第1章 No.25 グループBの門出
──遠くで列車が鉄橋を渡る音がする。
少しドブ臭いような、それでいてどこか心地いい匂いがあたりに漂う。太陽の光は優しく、だがどこか少しキツく照りつけ、こちらを照らしている。
川が流れる音に紛れ、近くから声が聞こえてくる。
「くっそ!後ちょっとだったのに.....!」
「何があとちょっとか知らないけど、全然ちょっとじゃないわよ。まだまだ甘いわね。」
近くで話しているのは姉弟だろうか。とにかく弟ははしゃぎ疲れているような声を出し、姉の方も落ち着きつつ、どこかで興奮が抑えられないような声を出している。
とても楽しそうで、聞いているとこちらも楽しくなる。
「──何がだよ、あとちょっとだっただろ?ね、颯太?」
──そんな二人のうち、弟の方に声を掛けられる。
そうだ、今しがた、この子供と自分は、圧倒的な強さを持つ姉と戦いごっこをして、見事なまでに惨敗したのだ。
「──でも惜しかったよ。姉ちゃんが油断した時に足を取れていれば、ワンチャンあったかもしれないね。」
「そうだよなぁ、くっそぉ、鍛え直しだな.....」
心の底から悔しそうな声を出す弟に、自分──颯太は苦笑いを返すしかなかった。
なにせ、圧倒的なのだ。
「──ホント、どこにあるんだろうってくらい力が強いよね。僕ら二人を片手ずつに持ち上げて投げられたら、もうどうしようも無いんだよ.....」
「あはは、まあ、姉ちゃんが馬鹿力なのは認めるぞ。クラスメイトにも引かれるってよく言うし。」
「こら!余計なこと言うんじゃありません!でも、こんな風に二人と遊ぶ為には、これくらい力が無いとしんどくなっちゃうからね。」
姉はその力の強さから、この戦いごっこ、いわゆる"サバイバルゲーム"で怪物役を任されている。颯太と弟で陣地を組み、攻城戦と呼ばれるゲームで力比べをしているが、今のところ颯太たちの勝率は0%である。
「相変わらず元気で賑やかね。私にはついていけない。」
遊び疲れていると、タオルを持った女性が現れ、3人にそんな声をかける。
「ユウキお姉ちゃんも参加しようよ!」
「私は無理よ、体も強くないし、お姉ちゃんに簡単に倒されちゃうわ。それより、もうすぐ日が暮れるから帰るよ。三人とも汗拭いて。」
ユウキに言われるがまま、三人はタオルを貰い汗を拭く。
このサバイバルゲームをしていると、知らないうちにとてつもない量の汗をかく。
それだけ没頭して楽しめる遊びなのだ。考案者の姉に感謝しなければならない。
「──じゃあ帰ろう!」
「うん.....」
──あれ?なんだこの違和感は。
たった今、目の前には紛れもなく幸せな景色が広がっていて、自分はそんな日々を謳歌しているはずなのに。
「颯太くん.....?」
「おい、バテたんじゃねぇか?おんぶしてやるから、さっさと帰るぞ。」
「う、うん.....」
だが、他の三人は気にもとめずに帰り支度を済ませていた。
──いや、どう考えてもおかしい。
「──なんで智樹がいるの.....?」
背負われた颯太からそんな言葉が飛んできて、智樹は足を止めた。
「──おかしいよ。智樹は死んだんだ。それに、穂波さんもここにいるはずが無い。瑞穂姉ちゃんも、今はそんな顔で笑ったりしない。ここは全部おかしい──」
そんな独り言を呟いて、はっとして周りを見回すと、俯いて、目元の見えない瑞穂と穂波、そして動く気配のない智樹の後ろ姿が見えた。
「──なんでそんな事言うの.....?」
最初に声を上げたのは、ユウキ──では無く穂波だ。
まるで彼女はかつての小さな颯太に話しかけているはずなのに、今そこにいるのは、紛れもなく泉大津の管理人だ。
「私たち、颯太くんの家族じゃなかったの.....?」
──次に話しかけてきたのは瑞穂だ。
その瑞穂も、つい最近見た、背が高く、でもどこか全盛期より痩せて細くなった、2055年7月14日の瑞穂だ。
「──ホント、訳の分からんこと言うなよ。」
そして、最後に話したのは智樹だ。
その彼も、岬町自然ひろばで見た狂信者の格好をし、よく見ると右手に包丁を持っている。
「──そうだけど違う──皆は、僕と同じ世界の、知っている人達じゃない。」
颯太は智樹の背中を飛び降りて、右手に力を入れる。
そこには、いつものように手に馴染む愛剣──500円の傘が握られていた。いつの間にか体もいつもの大きさだ。
(──いつまでも幸せな妄想をしていられたら、どんなに幸せだっただろうな──)
息を吸い、右手に力を入れる。
斬るものは別に智樹や瑞穂、穂波では無く、ただ空を斬るだけで、恐らくこの世界から抜け出せるだろう。
「──俺は行かなきゃ。皆にお世話になって、楽しい日々を過ごして──そんな大好きな皆に、ずっと手を掛けてもらってる暇は無い。戦わなきゃいけないものができたんだ。」
──まあ、この中で一人、まだまだお世話になりそうな人がいないでもないのだが。
「──ありがとう、瑞穂姉ちゃん、ゆーき姉ちゃん。」
──そしてさよなら、トモ──
ー‐ー‐ー
──目が覚めた。
激動の7月中盤は間もなく終わりを告げようとしている。それでも、まだまだ忙しい日々は終わりそうもない。
「──おお、目ェ覚めたか。」
近くに闘也と煌太がいた。それに日差しがオレンジ色で、間もなくその日差しも無くなりそうな雰囲気。
どうやら宮原家に行った後、そのまま眠りについたらしい。泣き疲れて眠るなど、一体幾つの子供なら許されるだろうか。
「新メンバーのことも話しておきたかったのに、まさか結愛に担がれて帰ってくるとは予想もしてなかったぜ。」
「ああ.....アイツには礼は言っとく。で、新メンバーだっけ──こっちの用事に気を取られて半分忘れかけてたけど.....」
実は、闘也の言う新メンバーの件については、連絡自体は入っていたが、丁度迎え入れる14日に自分が別件の用事で出払っていた為、来ていたことすら知らなかった。
「まあ、そっちはそっちで忙しそうだったからな。こっちで何とか迎え入れられた。紹介しとくよ。」
闘也が手招きして、恐らく少し離れたところで待機していたであろう新メンバーを呼び寄せる。
「紹介しよう。元住吉ファビエンヌ、通称ファビー、ストライカーが遭遇した事件で最大と言われる"2050フランス革命"の数少ない生き残り、そしてフランスのストライカーとしては最後のサバイバーだ。」
元住吉ファビエンヌ、通称ファビー。紹介通り、フランス共和国出身、フランス人ストライカーとしては現在唯一の生き残りである、かつてのパリ防衛部隊の隊長だ。
身長は颯太よりも一回り大きい。175センチ程はありそうだ。それに加えて見事に引き締まったモデル体型である。だが、その堂々とした立ち姿には最早迫力を感じる。
「元住吉ファビエンヌです。よろしくお願いします。」
──つい数年前までフランスで現役のストライカーだった割には、もう10年以上は日本に在住しているレベルの流暢な日本語を話す。どこか違和感が凄い。
「苗字が元住吉ってところで分かるとは思うが、母方が日本人だったからな。日本とフランスで半々住んでたくらいだ。日本語の意思疎通は全然大丈夫だぜ。」
「あ、そうなんだ.....」
颯太はまだ違和感の余韻に浸っていた。
「挨拶も済んだところで、急だが現状を確認しておこうか。これから俺たちもリザーブじゃない、任務も格段に増えるだろうからな。」
「.....そうだな。」
闘也とファビーが近くの椅子に座り、颯太もベッドに腰掛けて話し合いの姿勢になる。
「とりあえず、人権のギリシャ、自由のアメリカ、社会のドイツ、環境のフランス、経済の中国、愛──というか愛憎の韓国、と来たからには、七つの大罪ならぬ人類史の甘い言葉七大要素としたら、日本は平和かしら。」
「まあ、回りくどい考察しなくても、こんな軍事弱小国なら平和以外ありえないだろ。」
ファビーの考察に軽く突っ込む闘也。
事実、2055年の平和化政策施行に伴う自衛隊の解散のせいで日本は──元々形式上軍はないのだが──軍事力0、要するに戦闘力が0となり、面積および人口ともに最小(少)のバチカン市国に攻め込まれても降伏するレベルとなっている。
こんな弱小国が平和を望むなど、傲慢な大国に滅ぼされるために冗談のようなものだが、現に隣国が全て同じように抑圧政策でほぼ滅んでいるので、現在は棚から牡丹餅くらいの平和が蔓延っている現状だ。
「事実、平和を作り出すために彼らは武器となりうるあらゆるものを国家権力で没収した。既にこの時点で憲法に引っかかりそうなものだが、結局武器を持たず一律的に平等になってしまった日本国民は──」
「──まあ、全員平等なんの差もないって言われて、はいそうですかって黙ってるはずがないわね。」
平等とは残酷なもので、言うのは簡単だが実現するのはとても難しい。
例えば努力の差を関係なく正規社員とアルバイトの給料を全く平等にするようなもの。大学に入り必死に生き死にをかけた就活を戦い抜いた正社員と、特に理由を持たず働きにだけ来ているアルバイトを同一視するのは、見るだけでは簡単だが非常に難しい。そもそもアルバイトの責任を正社員が取るような職場もある為、半ば正社員は"辛いだけで大して稼げない"という地獄のような職種となる。
──ちなみにこの件は30年ほど前に政府が一度検討し、就活生が意味を無くし有効求人倍率が急増、大学や大学院、正社員における深刻な人手不足が問題視され、結果的に見直された。
そりゃ正社員とアルバイトで同じ給料が払われるなら、中卒や高卒でアルバイトで働く方が圧倒的に楽であり、わざわざ就活などする必要がないからだ。
「人間は過去から何も学ばないからな。そこから何が起こるかなんてだいたい想像がつくだろ。」
「.....まあね。」
闘也の言葉にファビーが苦い顔をする。
「何だかんだ色んな理由で過激デモや抗争や紛争が続いたから、結果ここ3ヶ月半で450万人の負傷者、3万人余りの死人が出て、国家反逆罪で10万人近い逮捕者が出てる。まあ、1ヶ月でその1000倍も犠牲が出たフランス、その他1年で数百万死んだ諸外国と比べれば、まだまだ平和的な数字だがな。」
「でも、今回は例が韓国のものと酷似しているのなら、信者や狂信者の数がえぐい事になるけど──」
ファビーの懸念は、無論韓国の二の舞である。
颯太を震撼させた事実として、反日韓国人となることを強制された国民の一部が人造(首謀は国家)の狂信者となり、仲間であったはずの国民900万人を虐殺したというものが有名だ。
「──あの、ちょっといい.....?」
そんな話を二人でしている時に、颯太から横槍が入る。
「さっきから何の話をしてるか分かんないんだけど.....」
その言葉に、闘也は少し呼吸を整えてから話す。
「──そうだ──うちのリーダー様はその辺圧倒的に素人なんだった──」
闘也は少し呆れ顔だったが、丁寧に話してくれた。
「──そもそも、日本で起きた怪物──狂信者の大量発生、その理由は知ってるか?」
「えっと──民共党のせいじゃないのか?俺もまだ結論が出た訳じゃねぇけど、"敵は同じ"ってのと、結愛が俺をこの世界に入れた理由で、何となくそう思ってる。」
「まあそんな感じでいいだろう。厳密にはちと違うが、難しい話だし、知らない奴も多い。別にそこまで詳しく知っておく必要はねぇさ。」
闘也がなぜ核心の部分をはぐらかしたかは分からないが、まあ必要が無いなら、闘也の言う事だしそのままでいいだろう。
「それでだな、別にこういう狂信者の大量発生、別に日本が初めてじゃねぇんだ。」
「──どう言うことだ.....?」
闘也の口から放たれた真実に、颯太は驚きを隠せない。
「──さっきファビーが言ってたことを覚えているなら何となく察しはつくだろうけど、人権、自由、社会、環境、経済、愛憎の6つの"人間の構成物質"によって、ギリシャ、アメリカ、ドイツ、フランス、中国、韓国では、今の日本の平和化政策に似たような政策が施行され、同時に狂信者も大量発生した。」
「特に酷かったのはフランスと韓国ね。この2つには、"人工的に作り出された狂信者"が発生したのよ。」
「──人工的.....?」
──人工的、つまりそれは重度の洗脳を意味する。
狂信者、という字面を見れば、(平和化政策の)信者の中でも、それを心服してしまった人間が狂信者であるということは容易に分かることだろう。
そんな脳死の媒体を"人工的に作り出す"、それは洗脳に他ならず、通常ならありえないようなことであった。
「──それに──これは俺たちの推測だが──恐らく日本でも、人工的な狂信者を作り出す実験が行われている。」
「──は──?」
──驚愕の真実をさらに一回り、二回り程更新するような驚愕の憶測に、流石の颯太も闘也を信用出来なくなった。
「.....狂信者の洗脳状態、その心服が無くなった後もなお、狂信の魔力はその人間を襲い続ける。根本の思考が変わらないやつは、簡単に狂信者に戻るんだよ。例の椙野がいい例だ。」
「.....」
──脳裏に蘇ったのは、2回目の椙野討伐の後の景色。
あの時は結愛に邪魔されて全貌を見ることはできなかったが、椙野は再び不安定な状態へと陥り、三度目の狂信者としての覚醒を迎えようとしていた。あの後は結局鎮静剤などの投与で事なきを得て、その隙に咲洲へと移送されたらしい。
「──分かるだろ?狂信の魔力、あるいはその心服は、麻薬同様、一度手を出せば抜け出すことは困難を極める、人間を悪い意味でダメにするようなモンだ。」
「なるほどな.....」
それを言われ、流石に颯太も納得せざるを得なかった。
「それで、ストラゲラってのは、狂信の魔力の影響を受けながら尚、その思考に抗っている人間の事だ。つまりは、重度の麻薬中毒に侵されながら、ギリギリ自我を保ってる奴のことを言うんだ。」
「──椙野も、あれもまた同じようなもんか.....」
「まあ、狂信者として倒れた後の抜け殻と、ストラゲラでは、また大きな違いはあるんだけどね。」
ファビーが補足する通り、ストラゲラはもがいている人間のことを指すが、当然それ以外、狂信者として倒れ、その中にいた人間は、特に何にも心理的に抗ってはいない。せいぜいその根本的思考が変わっていないせいでまた狂信者に堕ちる、それだけの話だ。
だが、と前置きし、闘也は核心をついた。
「──そう考えたら、一人だけどう見ても不自然な存在、ストラゲラがいるだろ。しかも、俺たちの身近に──」
「──っ!?」
信じたくはないが、恐らくそういうことだろう。
(──まさか、マイカが──人工狂信者ってことか──)
──これ自体、マイカの口から一度は告白されたことだが、その対象は穂波のみであり、颯太たちには話されていない。マイカの口からも話されていなければ、あの場で穂波も秘密を貫いたということになる。まあ、闘也によって解明されてしまい、白日のもとに晒される訳だが。
「──ただ、もしもマイカがそうだったとすれば、日本での人工狂信者の作成は失敗した可能性が高いな。」
「──どう言うことだ.....?」
「確かに肉体の改造は成功したが、マイカの洗脳はまるで成功の欠片もなく純粋だ。もしかしたら肉体だけの改造に雑に使われたモルモットの可能性も否定は出来ないが、流石にそんな無駄なことの為だけに多額の金を投資するとは思えない。」
そりゃ、人一人を改造するわけだ。多額の投資がいるだろう。まあ、当然相手は国家機関なので、別に無駄使いが出来ないわけではないのだが。
「なら、しばらく国産の人工狂信者の発生は無いと見て良さそうね。とはいえ、国家機関で作られた人工のストラゲラなんて聞いた覚えも無いから、どんな子か気になるところね──今まで、10年間でいろんな狂信者と対峙してきた。ストラゲラも何人も見てきた。でも、フランスでも韓国でも、政府が改造りだした狂信者でストラゲラになった人間は見たことがないわ。余程強い意志を持っていたのでしょうね。」
「──まあ──俺たちもマイカのことはまだまだ分からないことばっかだ。実際に会って話してみたらどうだ。精神年齢は小学校低学年だから、めちゃくちゃ明るく話してくれるぜ。」
そんなこんなで前置きの話は終わった。
「.....そもそも、日本がこうなったのは民共党と呼ばれる政治組織のせいだ。しかもそれが日本人の7割以上の支持で選ばれたとなると、信者はあれから少し減っても大きく見積って、日本人9500万人のうち6割、大体6000万人弱くらいか。」
「狂信者の発生確率が平均0.5%と考えると.....約30万体弱ってことか、えげつないわね。」
このデータは過去に同じように狂信者の大量発生が起きた6ヶ国の平均データなので、完璧にアテになる訳では無い。
とは言え、そのデータに照らし合わせても約29万体。現状で日本各地に散らばるストライカーの数が1万余人と考えると、その数の差も圧倒的である。
「当然、現状狂信者は何体も討伐されているが、時間経過と共にほとんどが強力な個体へと成長していく。現状ですら月に500人弱のストライカーが死んでいる現状だ、これからは忙しくなりそうだぞ。」
「──そう考えると、中々に絶望的な戦いだな.....」
現状を確認すると余計に絶望的になってくる。
実際、ここまで6ヶ国で起こったストライカーと狂信者の戦いだが、現状6戦6勝なんてものでは無く、6引き分け、あるいは全敗のような状況となっている。
結果的に狂信者側の侵攻は止まって人々に安寧が訪れた訳だが、そもそもその理由が地域の壊滅なので、ストライカーの勝利などとは口が裂けても言えない、寧ろ敗北に等しいのだ。
「それだけに、各国からの日本への期待は大きい。あの韓国ですら、向こうのストライカーグループによる日本援助が始まった訳だし、アメリカ、中国、ドイツ、ギリシャの4ヶ国も、今日本へのストライカー派遣を行っているわね。まあ、その派遣先は首都圏近郊だけで、大阪なんて二の次三の次だけど。」
──なお、極端とも言える反日政策で現地の日本人や親日韓国人を惨殺した韓国だが、別にストライカーグループまでも反日という訳では無く、寧ろ日韓は相互の異変の際にストライカーを送り合う予定であった。
まあ、結局韓国も数十人を残してストライカー軍が壊滅して今に至る訳だが。
「だからこそ、フランス代表とまで言えるファビーの大阪への凱旋は大きいんだよ。キムも勿論だがな。」
「そして、この国々の軍は皆、口を揃えてこう言うわ。」
──日本の陥落が、全ストライカーの完全敗北である。
「──どうしてそこまで日本を重要視するんですか.....?」
颯太の疑問にファビーが簡単に答えた。
「要するに、ストライカー拠点が全て壊滅するのね。プリズムの名のもと、大国にはストライカーグループが建てられていった。この7ヶ国の他にイギリス、イタリアとカナダにも。」
「だが、この3ヶ国はほぼ機能していない。そもそも中国と韓国は元々、狂信者の大量発生が起きる予測がされていなかったんだ。だからこそ、中国の戦いでイギリスを初めとした3ヶ国のストライカー達も参加したが──まあ、結果は全く芳しくなく、この3ヶ国は現在合計で8人を残すのみだ。」
「はち──!?」
──イギリス、イタリア、カナダ。それなりに大国である3ヶ国のストライカーを合わせて、現在8人だと言うのか。
それほどまでに中国の狂信者の大量発生がとてつもない事案だったということである。
「3ヶ国は中国に引き続き、翌年に起こった韓国の異変にも"死の突撃"と言わんばかりに攻勢を掛けた。日本の援助もあったがソウルは守りきれずってところだな──」
──韓国の異変が起きたのは2053年、それくらいには泉大津が開設され、既に機能していた。
つまり、元々の泉大津の役割は自国防衛に限らず、韓国への派遣のための軍勢でもあったのだ。
「──そして韓国も崩れ落ち、最後に残ったのは、同じく韓国戦で疲弊しつつ、唯一ストライカーグループとして形骸を保っていた日本の"対危険思想プログラム"、通称タイキプロって訳ね。ここまで言えば分かるかしら。」
「──次に同じような異変が起きた時、狂信者を止める役割を持つストライカーが機能しなくなる──」
──2055年7月、現状の日本のストライカー軍、47都道府県全て合わせて合計で12,554人、狂信者が30万いるという状況でこの人数は絶望的に見えるかもしれないが、ストライカーの所属数で言えば現状日本が最大であり、アメリカの3,611人をなんとトリプルスコアで凌いでいる。
それ以外の国もギリシャは1,021人、ドイツは2,116人、中国は761人、韓国は19人、フランスはファビーを残すのみと、合計してもストライカー連合の半分以上を日本人が占める。
「そして日本でも同じように陥落して、犠牲者は最低でも7割、酷ければ9割、最悪数人を残すのみなんてことになれば、次に仮にイギリスで異変が起きたとして、ストライカーは大国全てを合わせても僅かに1万人足らず。そうなればもうどうしようも無いわ。後はじっくり狂信者達が世界を飲み込んでいく、そんな絶望が訪れるだけよ。」
──なるほど、つまり日本は最終防衛戦という訳だ。
2055年7月現在、首都圏防衛部隊には多国籍の七千弱のストライカーが派遣され、やはり首相官邸もある東京には日本を含めた7ヶ国で合計九千人から成る防衛陣地が存在する。
現在日本には約2万人のストライカーが居る、それだけ聞くと心強いが、相手は30万、やはり劣勢に変わりはない。
「──そりゃ、なんとも責任重大だな.....」
「そういうことだな。俺たちもたかだかリザーブ組だからって言って、甘えたことやってるとぼろ負けするぞ。」
「──熟とんでもない世界に片足突っ込んじまったよ.....」
──それだけ言って颯太は立ち上がる。
何だかんだとボヤいていた颯太だが、その目は別に嫌々という訳では無く、寧ろやる気に満ちていた。
「とは言え、いつもと変わらん感じで、ガチガチにする気は無い。任務に緊張感を持ってくれればそれだけで構わない。それが"俺のグループ"だ。後で決起集会するぞ。」
「珍しくやる気じゃねぇか。いつも気だるげなお前からは想像もつかねぇ程にな。」
「やりすぎだったか?」
「いや、寧ろその言葉を待ってたんだよ、リーダー。」
2055年7月15日、泉大津ストライカーグループB隊、通称"グループB"が正式に創設された。
リーダーの高縄颯太、そしてメンバーは"打"に穂見結愛、小沢香苗、小沢煌太、キム・ジュヌ、"闘"に吉野闘也、元住吉ファビエンヌ、そして特別枠のマイカを加えた8人構成。
これから何が待ち受けているかは分からないが、このアットホームなグループが今後、誰かの運命を変えることがあるかもしれない。それはまだ先の話だ。
ー‐ー‐ー
「グループBに関する資料、概ね終わりました。」
同日夜、穂波のいる施設の管理室に、沙梨がグループB関連の資料を仕上げ、穂波に提出した。
「あら、珍しく早いわね。一ヶ月はかかると思っていたけれど。」
「流石にそれは誇張が過ぎるのでは──」
前にも言った気がするが、沙梨は肉体労働こそ輝く人材だが、このような事務仕事を苦手としている。
そんな後輩をイジるのは取り敢えず後にして、沙梨が作ってきたグループB関連の資料にある程度目を通していく。
「特に誤字脱字も無いわね。合格よ。大変な量だったでしょうけど、よく頑張ったわね。お疲れ様。」
「ありがとうございます。」
淡々と話す沙梨だが、表情から嬉しさが隠しきれていない。
「こっちとしてもようやく颯太くんを公式に認定することが出来たから、やっと肩の荷を下ろせるわ。報告書に嘘をつき続ける日々もようやくおさらばね。」
「そうですね──ていうか、報告書に嘘書いてたんですね.....」
「まあ、向こうとしたら、自分たちの管轄以外のストライカーに討伐されるのは癪らしいからね。」
「──なるほど、醜い争いですね.....」
そう、何だかんだと理由をつけて国家に反逆しているストライカーたち、及びストライカーたちをまとめあげるタイキプロも、どうやら利権が欲しいらしく、タイキプロ以外のストライカーが狂信者を討伐すると機嫌が悪くなる。
とは言え、ストライカー達からしても、本来なら命を賭けてもなんの報酬も無い狂信者討伐において、タイキプロに所属することで報酬が発生することを考えれば、別に両者ウィンウィンの関係であることは間違いないのだが。
「そう言えば、智樹くんの件、まだ沙梨には説明してなかったかしら。」
「──言われてみれば、聞いてないですね.....」
本編ではネタ切れの都合上しっかりと描写できなかったが、瑞穂の言質を取った後、待ってましたと言わんばかりの早業で智樹の遺骨が泉大津に送付され、颯太を初めとしたグループBと尚樹によって、中村明美の墓の近くに、暫定的とは言え墓を作り、そこに埋葬された。
恵理とは一悶着あったようだが、尚樹の説得により墓を掘り返されることは無く、なんとか無事に事は済んだ。
「後は、智樹くんが狂信者の時に使っていた二丁の包丁について、左手用を颯太くんが保管し、右手用は骨壷の隣に供えられているわ。」
「えっ、実物の包丁ですよね?颯太くんに持たせておいて大丈夫なんですか.....?」
──実際、颯太には殺人の前科があるため、武器となりうる包丁を持たせておくのは非常に危険だ。
とはいえ、既にストライカーの力を手に入れてしまった現状、実物の包丁の有無ははっきり言って誤差の範囲内ではあるが。
「いいのよ。彼も狂信者討伐にしか使わないと誓ってるし、仮にもかつて親友が握っていた武器よ、颯太くんにも武器とのシナジーみたいなものが産まれてくれれば、さらなる実力アップに繋がりそうじゃない?」
「──相変わらず、なんて言うか能天気ですよね.....」
沙梨は呆れ顔をした。
「それより、グループBを正式に作ったのであれば、訓練所とかの説明と、訓練着の発注をお願いしておかないといけないですよね。」
「ん?──ああ、訓練の関連ね。まあ、その辺りは和花や七奈ちゃんに任せてるから、そっちにお願いしておきましょう。訓練着は──えっと、7セットあればいいかしら?」
「まあ、何回も訓練することを考えるなら、取り敢えず200着程あれば十分でしょうかね.....」
「──発注はしておくから、しばらくグループA用の貯蓄からグループB用に割いておいて頂戴──」
予算の話になり、穂波は一瞬で不機嫌になる。
「──訓練着も使い捨てじゃなく、新しいタイプになるようにもう少し研究開発しておかないとダメかしら、"あのぼったくり"に金を払い続けるのも癪だし.....」
「あはは.....」
穂波の愚痴に、沙梨は苦笑いするしかなかった。
「失礼します。」
そんな話をしていると、ノックと共に尚樹の声がした。
「どうぞ。入ってきて頂戴。」
穂波は机の近くにある操作パネルで扉を解錠し、尚樹を中に招き入れる。
扉にはオートロックが何重にも掛けられており、全ての鍵をフル活用すると、ピッキングのプロも踵を返して逃げ出すほどの、とてつもなく厳重な鍵と化す。
「お疲れ様です。泉北地域での狂信者RL35戦の報告書を提出しに来ました。」
「.....貴方たちも災難だったわね。お疲れ様。」
主力組としての最終任務、泉北高速鉄道深江駅付近で起きたレッドリスト狂信者の討伐においての報告書だ。
レッドリスト狂信者、しかもその強さも後期クラスということもあり、対応地域だった中百舌鳥の要請で堺、泉大津主力組が呼び寄せられることとなった。
結果的に泉大津主力組で2人、堺で4人、中百舌鳥で5人、合計11人の犠牲を出す凄惨な戦いとなった末、その狂信者だった"中の人"は、現在咲洲にて治療を受けているが、意識不明の重体であり、回復の見込みは今のところない。
「──嫌なものですね。既に今月だけで3人が死んでいるというのに、慣れというものは残酷だ。仲間がどんなに凄惨な殺され方をしても、また任務があれば赴き、狂信者との戦いに命を燃やし、何事も無かったかのようにまた戦いに赴く──」
「──それだけ聞けば、まるで感情を持たない機械ね.....」
実際、泉大津グループ主力組では、2055年4月から今日に至るまで、11人もの死人が出ている。現状の戦力47名、一応入隊も4人程あったが、人的資源で考えれば赤字もいいところだ。
「それだけに、グループBの活躍を期待したいですが、どうにもうちには、前近代的に派閥だの権利だのを主張する醜い利権主義者が屯ってるんですよね.....」
「それだけじゃなく、恵理ちゃんを筆頭に、颯太くんアンチが極まってグループB自体に反対している輩もね。」
「──流石に、穂波さんはもうご存知ですか──」
そう、現状のグループAには、尚樹の言うような利権主義的な人間の他にも、颯太の泉大津への所属に反対し、中にはその颯太を匿っていると、グループBそのものに反対する輩も少なからずおり、グループ間交流の難易度を跳ね上げている。
「──まあそれはそれとして、尚樹くん、"例の件"の調査は進んでいるわよ。上手く行けば近日中、いい結果が出てくれるかもしれないわ。」
「──本当ですか──何と感謝していいものか──」
「れ、例の件.....?」
沙梨にはなんの事だかさっぱりだが、穂波が目線で"貴方には関係の無いことよ"とメッセージを送ってきたので、深入りはしない事にした。
「あと、グループBの訓練所の使用を今日付で許可したから、七奈ちゃんに言って、訓練所の使い方を教えてあげるように言っておいてね。」
「分かりました。それでは失礼します。」
用事が済んだようで、尚樹はそれを最後に部屋を後にした。
「それでは私も失礼します。明日から忙しくなりそうですし。」
「そうね。明日からは忙しいわよ。」
グループBの設立により、また泉大津が一つ変わろうとしている。それは勿論、良くも悪くもではあるが。
颯太、そして泉大津が、これから始まる日本の大変革時代に巻き込まれるなど、今はまだ誰も知るよしも無い。
「おやすみなさい。ゆっくりお休み。」
沙梨は軽くお辞儀し、扉を閉めてその場を後にした。
穂波もそろそろ眠る時間だと、資料を纏め、部屋を後にし、寝室へと向かおうとしていた。
(──)
そんな穂波が、ある写真たちの前で動きを止め、その写真の向きを変えて見る。
若かりし頃の穂波だろうか、見覚えのない建物の前で、見慣れない女性と、仲良く笑っている風景が収められていた。
その女性は穂波より小さくて丸っこく、また別の写真には自分より大きい穂波を軽々と抱き上げているものもある。
何より、来客には見せないように後ろを向いているのがなんとも不自然ではある。
「運命の悪戯ってのは、ホント、全てを狂わせるわね。」
そんな独り言を呟きながら、窓の外を見る。
21時を過ぎ、すっかり星空が広がる暗い空に、穂波は誰にともなく語りかける。
「──ねぇ、柚子──」
第1章はここまでです。
第2章の編集がまだまだ終わっていないので、次の話を出せるのはまた先になりそうです。




