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第1章 No.23 痛みの欠片

 「──ストライカー業界ってのも一枚板やあれへん。颯太くんへの反応が様々なように、実力至上主義的なことを考えてる連中もおる訳や。そんな彼らに言わせれば、颯太くんはこんな通り名で呼ばれてたんやで。ストライカーの天才ってな。」


 謂れのない言葉に颯太はとてつもなく困惑する。


 「──聞き覚えが無いんだが──そもそも天才って何?初対面でお前と戦った時も見た通り、実力はカス同然だろ──」


 ──実際、怪物との初対戦においての颯太の実力は、まるでチャンバラをしている子供と同程度。ほとんど結愛が単独撃破したと言っても過言では無いほどであった。


 「誰も実力面のことを言うた覚えは無い。そもそも、誰に稽古を付けられたんか知らんけど、プリズムの福音書も持ってないただの子供が、たった3週間、プリズム教の信仰すらせんままにストライカーの力を備えているのがおかしい。」


 「それは確かに何人かに突っ込まれた気がするけど.....」


 ──颯太はここで、先程の"天才"という言葉に妙な引っ掛かりを感じ、記憶をたどってみた。


 「──そう言えば誰か忘れたけど言ってたな、ストライカーの天才がどうたらこうたらって、一部には認知されている言葉なんだろうと思ってたけど、俺のことを指すなんてな──」


 (──誰かから聞いた?)


 颯太の言葉に驚きと違和感を隠せない結愛だが、後で調べればいい事だと考え、この場では割り切ることにした。


 「──ホンマに一部の人しか知らん通り名や。基本的に颯太くんの通り名は"異端児"、もしくは"問題児"やからな。」


 「うっわひでぇけど解釈一致──」


 ──それをお前が認めてどうする。


 「えっと──でもな、颯太くんに可能性があるっていうのは、正直私も感じてるところやで。」


 「──昔だったら嫌味にしか聞こえなかっただろうな.....」


 ネガティブbotと化した颯太のことは置いておこう。


 「そもそも一戦目、颯太くんは何もしてないって言うてたけど、初手にまず攻撃を仕掛けた時点で優秀やと思うで。普通の子なら産まれたての小鹿みたいなガクブルで手出しすら出来ひんのが二、三回は続くと思うで。」


 「──そんなもんなのか.....」


 まあ、実際見慣れていない人間からすれば、狂信者など怪奇現象と同類に位置するであろう。新人が恐怖で震えることは間違いない。颯太ほどの度胸があれば話は別だが。


 「それに、戦いにもすぐ馴染んでる。私らは前まで非公式のリザーブ組やったから使えんかったけど、トレーニングルームってのが大体のストライカーグループにあってな。新人は基本そこで学んで実力をつけてから実戦、そんでその実戦も4、5戦くらいしてからやっと前線に入れるってのが普通の流れなんやで。」


 「──俺、なんならリザーブ組初実戦で余裕の先発だったよな?鬼か何かか?」


 「穂波さんもただの素人ならそんなことさせへんよ。颯太くんやから初手前線に出しただけやで。」


 「──どこにどう可能性を見出したんだか.....」


 それこそ命懸けのストライカー稼業だ。中途半端に適当な勘を信じるだけで適当に新人を前線に投入するのは、完全に人的資源の無駄遣い、例えるならば石油を採取して、掛け流しして捨てているのと同じようなものだ。

 だが、穂波がそんな真似を決行したのは、やはりどこかに根拠があったのだろう。


 「──私もホンマは反対やし、沙梨さんとか和花さんとか、結構反対勢力は多かったんやけど、人手不足もあったし、何より穂波さんがエグいほど自信ありげにゴリ推してきたから──でも、結局采配は当たって颯太くんは死んでないもんな。」


 「──最悪の可能性は考慮してくれてないんだな.....」


 ──なんとも雑な采配だが、結果的に颯太の経験値になったのは事実ではある。

 そして結愛は、"自分の気持ち"も語った。


 「私が颯太くんを強く突っぱねられへんかったのは、どうしても颯太くんにしか期待できひん部分があったんやけど、それはなんやと思う?」


 「──お前の考えてることまでは流石に分からんが.....」


 颯太はそこまで言って、一度はボツにしていた考察を思い出して、あくまで仮説として結愛に話した。


 「──俺の憎悪を仮にお前が汲み取って、その上でストライカー稼業に片足を突っ込ませた理由として、真っ先に思い浮かんだのは共鳴、つまりお前の心の中のどこかで、俺の復讐を止めたくない、そんな気持ちが生まれたんじゃないかって──まあ、これはあくまで何の根拠も無い考察だがな。」


 「──」


 「──ただ、俺には特殊な事情がある。さっきお前が言ったように、当時のお前や沙梨さん、和花さん、尚樹くんや七奈さんに至っても、俺のことを無条件で信用するはずが無い。寧ろ俺の事情を知ってれば、今のグループAの中村恵理とかと同じ意見で纏まってないとおかしいはずなんだけどな。」


 だからこそ、と付け足し、颯太は続ける。


 「.....こんな俺にお前が期待することなら、悪いけど、白い感情じゃないことは明らかだ。例えばそうだな、仇を打って欲しいとか、そんな感じか?」


 ──よくもまあここまでツラツラ出てくるものだ。

 これは場合によっては友人関係を破壊する、コンプレックスよりも深い傷をつけるかもしれない程にデリケートな部分であり、それを無闇に掘り返そうとしているのだ。

 場合によってはキレられても仕方ないところだが──


 「──まあ、9割は正解やな.....」


 全肯定では無いにしろ、結愛はある程度認めた。


 「──私だけや無い、さっき言うた通り、このタイキプロには不幸に遭った子供たちが多い。そんな子供たちがタイキプロのもとで人間性を壊されて狂人になっていく。そんなもん耐えられへん。それは颯太くんにも同じことを思ってる。」


 「──」


 「せやけど、人を殺めるくらいまで上り詰めたその憎悪を、負の感情を、どうしても有効に使いたかった。それはきっと、今後颯太くんが戦っていく上で、不幸に遭って、怪物に手も足も出せんと死んでしまった子供たちや、狂ってしまった子供たちの憎しみを背負って戦って欲しい──こんなん、全く褒められたこととちゃうけどな。」


 「──皆の憎悪を、か.....」


 ──民共党の横暴の数だけ、それに傷ついた人間がいて、そんな中にタイキプロが誘拐した不幸な子供たちもいる。

 颯太が会っていないだけで、あるいはグループAの中にもそんな子供が居たり、あるいは香苗や煌太、マイカだって、実はその胸のうちにとてつもない憎悪を抱えているかもしれない。

 そんな憎悪に塗れたストライカーの世界を、悪くは無いなと、颯太は少し苦そうに笑った。


 「──俺さ、正義のヒーローって奴を馬鹿にしてたんだよな。」


 「.....え?」


 「どこかの世界には、愛と希望だけしか友達がいないパンのヒーローだったり、怪獣を倒す人々の願いに答える金属のヒーローもいる訳だよ。だけどそんなヒーローたちが運ぶのって、何時だって人々の希望でさ、そんな訳無いって、なんでヒーローに希望を預けるのかが分からなくて──全く、悲しいほど(ひねく)れた子供だけどな。」


 だけど、と颯太は拳を握る。


 「──希望の裏には絶望があるように、白の裏には必ず黒がある。高縄颯太に求められる人物像が、皆の黒い感情を託されて戦う戦士なんだとしたら、別に馬鹿には出来ない。それはまるで、正義じゃなくても、ヒーローなんじゃないかなって。」


 そんな颯太の言葉に、思わず結愛は笑った。


 「──なんかおかしいか.....?」


 「ヒーローやなんて──まるで颯太くん、夢見るちっちゃい男の子みたいな考え方してるなって思ってな。」


 「──うるせぇ.....」


 ──そう言いつつ、結愛は起き上がり、笑顔ながらも少し真面目に、颯太にこう言った。


 「ヒーローなんかならんでもええ。でも、私は少なくとも、今の民共党(アイツら)への憎悪を颯太くんに託す。颯太くんならきっと、この復讐をやり遂げてくれるって信じてる。」


 「──まるで、泉大津に入る前から今に至るまで、何一つ変わってないような感じで言ってくれるよな。」


 ──だが、根本は変わっていない。復讐だ。

 ただその方法が人殺しから狂信者討伐に変わっただけの話。


 「──せめて期待には応えたい。もう止まってる訳にもいかないよな。もっと実力を付けて、家族のツケを払ってもらわないといけないからな。」


 ──民共党に払わせるツケは沢山ある。

 それは颯太の家族や宮原家も勿論、結愛や、今もタイキプロのもとストライカーとして戦う少年兵たちも同じく。


 「──悪いな。愚痴に付き合ってもらって。」


 「別に愚痴とちゃうくない.....?」


 颯太はそれだけ言って波戸を降り、施設に戻ろうとした。



 「──颯太くん?」


 急に結愛から呼ばれ、颯太は少し驚いて足を止める。


 「なんだよ.....」


 振り返った颯太だが、結愛の見慣れない表情に、少し時間が止まったかのような錯覚に陥る。

 なぜなら、結愛の表情が"何かを"物語っていたから。



 ──急におらんくなるんは、許さんからな。



 ──突然水分を奪われた口から、颯太は言葉を紡いだ。


 「──な、何の話だ?脈絡がねぇだろ.....」


 「いや?まあ、なんとなくな。」


 「──何だよ、変な奴だな.....」


 颯太はそのまま振り返り、施設へと戻って行った。

 そんな後ろ姿を見送りつつ、結愛は先程まで颯太が座っていたところにあった、紐のついたコンクリートの欠片を海へと投げ捨てるのだった。


ー‐ー‐ー


 「おはようございます。」


 ほぼ同時刻、穂波の部屋を沙梨が尋ねていた。


 「おはよう。グループBの書類作成は順調かしら?」


 「──まあ、順調では無いとだけ言っておきます.....」


 泉大津では、グループの再編に伴い、グループA、Bを管理する書類の作成に追われており、穂波がグループA、沙梨がグループB、和花がグループA予備部隊の書類を作っていた。

 だが、書類作成などの事務仕事を得意としない沙梨を中心に、颯太のことや先の狂信者の問題もあり、全体的に仕事に気が乗らない空気が蔓延し、作業は遅れに遅れていた。


 「──グループBや予備部隊を二人に回しただけ感謝してもらいたいんだけどね。グループAは40人以上、一人一人プロフィールの更新作業をしているだけでも骨が折れるのよ。」


 「そっちだったら私は首を吊ってますね──」


 「縁起でもないことは言わないものよ。」


 ──普段ならこんな冗談も罷り通るのだが、先の狂信者の事案のせいで、若干タブー視する風潮が出来上がっていた。


 「──すみません、無神経でした.....」


 「そんな今にも壊れてしまいそうな颯太くんを今朝見掛けたんだけどね.....」


 「えっ.....?」


 ──穂波は今朝、車止めくらいの大きさのコンクリートを持った颯太を目撃している。

 何かをしようとしていたことだけは確かなのだが。


 「さっきは結愛ちゃんが話をしていたわ。しばらくは安心だけど、颯太くんにはこれから乗り越えて貰わないといけない問題があるのよ。少し酷な話だけれど。」


 ──先の岬町自然ひろばでの狂信者との戦いで、狂信者となった宮原智樹は、自害という形で命を落とした。

 その報告と言ってはなんだが、その事実を家族に報告するためにも、七奈を初めとした予備部隊が宮原家の調査を長らく行っており、つい先日その調査報告が穂波の手元に来た。


 「──宮原家長女、宮原瑞穂さんのことですか.....」


 「颯太くんがどう考えるかは分からないけど、グループBを作ったりとか、ある程度のごちゃごちゃが落ち着いてから、颯太くんに改めて、瑞穂さんへの報告に同行するか、あるいは瑞穂さんに颯太くんの口から話すかを決めてもらうわ。申し訳ないけど、せめてそれは私たちの義務だから、颯太くんに無理強いはしないけど、どの道辛い結果になるでしょうね。」


 「──私だったら、首を吊ってますよ.....」


 ──沙梨から放たれた言葉は先程とニュアンスは同じ、なのに、先程の冗談めいた苦笑いではなく、今度の言葉は、まるで本当にそうすると言わんばかり、冗談などという要素は一ミリも感じなかった。


 「──結愛ちゃんも万能じゃないわ。私たちでもしっかりと見守っていきましょう。」


 「──ですね。折角グループも纏まったところですし、颯太くんをここで失いたくないですもん.....」


 沙梨は後ろ手の拳に力を込めた。


ー‐ー‐ー


 ──同日、グループBの面々が穂波の部屋に集まった。


 「えーっと、取り敢えず皆、集まってもらってありがとうございます。」


 ──なぜか少し緊張している颯太。

 香苗や煌太、マイカは少し心配そうな顔だが、そもそも颯太が大勢の前で話すのが苦手なのを知っている闘也は、どことなく笑いを隠しきれない表情をしている。


 「──えーっと、今日みんなに集まってもらったのは他でもない。」



 ──グループBのリーダーを決めたいと思います.....!!



 この日開催されたグループBの第0回定例会議。

 ──とは名ばかり。実態はリーダーの押し付け合い大合戦であった。


 先の話でも出ていたように、現状颯太が尚樹から、結愛が七奈から催促されているように、グループBのリーダーを決めるという一大イベントが待ち構えているのだった。

 だが、颯太が結愛に、結愛が颯太に、お互いに擦り付けあっている状況で、議論は平行線を辿っているのだった。


 「──今んとこ、俺たちの話し合いで、初期メン3人のうち、闘也は共通認識で候補から外してて、俺と結愛(コイツ)で押し付けあってる状況だ。」


 「おい待て!なんで弾かれた俺!?」


 颯太が当然のように語った内容に闘也が異議申し立て。


 「──いや、お前責任負いたくないだろ?」

 「闘也さんはどっちかというと補佐が似合いそうで.....」


 二人から飛んできた柔らかな言葉のナイフが突き刺さる。


 「──その通りだよチクショウ!」


 闘也が大絶叫で候補から外れた。


 「──んで、現状俺は怪力っ娘、結愛(コイツ)は俺を筆頭候補に挙げてる。そのまま議論は平行線だな。」


 「凄いことになってるね.....」


 マイカがこういうのは無理は無い。

 実を言うと、先程海岸で行われていた会話とは打って変わって、その後に行われたリーダー議論において、颯太と結愛はバチバチに言葉で殴りあっていたのだ。

 その敵意のようなものが未だに隠せていないのが現状だ。


 「取り敢えず俺の言い分を話そう。まず、闘也が知っての通り俺は頼りにならんこと、そして何だかんだと言って一番ここにいる歴が長いのは結愛(コイツ)だ。泉大津での揉め事にも一番慣れてるだろう。だからこそ俺はコイツを推薦する。」


 「逆に私の言い分は、そもそも私があんまり揉め事が好きじゃないってことと、これまでの戦いにおいても主力を担ってたんが颯太くんや。それに、そもそもリザーブ組を作るきっかけになったのも颯太くんやし、このグループと運命共同体みたいなもんやから、颯太くん以外に適任はおらんやろ?」


 ──双方、かなり言い分が滅茶苦茶だ。これは難しい問題だと、全員が苦笑いする。


 「あんまり聞いてなかったけど、リーダーって何をするのがお仕事なの?」


 マイカの質問に結愛が答える。


 「──まあ、あくまでグループBのリーダーで、団長の尚樹くんとはちゃうから、グループBの報告書を作ったり、幹部会議に呼ばれたりするんが概ねの仕事かな。特にリーダーやからって、実戦でなんか別の仕事するとかってことは無いな。」


 これは尚樹も言っていた通りで、あくまでリーダーというのは形だけのものであり、別に"リーダーだから"という理由で何かを無理強いされたりする訳では無い。

 とはいえ、その形だけでもグループBの責任を担わなければならないというのが、二人がその役職を押し付け合う原因になっているのは言うまでもないのだが。


 「でも、どっちの意見も分からなくは無いんだよね.....」


 香苗も非常に頭を悩ませているようだ。


 「でも、これは正直、どっちの言い分がどうとかより、直感を信じるのが大事だと思うぜ。今んとこ、頼りになるのはどっちも一緒だし、俺たちは戦場ではいつもお互い様がモットーみたいな戦い方してるしな。」


 「──まあ、確かにそうかもね.....」


 闘也の言葉にキムが同意する。

 確かに、恐らくこのまま二人が言い争っている状況であれば、このまま平行線を辿り続けて結論も出ぬまま、答えを待ち続けている穂波たちをずっと待たせ続ける結果となるだろう。

 だからこそ、見方を変えるという視点で見れば、闘也の考え方はかなり良いアドバイスだ。



 「──直感なら、僕は颯太くんを選ぶかな.....」


 そんな平行線を断ち切るかのように最初の投票に打って出たのは、まさかの煌太だった。


 「──姉さんがどう思ってるか知らないけど、僕がリザーブ組に入ったのは、颯太くんを中心に──なんて言うか、どこか楽しそうな雰囲気が気に入ったからだし、その中心に居たのってやっぱり颯太くんだと思う。」


 ──そんな煌太のまさかの動きに呼応するかのように、闘也が第二声をあげた。


 「──まさか煌太くんに先越されるなんて思ってもなかった。便乗みたいになっちまったが、俺も颯太に入れるぜ。」


 「お前っ.....!!」


 まるで裏切られたかのような態度を取る颯太だが、別に結愛に入れるなどと口約束した覚えはない。


 「そもそも、俺はストライカーグループに入る予定なんか更々無かったんだ。道場のこともあるしな。だけど、颯太が何だかんだやらかして、そんでもってストライカーグループに入ったってなったら、助けてやらんとなと思った。それが泉大津に入るきっかけだ。逆に、最初からお前に一票は堅かったんだよな。残念だったな、颯太。」


 「.....っ!!」


 右手の殴りかかりそうな衝動を左手で抑える颯太だが、勝手にとはいえ信頼していた友人に裏切られた怒りは拭えない。


 「私も迷ったけど、やっぱり颯太くんかな。何だかんだ一番おしゃべりしてる気がするし、そもそも颯太くんが居なかったらこのグループも無かった。正直私は颯太くんで文句ないかな。」


 「マイカまで.....!」


 ──これで3票。残るは香苗とキムだが、既に多数決の上では勝敗がついていることもあり、颯太は絶望した。


 「──まあもう予想通りだけど、私も颯太くんね。煌太が入れたってのもあるけど、何だかんだどっちが頼りになるかって言ったら颯太くんな気がしてね。まあ、戦いの上では結愛ちゃんなんだけど、煌太の言う通り、颯太くんが中心にいる気がするわね。」


 「僕も同じくだね。一方的に顔を知っていたくらいの関係性だけど、居心地が良いからね。颯太くんが中心なのか、颯太くんを中心にしているのかは分からないけど、とにかくこのリザーブ組、改めグループBは、君のグループだと言うことだけは言えると思うよ。」


 ──5対0。完膚無きまでに叩きのめされた。

 膝から崩れ落ちる颯太を引き上げて肩を抱き、結愛は悪戯っぽい顔をしながら颯太を煽る。


 「──ここまで大差がつくなんてね。余っ程信頼されているってことかしら。流石ね、リーダー。」


 「────!!!」


 言葉にならない、声にすらならない絶叫を上げて暴れ回る颯太を軽々と担ぎ上げ、結愛は満面の笑みでメンバーに報告した。


 「という訳で、この話は颯太くんがリーダーになることで一件落着ね。皆、時間をとっちゃって悪いわね。」



 ──颯太を宥め、30分後に二人で穂波のもとを尋ねた。


 「別にそんなに嫌がるような仕事じゃないでしょうに.....」


 「──正直ちょっとムキになってたところがあります。僅差でなったならまだしも、まさか5対0で投票が集まるなんて夢にも思って無かったです.....」


 「あはは。信頼が厚いわね、新リーダーくん。」


 まるでからかうような穂波の口調だが、先程怒りを使い果たした挙句、そのからかいに対抗する言葉も感情も全く出てこなかった。


ー‐ー‐ー


 「取り敢えず、グループBのリーダーの問題は万事解決ね。これでお開き、しばらく休み──って行きたかったけど.....」


 穂波の口調が段々深刻になっていき、颯太たちにもどこか、嫌な予感のようなものが流れ始める。


 「.....颯太くんにはこれから、少しだけ酷なことをしてもらうことになるわ。まだ回復しきってないところ、本当に申し訳ないんだけど、こればっかりは先送りに出来ないのよ。」


 ──それを聞いて、颯太の脳裏にある問題が過ぎった。


 「──トモの件ですか.....?」


 「相変わらず洞察力が高いというか──まあ、そうね。宮原家に関するお仕事がひとつあるのよ。」


 すぐ近くにいた沙梨が、詳細を説明する。


 「──予備部隊を使って、宮原家のことを色々調べたんだけど、宮原家の長女・宮原瑞穂さんが生存し、今はご自宅で一人で暮らしていることが明らかになっているわ。」


 ──颯太にとって、吉報であり、同時に、この後に待ち受ける苦行の始まりを告げる一報でもあった。


 「──瑞穂姉さんは、無事なんですか.....?」


 「今のところは特に何も無いと思うわ。そもそも弟の智樹くんがどうして岬町自然ひろばに居たのか、そう言ったことは何一つ分からずじまいよ。」


 「──そうですか.....」


 颯太は俯き、膝の上で握りこぶしをつくる。


 「──颯太くん、この後瑞穂さんに対して、私たちが行わないといけないことは分かるかしら.....?」


 「──分かってます.....」


 颯太は振り絞るように声を出す。

 まるで先程までリーダー決めで絶叫し、怒りに任せて暴れ回ろうとしていたとは思えない。


 「──トモの死を、姉さんに伝えないといけない.....」


 ──智樹と親友だったからこそ分かる。

 ブラコン気質を疑うほどに智樹を溺愛しており、さらには颯太のことも第二の弟のように半ば溺愛していた瑞穂だ。どれだけ傷付くかなど最早察するにあまりあるだろう。


 「無理にとは言わないわ。もしも颯太くんがしんどいなら、こっちで済ませてくる。これはあなたに判断を任せるわ。自分で行くのか、こっちに任せるのか──」

 「いや、僕が行きます。行かせてください。」


 ──想像以上の即答で、穂波は少し驚くような反応を見せる。


 「──ホンマに大丈夫なんか?まだ智樹くんのことも絶対しんどいのに、それをお姉さんに伝えなあかんなんて、かなりしんどいはずやで.....?」


 「そんなことは百も承知だよ.....」


 ──颯太の痛々しい声が、全く大丈夫では無いことを伝えてくる。それでも颯太にはどうしても行かなければいけない理由があった。


 「──ストライカーになる前、父さんが自殺して、母さんも倒れて動かなくて、爺ちゃんは居なくて──そんな時に瑞穂姉さんが助けてくれたんだ。だけど、俺はもう何も話せる状態じゃなくて、廃人みたいになってて──そんな俺が、"師匠"に言われるがままに勝手に家を出た。そんなことがなければトモが狂うことも無かったかもしれない。謝らないといけない。それ以外にも話すことが一杯あるからな.....」


 ──その言葉に、辺りの空気が凍る。

 自分が辛くてもなお、颯太はまだ自分を追い込みにかかろうとしているのに、止められる理由が無かった。


 「その辺り、向こうが察してくれたらいいんだけど、万が一理解が足りなくて、颯太くんに暴力を振るうようなことがあったりしたら大変だから、結愛ちゃんもついて行って頂戴。」


 「──元よりそのつもりだったので、勿論行きます。」


 ──そう言う結愛だが、声はとても暗かった。


 「ついでに尚樹くんも連れていくわ。颯太くんが冷静に説明できなくなった時に、彼が居ればある程度助けにはなるでしょう。颯太くんにとっても少し安心になるんじゃないかしら。」


 「──はい。お気遣いありがとうございます。」


 そのままの流れで、翌日の14日に出発、メンバーはその3人のままとし、颯太たちの宮原家への訪問の予定が決まった。


ー‐ー‐ー


 「──眠れてる.....?」


 全く眠れない状況、13日の深夜に、颯太は耳元から突然聞こえてきた囁き声に驚く。


 「何だよ.....!?お前のせいで余計眠れなくなったわ.....」


 「ごめん、起こしちゃったか.....」


 颯太が普段から占領しているソファに結愛が座ってきたのだ。てっきり結愛も眠っていると考えていた為、あまりの不意打ちで心拍数がとてつもない上がり方をしていた。


 「──本当に何?お前も眠れないとかそんなん?」


 「まあそんな感じ。ちょっと外行かない?」


 「──別に今のままだと絶対寝れないからいいけど.....」



 ──結愛に言われるがまま外に出た。

 時刻は23時58分。まもなく日付が変わり14日の午前0時になろうとしていた。


 「──瑞穂さんが生きてたって報告、どう思った?」


 「これまた抽象的な質問だな.....」


 何だかんだ、結愛からこのように抽象的な質問が飛んでくるのにも慣れてしまった。


 「──でも、正直複雑なとこだよな。生きててくれて嬉しいってのはあるけど、俺としては──二人とも生きてて、この戦いが終わった時には三人で暮らしたいなとか、甘いことを考えてたけど──それが幻想だったってことを突きつけられてる気がするんだよな。甘ったるい思考だろうけど──」


 ──無論、そもそも颯太には罪を償う必要がある為、その発想そのものが甘いと言ってしまえばそこまでなのだが。


 「──颯太くんって、割と平和な想像するよな。」


 「平和な想像ってなんだよ.....」


 「こう、上手いこと言えんけど、なんか──優しい世界って言うか。」


 「野○生活ってか?」

 「やかましいわ!」


 ──そんな小ボケはさて置き。


 「──正直不安が強い。別に瑞穂姉ちゃんのことを信頼してない訳じゃないから、暴れ回ったりはしないと思うけど、正直ブラコンにも程がある姉ちゃんだから──」


 「それに、颯太くんも一方的に出ていった訳やしな。」


 「現実を突き付けないでくれ.....」


 ブラコンと言うことはつまり愛が重いということ。颯太に取ってみれば、普段優しい瑞穂を裏切ったことで、どんな風に怒られるのだろうか、みたいなことを想像しているのだろう。


 「──なんて言うか、まだまだ子供やな。」


 「は?」


 「怒られるとか気にしてんのかって思ってな。大人になった時、そんなもん気にしてられへんで。」


 「──1()差の癖に何知ったかぶってんだか──」


 ──まあ、怒られるのが嫌なのは万人同じだが、それが上司になるか、クレームの多い客になるか、家族になるかで、その思考の年齢層も大きく変わるだろう。


 「とは言うても、気持ちは分からんでないけどな。」


 「ん?そう言えばお前の家族の話って聞かねぇよな.....」


 ──その話をした瞬間、結愛の顔色が変わった。


 「──しちゃいけない話だった?」


 「う、ううん!ちょっと、嫌な妄想してただけ──」


 「なんだよその誤魔化し方、余計気になるじゃねぇか.....」


 「う、うぅるさい!!ちょっと黙っとれ!」


 ──颯太からの追求に即座に絶叫して去っていった結愛に、なんだあいつ、と困惑し、一人で星空を眺める。

 泉大津フェ○ックスがあった頃から周りには何も無い。工場地帯が近くにあれど、この辺りはあまり光が無いため、星空もよく見える。天体観測には穴場かもしれない。


 (──あんな星、前にあったかな.....?)


 と、眺めている先に、不自然に二等星くらいに光る、見覚えのない星を見つけた。


 (──UFOか、あるいは──)


 そんな、少し悲しくもロマンチックな想像をしつつ、颯太は少し伸びをして、寝床に戻っていくのだった。


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