第2章 No.03 True or False
また期間が空いてしまいすみません。
4章やり直してました
これから本腰入れていくのでよろしくお願いします。
一撃とは言え、ほぼ殺意を持った攻撃を受けた颯太。半ば絶望的な状況下だった。
だが、一気に状況が変わることになる。
「──何をしているのかな。」
その言葉にその犯人と颯太がそちらを見る。
「一体君は彼に、何をしたのかな?」
「──中村団長か、面倒なところに.....」
犯人側が再び声を上げる。その口ぶりを見るに、やはりグループAの関係者、かつ過激派の中に名を連ねる一人なのだろう。
「──ホント、噂をすればなんとやらってやつね。」
七奈の声も聞こえる。あの後会談をしていたはずの二人が揃ったことになる。
「やっていることは分かっているね?穂波さんの決定に、僕たちの母体が決めたことを無視する、言わば反逆罪だ。それ相応の処分が下ることは君なら分かっているだろう。それとも、それ相応の覚悟があったということかな?」
そのまま一呼吸置いて、尚樹が犯人の名前を述べる。
「どうなのかな、粗里寛くん。」
その言葉、そして駆けつけた尚樹たちに対する苛立ちに舌打ちを打つ犯人、粗里寛。見たところ身長は180センチ程度、肩幅のゴツさも相まってかなり大きく見える。
「.....副団長も同じようなことをしていたというのに、もしかして俺にだけ反逆罪を適応するつもりですか?身内贔屓甚だしいですね。」
「心配しなくても彼女は実害の出るような暴力は奮っていない。一方君はどうだ。恐らく一撃目だから多少の手加減をしていたのだろうが、どうして君はご自慢のAOまで取り出して、まるで殺す気満々みたいな格好をしているのかな。それで恵理と同等に扱えってのは、さすがに言い訳も甚だしいと思うけど、君はどう思う?」
かなり意地悪な言い方だが、事実今回のように意識が朦朧とするほどの攻撃を恵理から受けた覚えはない。それに粗里は自分に対して"命を落とす"という表現を使った。同列に扱うのはさすがに無理がある。
「フッ.....まあいいですよ。」
再び颯太に向き直ろうとした粗里に対し、これまでに無いほどの異様な強い響きを持った七奈の声が飛んでくる。
「次に颯太くんに手を出そうものなら、容赦はしないわよ。」
声色を聞く限りどことなく静かな怒りを感じる。
「じゃあ逆に質問しますけど、なぜこの犯罪者がここに必要で、この犯罪者をリーダーに仕立てた犯罪組織を同じ傘下に置かねばならないのですか。」
犯罪組織とは随分な言い方だが、その点を除けば聞いていることは恵理と大差ない。
「犯罪組織ではなく立派なストライカーの組織だ。君も結愛のことはよく覚えているだろう。彼女がストッパーになってくれることを期待している。それに、颯太くんを傘下に置いたのはあくまでも穂波さんだよ。僕らにそれを聞かれても困る。」
「ではなぜあなた達はこの犯罪者を庇う。」
その質問に尚樹は微笑し余裕を持って答える。
「いい質問だ。僕は個人的に二つ。まあ、一つはもちろん、我らが穂波さんの決定だからそれに従うってことと、もう1つは彼の過去を理解し、かつそれが大きな僕らの援助になりうるという、その膨大な可能性を考慮した──ついでに悪いがもう一つ付け足すなら、僕は君たちが浮かべる嫉妬や憎悪、偏見や差別感情という感情が嫌いだってことかな。2053年の韓国の二の舞になりかねないなと思っているし。」
「私も同じくひとつは穂波さんの言うことだからってのもあるけど、別にこれが無くたって私は颯太くんを保護するわ。仮にグループ全体を敵に回しても、彼の過去を考慮すれば、その罪だけを責めるのはあまりにも理不尽だと思うからね。無論、彼の罪を許せと言うのはあまりにも無理があるとは思うけど、ただひたすらにそれだけを責めるのは、明らかにおかしい部分があると思うからね。」
颯太に対しての意見は、あくまで犯罪を犯し、それ自体は許されないという点でも共通しているが、一方二人それぞれの理由をもって颯太が穂波の傘下にてストライカーとして戦うことを容認している。
「流石お二人。全てを肯定し分け隔てないリーダー、そして慈愛とまで言われた上原なだけある。」
だが、と一言付け足して粗里は声高に叫ぶ。
「だがそれは間違いだ!犯罪者は所詮犯罪者、我々と同じ舞台に立つなど許されない!そんな犯罪者を匿うような人間も犯罪者で同じ立場であることを許してはいけない!俺は断固反対!今すぐこの犯罪者の少年への処刑を許可してください!」
声高らかに処刑などとほざく粗里に、七奈は明らかに不快そうな顔をする。
「あなた、それ本気で言ってるの?だとしたら犯罪者にも劣るほど醜いわね。滑稽で醜い、ホント同じ立場にいて欲しくない人材だわ──」
そんな七奈に対し落ち着いてほしいと制止した尚樹が、粗里にこんなことを言う。
「じゃあ、君は自分がやっているストライカーの行動が、絶対的な正解だと思うのかな?」
その言葉はストライカーの存在を否定しかねない。だが粗 は自信を持って答える。
「当たり前でしょう。間違いを正し、狂信者を救済する。これほど素晴らしい職業はない。」
「.....そうか。」
尚樹は一呼吸を置いて、その粗里の言葉を少し否定する。
「だが、我々のやっていることは、信者への制圧攻撃や狂信者の討伐、そして稀に救えなくなって狂信者であった人間を殺害するなど、やっていることはただの暴力、惨殺と見て大差ない。」
その言葉に粗里は少し動揺したような様子を見せる。
事実、救えなかった命もある。特に颯太にとっては最も身近な狂信者、智樹を救えなかった。もちろん自殺であったとはいえ、結局最後まで追い込み攻撃を加え続けたのは自分たちであった。
「事実、他のストライカー部隊でも狂信者を救えたというケースは少ない。うちらでもまだ、狂信者を完全に救えたというケースは少ない──無論、我々は基本狂信者の身柄を回収しない分、いずれ狂信者として再び蘇るんだけどね。」
グループAでは狂信者を討伐した後、現地の別業者に移管したり、あえて警察に通報したりして、狂信者の身柄を持ち帰らない。あくまでそれは狂信者を治す術を持たないということの裏返しである。
「勿論、颯太くんと結愛が初めて狂信者の身柄を穂波さんに回収した時から事態は変わっている。だがそれも我々の研究のための拉致であり、きっと彼らのためになっているとは確定できない。」
現在穂波の施設には椙野と三田の身柄を収容し、各種研究と穂波による毒抜きが行われている。が、三田はともかく椙野の毒抜きは難航しているという情報も入ってきている。
「つまり、ストライカーが絶対的な正解だと思い込んでいる君も相当危険だと言うことだよ。」
「──ほう。まさか最もストライカーとしての信念が強かった彼女の弟がそれを言うなんて。」
事実、ストライカーの思想を間違いだという考えは、最早その家業を続ける上では致命的であることに変わりはない。だが続けて尚樹はこんなことを言い始めた。
「.....僕は個人的に、仮に颯太くんが民共党の人間を殺害したのが罪だというのであれば、僕達が狂信者の救済に失敗してその人を殺害してしまうのも、同じように罪だと思っている。」
それは颯太への擁護とも取れる一方、ストライカー全体に対する卑下とも取れる言葉だった。
「.....それは、結局やっていることはこの犯罪者と大差無いと言いたいのですか?」
粗里の問いに、尚樹は黙って頷く。
「ふざけた話です。我々の仕事はあくまで危険思想の除去であり、それに対し危険だと指図を受けるのは余りに理不尽かと──」
「──いいえ。事実、私は未だ、この戦闘はあくまで救済を理由付けしたただの暴力だと思っている。それでもやらなければいけないと、そして戦うべき理由も私にはある。でも、このストライカー家業、増してや神心武装を考案したプリズム神に対しても、私は絶対的な信頼は寄せていないわ。」
横から言葉を被せた七奈の話は、些かストライカーの存在、プリズム神が作るある種宗教的な部分を否定するものであった。
「──だったらあなたは、一体何のために戦う──」
粗里の問いに七奈はこう答えた。
「──そうね──敢えて言うなら、こうして犯罪を"侵さなければならない世の中"を変えるため、これ以上不幸な子供たちが増えないように、そして、失った大事な人のために、そんなところかしら。」
(──犯罪を侵さなければならない世の中──きっと七奈さんは、家族の復讐のために間違いを犯した俺、そして本来行われるべきではないストライカーが犯す暴力を終わらせたいんだ──きっと、犯罪っていう、ただそれだけのもので終わらせたくないんだ──それはきっと──)
「絶対の正解も、絶対の間違いも、きっと人間には決められないんだ。ただ一つ、無駄な暴力を除けば、ね。」
颯太が考えていたことを、そのまま尚樹が言葉にして粗里にぶつけた。
「かつての日本も民主主義であった。民主主義というのはある意味健全な国の運営に相応しく、ある意味では反対に恐ろしくもある。かつて1億以上の人間がいた日本では、左と右と呼ばれる人間たちが長らく争っていた。そしてどちらもそれを絶対的な正解だと思っていたからこそ、対立は決して埋まることは無かった。それが今のこの状況、結局理想の実現のために走った民共党によっても、こうしてストライカーと狂信者の対立が埋まることは無かった。」
左と右、LとR。だが、日本国の対立はそれだけでは収まらなかった。
だが何れも双方がいがみ合ったのは、自らを絶対的な正解だと思い込む、ある種狂信的な思想。
「──こういうことを言ってしまえば、ある種本質的な部分で、ストライカーも狂信者も大きく変わらないのかもしれない。」
それはあくまで互いを正義だと思い込む2つの陣営の対立である、と結論を出す。まあ、もちろん今のこの状況を平和と呼ぶのは些かおかしな話ではあるが。
「結局我らは、絶対的な何か、上のものを持たない限りは、絶対的な意思決定などできないんだよ。ファシズムではそれが独裁者であり、デモクラシーではそれが国民であった。だが、民主主義はその性質上対立が絶えなかった。無論、その揉め続ける国民を統一するための裁判であり、司法である。裁判、つまり上の決定というのは、どちらかには都合がよく、どちらかには都合が悪い。それを"不当"だと言うのも、どこかおかしい話ではあるが、それを言ってしまえば、人間が決して平和を持続できなかったのもそういう事なんだよ。」
颯太たちが生まれた世界は、国内の抑圧政策による一ヶ国の言わば内線のような状況により、世界規模の戦争はしばらく起きていないが、この政策が提唱される前、つまり2039年以前、その僅か15年間で3回の大戦があった。
2024年、圧力外交による世界征服を企んだとある国が国際法を破り、それを鎮圧するために国連の数ヶ国がその国に宣戦布告し、第三次世界大戦とまでは言わずとも、大きな戦争が行われた。結果、数ヶ月もしないうちにその国は講和会議を申し出、大きく弾劾されることになる。
続いて2030年、国際的ではなかったものの、アメリカでイコール主義なる社会主義の亜種が誕生し、結果メキシコ、カナダを巻き込み戦争が勃発した。これは結果的に戦争を起こしたのがイコール主義側であったこともあり、戦争裁判の結果全て鎮圧され、アメリカは何も変化しなかった。
さらに2035年、ギリシャの暴走の4年前には、アフリカ地域で疫病や貧困に苦しむ国々が一斉に連合軍を作り出し、国連常任理事国に宣戦布告するという異常事態"アフリカ地域大反抗作戦"が起きた。これは当時、アフリカ地域などの貧困層を完全に無視した環境政策のせいであり、あまりの理不尽を嘆いた結果であった。結果、戦争自体は国連側が勝利したが、今後の平和を望むために国連はその政策を撤廃し、長い議論に入る。
結果、2039年から2055年の16年間、長らくの間国内での抑圧政策による異変が多く起こり、またヨーロッパやアメリカを中心にこれが起こったもので国連が非常事態宣言を出し、結局ほぼ機能を停止するという状況にまで追い込まれている。
「結局、世界には絶対的な正解も絶対的な間違いもない。戦争を間違いだという国もあれば、絶対的な圧力に対する反抗という意味で戦争は正しいという国もあった。未だに核軍縮条約が世界60カ国でしか調印されないことも、非人道兵器の開発禁止条約が未だに成立しないことも含め、それぞれの考えというのは決してその溝が埋まらないことが多いんだよ。」
それが民主主義の宿命であり、そして様々な対立、抗争、戦争の根源である。
それはかつて、第二次世界大戦が民主主義の押しつけによって生まれたように、2035年のアフリカ地域大反抗作戦が大国の押しつけに耐えられなかった小国の抵抗であったように。
「──粗里くん、君は聡明だ。今君がしていることも、良く考えれば絶対に無駄なことであると気づくことができる。よく考えてから行動して欲しい。」
だが、それは粗里の考えも絶対的な間違いではないと言う意味。
「おふたりは僕の行動を意味の無い暴力だと言っていますが、僕にとってこれは意味を成している。犯罪者をここから出ていかせるための警告、それが僕のこの行動に対する答えです。」
粗里は一歩を踏み出して尚樹らに一言吐き出した。
「私はあなた方の指図も受けない。そしてこの犯罪者の少年がここにいることも認めない。」
そうして粗里が振り返って再び颯太に攻撃を仕掛けようとした。
「──言ったはずよね。次に颯太くんに手を出そうものなら、容赦はしないわよって。」
次の瞬間、粗里の両腕が七奈に完全にロックオンされていた。
「──意味のない暴力は間違いだと先程尚樹くんが言ってましたけど、もしやあなたはそう思っていないのですか?」
「いいえ、それは尚樹くんと同意見よ。」
そう言いながら七奈は粗里の両腕を掴む手に少しずつ力を入れていく。
「────っ!!!!」
その瞬間、言葉にならない程の絶叫を以て、粗里の表情が苦悶に変わる。
なんと、軽く握っただけで粗里の腕を簡単に破壊して見せたのだ。本人公言の握力80kgはどうやら嘘らしく、きっとそれ以上の力を以て、粗里の腕の骨は枯れた小枝のように簡単に折れてしまった。
「──言い忘れていたわね、私が失った家族っていうのは、彼──颯太くんと歳の近い弟よ。自分勝手かもしれないけど、どこか弟と重ねてしまってるんでしょうね。そんな颯太くんを攻撃されて、さすがに私も黙ってはいないって、どうして気づかなかったかな.....」
颯太に対する自分の目線を敢えて告白することで、自らの怒りを静かに、だが確かに粗里にぶつける。そしてこれ以上の行動は、粗里の体の更なる破壊に繋がりかねないことを示していて、粗里は抵抗する気を失った。
「──粗里くん、君には無期限の活動停止を命じる。」
そんな粗里に冷たく処分を下した尚樹だが、尚樹なりの考えで以下の条件が付け足された。
「.....ただ、勘違いしないで欲しいのは、これは永久追放という訳ではない。君が今の行いがどれ程無駄なことかを理解し、グループBとの協力体制を提示してくれるのであれば、即座に処分を解除することを約束しよう。」
それはつまり、除籍処分ではなく、受け皿は持っておくと言った意味だ。あくまで差別や偏見を嫌い、どんな考えも尊重はしたいという本人の気持ちと、それでも颯太への暴力を許せない感情、そしてグループAのリーダーとしてのある種の冷酷さを併せ持った判断であった。
「──迷いが見えますね──分かりました。受け入れましょう。私の──」
「ああそうそう、仮にここで退職願を出しても破棄するから、その場の感情で適当な判断に出ないように。」
一件優しい判断かと思っていればこれだ。部が悪くなった粗里に後ろに引くことを許さない。
それはつまり、ストライカーとして戦いたいのであれば、穂波のグループ2つ全てを敵に回すか、あるいは従うかの二択。颯太への攻撃という目的も、グループを離脱するという選択も行わせない。やはりグループAという歴戦の軍を統べるリーダー、やり手だ。
「───」
何かを口ごもる粗里だが、特に何を言うでもなく去っていった。
「かなり酷い傷だけど安心していいよ。命に関わるほどの深刻さではないし、少し処置して安静にしてれば治るわ。」
結果的に数分間も放置してしまった颯太をようやく七奈が治療する。腹部に強い打撲があるが、臓器の破裂等はなく、そこまで深刻と言うわけではないようだ。ただ、内出血は起こっており、あまり動きすぎると重大な二次被害に繋がりかねないというのが七奈の結論らしい。
「.....すいません、迷惑かけてしまって.....」
「迷惑なんてそんな.....」
粗里の一件でも自分に非があると考えた颯太。事実、あそこまで強固に自らを罰しようとしていた人物がいれば、何となくマイナス感情にはなる。そうなってしかるべき罪ではあるのだが。
「.....寧ろ、その迷惑は管理を怠った僕らの責任だ。グループAリーダーとして、何らかの責任を取らねばならない。」
そう言いつつ少し悔しそうな顔をする尚樹に、"そんな気にしなくてもいいんじゃないですか?"と言うが、尚樹はあくまでリーダーの立場を重要視し譲る気はないらしい。
「取り敢えずその責任の取り方は後で考えるとして、僕らが止めるタイミングが遅かったのも申し訳ないね。」
颯太はそのセリフにはっとした。
「いえ、まあ、確かに攻撃を受けた後ではありましたが、二人が来るのはとても早かったと思います。実際、あの人に攻撃を食らってから、僅か2分弱の時間でしたから。」
そう言われた瞬間、一気に雰囲気が変わった。
「──片道で訓練所からここまで1分から最低1分半?僕らならともかく、穂波さんの体力でそんな速さで走れるはずがないし、あの時の穂波さんは息を切らしてなかった。だとしたら.....」
「──穂波さんが直接の目撃者じゃない。この付近にまた別の目撃者が居たってことになるけど──」
尚樹と七奈の口ぶりから、どうやら二人が報告を受けたのは穂波からで間違いないようだ。だが、直接の目撃者では無いらしい。
つまり、別の目撃者がおり、その目撃者が穂波に報告したと考えて間違いないだろう。
「颯太くん!!」
緊迫と若干の恐怖を乗せ、その声が届いた。
「.....なるほど、全てしっくり来た。つまりそれを目撃したのは──」
「──颯太くん!」
明らかに心配そうなオーラを纏う結愛の隣には、恐らく目撃者であろう和花の姿があった。
「.....やはり、目撃者は沙梨さんか和花さんのどちらかだと思ってたけど、和花さんだったか。」
グループAでは颯太に友好的な態度をとる人間は圧倒的に少なく、主力勢としては尚樹や七奈しかいない。後は予備の後方メンバーの七奈寄りの派閥に2、3人いる程度ではあるが、やはり主力勢は圧倒的に颯太への反感が強い。
そしてその後方メンバーが訓練所や研究所に入ることは間違いなく可能性は0。そして同時にその近辺にいる可能性もやはり0に等しい。
となればグループAのメンバーではなく、同時にこの場にいない闘也や、訓練所で訓練に夢中になっていたグループBのメンツでもない。そうなると予想できるのは沙梨か和花の二人だったという訳だ。
―‐―‐―
結局その後を書く気になれなかったので割愛する。
まあ簡潔に内容をまとめれば、グループBの合流後も結局粗里やその味方が攻撃を仕掛けてくることはなかった。
だが、その一方で尚樹と颯太の希望もあり、犯人が粗里であることは明かされなかった。尚樹個人は先程の言葉で戻ってきてくれることを願っており、無論その通りには行かずとも、颯太と同様、結愛あたりの報復攻撃の可能性が捨てきれないと考えていたのだ。
その後尚樹と七奈の二人きりの時に七奈が頑強に抵抗し、粗里の名前も明かすように迫ったが、自身も攻撃に走ったことを含め結愛の報復の可能性などを説得され、結局七奈が折れることになる。
―‐―‐―
その後颯太と尚樹の間で会談が行われ、粗里が犯人であったことは七奈を含めた3人の間に留めておくことなどが決められた。
暴力事件を受けて結愛が常に護衛につくようになり、颯太自身は面倒臭そうだったが、尚樹としても颯太の身の安全が確保される上、二人目の粗里のような人間が出ないのは正直手間が省けるという点では有難かった。
そんなこんなでグループAの本拠地に戻ろうと施設を出た尚樹だが、施設を出た瞬間に違和感に気づく。
(.....もしかして、粗里派の残党かな?)
仮にそうだとしたら好戦的なんてものじゃない。どこで情報を聞きつけたか知らないが、粗里が解任されてその鬱憤晴らしということならとんでもない事態である──まあ間もなく粗里の活動停止についてはグループAに公表する予定ではあったのだが、その内容──颯太への暴力については公表しない予定だった。
「信者かな、出てきていいんだよ。」
敢えて何も分かっていない状態で、だが"誰かがいる"ということには気付いている風に声を上げる。
──が、物音1つしない。
(──僕が狙いではないということか.....?)
気配があるのは施設側、隠れられそうな微妙な出っ張りがある4箇所だ。
一気に距離を引き剥がしてしまえば恐らく襲っては来れない。
(───!?)
が、予想外のところに敵はいた。
なんと、走り出した瞬間地面が迫り出し、そのまま尚樹の体ごと上に持ち上げられる。なんと、地下に穴を掘り、地面から強襲攻撃をする塹壕のような何かが掘られていた。
下から出てきたのは、やはり"その派閥"の人間だ。
「──っ!!やっぱり!」
不意を突かれた尚樹だが、直ぐに空中で体勢を建て直してしっかりと着地する。
「──過激派の第二の筆頭格──茅稲美紅.....」
速攻で認識されたその人物は、通称"女を捨てた女"としてグループAでは颯太への過激派の主要メンバーでもある茅稲美紅。身長189cm、体重103kgと、最早そこらの男子よりも圧倒的な体格を誇るその女巨人なら、立てこもった塹壕を踏みつけた尚樹くらい、いとも容易く持ち上げられるだろう。
──ちなみに体格に丸みが一切なく、寝癖だらけのショートカットのために、正直パッと見ゴツいオッサンにしか見えない。
「.....粗里を追放したらしいな。どういうつもりだ。」
やはり情報は歪曲して伝わっているらしい。
「──あのね──誤解しないで欲しいんだけど、永久追放の処分を出したって情報はデマだ。いつの世にもそういうデマを流す人間がいるらしいけど、僕が出したのはあくまで謹慎的な処分であり、除籍した訳では無い。」
異様なほどうるさい鼻息をしながら、その女巨人が迫ってくる。
「問答無用だ。お前がやりたいのは我々の鎮圧ってことだな。偏りは無用だ。許さん。」
やはり過激派の思想は過激派。話を聞かない。
とはいえ、したっぱのはずなのにこの巨人、その体格に相応しい怪力を発揮する他、一撃がとにかく重いのも事実──これでも結愛には敵わないが。
素早く深呼吸で呼吸を整え、尚樹が臨戦態勢に入る。
──まさにその時。
「──ヴッ──!」
短い断末魔を上げて茅稲が倒れる。
「──兄さんに手を出そうなんて、全く愚かな女ね。」
その首元に訓練用の木刀で見事な峰打ちを食らわせたのは、尚樹の妹、恵理だ。
「.....恵理か。」
「.....全く、自分たちの上司に暴力なんて。呆れたものね。」
後ろを振り返ると、存在こそ確認できたが特定できなかった人物である4人が倒れている。男3人、女1人を見るに、粗里の派閥のメンバーでほぼ間違いないだろう。
「.....聞いたよ。粗里の馬鹿、追い払ったんだって?」
「──あのなぁ、皆勘違いしてるが追放した訳じゃなく謹慎処分だと──」
「そう。まあ、別にいいんじゃない?」
恵理から帰ってきた返答は意外にも好意的だった。
「.....恵理も粗里と考えは同じのはずなのに、処分を歓迎するとはね、明日は雪でも降るのかな。」
事実、颯太に反感を持っているのは粗里も恵理も同じ。唯一、違うことを述べるとするなら──
「──私は別に、グループBの創設はいいんじゃないかなって思ってる。グループを分かつ意味はないとしても、グループA次長の立場からすれば戦力が増えるのは歓迎。私はあの子供が気に入らないだけ──」
恵理が"子供"と言うほど年は離れていないが、それはともかく恵理が反感を持っているのは、あくまで"グループB"ではなく"颯太"であることを再確認出来た。
「──あの子供がここに入るのは気に入らない。だけど、殺すつもりで、しかも無防備な状態の相手に神心武装を使って攻撃するなんて、いくら何でもやり過ぎ。処分は当然だし、グループAの恥晒しとして別に追い出したって良かったとは思うけどね。」
恵理も颯太に暴力まがいの行動をしたことはある。初対面の時は直接的に手を出した訳では無く、未遂に終わった精神攻撃のみだったが、颯太が智樹の遺体を持ち帰ってきた件においては、颯太が一人になったタイミングを見て壁に打ち付けて首根っこを掴み問い詰めた。
だが、この一連の攻撃もあくまで追求のためであり、しかも生命に関わる直接的な一撃ではなかった。
一方の粗里の攻撃は、神心武装を使って颯太の命に関わる攻撃を与えた。
恵理としては、別に暴力自体に反対した訳では無いが、さすがにある程度"人道的"という括りを圧倒的に超えた粗里の攻撃は気に入らなかったということだ。
「──恵理が過激派じゃなくて安心した。君まであのメンツ皆に敵対心を向けていれば、流石の僕でも対処はできなかったよ。」
尚樹がため息をついた所に、恵理が何かを答えようとする。
「──まあ──いや、なんでもない。」
「その調子で、結愛との喧嘩もそろそろ──」
「兄さんには関係ないでしょ?」
過激派でないことを確認した一方、恵理に対し結愛の話題を振ると、途端に態度が一変した。
「.....どうしてそこまで結愛を敵視するんだ?悪い子じゃないし、君も昔は──」
「昔はどうとか、そんなのどうでもいいの!」
声を荒らげる恵理に、尚樹は呆れた顔を見せる。
「──君の方がお姉さんだろ。いつまでも子供っぽいことしてんじゃないよ。」
そう言った尚樹の胸、鳩尾あたりを軽く殴る恵理。
「──うっさい。私はただ──」
一呼吸置いて、結愛が続ける。
「.....別に、なんか複雑な理由があるとか、そんなんじゃない。ただ、私は──私はただ、わかって欲しい。彼女があの時した行動で私がどれだけ──理由を知りたい──どうしても──どんなことを考慮したって、どう歩み寄ったって、私はそれだけは──ただそれだけは絶対に──」
少し嗚咽を漏らす恵理に、さすがにこれ以上の追求をすることは出来なかった。
「──きっと、彼女はそこまで鈍感じゃない。いつかきっと、分かってくれる時が来るよ──いつかね.....」
ただ、その言葉をかけることしか出来なかった。




