第2章 No.02 理不尽と理由
結愛の忠告を受けながら、颯太は腰を落とし、右手の木剣をしっかりと構える。
「お話も済んだところで、号令をお願いできるかしら。」
「──分かりました.....」
見たところ、結愛は先程言った第1条、要するに一方的な暴力を禁止するという条約に反しないかという点を危惧しており、正直戦わせたくないというのが本音なのだろう。
先程颯太に対して、その体の震えを隠せなかった──素性を知らないマイカに向かっていこうとした颯太に対しての反応のような、何かしらの恐怖を持ったその状態を見せた時点で、その本音は──特に颯太には筒抜けと言って差し支えなかっただろう。
事実、悲しい程に理不尽だ。
あくまでストライカー経験としては2、3ヶ月程度である颯太に対し、恐らく結愛と同程度、あるいはそれ以上の長きに渡り狂信者と対峙し、第一線で活躍し続けている七奈。経験の差も練度の差も歴然で、圧倒的に強い。
こんな理不尽はかつてどこかで体験したことがある、と思えば、今そこで試合開始の号令を出そうとしている誰かにそんな理不尽を押し付けられたことがあった。
──あの時はまだ話が通じたからよかったものの──
(──今回は話が通じない、よな──)
相手は恐らく戦闘狂──いや、戦闘狂であると確信した相手だ。しかも先程あそこまで異次元の戦闘を見せられた手前、足が竦む気がしてならない。
「──戦闘準備──」
その号令をもってようやく七奈が構える。
先程結愛との戦闘では構えていなかったはずの七奈。だが、先程結愛が言ったように本気モードなのか、構えによって握り直された拳に非常に力がこもり、腕がさらに太く膨れ上がり、足も筋肉の輪郭が少し見える程度に膨張する。
対峙しただけで伝わってくるプレッシャーが異様な程強く、温度管理も適切なはずのスーツの中なのに、颯太の耳元に異様な汗が出る。
(──でも、引き返せない──やるしかない.....!!)
「戦闘開始!!」
結愛の叫び声に合わせて颯太が木剣を構えて突撃する。本当にクッションかを疑いたくなる程の安定した地面をしっかり駆け抜ける。
同時に七奈も突撃する。やはり物凄い速さだ。
(──突撃で迫り合いになったら絶対に勝てない──体が接触する前に剣技で牽制し、なるべくヒットアンドアウェイを心掛けないといけないな.....)
無論その威力は落ちるのだが、それでも訓練によって叩き込まれた秘奥技の記憶が颯太の右手を、その木剣を導いていく。
(──ここで旋風斬.....!!)
七奈の体が目の前に迫ったところで秘奥技──擬似的な秘奥技を繰り出す。まずは袈裟懸けを繰り出し、ほとんど休む間も与えずに横一線の素早い斬撃を仕掛ける。
さすがにいきなり秘奥技風の攻撃で仕掛けてきたのは予想外だったのか、攻撃を一時停止し回避行動に回す七奈に対し、さらに秘奥技"水平斬"から横に入った木剣を振り下ろししっかりと追撃を狙う。
が、七奈は後ろに飛んで逃げたと思ったら、床を蹴り急接近しタックルを繰り出した。さすがにこれを回避することは出来ず、まともに食らって吹き飛ばされる。
(──普通に痛てぇ!でも外傷はない!)
すぐに体の違和感がないことを察した颯太は、壁に着地する間もなくすぐに攻撃を仕掛ける。上方向に飛んで秘奥技"落雷"を繰り出そうとする算段だ。
だが、これは既に読まれていたのか、回避と同時に襟首を掴まれて振り回される。
「どうしたの?宣戦布告しといて、そんなもんなんて言わせないでよ──ねっ.....!!」
言葉と同時に颯太は大きく投げ飛ばされる。今度は壁に着地することができず、とてつもない勢いで激突しかなりダメージを食らう。もちろん外傷はないが、痛覚のせいで一瞬体が硬直する。
その隙を逃すはずはなく、七奈が驚異的な速度を伴って突撃し追撃を試みる。颯太の硬直が解けてから七奈の追撃が命中するまで僅か0.5秒足らず、どう足掻いても不可避であると誰もが思った。
──だが──
「──っ.....!!」
次の瞬間、紙一重の距離で放たれた木剣による擬似秘奥技に、七奈の目が、それを目撃していた結愛を初めとしたグループBのメンバーの目の色が変わる。
なんと、硬直が解けてから僅か0.1秒、その追撃を予想していたかのように、颯太はここぞとばかりの秘奥義である風刃斬を繰り出していたのだ。
「いい目をしてる──いいわ、楽しくなってきた──」
後退した七奈に対し、これまでに無いほど本気の眼差しを向ける颯太に、七奈のテンションも底上げされていく。
「──ぁあああああぁぁぁぁっ!!!」
結愛の目の色が再び変わる。
(.....咆哮.....!?)
大きく、大地を揺るがすように叫ぶ七奈の咆哮はその場の空気をビリビリと震わせ、体の芯から震えを起こすように木霊する。
(──七奈さんに咆哮までさせるやなんて──いや、さっきも見た、あのほんまに一瞬で颯太くんがあの攻撃を繰り出した時点で分かってた。七奈さんは知ってた、颯太くんがなんや異様な可能性を持ってたってことに──)
事実、咆哮を張り上げた七奈は、颯太の初対面の時や先程まで姉オーラを出していた時の優しそうな女性ではなく、ただ一人、この場の戦闘を楽しんでいる一人の少女だ。誰よりも無邪気な笑顔を浮かべ、誰よりも、狂ったほどに楽しんでいるのだ。
「──第2ラウンドね。楽しませてちょうだい.....!」
戦闘狂の本性が覚醒した七奈が一気に攻撃を仕掛ける。
先程まで見せていた突撃の速さじゃなく、野生動物のように低くて速い突進が颯太に突き刺さろうとするも、颯太は木剣でそれを往なし、突き技を中心に責めていく。
だが、それをなんと素手で受け止めて捌いていく七奈の異常さも半端ではない。
颯太は先程まで秘奥技を前提にした攻め方をしていたが、それを改めて秘奥技は程々ながら、自身の感覚をフル活用した剣さばきを見せていく。
一方、完全に戦闘狂と化した七奈が、模擬戦闘とは言っても、剣での攻撃を素手でどんどん往なしていく光景もかなり異常である。
(──秘奥技はあまり使えないし、秘奥技の中でもトップシークレットの"アレ"は、ここぞという場面まで取っておきたい。それは今じゃない。絶対にどこかで隙が生まれるはず──)
だからこそ、今は落ち着いて攻撃を何度も繰り出していく。闇雲ではない。七奈の体勢を翻弄しつつ、その隙を探っていく。
が、流石に本気の七奈。その攻撃では中々隙を見せてくれない。
(──仕方ない、か──)
ここでは単調な秘奥技を見せることはできない。恐らく先程見せた"水平斬"や"旋風斬"、"落雷"はもちろん、もしかすれば不意打ちとして出した"風刃斬"でさえも対応される可能性は十二分に考えられる。それに、基本的な秘奥技である"天空斬り"や"落とし斬り"は恐らく対応される。
だとすれば、使える秘奥技は、まだ名無しのオリジナル7連撃と、戦いの命運に最も重要な"青天の霹靂"の2つ。まだ決定的な隙が生まれていないのだとすれば、例の7連撃が最も相応しいと思える。
ただの剣の攻撃を4連撃繰り出した後、七奈の心臓付近──擬似コアに一度突き技を仕掛ける。七奈はさすがにしっかり見ており、その秘奥技を腕で逸らし、上手くいなす。
が、それは颯太の計算通り。七奈の力を利用して体ごと素早く回転し剣に勢いをつければ、次の瞬間には連続秘奥技を繰り出せる体勢に入る。
七奈は回転した颯太に攻撃を仕掛けようとしたが、その回転自体予想外だったのか、準備が間に合わず有効打を打つことができない。
それこそが完全な隙となり、颯太は木剣に力を込め、相手に状況判断の暇も与えず7連撃の秘奥技を繰り出す。
1撃目を牽制でわざと外し、2撃目で仕留める。虹をかけるように、アークを描くように振られる超高速の連撃は、2連続で繰り出されるだけでも対応不可能の速攻となる。
「──!!」
が、ここで誤算が生じる。
さすがにこの連撃には対応できないと判断した七奈がわざと死に体の状態で後ろに倒れ込む。あくまで賭けだったその行動だが、七奈の倒れ込みの方が一歩早く、トドメのために七奈の間合いに深入りした颯太の体は、虚空を切った木剣の勢いそのまま七奈の真上に倒れ込んでしまう。
──勿論、これは七奈にとっては十二分以上の好機。
倒れてくる颯太の体を受け止め、そのまま腰あたりに膝蹴りを入れる。素早く起き上がれる事が条件の攻撃だが、全身筋肉の七奈には何ら問題ない。
見事な膝蹴りが入り、続けて七奈が颯太を投げ飛ばそうとしたその瞬間。
──七奈の左胸には、木剣が突き立てられていた。
その試合を最前線で見ていた結愛の目には、決定的な瞬間、そして確かに七奈の左胸に突き立てられた颯太の木剣が映っていた。
「──何が起きたんや──」
流石に七奈もこれは想定外だった。
颯太の秘奥技が失敗し、その体を抱き止めてから膝蹴りを入れるまで僅か1秒足らず、そこからさらに追撃を入れるまでに僅か0.5秒足らず。
僅かその0.5秒未満の時間に颯太がトドメを刺したのか。
「──何をしたの.....?」
状況を理解できない七奈が、臨戦態勢を微妙に解けず颯太に低い声を出す。
「.....正直賭けでした。リフティングみたいに上に吹き飛ばされればこれは出来なかった。でも、七奈さんが抱き止めて膝蹴りを入れてくれたから、最後の秘奥技"青天の霹靂"を決めることが出来ました。」
「──ということは、どの道膝蹴りは対策されていたってことかしら.....」
後ろ受け身の時に腰の痛みを捨てて秘奥技の攻撃に全てを注いだ。完全に捨て身の攻撃だったが、一か八かというその一瞬、七奈が一撃ではなく二撃の攻撃を採用したことが命取りとなった。
「.....ぶっちゃけ、この賭けが外れたら普通に負けてましたよ、とんでもないです.....」
「──これは──私の選択ミスね──完敗、とは言わずとも、最後の最後に一本取られたってところかしら.....」
それを聞いたことで臨戦態勢が完全に解け、七奈はようやく表情を緩め呆れた顔を見せた。
―‐―‐―
「──ところで、膝蹴り打たれたとこ死ぬほど痛いんで運んでもらっていいですか.....?」
「──逆に良く耐え抜いたわね.....」
さすがに七奈の膝蹴りは超強力だったようだ。
―‐―‐―
「お疲れ様。」
颯太の身柄を引き取った結愛が、顔を合わせ一言目に声をかけてくる。
「ホントだよ、何でこんな戦闘狂と戦わないといけなかったんだろ。」
「あら、戦闘狂とは失礼な話ね。」
七奈が少し目の引き攣った笑いをする。
「いやいや──そもそもですけど、何でわざわざあの局面で俺を相手に選んだんですか?」
最大の疑問はそこだ。
あの場面で結愛と手本を見せた。わざわざ颯太と戦う理由は全くなかった。
考えられる可能性としてあるのは、戦闘狂の血が抑えられなかったという可能性。あるいは──
「──戦闘狂って言われるのは心外だけど、まあ近いものはあったわね。あなたなら、私が今まで百回以上防衛してきたこの壁を──本気モードの壁を越えられると言う直感があったのよ。グループBを代表するあなたの実力を見ておきたかった──体験しておきたかったのよ。」
「──ああ、はい──」
颯太は最早呆れた表情を見せた。
「にしても、まさか尚樹くんでも突破できなかった上原ちゃんの心臓を突破するなんてね、流石は颯太くん。」
そういいつつ訓練施設に入ってきたのは穂波だ。
「あれ、穂波さん?」
「訓練やってるっていうのを沙梨から聞いたから、どんな感じか見に来たら、なるほど、面白いことをしてるのね。後輩虐めが一転してやられたって感じかしら?」
「酷い言い方ですね.....」
穂波の曲解すぎる言い方に七奈は苦い表情をする。
「まあ、こういう訓練は本当なら尚樹くんとかがやるもんじゃないのかな、とは思ったりしますが、グループBの実力を測るって部分ではいい訓練だったとは思います。僕にとっては正直、意味のある訓練かと聞かれると素直に肯定はできないですけど──」
颯太の膨れ面に穂波が笑う。
「ま、スパルタ教育でお馴染みの上原ちゃんだし、これくらいは想定内かな。」
パン、と一つ柏手を打ち、話題を変えた。
「じゃあ、上原ちゃんはこの後私と団長とで話があるからすぐに来て。颯太くんも今日の夜8時、またいつもの部屋で中村くんとお話があるから、時間に遅れないように来てね。」
「.....尚樹くんから?分かりました。」
七奈は話題が見えないことに少し引っかかるが、取り敢えず了承して穂波と同行することにした。
「──俺にも、か──わかりました。時間に遅れないようにします。」
颯太も了承した。
―‐―‐―
グループBのメンバーがそのまま訓練を続ける中、施設横の穂波のプライベートルームに呼ばれた七奈が、穂波と共に部屋に入る。
「──」
肝心の尚樹は若干うたた寝をしていたが、その扉が開いた瞬間、若干朦朧とした意識のまま二人の方を見る。
「──寝てる.....」
「ん.....ああ、ごめん。色々あって疲れていたけども、人を待っている態度じゃなかったね。」
尚樹が座り直して伸びをする。
「で、話って何?」
年上にも関わらず、長い付き合いだからかタメ語で話す二人の会話は、友人と話すような口調で明るい話だと思いきや、残念ながらいい話ではない。
「グループAで、グループB創設への反対派の活動が深刻な問題になっている。恵理はグループBそのものには反対じゃなくて、ただ颯太くんに反感を持っているだけなんだけど、特に粗里くんあたりの活動が加熱しつつあるんだ。君にも警戒しておいて欲しい。」
「──いずれこうなるとは思ってたけど、思っていた以上に早かったわね──」
尚樹から言われた事実に、七奈はどことなく呆れたように、予想していたと落ち着いた反応を見せる。
事実、あくまでグループA内ではただの人殺しとしか思われていない颯太、さらにグループAを裏切ったと見なされている結愛がいるグループが、自分たちと同じ傘下に入るなど、ふざけた話だと思ってしまう人間もいるのだろう。
颯太や結愛はおろか、一部の人間ではストラゲラであるマイカの存在もあり、グループBのメンツ全員に不信感を持つ者もいるのだ。
その一端が先程尚樹から名前が上がった粗里寛。現在第4戦闘班の班長を務める男だ。
「.....粗里くんの事だから余計なことは起こさないとは思うけど、持論に関しては過激派の一端と言っても過言ではないわ。確かに、行動を注意深く監視する必要はあるわ。」
「──ないとは思うけど、彼は身長181cmという体格に恵まれた上に、強い身体能力の持ち主だ。颯太くんに暴力沙汰を起こし、大怪我や、最悪彼のストライカー人生を奪ったり、颯太くんに限らず彼の仲間たちに被害が及んでしまう可能性も捨てられない──無論、彼は真面目さ故暴力沙汰など起こしたことはないけど──」
「──彼のバックボーン的に、しかも感情的になることもある彼の性格的にっていう部分で、颯太くんに個人的な憎悪を持っていたりする可能性は捨てきれないし、そうなったら彼を止めることは難しい、それが尚樹くんの懸念材料ね.....」
七奈の言葉に尚樹が頷く。
「勿論、起きてしまえば粗里くんを処分して示談金を払ってってしてしまえば事務的には簡単に終わるんだけど、颯太くんたちから考えても、それに僕ら的にも、それだけで済ませるのはあまりにも胸糞が悪い。だからこそ、そういう予兆があれば僕らで止めなければならない。これは僕らの管理責任だよ。」
事実、40人強が所属しているグループAでは、その人事を3人がそれぞれの部分で管理している。団長の中村尚樹、次長の中村恵理、書記長の上原七奈の3人である。
団長の尚樹は一括してグループAの作戦参謀、配置などの方針の管理など、要するに人事部長のような立場を務める。実際の人事に直接関わる人間ではないが、形式上はそのトップを務め、任命、あるいは処分や除籍なども最終的には尚樹の決定によって行われる。
次長の恵理はグループA人事の次長であり、かつ作戦時に行動メンバーを指揮する、言わば尚樹の遣いであり、実質的に戦闘時の指示出しは、尚樹がいない場合は恵理が行う。また、教育や訓練などの責任者であり、肉体面でのケアは基本的に恵理の管轄である。
書記長と肩書きだけで言えば全く人事に関係なさそうな七奈は、メンバーのカウンセリングに当たる、言わば心理面でのケアを得意とした人間である。実質的に和花の後任であり、それでも尚樹からは"慈愛"とまで言われるほどに、心理ケアには天賦の才を持つ。
とは言え、かなりスパルタで教育らしい教育をしない恵理のせいで、実質的に人事を管理するのは尚樹と七奈の二人となっている。
「心理面でのケアマネージメントは私の管轄ね。明日、粗里くんの呼び出しをお願いするわ。軽く話を聞いておきたいのと、念の為に釘を刺しておきたいからね。」
「ああ、頼んだよ。」
そうこうで一先ず議論は終了したかに見えた。
「そういえば、颯太くんと訓練戦闘をしてたそうだね。」
突然の話題転換と、本来尚樹が知らないはずの内容を突然尚樹から提示されたことで、七奈には若干の動揺が見える。
「──まさか、尚樹くんの耳にも入っていたとはね.....」
「責めるつもりはないよ。結果だけ聞いておこうと思ってね。実に興味深い一戦だと感じたものだから。」
興味深い一戦である理由がイマイチ分からないが、上司に聞かれたからには報告はしておかないといけないと、簡単に結果だけ述べた。
「──悔しいですが、負けました。彼に心臓を突かれてしまいました。」
それを聞いた尚樹は少し驚いた表情を見せる。
「.....始めてだったかな、君の心臓に攻撃が届いたのは。」
「.....ええまあ、絶対的な自信があったんですけどね。見事に一本取られたって感じでしょうか。」
それを聞いて尚樹は一呼吸を置いてこう言った。
「颯太くんと戦った理由は、恐らく単なる訓練目的だけでは無いはずだ。そうでなければ、慈愛とまで呼んだ君の性格的に、彼と有無を言わさずに訓練を──半ば強要するような真似を、君がするはずがない。」
「──誘いが私からだったってことまでお見通しとは、流石は団長ね.....」
「まあ、何となくだけれどね。それと言った確証があった訳じゃないが、なんとなく、君のことだから、実力を確かめておきたいとか、そういう理由に託けて訓練を挑むはずだ、そう思ってね。なんて言うか、勘ってヤツ?」
「全く、貴方の勘とやらは末恐ろしいわね。」
納得したとばかりに僅かに緊張していた表情を解し、七奈は改めて尚樹の言葉を肯定する。
「事実、半ば無理矢理彼に訓練を挑んだのは私よ。確かに彼には戦闘狂のように映ったかもしれないし、やり方に関しては褒められたことではないけど、私は試したかったのよ。かつてストライカーの異端児と呼ばれながらも天才と呼ばれた彼の能力、その可能性をね。」
颯太のイメージは基本的にストライカーの"問題児"、"異端児"で通っており、嫉妬の意味を込めて言われる場合がほとんどで、一部颯太が殺人犯であることを知っている、またはそうだと断定している者から"裏切り者"と呼ばれることがある程度で、基本前者の2例が最有力だ。
一方、結愛は颯太にこんなことを言った。
──そんな彼らに言わせれば、颯太くんはこんな通り名で呼ばれてたんやで。
──ストライカーの天才ってな。
実は、結愛のこの言葉に出てきた"天才"というフレーズは、嫉妬や犯罪への嫌悪感の有無に関わらず、ほとんど浸透していない。
事実、グループBでこれを知っているのは結愛ととあるもう一人のみであり、仲間うちは勿論、親友である闘也にすら知られていないのだ。
「──天才。彼の二つ名としては最も認知度が低いもので、"呼びたくない"人もいるけど、基本"知らない"人がほとんどだ。やはり、君は知っているよね。」
「寧ろ、尚樹くんが知ってることに驚いたわ。」
あくまで互いにどこで知ったかという追求をしないようだが、どことなく気になっていそうな素振りは見せている。
だが、今回の論点はそこではない。
「──難攻不落の君の心臓に初めて届いたのが、まさか颯太くんになるなんてね。なんとなく予想をしていなかった訳ではないけど、やはり天才の素質がある。」
「.....まあ、天才の素質どうこうは置いておくとして、教育次長の立場から言わせてもらうなら、今私が診ている誰よりも圧倒的な可能性があるわ。」
一呼吸置き、七奈の口調が少し変わる。
「心臓をついたあの一撃の速さはもちろん、その場しのぎとはとても言い難い決定打を瞬時に繰り出せる、あの判断力、私をあそこまで楽しくさせたあの一撃を打ち込める力、最早グループBに留めておくのが勿体ないくらいね。」
七奈の口元がやや緩み、少し楽しそうに話す。
そんな七奈の言う”楽しくさせる一撃”は、颯太が壁に投げ飛ばされ一瞬行動不能になった後、追撃を狙った七奈に繰り出した”風刃斬”である。
事実、あの一撃までどことなく乗り気ではなく、あまりやる気を見せていなかった颯太が、あの一撃をもって本気になった。あの一撃、颯太が見せたあの目が、七奈の本気を引き出したと言っても過言ではない。
「.....やはり、穂波さんが見込んだだけある。どこからの情報かは知らないけど、どうやら最初から──」
「──その話はしないって約束じゃなかったかしら。」
思いっきりビクッとした二人が部屋の扉を見ると、いつの間にやら入ってきていた穂波が不機嫌そうな顔をしていた。
「.....すいません。口が滑るところでした。」
「全く──まあその話は置いといて、悪いお知らせがあるわね。」
急に空気を変えた穂波から突然尚樹に報告があった。
「────」
穂波の知らせに、尚樹も、七奈も落胆していた。
「.....どうやら、手を回すのが遅かったらしい。すぐに行こう、面倒なことにならないように、ね。」
「──うん。」
尚樹と七奈はそのまま会談を中止し、穂波のプライベートルームを後にするのだった。
―‐―‐―
「──酷いこった──さすがに肩こりまでは回避できないってことか.....」
かなり痛そうに肩を回す颯太が苦言を漏らす。
「──まあ、総当たり戦で馬鹿みたいに訓練戦闘やってたらそうなるわな──俺もかなり膝が痛い──」
闘也が膝をポンポンと叩きながらこちらも苦言を漏らした。
あの後穂波の提案でグループBの総当り戦の訓練が行われ、時間制限5分、コア決め制で一人あたり7戦という最早気の狂うような時間が流れ、結局4時間超という長い時間を要して訓練は幕を下ろした。
颯太は結局4勝2敗1分で、結愛とマイカに負けて煌太と引き分けた。
今回は負け数を基準に、同率の場合は勝率で優劣を付けて順位を決めた。
一位はマイカが6勝1分で香苗と引き分け。二位は結愛で6勝1敗でマイカに負け。三位が颯太である。
四位が香苗で1勝2敗4分で、颯太と同じく2敗だが勝率が42.9%。ちなみにマイカに引き分けた唯一の人物であり、唯一1勝したのが弟の煌太とであった。
ちなみに五位が同率で闘也とファビー(2勝4敗1分)、七位が同じく同率で煌太とキム(1勝5敗1分)である。
とまあ色々あった訳で、"またやろう"と乗り気の女子諸君や煌太、キムに対し、闘也と颯太は後遺症を懸念してできればやりたくないという姿勢で一致していた。
そして脳筋どもと付き合いのいい二人はそのまま訓練に打ち込んだらしく、颯太と闘也は離脱し、結局全員が18時に戻ってくるまでの2時間暇になったのだ。
「じゃあ俺は少し別件でお暇するぜ。他に加入できそうなメンバーがいないかも調査しておきたいしな。」
「そうか。確かにメンバーは増えるにこしたことがないし、俺にはコネもないからお前にしか頼めない。任せておくよ。」
「おう。」
そんな会話をして闘也が別の場所に向かってから、1分足らず歩いた颯太が穂波の部屋に戻ろうと施設に入ろうとした時だった。
「──うっ──」
突如心臓が苦しくなる。
つい先日、智樹との戦闘前にも感じた嫌な予感による心臓の過負荷だ。颯太自身、24代から暴力を受ける度に、その機嫌を何となく感じるようにできるようになり、言わば負の遺産である。だが、役には立っている。
(──嫌な予感──そこまで強いもんでも無いが、それでも何となく感じる──)
一度足を止めて深呼吸をする。もちろん、ただの動悸ではないので効果は薄いが、それでも気休めにはなると、颯太は昔からよくこれをルーティンにしていた。
そして少し収まったかと判断し、一歩を踏み出した──
──次の瞬間、颯太は腹部の強烈な痛みと共に少し離れたところにうつ伏せで寝転がっていた。
これはどちらかというと自然発生的なものではない。
(──奇襲──!?)
最悪の事態だ。仮に狂信者による攻撃だとすれば一撃で命に関わりかねない。この無防備な状態、追撃でも受けてしまえば本当に命はない。しかももっと悪いことに、AOになりうる武器も、素手で狂信者に対抗できる超人も、今は持ち合わせていない。
(.....マズイ、このままだと俺が倒れたことも気付かれずに、今は施設にいるであろう沙梨さんや和花さんにも被害が及ぶ.....)
若干朦朧とした意識のまま、周りを見渡す。
(──早く──早く気付いてくれ闘也──今グループBの連中は訓練に夢中で、グループAのメンツはこの付近には基本的に居ないはずだ──このままだと施設が危ないのに──!!)
「安心しろ、命を落とすのはお前だけだ。」
──人間の声だ。
人間、だとすればグループAのうち過激派に当たる人間だろうか、あるいは狂信者が喋っているだけだろうか。言葉の内容的には恐らく前者だろう。しかし、恵理の声ではない。
だがそれは更に悪い知らせだ。恵理以外にもこのように行動に出る輩が居たということになる。
(──恵理だけじゃなかった──このまま俺以外のメンバーに危害が加わるなら、せめて俺が命を落とすだけでいいのなら──喜んで捧げてもいいんだがな──)
恐らくそうはならないだろう。ここまでしてくる過激派なら、颯太の存在を半ば肯定したグループBのメンバー、さらに施設の関係者や尚樹、七奈、さらに穂波にすら危害が加わるのだろう。避けたい事実だが、最早先制で致命傷レベルの攻撃を食らってしまった颯太ではあまりに無力だ。
(──せめて──何か一発──)
そう考えつつも、ダメージが大きく体はもうほとんど動かなくなっていた。
(──嫌だ──このままなんて──)
嫌だ。あんまりだ。自分が許せなかった。だが、今の自分に何が出来るのか。無力を嘆くしかないのか。
「──何をしているのかな。」
その言葉にその犯人がそちらを見る。颯太も動かない体を無理やり動かしてそちらを見る。
そこには、救いとも言える目撃者の姿があった。
「一体君は彼に、何をしたのかな?」




