第1章 No.22 闇渦巻く
──誰でも分かるが状況は最悪である。
颯太を押さえつけているのはグループAのナンバー2、そしてナンバー1に同列の、実力としては泉大津でも最強クラスの中村家の双子の妹、中村恵理である。
「.....なぜ.....お前が妨害する.....」
「さっきも言った、狂信者の死骸を持ち帰ってきたって。どうして?」
なるべく要所要所に力を込めずに脱出の機会を、相手に悟らせないように探る。
既に結愛のパワーを経験済みなので、いかなる人類の怪力など無力に等しい。が、急所となるツボを的確に押さえ脱力させるという基本的な部分をしっかりと熟知している。
無論、返し技が無いわけではないが、相手が相手なだけに通用しない可能性も無きにしも非ず。余計な体力を使うことを考えれば、しばらく対話で落ち着かせたいところだが──相手が相手、対話が成り立つかどうかも問題である。
「──なんで答えないの?」
「あんたに答える義務はない。そもそも、誰の許可を得て俺に攻撃している?誰が何の許可を出したって言うんだ?」
その言葉に恵理は嘲笑うような態度をとって一言。
「犯罪者をボコすのに誰の許可がいるのかしら。」
2回目かつストーリーもそれなりに進んだため詳細は省く。
「.....いつまでネチネチ根に持ってんだよ。」
最早その気持ち悪い執念深さには呆れを通り越してあっぱれである。
それだけのために兄や七奈の目を盗んでここまでの行動をとるのだ。取ってつけた言い訳をした暴力趣味なら何周もしてようやく笑える程に嫌な趣味だ。
「──ならそんな犯罪者から、こう言われたらお前も多少は傷つくのか?」
さすがに鬱陶しく思えた颯太が心身から瓦解しにかかる。
「.....は?」
「.....いや、何となくな。」
颯太の表情が"悪人の顔"に変わる。
「分かりきったことだと思うが、犯罪者である分それなりに心が汚いんだよ。だから性格の悪さは折り紙付きなんだ。」
と自称してみたものの、自分でも性格がひねくれているとも思うが、人が傷つくのが好きとか、目の前で精神を崩壊させるのが快感であるとか、そういうことは今のところ思ったことは無く、"性格のクズさ"を持ち合わせているとは思わない。
「──へぇ.....」
「──正直に言うけど、お前の性格は犯罪者にも劣るクズだし、その粘着性は正直言って気持ち悪い。お前って人間を構成する全てが誰にも劣って腐りきってんだよ。」
事実、颯太も恵理に対しては似たようなことを思っていたりする。性格は相当悪印象、粘着性は事実気持ち悪いし、どこかのネジが抜けているのではないかと思ったこともある。
だが、ここまでの言葉を思いつくのは正直予想外だ。作戦とはいえ、正直ちょっと申し訳ないこともある。
「.....どういうあれで言ってるのか知らないけど、それくらいのこと自分が一番分かってることに気づいてなかったわけ?馬鹿みたいに下手くそな罵倒して、所詮雑魚ね。」
さすがに颯太も若干絶望する。残念ながら精神から瓦解していく作戦は颯太には不可能らしい。
まあ、そもそもとっさに思いついた言葉で適当にその場を凌ごうとしている時点で無理に等しいだろうか。
「.....こりゃ尚樹くんも苦労するわけだ──」
「兄さんがなんだって!?」
逸らした視線が再び恵理の方に戻る。
──その急激な態度の変化のせいだ。
「──」
「──」
目が合う二人の間に沈黙が暫らく続く。
「──お前、もしかしてあれか?俗に言う.....ブラコンってやつなのか?」
「──い、いや!?ち、違うけど.....」
さっきまでの冷酷な雰囲気はどこへやら、思いっきり動揺した恵理がその場にいる。
だが、これは瓦解のチャンスだ。弱点を見つけた颯太が一気にまくし立てようと息を吸ったその瞬間。
「あうっ!?」
短い断末魔をあげて拘束が解かれ、恵理が崩れ落ちていく。
「.....コイツはホントに.....目を離したらこれだ。」
その背後で箒を振り下ろしていたのは兄の尚樹だ。
「──中村団長.....助かりました。ありがとうございます。」
「──いや、ちゃんと管理できていない僕の責任だ。感謝される筋合いはないよ。今後もこういう事があるかもしれないが、なるべく対処していくつもりだ。苦労をかけてすまないね。」
事実、管理はしっかりして欲しいとは思うが、恐らく恵理は兄の静止を振り切ってでも颯太を責め立ててくるであろう強引なやつなのを何となく察している。兄の尚樹一人に管理を委託するのはさすがに無理があるというのも薄々感じている。
だから、その件には何も言わないという選択肢をとる。
「──悪いね粗里くん。寮まで運んでおいてくれるかな。」
「かしこまりました、団長。」
その指示に、隣にいた大柄の男、粗里寛が答える。
流石に見た通りの大柄。簡単に恵理をかつぎ上げると、その場を去っていこうとした。
(──っ.....!?)
だが、その瞬間、なぜか睨まれたような気がして、颯太は思わず身構える。
だが、粗里は別にこちらを向くでも無く、その場に立ち止まっているだけだった。
「──どうしたのかな、粗里くん。」
「──いえ──別に、少し立ちくらみが起きただけです。」
「.....そうか。そりゃお大事に。君は大きな戦力だ、常に戦いに全力を注ぐためにも、今はゆっくり休んでおいで。」
「寛大なお心遣い感謝致します。」
そう言って、粗里はその場を去っていった。
だが、あの様子を見るに、どう見ても立ちくらみではないことは明らかだった。
「──今の方って.....」
「第4戦闘班の粗里くんだよ。姿勢良く、忠誠心も高くて、とても良い人なんだけど──なんともね──」
──どうやら、どこか"ワケあり"のようだ。
理由を尋ねると、ため息をつきながら答えてくれた。
「──七奈くんから、グループAの話は聞いているかな?」
──尚樹は具体的に"何の話"を指していなかった。
が、恐らくは"あの話"をしているのだと、颯太は切り出す。
「──"俺に反感を持っている"、そういうことですか?」
「反感、か──言い得て妙と言うか、なんというか.....」
突飛な颯太の言葉に、尚樹は苦笑いする。
「──まあ、彼には彼なりの事情ってものがあるにはあるんだけど、なんともね──」
「.....」
尚樹が頭を悩ませているあたり、どうやら割と面倒なことになっているようだ。
「彼は昔から信頼が強くてね。彼の部下、第4戦闘班の面々は彼と同じく"熱血的な君のファン"だよ。」
「──あはは、嫌な言い方──」
──全くもって彼らにしてみれば皮肉すぎる言い方だ。
「──七奈さんから聞きました。グループAの面々には、まだまだ僕のアンチが多いってことは肝に銘じてます。」
「まあ、直接的な危害が無いようにこっちも気を付けておくつもりだけど──いきなり突撃を許してしまったね.....」
管理体制が杜撰だと言ってしまえばそこまでだが、実際に実力者の兄妹、こういうところでハイドや闇討ちなどがいかんなく発揮されている。
いくら尚樹と言えど、恐らく颯太を容認する人間はそう多くはない。全員の目を常に警戒しておくなどできない。
「──団長は悪くないです。それだけのことをさせてしまう僕に責任があるんですから。」
尚樹は肯定も否定もしなかった。
「そう言えば、リザーブ組ことグループBのリーダーは決めているのかな?」
「え?」
突如の話題転換に戸惑うが、言われてみればそんな話は一度たりともした事は無かった。
「リーダーは決めておいてくれよ?まあ、どの道総合的な団長は僕なんだろうし、グループBのリーダーと言ったって、そんな重い役職では無いと思うよ。」
──そう言えば、リザーブ組の司令塔は誰だっただろうか。
初期の頃の颯太と結愛、そして少しして入ってきた闘也、初実戦は3人で迎えたが、誰が司令塔とかは特に考えてもいなかった気がする。なりゆきでその場その場で誰かが誰かに指示する、今まで数々のリザーブ組の実践でも、ずっとそんな感じで、司令塔など居なかったように感じる。
尚樹が一つくしゃみをしたのをキッカケに、話が動いた。
「──形だけは決めたとしても、ソロで戦えるような面々ばっかりだし、権限を使う機会そのものが少なそうですね.....」
「まあ、グループBには、日本全国のグループでも初めて、"戦闘員としてのストラゲラ"が居るわけだからね。」
──誰のことを指しているか、颯太はすぐに分かった。
「──マイカですか?」
「ああ。可能性の塊だよ。そもそもストラゲラって言うのは不安定な状態であることが多い。すぐにでも怪物──狂信者になってしまう可能性があるし、常にコアから狂信の魔力の誘いが体を痛めつける。それがストラゲラってものだよ。」
──ストラゲラ、その語源はストラゲル、英語で言えば"もがく"と言う意味になる。
今まで大して意味を知らずに口にしていた気がするが、なるほど、そういう意味が含まれているのか。
「──ってことは、マイカも.....?」
それを聞いた瞬間、尚樹は少し悩むように言う。
「.....ここだけの話だが、彼女はね、不自然な程に安定している。まるでコアが完全な死を遂げたようで、なんの痛みも受けていないように──まあ、もしかすると、僕たちを心配させないための強がりなのかもしれないけど、それにしても──」
なるほど、マイカは例外的な存在なのだろうか。
しかし、その状態を"不自然な程"とまで言うのだ。きっと何かしら、マイカだけの特異な何かがあるのだろう。
「──それはともかくだ、君は今のところ、リーダー候補に目星は付いているのかな?」
──急に話を戻された。
「──そうですね──」
正直、現状で目星がつくとすれば闘也だ。
兼ねてから兄のように付き合ってくれている闘也への信頼こそあるが、半分は消去法である。
まずは煌太やマイカ(推定では小学4年生)の年少組。仮にも責任事になって、年下、それも小学生やそこらに頼るのはさすがに無理があるのですぐに却下である。
続いて香苗だが、まだ経験が浅いこともあり保留。
さらにキム、こちらは闘也と同程度の能力はあるだろうが、信頼度の差で闘也に軍配が上がるので却下。
そして結愛は何となく癪に触るので却下。
──だが、そうは言っても、闘也にも問題があった。
「──目星はついてるにはついてますけど、アイツはアイツで、絶対に断られるのが目に見えてますし──」
──闘也は責任事から逃げる習性がある。
無論、空手道場をやっていた時はある程度経理を学んで運営していたが、小難しいことは全て司法書士に頼んでおり、本人はやりたいようにやっていただけである。
それに、闘也は誰かに指示をすることが極めて苦手な人間である。いざリーダー命令を発動する場面でも、闘也は優柔不断に渋りそうな気がしていた。
「──だとしたら、個人的な感情は無視して結愛に任せておくべきなのか──」
何だかんだ総合的に考えれば、結愛が最も適任な気はしていたのだが、何となく、本当に何となくどこかで癪に触る。
それでも、ストライカー経験が一番豊富なのは結愛であることは否定しようのない事実である。
「──君が今誰のことを思い浮かべているかは分からないけど、結愛くんは止めておいた方が"身の為"だよ。」
「えっ──」
別にただの偶然のタイミングだとは思うが、考えに考えた結果をいきなり尚樹に否定されてしまった。
「こんな言い方は酷いかもしれないが、まあ、君が頼んだとしても彼女から拒否されるのが目に見えているからね.....」
「──そうですかね──」
──流石に主力組で2年程一緒だったこともあり、結愛のことをよく分かっている。そう言えばそこまでではある。
だが、それを即座に言い出すこと、そして"身の為"という言葉に違和感を感じ、颯太はこう切り出す。
「──結愛は過去に何かしでかしたんですか?」
──真っ先に思い浮かんだのは、結愛が何か過去にやらかしてしまったせいで、気まずい思いをしているのかと言うこと。
「.....まあ、半々だね。そうとも言えるし、違うとも言える。こればかりは主観が変われば判断も変わる。」
「──そうですか.....」
だが、これには肯定とも否定とも取れない返事が返ってくるのみであった。
「──じゃあ、なんで主力組に戻らずに俺と──」
尚樹は一度呼吸を整えて話す。
「君の泉大津への加入の経緯は聞いたよ。もしかしたら、結愛くんは彼女なりに、責任感のようなものがあるのかもしれないね。あるいは、単に君のことを放っておけないとか。」
「──そんなもんですかね──」
颯太がそんな反応を返すと、いつものような声ではなく、少し深刻そうな声で尚樹が忠告する。
「それに、結愛くんにとっても辛い部分があるんだ。それは恵理も同じだし、他の面々も同じくだよ。だから、あんまり無闇に聞き出すもんじゃない。彼女が話したくなった時、ゆっくり話を聞いてあげるのが一番平和的だよ。」
「──そうですね.....」
──どうやら、結愛の触れてはいけない部分のようだ。
この話はここまでとし、尚樹は恵理の様子を見に行くと言って、そのまま颯太を穂波の部屋まで帰すと、自分もグループAの宿舎へと帰って行った。
ー‐ー‐ー
──その一方、治療中の結愛の話。
「──そう言えば、グループBのリーダーって誰になるとか話してる?」
「え?えっと──」
和花の話は、ついさっきどこか別の場所で出た話題だ。
結愛は少し考えて話した。
「──正直、颯太くんとかは私を生贄に差し出しそう──」
「生贄って──」
──言い方が悪い理由は察して欲しい。
「──リザーブ組──えっと、グループBって、今までお互いに指示し合ったりっていうか、その場その場で機転を利かせて助け合うってことが多かったし、司令塔みたいなんを立てるのはあんまり向いてないやもしれないですね.....」
「別に、リーダーだからといって、実際の戦闘において指揮系統になったりする必要は無いのよ。あくまでグループを纏めあげるキャプテンみたいな立場だし、特にグループBみたいな少数のグループなら、戦いを縛る必要は無いと思うけど。」
これは先に尚樹が話していた内容と同じだが、あくまでグループBのリーダーは戦闘的な面ではなく、どちらかというと事務的な責任を持つ人間という側面が強い。
流石に団長なので尚樹は40名いるグループAの戦いで指揮系統を取ったりするが、別にそれは尚樹だけがやる事ではなく、それぞれある戦闘班の班長、リーダーが指揮することが多く、幹部間の連携はグループAもBと同じようなスタイルをとっている。
「──せやかて、新人さんとかマイカちゃんとかに責任押し付けんのも申し訳無いし──」
悩んだ末、結愛の脳裏に浮かんできた案があった。
「──颯太くん、か.....」
──だが、浮かんできた案の意味を考え、すぐに首を横に何度も振って、その思考の元から削除しようとした。
「別に、悪くはないんじゃない?」
だが、独り言のようにぽつりと漏らした言葉を聞き取った七奈は、意外な返事をしてきた。
「──いいんですか?」
「肯定した訳じゃないけど、別に颯太くんの過去がどうのってのは、選考から弾く理由にはならないわよ。問題は颯太くんに、リーダーとしての適性があるかどうかよ。」
「.....」
颯太の過去、その部分は当然七奈の知る範囲だ。それを知っていて尚、七奈がそう言うのであれば、別に颯太の過去を理由に否定する必要は無いのだろう。
そして七奈から指摘された内容をじっくりと考えてみる。
「──考えてた理由として、グループB、もといその前身のリザーブ組の最古参として私と颯太くん、それとちょっと後とは言うてもほぼ最古参の闘也さんの3人以外、まだまだ泉大津の歴が薄い人たちにリーダーを任せるのはどうかなって思ったんです。でも、闘也さんは颯太くんと接してる時もそうやけど、どっちかと言うとサポートの方が向いてそうな──あくまで私の勘やけど、そんな気がしたんです。」
「別にサポートのできるリーダーは悪くないと思うけど、あなたがそれで闘也くんを候補から外すなら、あなたの意見を尊重するわ。それであとは2人、颯太くんとあなた、よね?」
「──はい──」
だが、結愛はリーダーになることをどうしても渋るようだ。先程この話が出た瞬間、"生贄"という言葉を使ったくらい、もう察せられるくらいの状況だ。
「理由は二つ、まず一つは単純に私のワガママなんですけど、単純に私が大きい責任負いたくないっていうだけです。とは言え、リザーブ組で一番先輩なのは私やし、いざってなったら私がやらざるを得んとは思いますけど──」
「──意外にもそういう理由なのね.....」
結愛の口から飛び出してきた言葉に七奈が驚く。正直彼女も曖昧にしか事の詳細を知らない為、颯太の保護責任者の一端を結愛が担いでおり、しかも結愛は結愛でかなり乗り気で片棒を担いでいると思っていた為、意外だと思ったのだろう。
「──まあでも、言うたってこれは私のわがままやし、別にそれを理由に無闇に断ることはしません。ただ、もう一個の理由が一番大きいんです。」
「──大体察しはつくわよ。恵理ちゃんのことでしょ?」
──結愛は黙って頷いた。
「──はっきり言うてやりにくいです。リーダーになるってことは、恵理とも頻繁に顔合わせて、その度に嫌な顔されて、罵られて──このままの関係で恵理と過ごしていくのは正直しんどい。それに、場合によってはさらに火種が増えるし──」
「──颯太くんの件ね.....」
当然、結愛も元から颯太のことを全肯定していた訳ではないので、恵理を筆頭とした強硬派の気持ちも分からなくはない。
とは言え、曲がりなりにも颯太の保護責任者の片棒を担いでしまった結愛だが、その過程には何の無理強いがあった訳でも無く、ただ自分の意思が颯太を肯定した。その時点で強硬派たちとは大きな立場の違いができてしまったのだ。
「──無理やり分かって欲しいとは思いません。話し合いとかで解決できたら一番理想ですけど、私も昔は"あっち側"やったからこそ、気持ちは痛いほど理解出来る──なんでこんなことになってしもうたんでしょうね.....」
「.....」
──難しい対応を迫られることになるのは間違いない。
それもこれも、こうなってしまったのは颯太と、かつて2ヶ月前に起きた事件のせいだ。簡単に解決する問題では無い。
「──メンタルケアの責任者として、私ももっと努力するわ。颯太くんの問題も、あるいは結愛ちゃんと恵理ちゃんとの関係も、ちょっとやそっとじゃ解決しないもの。私も頑張らないといけない。恵理ちゃんにも、落ち着いたら話し合いの場を作るようにお願いしておくわね。」
「──今の恵理と、まともな話し合いができますかね.....」
「──不安がる気持ちはわかるけど、出来るわよきっと。彼女もそこまで子供じゃない。」
──そうは言いつつ、七奈の言葉には魂が無かった。
ー‐ー‐ー
「──何でお前もここに居るんだ.....」
翌朝、颯太が泉大津の波戸の所に行くと、腰掛けていた結愛と出くわしてしまった。
今日は割と波もうるさく、波消しブロックやテトラに激しく波が打ち付ける音が響き渡っていた。
「──さあな。シナジーでもあるんとちゃうか?」
「こんなんでシナジーとか感じてもらっても困るんだが.....」
取り敢えず出くわしてしまったものは仕方がない。
颯太も話したいことがあった為、ちょうど二人きりだと言うこともあり、取り敢えず話をすることにした。
「──確認したいことがあったんだよ。」
「.....何?」
「俺が泉大津に居るキッカケを作ったのは誰だっただろうなって思ってさ。」
──颯太が突然切り出した内容に、結愛は少し驚く。
「──そんなもん確認したってどうするん?」
「いや、別に何となくだけど──」
──受け答えに不自然さしかないが、結愛はこう答える。
「──最大の功労者は穂波さんやろな。私は正直ストライカー界隈は大して興味なかったから、穂波さんに言われるまで颯太くんのことも知らんかったし、前も言うてた通り、穂波さんは颯太くんのことを前々から知ってたわけやから──そんな運命もあったんちゃうか?」
──颯太は少し伸びをし、間を置いてから話す。
「──別にそれを聞きたいわけじゃ無かったんだが──」
「.....?」
困惑する結愛に、颯太はこんなことを話す。
「──仮にお前だったとしたら、謝らなきゃいけないと思ってな。」
「──!?」
──その言葉を聞いた瞬間、結愛は前に尚樹たちから聞いた言葉を思い出した。
当然、颯太が今後ストライカーとして活動するなら至極当然の事で、それを知られたくないのはあくまで結愛の身勝手であり、罪悪感の裏返しでもあった。
「──なあ──ゆ──か、怪力っ娘──」
「そこはせめて名前呼べや.....」
こんな時でも結愛の名前を呼べないのは、颯太の心のどこかにある抵抗感の裏返しなのだろうか。
「──お前はさ、俺の復讐を遂行させようとしたのか?」
──颯太に気付かれたくなかった、結愛の深層心理。
それをこうもあっさりと問われ、結愛は激しい困惑はあれど、最早呆れたかのように、冷静に返事を返した。
「──違う──って言えたら、どんなけ楽やったやろな.....」
──最早覚悟はしていた。結愛はその問いに正直に答える。
「──100%支持した訳とちゃう。せやけど、颯太くんの過去を聞いて、それで復讐だけ責められて、事の発端は一切何の誹りも受けんって思ったら、流石におかしいやろって思ってな──」
「──お前や穂波さんは、元から俺の標的が民共党であることを知ってたんだな.....」
──そして、颯太が今の自分の持つ仮説に確信を持つために、どうしても必要な質問を一つぶつけた。
「──怪物、あるいは狂信者って奴を作り出しているのは、民共党なのか.....?」
まだ颯太が結愛の行動を説明するための仮説は、颯太自身が確信を持っている訳では無い。だからこそ確かめたかった。
──この戦いにどのような意味があるのか。
「──認めたくなかった。これを認めてしもたら、私が颯太くんを、悪意をもって泉大津に入れたことを認めてまうから、ほんまなら、ずっと隠しとくつもりやった。」
「──」
──結愛は波戸に仰向けに倒れるように寝転がる。
「──颯太くんにとっては、あんまりいい思いはせんやろけど、それでも聞くか?」
「──不安要素はなるべく消しておきたいからな。」
それを肯定と捉え、結愛は話し始めた。
「──この界隈っていうか、対危険思想プログラム、通称タイキプロに入ってくる子供たちが、どないな理由で入ってきてるか知っとる?」
「さあな。世間知らずなもんで、お陰様で全く何も知らないよ。」
「えっとまあ──大人とか大学生とかは、純粋な理由でタイキプロにおるかもしれん。せやけど、子供たちが居るのは、半ば"タイキプロが誘拐してる"のと大して変わらんねん。」
「──穏やかじゃないな.....」
結愛が敢えて悪意を付け足すのには理由があった。
「──彼らは民共党の政策、あるいは準備期間って呼ばれる間の民共党系列の悪事によって家族を失った、言い方は悪いけど戦争孤児みたいな子らばっかりや。名目上、タイキプロはそんな戦争孤児を保護するためにストライカーグループに雇ってることにはなってる。でも、誰もがそう思ってない。」
──結愛の声が次第に暗くなる。
「──私も界隈に2年おるから、大体の事は知ってるつもり。そして、そんな孤児たちの末路も知ってる。」
「──」
「──そんなもん、家族を失った子供たちをいきなり戦場に駆り出して、まるで一人の兵士のようにこき使って戦わせる。それも、えげつない見た目した狂信者を相手にな。そんな子供たちが辿る未来は、"人間が狂う"、ただ一択や。その先はストライカー家業にのめり込むか、失敗して戦死、あるいは自殺するか──ビックリするくらい、その三択しか無い。」
──結愛が"タイキプロが誘拐している"と言ったのは、結愛自身も目撃してきた、子供たちの悲惨な末路である。
かつて瀬戸内海に浮かぶ情島という島で、昭和20年代に行われていた子供の奴○制度。漁業が盛んだった情島では、島の子供たちだけでは人手が足らず、本土にいた貧困世帯の子供たちを人身○買したり、家出した子供や孤児を強制労働させた。この島は通称で"奴○島"と、悪名高い通り名で呼ばれていた。
──結愛からしてみれば、まるで今のタイキプロがやっていることが、この日本漁業の黒歴史と比べても大して変わらないことを懸念しているのだ。
「家族を失ったってのは、まるで俺と一緒だな。まあ、俺に関してはタイキプロに入る前に狂った訳だが.....」
「──否定はせんけどやな──」
とにかく、と結愛は話を戻す。
「正直、このままやとタイキプロはどん詰まりの可能性が高かった。2055年現在、日本の人口は8,500万人、そのうち7割は民共党支持層やし、残り3割のうちの子供の割合なんてそう高くは無い。言い方は悪いけど、人的資源は限られてるし、近いうちに詰む可能性が高いと思う。」
「.....だろうな。条件を満たす20歳以下の子供なんて、日本全国に300万人いればいい方だろう。それに民共党は教育機関に干渉して洗脳教育をしてるから、その300万人もタイキプロに入る可能性は低いと見ていいだろう。」
──だからこそ、と結愛は顔をあげた。
「そんな時に現れた颯太くんを逃すわけにはいかんかったっちゅうことや。」
──まるでそれまでの前置きと整合性の取れない言葉に、流石の颯太も困惑する。
「──悪いんだけど、全く話が分からんのだが──」
──そして結愛は、今まで話してこなかった、泉大津が知っている颯太の過去を話した。
「──ストライカー業界ってのも一枚板やあれへん。颯太くんへの反応が様々あるように、中には実力至上主義的なことを考えてる連中もおる訳や。そんな彼らに言わせれば、颯太くんはこんな通り名で呼ばれてたんやで。」
──ストライカーの天才ってな。




