筆者こと中の人も同じく──


 「まあ、受け入れられるモノじゃ無いでしょう。何せ彼女は"半分怪物"なのよ。」


 「──半分.....?」


 ──半分怪物、また聞き慣れない言葉だ。

 颯太にしてみれば、怪物は普通の人間に突如として取り憑き、理性その他全てを破壊し、宿となった肉体で暴れ回る、そんな臆病でエグい寄生虫のようなものだと聞いている。

 どういう理由で"半分"だけの個体が存在しているのか。


 「──どう表せばいいのかしらね.....ごく稀に居るのよ。意思を持った怪物って言うか、取り憑いた怪物までも自分のモノにして戦う、そんな子が居るのよ。マイカちゃんもその一人って訳ね。」


 「──つまりは、自分の意思で怪物を操っていると?」


 「まあ、簡単に言えばそんな感じね。魔力を使えないことや、スタミナが無限じゃないって言う部分はあるけど、単体スペックでストライカー、あるいは怪物とも余裕で張り合えるくらいの実力はあるし、マイカちゃんはこの進行度、多分だけどそこらの怪物なら一人でも余裕勝ちね。」


 ──そう言えば、結愛の話だと、前回の怪物との戦いで颯太、結愛が重症(颯太は意識不明)を負い、闘也だけしか居なくなった絶望的盤面で、突如マイカが現れ、たった一人で怪物を圧倒したと聞いた。

 つまり、今目の前にいるのは──


 「──結愛(アイツ)を超える化け物ってことか──」


 「化け物!?流石に傷付くんだけどな.....」


 ──確かに女の子に対しては失言かもしれない。

 だが、身長150センチの小柄で、人間数人分以上のパワーを持つ怪物と、弱小個体ながら力比べで張り合えるのが怪力っ娘こと結愛。そんな結愛でも単体では勝てなかった怪物をいとも容易く討伐し、泉大津リザーブ組の全滅を阻止したのがマイカだ。恐らく技量や実力のみならず、単体のパワーも結愛より上だ。

 骨格がそもそも変わっているために単純な比較はできないが、恐らく全長(身長)120センチ程の身体から、結愛以上のパワーが出るとなれば、末恐ろしいことこの上ない。


 「──化け物は言いすぎた、悪い。だけど、俺たちの仲間──に近いってことは確かなんだよな?」


 「難しいことはあんまり分かんないけど、すとらいかー?だっけ、危ないヤツらから人を守りたいって気持ちは一緒だよ。だから一応、仲間──だね。うん。」


 ──なぜかマイカが言葉を詰まらせたが、種族間の考えの違いだとここはスルーすることにした。


 「でも、それなら尚、今後はどうするんだ?一人で活動してるところを見ると身寄り──家族も居ないっぽいし、俺たちみたいに上から報酬金が貰える訳でもないんだろ?」


 「.....記憶が無いから宛にならないかもだけど、今は家族は居ないね。それにお金は貰ってないから、今は岸和田のスーパーで廃棄食材を貰ってたりするよ。」


 ──それは餌付けではないのか?

 それはともかく、颯太はあることを思いついて、すぐにマイカに提案する。


 「じゃあ、もし良ければなんだけど、うちのグループに入ってくれないか?お察しの通りだと思うけど、俺たち今3人しか居なくてさ、色々なもんがカツカツなんだよね.....」


 颯太が提案したのはマイカのリザーブ組への加入だった。

 今のところ戦力として半分怪物となった非ストライカーをメンバーに入れているグループは存在しないが、今のところ戦闘員メンバーが3人とカツカツのリザーブ組にとって、マイカは百人力なんて生温いほどの貴重な戦力だった。

 マイカは少し考えた。


 「──まあ、あの状況見てたら放っとけないからね.....私はいいけど、穂波お姉さんが何て言うかだよ?」


 「あら、私は元からそうするつもりだって思ってたから、颯太くんが言い出すのは予想してたわよ?」


 ──相変わらずこの人は、軽いと言うのか、責任感をあまり感じないような気がする。


 「──じゃあ、加入決定?ってことで、これからよろしくな、マイカ。」


 「よろしくね、高縄颯太くん。」


 万一握り潰されてもいいように、左手でマイカの左前足と握手をする。

 あまり片方の前足を上げるのは慣れていないようで、少しふらつきながらも、颯太とは確かに固く握手を──


 「──痛っづ!!握力!握力!!力加減考えろ!!」

 「わわっ!!ごめんなさい!!」


 ──その怪力により、危うく左小指から人差し指の中手骨粉砕骨折の危機に晒されることになった。


ー‐ー‐ー


 マイカの加入も決まり、さらにリザーブ組には闘也ヅテでもう一人の新メンバーの加入も秒読みとなっていた。

 その一方で、穂波はその事を上層部に報告する為、報告書の作成に追われていた。2055年にもなってしまえばペーパーレスが拡大し、今や報告書も紙ではなくPDFが当たり前の時代だ。


 「──いつも通り大変そうですね、先生。」


 「ホントよ──何かある度に逐一報告、日本社会の悪しき風習だわ──」


 「流石に言い過ぎだと思いますよ.....?」


 ──穂波は報告書作成と予算会計の際に機嫌が悪くなる。


 「冗談よ。特に命に関わる仕事だもの。何かあったらすぐに報告するのは基本だし、ストライカーの皆にそれを求めている側が面倒がるのは合理的じゃないもの。」


 「──先生が言うと冗談に聞こえないんですよ.....」


 「あはは、何度目かしら、そんなこと言われるの。」


 ──そうこうしているうちに報告書の入力が終わったらしく、エンターキーを破壊するような勢いで打ち込み、大きく伸びをして椅子にもたれ掛かる。


 「──にしても、いいんですか?」


 「.....何が?」


 「マイカちゃん、でしたっけ。今のところ"ストラゲラ"を戦力にしてるグループなんて、全国どこ探しても無いですよ?」


 ──ストラゲラ、語源は"藻掻く・足掻く"という意味の英単語"struggle"から来ている。

 沙梨はマイカの事を指すために使っているが、この名前もストライカーグループ間では割と常識的な言葉で、先程穂波も言った通り"半分怪物"のことを指す。


 「その前例になればいいのよ。実際、戦力不足のリザーブ組にしてみれば、百人力どころの話じゃないくらい大助かりな存在なんだし、悪くは無いと思うけれど。」


 実際、"異形"を前に手も足も出ない程の戦力しかないリザーブ組にとっては有難い戦力である。


 「.....ですが──」

 「貴女の心配している事は分かるけど、あの子は凄いわよ。何せ、"副反応が驚くほど出ない、これ以上無いほど安定した、最も人間に近いレベルのストラゲラだから"ね。」


 ──副反応については、まだ颯太にとって前知識が不足している部分なので、今回は触れないことにする。


 「──まあ、先生がそう言うなら良いですけど.....」


 「きっといい刺激を与えてくれるわよ。それこそ、リザーブ組が主力部隊と肩を並べるくらいに変貌するレベルにはね。」


 ──根拠など今のところ一切無い自信だが、リーダーがそう言うので納得せざるを得なくなり、夜の挨拶だけ済ませて沙梨は穂波の部屋を後にした。



 ──自室で報告書をPDFファイルに変換して提出し、ようやく寝支度を始めようと立ち上がり伸びをした穂波。ここである事に気付いた。


 (──あれ、そう言えばマイカちゃんに颯太くんのフルネームって教えてたっけ.....)



 ──よろしくね、高縄颯太くん──



 (──教えたんでしょうね。どうせ私の事だからまたうっかり余計なことを喋ったんでしょう。)


 穂波は割と、気が抜けている時は余計なことを話がちである。逆にしっかりとした話し合いではそのあたりを考えて話すので、副作用のような部分でもあるのだろうか。


 (──さて、夜更かしは体に毒だしそろそろ寝ましょう。)


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